見出し画像

聖域のベルベティトワイライト (13)


貴人の胸宇きょうう



 コツコツ
 
 広い廊下に靴音が響く。
 城内は、とても広いので一人ではまだ出歩けない。
 今から向かう先は、エレシアス様のお部屋がある領域だ。
 
「リズは、此処から先は初めてだったかな」
「はい、なんだかとても華やかですね」
 
 フェリ王子の区画も綺麗なのだけれどエレシアス様の区画は、別の意味でとても華やかで嫌味ではないほのかな花々の香りに満ちた空間なので若い女性の使用人が憧れる配属先というのもわかる様な気がする。多分、此処に居るだけで自分もお姫様になった様な気分に浸れるのだろう。
「もう少しで部屋に着くよ」
 朝食時まで男性の姿だったルーは、部屋を移動する時に女性の姿に変化した。気になったので何故なのか聞いてみるとエレシアス様の区画は、兎に角女性の使用人が多いので男性の姿で歩いていると手紙を渡されたり、開いている部屋に引き込まれたり囲まれたりと色々面倒くさい事が起きるから女性の姿でいる方が気が楽なのだそう。確かにそれは、賢い選択だと感じる。すれ違いざまにお辞儀をしている使用人たちは、ルーよりも明らかにフェリ王子と私へ関心を持っているからだ。
 
「お待ちしておりました。此方へ」
 
 エレシアス様の侍女に促され、お部屋に通されると銀髪の美しい女性が待っていた。
「昨日ぶりね、フェリシオン」
「姉上は、今日も麗しいですね」
 二人が揃うと一層華やかになり、そこだけ世界が違うかの様なオーラに包まれている。
 
「あら、リズリエット。すっかり見違えりましたね」
「エレシアス殿下お久しぶりです。その節は命を助けていただき感謝しております」
 覚えたてのカーテシーをして感謝の気持ちを伝え終わるとふわりと良い香りと温かい人肌に包まれた。
「うふふ、なんて可愛らしい」
「姉上…リズリエットが驚いて固まっているのでそれくらいで勘弁してあげてください」
 そう、私は今エレシアス様に抱きしめられているのである。そして余りにもいきなりの事すぎて頭がついていけてない。
「エルフと同じかそれ以上に肌が美しく、滑らかで艶やかなこの黒髪に吸い込まれる様な紫の瞳。この様に可愛らしさと神秘的な魅力を兼ね揃えていたらフェリシオンが放っておかないわけね」
「姉上!」
 二人のやり取りは、既視感がある。…あぁ、ルーとフェリ王子だ。
「さて、揃った事ですし、早速向かいましょうか」
「向かう…?何処にですか?」
「あら、ルシエルから聞いていなかったの?アルテリアお姉様の所ですわ」
 寝耳に水だったフェリ王子と私は、ルーの方に目を向けると澄ました顔をしている。あのルーが、失念していたとは考え辛いのでこれはきっと何かあるのかもしれない。
「今朝、揃ったら其方に向かう様にとお姉様の遣いの者から伝達がありましたの。私も詳細は聞かされていませんけれど貴方達のお忍びの件との事ですわ。何にしてもお姉様からのお声掛けですので気持ちが高揚して仕方ありません。あぁ、そのお土産も一緒に持って行きましょう」
 
 
 あれよあれよという間に私たちは、フェリ王子のもう一人のお姉様であるアルテリア様の区画へと足を進めている。エレシアス様の区画は、見るからに『お姫様が暮らしている空間』という様なキラキラとした華やかさで満ちたエレガントな雰囲気なのに対しアルテリア様の区画は、どちらかというとフェリ王子の区画に近く落ち着いた配色が特徴的で上品な雰囲気がある。そして何より違うのは…
 
 
 
