見出し画像

聖域のベルベティトワイライト (14)

音貌いんぼう


 湖での出来事でアルテリア姉様の外見の成長が止まったあと、緩やかではあるが確実に時は過ぎ、やがて成人を向かえたエレシアス姉様が代理として父上に付き添い公務をこなす様になると、その美貌と才能はあっという間に王都…そして国を超えて隣国まで届く様になった。
 エレシアス姉様も強力な魔力を保持しているとはいえ、アルテリア姉様や僕と比べると劣ってしまうので王族に生まれた『姫』としていずれ隣国に嫁がねばらない。父上は、温厚な性格なのでその気になるまでは待ってくれている様だけれど『国』を思う閣僚たちからの圧は、日毎に増している。それ故に縁談は尽きないが、姉は「今は、まだその時ではない」と、いつもやんわりと断り回避し続けているのを僕は、やりがいのあるものを見つけ、その開発に打ち込みたいからなのだろう…とついさっきまで思っていた。

 そうか…そうだったのか。

 姉は、今までただ一人の相手を想い、いつかまた会える事だけを望み、気慰きなぐさみとしてずっとモノを作る事に打ち込んでいたんだ。
 ただの町娘として生まれていたら自分の想いを打ち明けて…もしも成就できたら手を取ってもらって二人で大海へ旅立てていたのかもしれない。今日の様子からアルテリア姉様は、ずっときっと気づいていたけれど敢えて何も言わずに見守っていたのだろう。結界の見回りの際の異界へのお忍びもひょっとしたら彼がいるかもしれないという僅かな期待を込めてエレシアス姉様を連れて行っていたのかもしれない。

 アルテリア姉様も僕のために力を使ってあんな事にならなかったら今頃、次期女王としての務めを精力的にこなしていたはず。それが、あんな事になってしまい「いくら魔力が有っても呪われた姫が王位を継承するわけにもいかんだろう。この姿じゃ婿も来ないだろうしな」と今は、出来る範囲での公務だけに顔を出している。
 エレシアス姉様は、今回の事で無事彼に会えたら…国益を優先して輿入れの話を受け入れそうな…そんな気がする。

 僕と違って二人とも幼い時から自分が王族であるという運命を受け入れ、そう生きなくてはならないという自覚を持っているのだ。
「強いなぁ…女の人は」
 それに比べて僕は、この歳になっても勝手気ままで相当に我儘な暮らしをさせてもらっている。完全にただの甘えなのは自覚している…けれど幼少期のトラウマはなかなか払拭出来ないんだ。
「どうされました?お加減が優れない様に見えます」
「…あぁ。ごめんね。体調不良とかではないから大丈夫だよ。…ただ少し考え事をしてたら自分がいかに甲斐性無しな男なのかという事を痛感してしまって…」
 リズは勘の鋭い子なので大丈夫なふりをしていても気を遣って余計に心配させてしまう気がして少しだけ今の気持ちを吐露した。
「過去の色々は、わかりませんが…今のフェリ殿下は、私のために色んな事をしてくださってるので甲斐性無しだとは思いませんよ。寧ろ異世界から来た素性も分からない私にこんなに優しく接してくださるし、この世界の色んな事を教えてくださるので感謝しています。だから私、何でも頑張れます!勿論、今日からのダンスの練習も!」
「リズ…」

 本当に僕のまわりにいる女性は、強い気持ちの持ち主だな。僕も…いつまでも情けない王子のままではいられない。出来る限りのことをして少しでも前に進まないと。

 リズにダンスの経験を聞いてみると幼い頃、母親にほんの少しだけステップを教わった程度だという事だったので今日は、基本のステップを一緒に踊る事にした。「二人は身長差があるから」と姉上たちが予め用意してくれていたヒールのある靴に慣れるのが大変そうではあったけれど一時間経つ頃には、しっかり履きこなしていたし、言語の学習や食事のマナーの時もそうだったけれどこちらと向こうの世界のダンスもそんなに違いがなかった様であっという間に基本ステップを覚えてしまった。

