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聖域のベルベティトワイライト (15)

計画遂行



 今朝は、寝覚めがとてもいい。フェリ王子とルーに徹夜を禁じられて睡眠時間がいつもより長かったからなのだろうか。お陰でいつもより早起きだった。それに最近夢で聞こえてくる女の人の声も今日は感じられなかった。ただ…昨晩寝た時と今朝起きた時の方向が真逆なのには、自分でも思わず声が出てしまうほど驚いてしまう。

「私…今まで寝相は、そんなに悪い方じゃなかったはずなのになぁ…」
 実は、覚えていないだけでこっそり夜中に起き上がり、勉強をしていたのではないかと机を見ても参考書に挟んでいる栞のページは変わっていないし、その他の物も動かした形跡が全くないのでふらっと起きて勉強をしていたとは考えにくい。どう考えても思い当たる節がないけれど、たまにはそんな日もあるのだろうと気を取り直して身支度を済ませ自分の部屋を出ると朝の入浴を済ませたフェリ王子と鉢合わせになった。

「おはよう、リズ。昨夜は、よく眠れた?」
「おはようございます。はい、お陰様で今日は…」
 お辞儀と挨拶をしてフェリ王子をよく見るとバスローブが少しはだけて髪も少し濡れている姿が、いつも以上にセクシーに見えるので釘付けになってしまい、声が出なくなる。
 私の表情の変化に気付いた王子は、原因がわかると直ぐに着直された。
「あっ。ごめん!こんな朝早くに誰も起きてこないだろうと思って適当に着ちゃってた…」

 普段は穏やかでクールなのに慌てて着直す王子のギャップになんだか少し心が揺さぶられてしまう。普段は、ルーに髪を乾かしてもらっているそうだけれど自分でも出来るんだよと魔法の力であっという間にサラサラの髪になりルーが姿を現す頃には、身支度をご自分で済まされた。

 こうやってここで暮らしだし、至る所で魔法というものを見ると本当に便利で正直羨ましいと感じてしまう。自分がもし生まれながらにそんな力を持っていたら母に色んな事をしてあげられていたのだろう。錬金術師であれば様々な薬を自分で作れていたのかもしれない。もしそうだったらきっと毎日が楽しくて仕方なかっただろうな。そんな事をぼんやり考えながらいつもの様に三人で朝食を摂る。

「ん。今日のサラダ、この前お忍びで食べた味に近い気がする」
「これ、私がリクエストしておいたんだ。女将おかみさんに支払いする時、薬味やハーブは何使ってるかそれとなく聞いてたんだよね〜。そしたらイリスの店にも売っててさ、昨日ついでに買って戻ってきたの」
「流石、ルーは抜け目がないね」
「美味しいものは、みんなで共有したいじゃないか。ねー、リズ」
「はい!」
「あ、そうそう。イリスティールがさ、今度来る時は、二人も愛称の『イリス』でいいって言ってたよ」
 フェリ王子とルーは、初めて会った時から普通に話しかけてくれて今もこうやって優しく輪に入れてくれて、とても穏やかな場を作ってくれる。いえ、そうじゃない。多分二人にとってこれは飾らないありのままの姿なんだ。私は、そんな二人と生活が出来て何て幸せなのだろう。本当に何よりもかけがえの無い空間。

 …そう。ここは、魔法の力を得るよりも大切な『私の世界』だ。
 この空間を大事にしたい。そして現状に甘えず、この場にいても差し障りのない人間でありたい。そのためには、もっとこのエルフの国の事を学び、そして自分を磨いていって自立して…少しでも皆さんの役に立つ人間にならなくては。
「向こうの侍女から伝達があるかもしれない」
 食後、ルーはそう言いうと女性の姿『ルーシー』になり、二人で配膳室にワゴンを下げに行く。するとルーが言った通りエレシアスの侍女のお一人が、既に待機されており、今日のお茶会について時間を指定されてきた。

「前も話したけれどルーってすごい。それは、予言みたいな能力?」
「これは、魔法の力でもなんでもなくて日々の生活習慣を見ていると、『この人の性格ならこんな行動をとるだろうな』って大体予想がつくのさ」
 フェリ王子は、ルーの観察力や洞察力について一目置かれていらっしゃる。私もこれからはルーを真似て少しの変化に気付いたり色んな事に気を配っていきたい。
 部屋に戻ると無事成功する事を祈りながら指定された時間をフェリ王子に伝える。
「報告ありがとう。予定通り進められそうだね」
 フェリ王子は、「よし」と小声で気合を入れると昨晩作成されたピンブローチを取り出して懐に忍ばせ、そして指定された時間が来るまでに各々の動きについて作戦が練られた。

「キミらがまだ幼い頃に一緒に花を植えた区画があるじゃない?あそこで何気ない話をしながらそっと手渡すってどう?」
「うん、そうする事にする」
「こっちは、出来る限り侍女の注意を引いておくから頑張ってね」
「私は、出来る限り自然体にして悟られない様にしますね!」

 其々の動きを確認し、そして指定の時間より早めに庭園へ向かった。以前来た時は、遠目でしか見ていなかったけれどこうやって近くで見るとしっかりと手入れされていて楽園にいるみたいに美しい場所だ。

