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聖域のベルベティトワイライト (17)


紫雲英げんげ


 陽が少しずつ傾いて影が徐々に伸びだす時刻。
 限られた時間ではあったけれど、畑でフェリ王子のお兄様のお話の輪に入れさせていただいた。
 フェリ王子のお姉様やお兄様たちは、仲が良くて本当に素晴らしい人たちばかりだ。そして勿論、フェリ王子も。

「まさか本当に私たちを連れて行こうとしていたとは…」
「断っておいたけれど…さて、どうなるだろうか」
「無理やり連れて行かれそうなのですか?」

 畑から戻って来てから心無しか、お二人の表情が曇っているように感じる。

「姉上次第かな…。兄上は、姉上たちの『どうしても』というお願いを拒否した事がないんだ」
「絶対何か弱みでも握られてるとしか思えない」
「大勢で遠出をするもの気が進まないのに冬の山岳地帯だなんて…。ルー…最悪の事態を想定して今から必要になりそうな道具を作っておこうか」
「そうだね…」

 断れないのですかと聞いてみると今までの経験上、ある程度の年齢になってからは、どんなに突っぱねても(特に一番上の)お姉様の強制力プレッシャーにはあらがえなくなったとの事。フェリ王子が私のお世話係を任された時の事を思い出すと確かに成程と納得した。なので今回も『その時の境地』に立たされた時、なんとか立ち回れる方向性に思考を切り替え、ルーと雪山にいても安心できる魔法の道具を数点作成して準備されるらしい。

「もしもその時、必要じゃなかったとしてもいつか役に立つ時が来るかもしれないし、なんなら錬金術師のお店に買い取ってもらうのも面白いかもしれない」
「冒険者に使ってもらう…っていうのも確かに悪い気がしないから良いかもね」

 先程までは、『世界の終わりが来た』みたいに沈んだ空気だったけれど一転して物作りの話題から救いの光が差し込み、お二人は和やかな表情で会話をされている。

 それにしても山岳地帯…か。この世界にやってきてから私は、この王都と母の眠っているあの丘のような丘陵地きゅうりょうちしか知らない。なので「山岳地帯」が響きとしてとても新鮮に感じる。私は、元の世界には戻る事は、多分無いだろう。だからこの世界の色々な場所を知りたい。

「山岳地帯…もしも行かれる事になったら…私も一緒に行っても良いですか?」

 私の言葉を聞いたお二人は貴族らしからぬ驚いた表情で見つめてきた。
 どうやらもしも本当に行く事になってしまったら私をこのお城に待機させるつもりでいたみたいだ。

「今の聞いてた?冬の…雪山だよ⁉︎」
「吹雪の雪山なんだよ⁉︎極寒の地なんだよ⁉︎」
「侍女見習いとしてフェリ殿下が赴かれる地にはどんな場所にも同行したいのですが…駄目なのでしょうか」
「駄目では無いのだけれどこの世界に来てまだ日の浅いキミには過酷な場所だと思うし…」
「隊と一緒に行動するから変な男に目を付けられやしないかとこの王子が気が気でなくなっちゃう」
「ルー!」
「私、こんな見た目になってから前の世界では、あまり外に出なかったので…この世界の行けると所には出来るだけ行ってみたいのです」

 お二人は、其々少し悩まれていたが、最後には仕方ないという顔をされて私の思いを聞き入れてくださった。
「リズも一緒となるとキミも使える物を作らないといけないね」
「行きは仕方ないとしても戻りが楽になる様に中継地点の村に転移用の人工クォーツ石英を置いておくのってどうだろう」
「それは良いね。今後、色んな地に足を踏み入れる毎にそうやって王族所有の建物に設置していこう」
「フェリ殿下、楽しそうですね」
「長年引き篭もり王子だったはずなのに」
「王族のあれこれとか色眼鏡で見られるのが嫌なだけで、そうじゃなければ僕だって興味のあるものや気になる事は沢山あるし、色々自分の目で見てみたいんだよ」
 お忍び癖は、どうやら王族の血らしくフェリ王子の目は活きいきとしてとても輝いていた。

「イリスの店に使えそうな素材があったらまとめて購入してしまおう」
「あそこ、本当に物が充実してるからねぇ。そうだ、防寒具とか絶対に必要になるだろうから魔力が程よく溶け込みそうな質の良い糸か生地を見つけたい。それで見た目は薄そうだけど温かい衣類製作したい!」