「あら、アーデンにイリュン。貴方達が此処にいると居るという事は、この前の騒動がお父様の耳に入ってしまったのかしら」
 見るからに兵隊だとわかる出立ちの男性二人が廊下で待機している。この二人には見覚えがある。私が向こうの世界で助けてもらった時にアルテリア様の側に居てお母さんのお墓を掘ってくれた人達だったから。
「国内ならまだ良いのですが、異界へのお忍びは国王陛下がご心配なされます」
「まったく、心配性なのだから」
 話の雰囲気からしてどうやら私を助けてくれたあの日の事が国王の耳に入り、数日前からこの様に護衛についているだとか。あの日、アルテリア様がエレシアス様を誘い異界に足を踏み入れたという事で今回は、アルテリア様のみに護衛がついたのだそう。
「姉上達が活発すぎるとこうやってみんなの仕事が増えるんだから程々にしてくださいよ。アーデン、イリュン本当にご苦労様。今後も姉上たちの事をよろしく頼むよ」
「フェリシオン殿下、もったいないお言葉に身が引き締まる思いです」


 二人に誘導されて室内に入ると人間でいうなら十五、六歳くらいで私よりも若く見える金髪の少女がソファーに座っていた。
 
「待ち侘びていたぞ」
 そして込み入った話があるからと私とルー以外の侍女と先ほどの護衛の方は、別室に移された。

「リズリエット、あれからみんなに良くしてもらっているか?」
「はい、アルテリア殿下。皆様にはとても優しくしていただいています。そして、母の墓石のお話も聞きました。本当にありがとうございます」
「それは良かった。フェリシオン、また連れて行ってやってくれ」
「はい」
「あと、この部屋は身内のみなので堅苦しい喋り方はしなくてもいい」
「わ〜い、嬉しい!」
 
 無礼講という事でエレシアス様はアルテリア様を抱きしめてお人形や飼い猫を優しく扱う様にスリスリしている。毎度の事なのか特に気にせずそのままアルテリア様は話し出した。
「今日集まってもらったのは他でもない、昨日フェリシオンたちが城下へ微行びこうした件の事だ。内容的に人払いした方が良いと判断したので此処まで来てもらった」
「内容…というと錬金術師の事でしょうか?」
 察したフェリ王子が話に参加する。
「その者は、本当に『イルヴィエン・セフィラード』と名乗ったのだな?」
「えっ⁉︎イルヴィエン…って」
 フェリ王子が頷く前にエレシアス様が声を上げた。
「はい、確かにそう名乗っていました。それにアルテリア姉様の僅かな残留思念から僕たちを見抜いていたので本人で間違い無いのではないかと」
「だそうだぞ、エル」
 愛称で呼ばれたエレシアス様の手は少し震え、瞳は微かに潤んでいる様に見えた。
「異国に旅立たれた時…もう、会えないのではないかと思っていたのですが…戻ってらっしゃったのね」
「フェリ、昨日の事を話してやってくれないか」
 フェリ王子は、イルヴィエン様がつい最近戻ってこられた事と現在は、公爵家に戻らず『イリスティール・ヴェファリオン』と名乗り商業区で店を経営している事などを伝えた。
「……今の彼の実力をお父様が知れば…確かに強引にでも魔術団に引き入れようとするでしょうね」
「侍女や近衛兵が居る前で軽率にその名前を出すとあっという間に父上の元に届くと思ってな…なのでそれもあって人払いをしたというわけなんだよ」
 成程…そうだったのか。アルテリア様は、友人としてイルヴィエン様をお守りしたかった…という事なんだ。
「…という事で、お土産は、その店で見繕ってもらったこの品々というわけです」
 ルーに手渡してもらった薬品などをフェリ王子がテーブルに置く。
「…ほぉ」
「まぁ……どちらも文献を読み、存在は知っていたのだけれどまさか現物を目に出来るとは…」
 店にはこの他にも滅多に見る事ができない異国の品物がある事をキラキラした目でフェリ王子が語り、その話をニコニコしながらお姫様たちが聞き入る様は、どこにでもいる仲の良い姉弟の様に思える。
「ははは、それだけ金銭を持って行っても足りなかったか」
「そういう事で、近々またお邪魔しようと思っているんです」
 それを聞いてアルテリア様が何かを思いついた様な表情をした」
「その時は、エルも連れて行け」
「お姉様⁉︎行くならお姉様も一緒に」
「私は、護衛という名の監視者に付き纏われてるから暫くお忍びは無理だよ。エル、久しぶりに会っておいで」
「…はい」
 ニコリと微笑みながら返事をされたエレシアス様は何だかとても乙女の様に見えた。
「…あ、そうだ。いい事を思いついた。少し待ってろ」
 何か閃いたアルテリア様は、ソファーから飛び降りて別室に向かわれ、手のひらに収まるくらい二つのクォーツ石英を持ってこられた。其れをエレシアス様に渡し耳打ちをすると何か慌てられて話し出そうとする瞬間、アルテルア様に口を塞がれ抑えつけられる。数分後、エレシアス様が折れてその二つを譲り受けられた。何だろう、このやり取りを私は見て良かったのだろうか…
 
