女子大生よ、バニーガールになれ
私はむかし、北の歓楽街のバニーガールだった。
札幌の眠らない街、すすきの。
今はコロナを経てだいぶ夜が早くなってしまったようだが、私が大学生だったあの頃、本当にすすきのが眠ることはなかった。
そんな白夜のような街の一角に、バニーガールのいるガールズバーがある。
ガラス張りの二階建で、なかなかの有名店だった。
そこでバイトをしていた女子大生のなかの1人だった。
働き始めた動機はまず第1に時給が高いことだった。あの頃の札幌の時給はせいぜい720円、深夜帯でも1000円を超えないところを、2500円から頂けるというのだから魅力的だった。
第2に、好奇心があった。
今でも承認欲求は強いタイプであることは自覚しているが、当時からその傾向はあり、大胆な格好をすることに密かに憧れていた。
それに、お酒を飲むことも好きだった。
飲むことというよりは、飲み会の雰囲気が好きなタイプだった。
それに加えてなかなか酒の強い血筋であったので、益々飲みの場は好きだった。
こうして私はハイレグと網タイツにピンヒールを履いたバニーガールになった。
この経験は、私の人生にとってなくてはならないものになっている。
上記のふわふわした動機からは想像もできないくらいに。
ガールズバーはもちろん接客のお仕事であり、それはもう色々な人に出会った。
学生さん、海外からの観光客、サラリーマン、店に通いつめている人、キャバクラのアフターで来た2人、どこかの社長を名乗る人…
たくさんの人と盃を交わすうちに、コミュニケーションにテンプレートは存在しないことを学んだ。
その人がどんな人なのか真剣に知ろうとすること。
相手に興味を持つこと。
仲良くなるためにこれ以上必要なことはない。
知識の度合いが全然違っていても、言語が違っていてさえ、その気持ちがあれば会話はできるものだ。
コミュニケーションをとるのは何も一期一会のお客さんだけじゃない。
一緒に働く女の子たちとも上手くやっていかないと、気持ちよく働くことなんてできやしない。
ガールズバーで働く女の子達のボリュームゾーンはだいたい22-25歳くらいで揃っていたように思う。
けれど、「働いてお金を稼ぐ場」という状況がそうさせるのか、端からそういう子達が集まるのか、そのコミュニケーションは大学でのそれとは比べようのないくらい大人びていた。
みんなもちろん飲むのが好きで、恋愛もしてオシャレもする普通の女の子たちだ。
ただ、大学と違ってメンバーの入れ替わりが激しい世界で、自分の好き嫌いで付き合う相手を決められる余地はあまりない。
あれは紛れもない「ビジネス」の場所なのだ。
(もちろん本当に仲良しで仕事以外でも遊びに行くこともあったけれど。)
こうなりたいと思う大人にも、こうはなりたくないと思う大人にも、どちらも会った。
お客さんにしてみれば20歳そこそこの娘なんてガキだ。
そして、「水商売の女」という役割がさらに私たちの立場を低くさせる。
そんな相手に対する向かい方に、かなり人間性は出るものだ。
バニーガールを1人の人間として扱うことができない人も中にはいるものだ。
そんな風に相手を大事にできない人は、相手からも大事にはされない。
こころの奥で毒づかれられながらのうわべの会話では、本人にしても席代チャージ分も高くつくのではないだろうか?
きっとこの場だけでなく職場でも嫌われているんだろうなと、下に見ている小娘に冷ややかに思われているのだ。
そんな大人にはなりたくないと、反面教師を得た。
お酒はおじさんをよりおじさんぽくしてしまうけれど、それも慣れれば人間味が見えてくる。
普段は会社で重役を任されていて怖く見える上司が、夜のすすきのではバニーガールを眺めてお酒を飲み、デレデレしているかもしれない。
おねだりされて、コロッと1杯1000円もするジュースを奢らされているかもしれない。
それを気持ち悪いと思うだろうか?
私は、そういう明るいおじさんを見るときっと根はいい人なんだろうなと想像する。
(もちろんルール違反のセクハラは別だが。)
お酒の席での絡み耐性がついた。
これは、かなり社会人生活で役に立っている。
こんな経験を通じて社会に出て、職場でハラスメントにびくびくして縮こまっている上司達を見ると、社会の心の貧しさを見てしまったような気持ちになる。
かなりセンシティブな話をしていることは分かっているが、敢えて言いたい。
相手のことを敬って、きちんと知ろうとする心があればハラスメントは起こらないはずなのだ。
それはおじさん側だけでなく、若い側にもだ。
小娘も人間なのと同じように、おじさんも人間だ。
(明らかにハラスメントを行っている思いやりのない奴はバニーガールのことも人間と思わないタイプだっただろうし私も消えて欲しいと願っている。)
自分が世界で1番世渡り上手とは思わない。
けれど、それなりにコミュニケーションに強い人間になったとは思う。
即ハラスメント思考を持たないで済んでいる理由のひとつにはバニーガールの経験が生きている。
だから、
女子大生よ、バニーガールになれ。
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