「今日は、お招きいただき、ありがとう」
 暫くすると、この美しい庭園が霞んでしまう程のオーラを纏ったエレシアス様が二人の侍女を伴いお越しになった。

「こちらこそお越しくださり、ありがとうございます。姉上」

 丁度良いタイミングでルーがお茶を淹れ、エレシアス様が持参された美味しい茶菓子をみんなでいただきながら日々の何気ない話から最近熱心に励まれている薬品作りの話題までそれはそれは楽しそうに話される。
「今ではこの二人が、かけがえの無い助手なのよ。だから最近、大量生産が可能になったの。今度また一式届けてあげるわね」
「ありがとうございます。そういえば、乾燥する季節に向けて新しい保湿クリームを考案中だと風の噂で聞きました」
「うふふ。今年は、お兄様が持ち帰ってくれた薬用に使えるハーブがよく育ったから、更に改良を加えてより良いものを目指しているの。使用人たちが、喜んでくれると良いのだけれど」

 エレシアス様は、癒し系の魔法が得意だという事なので質の良い素材とご自身の魔法をかけ合わせ、より品質の高い薬品を作るのをライフワークとされているのだそう。
 侍女をされているミルフィリア様とアルゼリア様は、家柄としては中流貴族なので侍女として雇われるという事は、本来なら有り得ない事なのだそうだそうだけれど、お二人の美貌、魔力と上流貴族の女性には無い身体能力の資質を買われたエレシアス様が直々にご指名されたのだと今朝の朝食時にフェリ王子から聞かせてもらった。お二人は、侍女として日常の業務をこなしつつエレシアス様の助手もされ、品質管理や護衛も任されていらっしゃる大変優秀な方たちなのだそうだ。
 ただ…基本的にお二人は姫に忠実ではいらっしゃるが、侍女じじょという仕事柄、定期的に官僚へ姫の日常について報告をしなければならない義務があるので今回のお忍びの件は、どうしても秘密にしなくてはいけない。因みにルーは、毎回適当な事を報告しているのだとか…。
「そういえば、兄上に採取が困難な例の薬草をまたリクエストされているそうですね」
「よく使う薬草だから栽培を試みてはみたのだけれど、環境が違いすぎて無理なのよ。だからまたお願いしたの」
「僕とルーは、今度こそ連れていかれるんじゃないかと戦々恐々ですよ…」
「たまには遠征に付き合うのも良いんじゃない?」
「嫌ですよ、極寒の地に行くなんて」
「あの地域は、鉱産資源が豊富で鉱山も多いから貴方たちが好きな質の良い貴重な鉱物を分けてもらえるかもしれないわよ」
「…んー…、それは、確かに気になりますけど…此処ここぞとばかりに兄上がこき使ってきそうだからやっぱり嫌です」
「あら、残念。貴方たちがいれば百年分の蓄えが見込めそうなのに」
「…話を変えましょう。此処から見える…確かあの辺りに幼少期一緒に花を植えた事を覚えていますか?」
「勿論よ。私が今でもお世話してるの。今から一緒に見てみる?」
「是非!」

 よく見るお二人のやり取りから自然いつもの流れでフェリ王子が話を変え、エレシアス様が王子を誘うような形ができたので、この機を逃さない様にフェリ王子が席を立ち、お二人は目的地まで向かわれた。私たちもある程度の距離までは、同行するけれど会話が聴かれない様にルーが例の作戦を実行する。

「久しぶりにお二人で昔話もしたいでしょうから私たちはこの辺りで待機しませんか?」
「確かにそうですね。…そういえばルーシー様のお兄様は、お元気にされていますか?」
「はい、元気にしていますよ。今日は、フェリシオン殿下の使いで在庫を切らした素材の買い出しに出かけました」
「そうでしたか。以前、たまたまお見かけした時、薬草の管理について助言していただきました。お陰様で消費期限が格段に延びたのでお礼を言いたかったのですが…」
「兄に伝えておきます」
「ありがとうございます」
 そう、ルーの隠密行動は完璧なのでミルフィリア様とアルゼリア様もルーは『兄妹』だと思い込んでいらっしゃるのだ。なので此処ぞとばかりにルーは、お二人が興味のありそうな『ルシエル』の話題を適当な作り話で盛り上げて気を引き始める。私は出来るだけ余計な事を言わない様に良いタイミングで相槌をする様に心がけた。

 その光景をフェリ王子は遠目で確認すると例の作戦を実行に移される。
「今日、お茶会にお誘いしたのは、姉上に渡したいものがあるからなのです」
「貴方のルーが、侍女たちの気を引いているという事は…そういう事なのかしら?」
「流石、姉上。お茶会が終わり、室内に戻られましたらこの小さなピンブローチを出来るだけ目立たない場所に付けてくださいませんか?」
「…触れるだけで感じる…小さいのになんという魔力。…ええ、わかったわ。これが何なのかは、身につければわかる事なのね」
「はい」

 不自然にならない様にピンブローチを渡されると、何かを感じ取られたエレシアス様は頷かれた。そしてその後は、何事もなかった様にお二人で昔話に花を咲かせ「今度は、私が誘うわね」と侍女たちと自室にお戻りになっていかれた。
 やがて姿が見えなくなると各々安堵のため息を漏らす。

「さて、僕たちも撤収しようか」



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