「リズは本当にすごいなぁ。ルーが、教える事がなくなってしまうって嘆く気持ちが何となくわかった気がする」
「私のためにみなさんの貴重なお時間を割いていただいているのでその気持ちに応えなきゃと思って」
「僕たちの事なんて気にしなくてもいいし、完璧にこなそうとして無茶しすぎない様にね」
 そう。頑張り屋さんなところは、良い部分でもあるし悪い部分でもある。リズは、夜寝る前にこの世界の語学を独学していてそれについては、素直に頑張ってるなぁと感心してしまうのだけれど…
「…リズ」
「フェ、フェリ殿下…?」
「また深夜まで机に向かっていたね?目の下にうっすらクマが出来てる。毎日しっかりした睡眠を取らないと折角の美人が台無しになってしまうよ」
「は、…はい。…あ、あの…えっと…」
 語りかけているとリズの顔がほんのり色付いて少し節目がちになっていく。
「ん?」
「お、お顔が…近い…です」
 そう言われてハッと気がつく。ダンスをしているだけでもいつもよりかなり近い距離なのにクマが気になって顔を寄せ、頬に手を添えた状態でじっと見つめてしまっていた。

「…はっ!あああっ!…ごめん!疲れが肌に出てるのが気になっただけで他意はないんだ」
 そして手のひらに残る彼女の頬の感触を意識し始めるとこちらも顔が熱ってき出す。

「ただいまー。おや、お取り込み中だった?」
 そして運悪く丁度戻ってきたルーに見つかってしまう。なんでいつもいつもこんなタイミングなのか…もしかして狙っているのか?
「そんなのじゃないから!」
「もしアレなら出直してくるけれど」
 そう言って転移しかけるルーの肩を強引に抑えるとリズもルーを後ろからホールドして制止させた。
「寝不足が顔に出てたみたいで殿下が心配してくれただけなの!」
 ルーは、リズの必死な姿にやれやれと思い止まり、くるりと後ろを振りかえると小慣れた手つきで僕と同じ様に頬に手を添えて肌を確認する。
「あー、確かにクマが出来てるなぁ。勉強は夕食後に見てあげるから夜は、しっかり寝る様に。そうじゃないと祝賀会まで強引に添い寝しちゃうぞ〜」
 小さい子に言い聞かせる様に接するのでリズは、おとなしく頷く。なんというか…前々から思っていたけれどルーは、女性の扱いが上手い。一体どこでそんなスキルを習得したのやら…いや、天性のものなのか。何れにしても気がつけば羨ましいと感じている自分がいた。
「あ、そうそう。無事イリスティールのスケジュール教えてもらってきたよ」
 今日は、彼が運良くお店にいたらしくお茶を淹れてもらって楽しく談笑してきたらしい。
 趣味が近いのもあり気が合った様で、最終的に彼の愛称の『イリス』で呼ぶ仲になったのだそうな。
「明日からまた数日仕入れに出かけるらしくてさ、戻ってくるのは一週間後らしいよ。なので、取り敢えずその日を空けてもらえる様に話しておいたから次はエレシアス様の方の予定聞きにいかないといけないね」
「そうだね。もし姉上が無理だったとしてもその日に残りの代金を支払いに行こう」

 案件的に向こうの侍女にそのままを伝えるわけにもいかないので僕が姉上と久しぶりに庭を散策したいので時間を作って欲しいと伝えてもらい、夕食後には「晴れていたら明日にでも」と返事が返ってきた。
「という事で晴れていたらガゼボでお茶をする流れになったからそこである程度今後の対策を相談してね」
 ルーは、リズの勉強を見ながら僕の方にも今後の流れを話してくれている。
「そうだなぁ…侍女に聞かれない様にするには、文章にして手紙を渡すのも手だけれど姉上の返事を聞く時にまた庭を散策して…というのも変に思われるし…どうしたものか」
 こちらは三人とも事情を知っているし自由行動が出来るが、姉上はそうもいかない。短期間に何度も会ってその度に侍女に席を外させると多かれ少なかれ不審がられてしまう。暫く悩んでいるとリズが勉強の手を休めて一緒に考えてくれた。
「私の世界の方には、伝書鳩という通信文を運ぶ様に訓練された鳩がいるのですけれど…こちらの世界にはそういうものに近いものってないのでしょうか」
「つまり使い魔とかそういう感じのって事?」
「そんな感じです」
「やれなくもないけれど…日中は、侍女が室内にいるから夜の間しか使えないんだよね」
「あ…気づかれちゃいけないのですもんね…そしたら…う〜ん…魔法の事に詳しくないのですけれど向こうの世界のお伽話の童話によくあるのが、心の声を相手に飛ばす…とか」
「離れた相手にか…。それもやれなくもないけれどダイレクトとなると魔力を結構消費するから…僕は大丈夫だけれど姉上が疲れを出してしまうかもしれない」
 魔法が使えるエルフもルーみたいな妖精と一緒で高難易度のスキルを使い続けると魔力が枯渇してしまい、回復するまでの間は、体調面メンタルにかなりの影響を及ぼす。祝賀会の主役は、他でもない姉上なので、その日が終わるまでその様な事態になる事は極力避けたい。