 お二人は、楽しそうに素材のリストをまとめ始めたのでこっそりと配膳室には一人で向かいリスト作業が終わる頃にはワゴンを運んで食事の準備を整えておいた。

「リズ、もう一人で出来る様になったんだね」
「ルーみたいに手早くは出来ませんが」
「いやいや、すごいよ」
 お二人に褒めてもらえるのは、とても心地いい。
 エレシアス様の祝賀会までには、ルーやフェリ王子の横にいても問題無い立ち回りが出来るように頑張らなくては。
「明日の夜は、姉上の侍女たちが下がったら合図をもらえるようにしているからその時は頼むね」
「了解。フェリとリズは、エレシアス様の移動用衣類とか用意しておいてね」
「大丈夫。抜かりは無いよ。それよりもここで一泊されるから僕のベッドを使ってもらって…僕はソファーで一晩過ごすか」
「リズの部屋で一緒に寝かしてもらったら」
「冗談も大概にしなさい」
「えー、なにその反応。つまんなーい。もっとこう、食事を喉に詰まらせたり真っ赤になってくれないと。ねぇ、リズ」

「私は別に構いませんよ」

「…なっ⁉︎」
「へぇー」

「私がソファー使いますので!」
 他意は無く、ただ王子がソファーで寝るのはお体に障ると思ってベッドを使ってもらおうと思っただけだったのだけれど結果的にフェリ王子に勘違いをさせてしまった様で真っ赤な顔のフェリ王子に気付くととても気まずい雰囲気なり、ルーだけが満足した顔をしている。
「リズもフェリの扱いが分かってきたみたいだねぇ」
「ルー、そういう事じゃ無くて…!ソファーだと寝起きに体が痛くなると思って…それだったら背が低い私の方がソファーを使った方が良い気がして…っ」
「リズ、気を使ってくれてありがとう」
 王子は、私がわざとでは無いって分かってくれているので優しい言葉をかけてくださる。
 ルーは、フェリ王子の慌てた姿に満足した様で暫くすると真面目モードに切り替えて明日の段取りをフェリ王子と擦り合わせた。
「明日のお昼、フェリたちがダンスのレッスンしてる間にイリスが戻ってきてるか確認しに行ってくるね。もし居たら転送装置をこの前通してもらった部屋に置かしてもらうようにするよ」
「うん、それと戻ってくる時、それが正常に動くか検証も兼ねて転送装置を使って戻ってきて」
「了解」
 その後の話し合いで、事が順調に運んだらお二人の時間を作ってあげようという流れになって私たちはお邪魔にならない様にお店の手伝いでもしようという事になった。
 そして山岳地帯の話も出た。
「兄上たちの日程は、これから聞くからまだなんとも言えないけれど、僕らは目的の薬草がれたら翌日には王都へ戻るつもりでいるよ」
「確か行きは、毎回各拠点巡りも兼ねてるはずだからどうしても馬車か徒歩だと思う」
「うん。片道三日は、かかるはず。それに向こうに到着しても隊の任務のほうが優先だろうから兄上と薬草を取りに行くのは、そこから更に三日後くらいと思っておいたほうがよさそうだなぁ」
「という事でリズは、長旅疲れを起こさない様に体力つけないとね。今から沢山食べてよく寝ておくんだよ」
「はい」
 もし本当に同行する事になればその分、各種レッスンの時間が取れなくなってしまうのでイリスさんのお店から戻ってきたらリオヴェル様の隊が出発されるまでライブラリー通いの様なプライベートな時間は封印してレッスン漬けの日々が始まる。勿論それに付き合ってくださるフェリ王子とルーの時間も無くなるわけなので、より一層頑張らないといけないと感じた。
 食後の会話の後、ライブラリーが閉まってしまう前に借りていた本を戻しに行き、お風呂おいただいてからいつもの様にルーに髪を乾かしてもらう頃にはすっかり夜が更けていた。お二人に夜の挨拶をして自室に戻りベッドに入る前に机の上の整頓をする。

「よし…っ。これでもし明日ここをフェリ王子に使ってもらっても大丈夫でしょう」

 自分の事ではないけれど、とても大事なミッションなので変に意識が昂ってくる。
「…いけない。とにかく私は、皆様の邪魔にならない様にしないといけないのよ。そのためにはちゃんと寝なきゃ」