「この話は、取り敢えず此処までとして…もう一つ重要な話題があったな。リズリエット、エルの祝賀会に参加するそうじゃないか」
「あ、はい!」
 話が急に自分の事に切り替わり、声が裏返る。
「という事は…だ。ドレスを新調しなければならないな」
 好みの色やディテールをお姫様二人から根掘り葉掘り質問され、身体中をペタペタ触られる。
「ん、リズリエット少し細身だな。私が言うのもアレだがもう少し食えよ。…あと…意外と胸があるな」
「これは、この素材を活かしたデザインにした方が良いわね」
 何だか少し恥ずかしくなって視線をうろうろさせるとその先にいるフェリ王子も何だかとても居た堪れない表情をされていて余計に恥ずかしさが込み上げてくる。
「あの…僕、席を外しておいた方が良い気がするんだけれど…」
「もう直ぐで終わるから我慢しろ」
「…はい」
 
 
「よし。必要な部分も計り終えたな。あとは、こちらでやっておくから当日は安心しておけ」
「ありがとうございます」
「それと、フェリ。次は私への土産も忘れぬ様にな」
「はい」

「楽しいひと時だった。また面白い話を聞かせてくれ」
 
 一通り終わるとアルテリア様は、待機させていた侍女たちを呼び戻し我々を見送ってくださった。途中でエレシアス様たちとも別れ、フェリ王子の区画に戻った時には、午後になっていた。
 
 軽く昼食を取りながら二人が会話を始める。
  
「ルー、アルテリア姉様に話してたのか」
「イリスティールの事情を知った時、これは先に手を打っておいた方が良いかなぁって思ったんだよ」
「確かに…ルーのお陰だなぁ。エレシアス姉様の部屋で彼の話題をしていたら侍女たちのいる前で本名を口にしていたかもしれない」
「ふっふっふ。私は出来る妖精なのだよ」
 
「…あと、何故エレシアス姉様が、頑なに輿入れを回避していたか…わかった気がする」
 
 私も会話の途中で何となくそんな気はしていたけれどどうやらフェリ王子も気づいたみたいで神妙な表情をされている。エレシアス様は、何百年もの長い間、イルヴィエン様の事をお慕いされていたのだろう。だからアルテリア様は、気を利かしてあの様な提案をされたのだ。
 
 
「イリスティールは、店を空ける事が多いって言ってたから…何とか調整して確実に会える日に姉上を連れて行ってあげたいな」
「おやおや、フェリでもそんな事を考える様になったか」
「今は、父上からの話をのらりくらりとかわしているけれど、いずれエレシアス姉様は隣国へ嫁がねばならないだろう。そうなる前に会うくらいさせてあげたいじゃないか…今までずっと溺愛してもらってるんだからせめてそれくらいしてあげたい」
「そうだね。よし、そういう役目は、私とリズに任せてよっ。さっと行ってきて色々探りを入れてくる!」
「そんなこと言って…キミは、城下へ遊びに出かけたいだけなんだろ?というか、何で僕を置いて二人行く事になってるんだよ!」
「だってフェリ、基本引き篭もりだろ」
「今までは、そうだったけれど…あんな楽しそうな所知ったら我慢出来ないじゃないか!」
「ずっと室内にいるより良い事だけどさ、頻繁にお忍びし出すと噂が国王に届いて姫たちの様に護衛や新しく監視役の小間使いが付く事になるから程々にしないとね」
「部屋の前に護衛がつくとか部屋にキミたち以外の使用人が入るとか…それは、絶対嫌だなぁ…」
 そこから二人の会話は、どうやって監視の目を掻い潜り城下へ降りるかについてに移行していく。
「ルーやリズは、使いで出かけてる…というていがとれるから良いとして…僕が短期間に何度もソルの所守備隊駐屯地の転移装置を使いまくると幾らソルが情報操作してくれたとしても残留思念が溜まりまくって定期的に情報を管理している宮廷魔術師たちに気付かれて絶対足がつくんだよなぁ…」
「だからといって城の正門から出るわけにもいかないしね。郊外の転送装置を使って外から王都に入る…っていうのも結局関銭せきせん(通行税)を払うために管理施設を通過しないとだから身分を偽装してる事がバレると直ぐ上に通告されてしまうだろうな」
 そして二人は、しばらく黙り込む。城下へのお忍びは、歴代の王族たちもしていた事なのでそこまで禁止されている事ではないそうだけれど、フェリ王子は『今の環境』が崩れる可能性がある事に気を揉んでいらっしゃるのだ。
 