「…あ。それでは、魔力補助の触媒があったら…ある程度の軽減は可能ですか?」
「触媒…その手があったか!」
「人工クォーツ石英のお話してもらった時、触媒の説明をしてもらったのを思い出して…もしかしたら可能なのかなぁと」
 本当にリズには毎回驚かされるし、その発想力には感服してしまう。そしてそこからお忍びをした時のローブの話を思い出し、話をこう続けた。
「あと…ルーが、魔法のローブについて弱点を話してくれた時、アクセサリーみたいにある程度小さくて身につける物の方が良いって言ってたので…もしも可能ならそういうものを作って明日のお茶会の時にお渡しする…というのはどうでしょうか」
「よし、時間もないから今すぐ作ろう」

 リズの話を聞き終わるとルーは、テーブルに手をかざしてアクセリーに使えそうな貴金属の塊と鉱石を転移さてきた。僕は、普段リングやイヤリングの類を身につけないので出来るだけ他者に違和感を生じさせない様にと考え、最終的に小さめで目立たないシンプルなピンブローチを作る事に決定すると、リズのピアスを作った時の様に素材として使用する貴金属と鉱石に二人の魔力を注ぎ込み、精製作業はルーに任せ、如何どうにか完成。その後、それが実際に使えるかどうかルーに庭まで転移してもらって検証すると、ほんの僅かな魔力で問題無く使う事が出来た。
「時間がなくて適当に作ったし検証不足だから長距離は、どうなのかわからないけれど城の敷地内でこれだけクリアにやり取りできるなら御の字じゃない?」
 戻ってきたルーは、そう言いながら身につけていたピンブローチを僕に手渡すとリズの勉強のお世話を再開する。
「そうだね。魔力消費量も僅かだから安心して使えると思う」
「よかったですね」
「リズもルーも本当にありがとう」
 とてもじゃ無いけれど物事を効率良く短時間でこなすのは自分一人では、無理だった。感謝を伝えると二人とも笑顔で返してくれた。

 これで姉上の事もなんとかなりそうかと安堵すると気が抜けてしまったのかうたた寝をしてしまっていたらしく、気がつけば寝室で寝かされていた。

「ルーが運んでくれたのか…」
 起き上がって居間を覗くと二人とも其々の部屋に戻り寝入ったのか室内の明かりは消されシンと静まりかえっている。何だかんだと連日のバタバタで僕も疲れが溜まっていたのかもしれない。寝室に戻ると横になり再び夢の中にいざなわられた。
 そして久しぶりに夢を見た。いや、あれは夢だったのだろうか…人の気配を感じるが目を開けて起き上がることが出来ないでいると聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。

「ふむ、わずかだが魔力が減少しているな。これなら我の魔力を移しても問題なさそうだ。然るべき日が来るまでこの力を押さえ込む器になってもらうぞ」

 そして声の主が僕の体に軽く触れた時、感触が妙にリアルだった。

 覚えてるのは、それだけで目が覚めるといつもと変わらない普通の朝を迎えていた。ただ思いの外疲れが取れ、なんといっても何もしていないのに魔力が底から湧き上がってくる感覚を覚える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?