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ぶっちゃけ妊活日記 vol.6 / 感情ってどこからやってくるのだろう?


漆黒の暗闇。

 頭から薄いタオルケットをすっぽりかぶり、裾をズルズルと引きずる。冷蔵庫を開けると、青白い光が冷蔵庫から漏れ出る。今の姿を背後から見たらお化けと間違えられそうだ。取り出した麦茶をコップに注ごうとしたら、暗くてうっかりタオルケットに溢してしまった。同時に、ため息も1つ溢れた。


 カチッカチッ…と小さいな音が響き渡る。
ズルズルと引きずってリビングへ向かうと、ダラリと身体をテーブルにあずけて突っ伏した。あの言葉が何度も頭の中を行ったり来たりしている。

"本気でやらないなら…子ども作らなくたって、わたしは別にいいんだよ。そもそも欲しいって思ってないんだから…"

あぁ〜…なんであんなこと言っちゃったんだろう…
バカだ…わたしのバカ…


 ゆっくり時間をかけて、決心してきたはずだった。それでもふとした瞬間に本音が顔を出すのはなぜだろう。本当の本当は、わたしは子どもが欲しくないって思っていて、ずっと自分の本音を抑え込んできてしまったのだろうか。

働きたいし、
自由に時間を使いたいし、
自信がないし、
お金も心配だし、
わたしがわたしでなくなる事がとても不安だ。

 こんな気持ちで、わたしはいいのだろうか。こんな中途半端な気持ちで母親になってはいけないのではないだろうか。そんなわたしが体外受精をしていいのだろうか。よく考えると最初から何も進展してないと気付き、愕然とした。振り出しに戻ったわたしの不甲斐なさに絶望したのだ。



ふと気付くと、突っ伏していたテーブルがひんやり冷たくなってきた。

わたしが流した涙で水浸しになってしまったのかと、ふと両腕に埋もれていた顔を少しだけ上げると…
テーブルだと思っていた板がサーフボードに変わっていた。

「… え!?」

気付くと、広い海にサーフボード1つに寄り掛かっていた。小さな波に揺られて、心地よい小波の音と、高い高い空の上には幾多の星空とお月様。

「わたしは色々なものに影響されて生きているんだ」
声のする方を振り向くと、そこにはラッコがぷかりと浮いていた。
「ラッコさんも?」
「うん、そうさ。君はサーフィンしてると思わないか?波に揺られ、揺らされ、次の波を待つ。ずっと待ってもなかなか来ない。キタと思ったら、思ったよりも小波。またキタと思っても、巨大過ぎてのれない。自分の意思で何1つコントロールなんて出来やしない」
ラッコはそう言うと海に潜り、わたしの反対側から同じようにサーフボードの上に両手にアゴを乗せて話し出した。
「コントロールできない…」言われてみると、そうかと頷く。
「君はその頭で、自分自身を本当にコントロールできてると思うかい?」
「全然自信ないよ…」
「君は空腹になると元気がなくなるだろう?」
「うん、食べ物のことで頭がいっぱいになるよ」
「血糖値に左右される裁判官の話を知ってるかい?」
「え?血糖値?」
「うん、お腹が空いていると裁判官は被告人に厳しい判決をしてしまうんだよ」
「えぇー!(ラッコの世界にも裁判があるんだ…)」
「そう、被告人にしたら困った話かもしれない。でもね、日常的にベストな状態で物事を考える事はできないんだよ。外的要因に晒され続ける中、絶え間なく我々は決断をし続けるんだ」
「(わっ…なんか大学の授業みたい…)」
「君の感情は君自身の中からじゃないんだよ」
「そんな、まさか!」
「感情は扁桃体という脳機能が生存の是非で判断しているけれど、それは器に過ぎない。あとはその時の環境下や、それまで見聞きしてきた物事に当てはめて生み出されるんだ」
「うーん、難しいよ」
「君はあの時、病院から解放されて緊張が解けた。そして、君の旦那さんが軽はずみにふざけて言った言葉に腹を立てた。それで、一番効果的であろう言葉を瞬時に選んだんだよ、空腹の中、君の頭の中でね」
「…空腹って危険だね」
「生きとし生けるもの、腹を満たすために、今日を生きる」
ラッコはそう言うと、何処からともなく貝をサーフボードに1つ、2つと並べていく。
「…感情って一体何なんだろう…」
「寄せては返す波のように、行ったり来たり」
「…わたしは」言い終わらないうちに、急に周囲が影に包まれ、背後に迫った大きな波がザブーンと押し寄せて来る。

 わたしとラッコは海の中にどんどん波に押し込まれていく。不思議と息は苦しくない。キラキラと高い空からの月明かりが海底にスポットライトのように照らし出され、ゆらゆらと光が揺れている。
 初めてラッコに出会った時のように波に身を委ね、水中をゆっくりたゆたう。ボワンと海の底の奥から、不思議な音が響いてくる。振動が水中を伝って、たくさんのプランクトンたち、カラフルな小魚、クラゲも、カメなどたくさんの生き物が気づけば集まってきた。

 時折、小さな魚が近寄ってきて、頬をかすめていく。
 温かくて、心地よい…
 水中の泡がポコポコする音が、気持ちを鎮めてくれる。
 何も考えない時間もいいものだ…
 ラッコのモフモフの手を握りしめて、静かに瞳を閉じた。


♢♢♢


「ねぇ」
 (ん?ラッコさん?)
「風邪引くよ」
(海の中は温かいから大丈夫…)
「起きて起きて」
(何匹たりともわたしの眠りを妨げるラッコは許さん…)
ユサユサと大きく揺さぶられて、瞳を開けた。
どうやらタオルケットをすっぽり頭に被って、そのままリビングのテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。長時間、同じ姿勢で身体中が軋んでいる。

眩しい朝日に照らされ、昨日散々悩んでいた事は、キレイさっぱりあの海の泡になって消えていた。気持ちよく伸びをして、旦那さんに向き合った。

旦那さん  「あの…昨日はごめんね。禁煙、今日から始めるね!」
わたし   「わたしこそ、ごめんなさい。あんな事言うつもりなかったんだけど…全部、空腹のせいなの…」
旦那さん  「空腹は天敵だね(笑)じゃ、朝食タイムしよっか」

 ジャストタイムに、キッチンのヤカンがピュァァァーー!と元気いっぱいに鳴り出した。フライパンを取り出して、ジューっっと目玉焼きを焼き、チン!とトースターが音を奏でる。コポコポと旦那さんがコーヒーを淹れて、いい香りが立ち込めてきた。
 今朝のモーニングオーケストラはいつもよりご機嫌だ。

「いただきますっ!」

 2人で朝食を囲んでいると、白文鳥が頭上を飛び回ってやってきた。旦那さんの肩の上でまったり毛繕いをしている。そして、昨日病院からもらった資料を一緒に見ていると、ふと2人の視線がとある検査詳細、やり方の欄に釘付けになった。

そう、男性にとって、とても緊張感のあるあの検査だ…




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いよいよ本格的に不妊治療を始めることになったので、
 記録として不定期でエッセイ的妊活話をしたいと思います。
 不妊治療ってどうしてもデリケートな話になりがちだけれど、
想いや出来事をシェアして、
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 繋がるきっかけになれたらいいなと思っています。
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