「あの…、城下に置いてある様な人工クォーツ転移装置を二人で作って置く…というのは無理なのですか?」
 
 幻術魔法で私の部屋を作ってくれた二人の力ならどうにかなるのではないかなと思い質問をしてみた。
 「二人でなら作れるかもしれないけれど…試作品を何回も作る時間も手持ちの素材もないから出来たとしても数回までの使い切りになると思うし、瞬間移動をする為に必要な触媒となると最低でもリズの手のひらサイズくらいの人工クォーツが必要になるから道に置くと定期的に巡回する守備隊が不審物として回収する可能性があるかもしれないし、庶民が何かの原石と勘違いして持ち帰る…という事もあり得るんだよね」
 成程、作れたとしても置き場所に困るんだ…置き場所…
「いっその事、イリスティール様のお家の中に置いてしまう…とか」
 
 何の気なしについ口から出てしまった一言だったけれどそれを聞き逃さなかった二人は、次の瞬間目を合わせると頷いた。
「ありがとう、リズ。僕たちだけでは、その発想には辿り着けなかったよ」
「あとは置いてもらうための説明をどうするか…だよね。ここは正直に全部話すべきか、エレシアス様の事は黙っておくべきか…納得してもらいやすいのは前者だけれどサプライズ的な要素があるのは後者なんだよねぇ。…悩ましい」
「う〜ん…。取り敢えず今日のアルテリア姉様の話を組み込んで一時的にだけでも良いからお忍びしやすい環境を作っても良いか聞いてみる…か。ルー、済まないけれど明後日、僕らがダンスの練習をしてる間に一人で様子を見に行ってくれないか。もしイリスティールがいたら交渉して欲しい。居なかったら店員の女の子に彼の予定を聞いてまた日を改めよう」
 フェリ王子の提案に了解したとルーは頷く。
  
 ——翌々日
 
 
「じゃぁ、早速行ってくるから二人はしっかりダンスを楽しんでおくんだよ」
 

 そういうとあっという間にルーの姿が消えた。
 姿形を変えたり一瞬で別の場所に移っていく様を見ると妖精とエルフは似て非なるものなのだと改めて感じる。
 
 
「妖精って触媒がなくても何でも出来ちゃうんですね」
「この世界の妖精は、精霊の一種だから確かにエルフ族と比べるとなんでも出来てしまうけれど、触媒なしに短期間で強い力を何度も使うと精気の消耗が激しいからあまり無理をさせるわけにもいかないんだよね。いつだったかな…ルーと出会って間もない頃、わがままを言って無理させちゃったら数日姿が見えなくなって…姉上たちに泣きついて探してもらった事があったっけ。あの時は、僅かな光になってもう少しで消えてしまいそうになっていたルーをアルテリア姉様が見つけてくれて『友達だと思ってるならもう少し考えろ』って物凄く怒られたよ」
「妖精も精気や魔力は、無尽蔵ではないのですね」
 フェリ王子の話を聞いて先日イリスティール様が話されていた事を思い出す。「暇だったから趣味で作ってる」と言っていたけれど…きっとルーは、その消耗を出来るだけ抑えるために魔力の補助として触媒になる鉱物の知識やそれを身に付ける方法として彫金やその他の技術を独学で学んでいったんだろう…。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?