 急いでベッドに入り、目を閉じる。
 すると思ってたよりも軽く、すーっと意識が薄れていく様な感覚に包まれる。
 そして遠くの方でまたあの女の人の声が聞こえてきた。

「…全く。われが介入してやらねば、お前は朝まで起きていたであろうな。しかし…雪山か。話を聞く限り、の地に近い場所やもしれぬ。今ですらあの王子と妖精の魔力が干渉してわれの力を抑えるのに一苦労なのにの地に近づけば、地脈の…そう、残像思念の影響が、この娘の体に現れてしまう可能性は高いな…我としては、もう少しゆっくりしていたかったのだが…。まぁ、そうなったら仕方ない。そうなれば、強制的に全てを受け入れてもらうまでよ。お前も王子も妖精もな」

 気がつくと窓の外は、徐々に白んでもう間も無く鳥のさえずりが聞こえ出す様な時間になっていた。

 今までは、女の人の声が聞こえてきてもかすかに聞こえる程度で話の内容も聞き取れない時の方が多かったのに今回の内容は、はっきり覚えている。映像も少しだけ思い出す事が出来た。低くたなびく紫の雲の下、黒髪がなびく横顔は何処となく自分に似ているけれどもっと大人びて見えた。
 私に現れる現象というのはどういう事なのだろう…そして王子と妖精というのは、間違いなくフェリ王子とルーの事だと理解したし、強制的にと言っていたけれど喋り方が落ち着いていたから威圧される様な恐怖も感じなかった。感覚が麻痺しているのかもしれないけれど今まで色々ありすぎたので自分の身にまた何か起こったとしても物凄く驚く事は、きっと無いのではないかと思う。
 今日もいつもと変わらない一日にを送ろうと起き上がり、着替えやその他の身支度みじたくを済ませるとルーが待っていてくれた。

「おはよう、ルー」
「おはよう」
 朝の日課になっているブラッシングをしてもらうために椅子に座ると慣れた手つきであっという間に綺麗に仕上げてくれた。
「髪がツヤツヤしてる。ここ数日、本当によく眠れているみたいだね」
「確かによく眠れてるけれど髪でわかるの?」
「そうだよ。髪と肌の質は、質の良い睡眠が不可欠なんだから」
 そう言うと両手で頬を触り「うむうむ」と頷いた。

「…ん?」
「どうしたの、ルー?」
「気のせいかな。いつもより瞳の色が赤紫に見える様なそれに……うーん…ちょっとじっくり見せて」
 そう言われた瞬間、目の前が一瞬眩しく光り思わず目を閉じてしまった。
「んっ」
「大丈夫かい?」
 気がつくとルーが心配そうに覗き込んでいる。
「急に目の前がピカッと光った様な気がして…ルーは、何ともなかった?」
「いや、特に何も」
 どうやら眩しく光ったと感じたのは私だけだった。目眩めまいか何かの類いなのか…もう一度瞳を見てもらったけれど特に変化は見られないと返事が返ってきた。
「ごめんね、朝日の光の屈折のせいだったのかも。…ただ、それとは別に気になる事があるんだよね。一つ質問していい?」
「うん?」
「リズって前の世界にいた頃、…魔法って使えた?」
「ううん。容姿が変わっただけで魔法とかそういう不思議な力は、全く持っていないわ」
「…そっか。そしたら私たちが作ったそのピアスが影響してるかもしれないのだけれど…リズからほんの僅かな魔力を感じるんだ」
「え?」
「この世界でも稀にいるんだよ。幼少期までに能力がなくなったりその逆とか…でもリズは、子供という歳ではないし、何より他の世界から来てるからなぁ…。まぁ、生まれつきの潜在的な能力なら特に気にしなくてもいいと思うけれど何かが影響して身についてしまったとしたら体調の変動とかで生活に支障が出るかもしれないから、もし何か違和感を感じるなら私とフェリに言ってね」

 魔力。思い当たる節があるとすれば、夢の中のあの女の人しかいない。
 ルーに話した方がいいのだろうか。
 …でも夢の中のあの人は私に直接接触をしてる感じでもないし…ただの夢かもしれない。
 それに今は、体調にあからさまな変化があるわけでもないし、それに私の事を気にかけてもらうよりも今夜からのエレシアス様の事を優先にして行動してもらう方がいい気がした。

「ありがとう。今のところそれっぽい力を自分で感じてないので自分ではわからないから、もっと何かはっきりした現象が起こったら相談するね」

 そう言い終わる頃に頭の中で自分ではない『何か』が、微かに「ふぅ」とため息をついた様な気がした。
 この時、今までなら考えもしなかったけれど、もしまたあの人が夢に出てきたら可能なら声をかけてみたいと思った。



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