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聖域のベルベティトワイライト (16)


帰還


 三人で庭園の片付けを終え、自室に戻り、テーブルの上に置いていたピンブローチを手に取ると姉上のエナジーの波動を感じる。
 僕は、それを身に付けると声を出さずに姉上の心に直接語りかけてみた。

〈…姉上、フェリシオンです。この声は、届いているでしょうか?〉
〈あら!フェリ、物凄くクリアに聞こえるわ。…それにこうやってダイレクトでやり取りしているのに魔力の消費も感じられない…このピンブローチは、こういう事に使う為のものだったのね〉
 状況を把握した姉上は、直ぐに僕と同じ様に心に直接返事を返してきた。

〈即席で作ったものなので魔力を補える範囲は、そこまで広くないのですが、城内くらいなら多分問題無く使えると思います〉
〈わかったわ〉
〈早速本題なのですが、一週間後のスケジュールを空ける事は可能ですか?〉

 スケジュールを確認しているのか少し間が空いてから姉上から返事が返ってきた。
〈ええっと…ええ、多分大丈夫〉
〈ありがとうございます。その日、例の錬金術師イリスティール……いえ、イルヴィエンの所に一緒に行きませんか。僕は…、どうしても姉上を連れて行きたいんです〉
〈まぁ…フェリ…。ありがとう〉

〈姉上一人だけを連れて行きたいのですが、侍女じじょへの対応、そちらの方でなんとかなりますか?もし難しそうならルーと幻術魔法を使ってどうにかしようと思います〉
〈問題ないわ。先日、貴方がお土産でくれた貴重な素材を使って魔法薬を開発したからそれを使えばなんとかなるはず〉
〈魔法薬?〉

〈幻術魔法に近い効果なのだけれど…そうね、簡単にいうとそれを使用すると、もう一人の自分を一定時間作り出す事が出来るの。効果時間は、使用者の魔力に応じて変動するのだけれど並の魔力なら半日、私くらいだと三日間くらいは大丈夫なはずよ。貴方なら一週間は余裕で持ちそうね〉

 どうやら姉上も単独行動が出来ないかと得意なジャンルで模索していたらしい。
 姉上曰く、複製体(幻影)は意思を持って行動するが、オリジナルに忠実なので暴走を起こす事もなく、役割が終わるか効果時間が切れると人目につかない場所で自然に消滅し、複製体の行動情報は常にオリジナルにも共有されるという事で僕が術を使うよりも侍女じじょに見破られないだろうと判断し、対応は姉上に任せる事にした。

 その後も姉上と話し合い、前日の就寝時間に錬金術師の家に置く用に作った転移装置をルーが姉上の部屋に運び、魔法薬を使ってすり替わった姉上を僕の部屋に転移させ、翌日再びその装置をルーに目的地に置いてもらい、残りの三人で転移するという作戦を立てた。

〈ふふふ、なんだか冒険する様な気持ちになってきて今からワクワクが止まらないわ〉
上手うまくいくといいですね〉
〈絶対上手うまくいくわよ〉
〈それでは、また前日の夜に〉
〈ええ〉
 一連のやりとりを終え、ピンブローチを外すと様子が気になっていたのかルーとリズが静かにじっと見つめてきていた。
「どうだった?」
 作戦に関わるルーが、状況を聞いてくる。

「思っている以上に順調にいきそうだよ。姉上もご自分で出来る事はしてくれるらしいので前日の夜は、迎えに行くだけでいいみたい」
「わかった。では、私の方は基本、予定通り行動するね。何かアクシデントが発生した時は、エレシアス様と臨機応変に対応するよ」
「よろしく頼むね。それにしても…」
「ん?」
「いやぁ、さっき姉上とやり取りしてる時に聞いたのだけど、姉上は相変わらず凄い薬品を作ったなぁと思って」

「何それ。気になる」

 ルーが身を乗り出して聞いてくるので姉上に教えてもらった事をそのまま伝えるともの作りが好きなこの妖精は、「ふむふむ、なるほどなぁ」と感心している様子。
 それを見ていたリズが、ルーに同じ様なものを作れるのかと尋ねた。
「やれない事はないけれど、塗ったり飲んだりする様な所謂いわゆる薬品系のクォリティがより高く反映されるのはエレシアス様の魔力の方だろうね。全く同じ調合をほどこしても性能が良いのは間違いなくエレシアス様の方だよ。私は、物理的に身につけたり触れる物の方が相性が良い感じ」
「アクセサリーとか衣類とかそういうもの?」
「そうだね。因みに魔力に関して図式みたいなもので視覚化するとしたら、エレシアス様や私は、どちらかというと特化型で、そこにいる王子とアルテリア様は、オールマイティ(万能)」
「ルーもそう万能じゃないか」
「いやぁ、私は攻撃系はそんなに得意じゃない。いや、使える事は使えるんだけどさ。多分そこは種族差的なやつだと思う。エルフと違って妖精って大まかにいうと『精霊スピリット』だから万物から力を借りるのは得意だけれど自らの魔力のみで発する系の行為をするとめちゃくちゃ疲れて回復するのに時間がかかるのさ。だからそういうのはサポートに徹してエルフに丸投げしてる」
 ルーが説明しているのを聞いて、成る程と納得した。僕とルーが一緒になって魔法を使う時、ルーが万物の加護をたまわってそれを僕に託してくれるから、より強力な効果を得られるんだ。
 こうして姉上の件は問題無く話が進み、その後もリズのダンスの練習やその他のレッスンも同様に順調な日々が続いた。

「もう少し色々アクシデントが起こると思っていたのだけれど、この五日間なんというか平和だねぇ」
 三人掛けのソファーに寝そべりながらクッションを抱えて退屈そうにゴロゴロしている妖精がそれこそ退屈そうに呟く。

「ルー…まるで何かあった方が良かったみたいな言い方だね」
「一応、こう見えても妖精なんで平和過ぎるとつまらないというか…日々の暮らしにハリがないというか…こう、フェリが色んな目に遭って青ざめる顔を見ていたいじゃない?」
「相変わらず悪趣味だなぁ!」
「妖精のさがってやつだよ」
「うふふふ」
 こんな僕らのやり取りを横でクスクス笑うリズという図式も見慣れた光景になってきた。

 この五日間でリズの行動範囲は広がり、下級の使用人たちとも交流する様になって以前より表情の変化が豊かになってきた様に思う。使用人たちは、最初は物珍しさが先行して近寄っていったのだろうとは思うが、じきにリズの人柄の方に惹かれてルーの情報によると今では陰であらぬ事を言う輩はいなくなったようだ。
 ただ、困った事にリズは現在、若い女性の使用人たちから僕のあれこれについて質問攻めにあっているらしい。そういう時は、ピアスの反応に気付いたルーが助け舟を出して場を凌いでいるらしいけれど彼女たちは諦めが悪い様で、この攻防戦に流石のルーもため息が絶えないらしく、その皺寄せが今のこの状況なのである。

「そういえば、今日じゃない?」
 ダラダラしながらルーが僕に喋りかけてくる。
「今日って…?」
「遠征から戻ってくるの」
「あ、そうか。兄上が戻ってくるのって正午過ぎくらいだったかな」

 今日は、二ヶ月ぶりに兄上が遠征先から戻ってくる。父上への報告が終わってから部下へ諸連絡などの会議があるだろうから自由な時間が取れるのはきっと西陽が少し傾いたくらいの時刻になるだろう。
「リズ、僕らは明日の夜からエレシアス姉様の色々があるし、今日のうちにこの前言っていた土いじりが趣味になってる兄上に会っておかないかい?」
 兄上もきっと例の錬金術師とは幼少期に遊んでいた仲であったろう。なので今までの経緯と今後の事についてある程度は、兄上にも話しておいた方がいい気がした。
 リズは二つ返事で承諾してくれたので兄上のお戻りの際、ルーに言伝ことづてを頼む流れにした。
「戻られた日には、必ず畑の様子を見るのが習慣になってたはずだから良い返事をもらったら畑で待っていると伝えておいて欲しい」
「了解、任せておいて」
 長年そばに居て僕の思考と行動を大体把握しているルーは、ある程度察していたらしく、いつもの様に返事を返してくれる。

 遠征隊は、予定通り正午過ぎに城に帰還した。
 到着の際、僕も出迎えたが、直ぐに王の間に向かわれるとの事で会釈と二、三言葉を交わすのみで済ませ、後はルーに任せた。
「遠征された兵隊さんは結構な人数だったのですね。城内と離れの兵舎の厨房が大忙しみたいです」
 昼食の片付けを済ませて戻ってきたリズがいつもには無い表情でやや興奮気味に外の雰囲気を教えてくれる。
「今回は、国境近くの砦に行ってたらしいから兵士の人数もそれなりに揃えていたみたいだったからね。今日の夜から一般兵は、長期の休暇が与えられるだろから大体の兵は、其々それぞれ城下や実家のある街に戻るはずなので明日からまたいつも通りの日常に戻ると思うよ」
「国を守るって大変な仕事なんですね」
 そうだねと返事を返して窓から外の様子を見ていると用を済ませたルーが戻ってきた。

「フェリが推測した通り、会議終了後に畑に向かわれるとの事なのでそこで落ち合う約束を取り付けてきたよ」
「ありがとう」

 会議が終わるであろう三十分前になると僕らは城内の畑に移動した。
 ここは、兵が入ってくる事もないのでいつも通り穏やかな雰囲気に包まれている。畑の作物は、お昼の材料で使用したのか所々ところどころ歯抜けの様な状態になっていた。
「きっと事前に用意していた材料が足りなかったのですね」
「あの人数だものね。まぁ、いつもは大体余らせて家畜の餌に回る事の事が多いから国を守ってくれる者がしっかり食べてくれる方がガーデナーや兄上もきっと嬉しいと思うよ」
 ここの土は、堆肥たいひの他に姉上が魔法で調合した液肥えきひも使用されていて大変美味しい野菜が育つ。勿論薬品用に栽培されているハーブも質が良いので姉上が使用しきれないほど大量に収穫できた年は、格安で城下や郊外の街に卸している。

 もし姉上が嫁がれてしまわれたらそういう事は、やはり僕が継いだほうがいいのだろうかとぼんやり考えていると誰かがこちらに向かってくる気配を感じた。

「戻ってきた時も思ったが、俺がいない間にすっかり雰囲気が変わったなぁ」
 振り返ると会う約束を取り付けていた兄上が側近を連れ来ていた。
「兄上がいない間に色々とありまして」
「成る程。で、そこにいるのが例のお嬢さんかな」

 どうやら昼食時、大臣たちからある程度聞いていたらしく、さほど驚きもせず話を切り出してきた。
「お初にお目にかかります。フェリシオン殿下のもと侍女じじょ見習いをさせていただいているリズリエット・ヴァイスリアと申します」
「フェリから聞いてると思うが、俺はフェリの兄リオヴェルだ。キミが来てから何やらフェリが、王子としての自覚を持ちつつあるらしいので今後もフェリの事、宜しく頼む」
「は、…はい」
 ガタイのよい兄にがしりと手を取られ迫られたリズは思わず返事をする。
「もう…リズが怯えてるじゃないですか。もう少し加減というものがあるでしょう?」
「いやぁ、すまない」
 悪びれもせず、ハハハと笑う兄にそれとなく側近に席を外して欲しいと伝えると承諾してくれた。
 側近が下がるのを確認するとルーが魔法で結界を張る。
「で、人払いをするからには俺がいない間に何かあったのか?」
「ええ。今からする話は、大臣や父上には話さないでいただきたいのです」
「お前がそこまでいうなんてよっぽどの事か」
「約束してもらえますか?」
「わかった。約束しよう」
「兄上は、イルヴィエン・セフィラードという人物を覚えていますか?」
「あぁ、幼少の頃から俺や姉上の遊び相手としてよく城に来てくれていた。そのうちエレシアスも加わって…そうだ。あいつは特にイルヴィエンにベッタリだったな。イルヴィエンは、その能力の高さから神童と呼ばれていて父上は、彼が成人を迎えたら直ぐに要職に就かせるつもりだったみたいだが、彼は家を出て冒険者になり、この地を離れてしまったな」
「彼は、現在冒険者の頃に使っていた名前でこの国に戻って来ています」
「それは、本当か?」
「はい。城下の商業区で錬金術師として店を構えています」
「その事は、姉上やエレシアスも知っているのか?」
 兄上の問いに僕はうなずいた。
「…そうか」
「僕は、明後日エレシアス姉様を彼に会わせるつもりでいます」

 そしてそこからこれまでの経緯と今後の行動について出来るだけわかりやすく説明をした。僕のその話を聞き終わった兄上は、暫く考え込んでから「ふぅ」と軽く息を吐いた。
「状況は理解した。俺から言う事は、エレシアスの事を頼む。それだけだ。そして俺は、この件は聞いていない事にしよう。聞いていないので父上たちに伝える理由もない」
「兄上、ありがとうございます」
 兄上は、昔から話がわかる人だった。少し強引な時もあるけれど優しく頼りになって僕は、兄上の事をずっと尊敬している。
「ところで兄上、今回はエレシアス姉様の祝賀会の日まで滞在されるのですか?」
「いや、本格的な冬が来る前に一度山脈の砦まで各種資材を運びに行こうと思っている。祝賀会の五日前くらいには戻ってくる予定だ」
「…という事は、例の薬草も採ってくるんですね」
「エレシアスに頼まれているからな。今回は、誕生日祝いも兼ねて前回の倍は採取するつもりだ。フェリも付いてくるか?お前とルシエルがいてくれたら作業効率が絶対良いと思うんだ」
「絶対嫌です」

 暫くの間、一緒に畑の様子を見た兄上は、満足されて自室に戻って行かれた。


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