見出し画像

16歳で初めて旅に出た

先日載せた自己紹介記事の中で触れた、一人でロサンゼルスへバビューンと飛んだときの話。覚えている限りのこと書こうと思う。

ロサンゼルスを選んだ理由は、初めての海外で行った場所だったから。そして、10年以上ロサンゼルスに住んでいた従兄弟が居たからだ。私は二人従兄弟がいるが、その従兄弟とは、私が生まれてから保育園に入る頃まで、よく遊び相手をしてくれていた優しいお兄ちゃんだ。アメリカへ飛び立ってからは彼が一時帰国するとき数回会うか、私の家族で会いに行くかだった。ちなみにもう一人の従兄弟は、私が生まれてすぐ高校の寮生活が始まったので、よく遊んだ記憶がなく、当時の私は彼のことを嫌いと言っていたらしい。そんなことを言った記憶すら無いのだが、本当に申し訳ないことを言ってしまった。ちなみに彼も高校卒業後、ロサンゼルスへ行った。(厳密にいうと行かされた)今は二人とも帰国し、それぞれ結婚をし、順風満帆な生活を送っている。

話を戻して。私がロサンゼルスへ行ったのは12月のクリスマス前から年明け4日後まで。約2週間ほどの滞在だった。長くホテルに滞在する場合、安全上、何日かおきでホテルを変えた方がいいのだが、面倒だったので、リトル・トーキョーエリアにある日系ホテルに泊まった。uberはクレカ支払い。デビットカードすら作れるかギリギリの年齢だったからクレカなんて持ってなかったから、滞在中はひたすら電車で行動した。

やっぱり最初は、どの国へ行っても公共交通機関の切符の買い方は難しい。券売機でお札を入れてボタンを押してもお札が戻ってくる。もう一回やってみても戻ってくる。なんならエラー表示が出てしまった。もうそこで悔しくて泣きそうだった。「これじゃあどこにもいけないじゃん!!」って。結局どうやって買えたのか覚えていないが、通りがかった人に聞いたか、教えてもらったはず。だから、日本に来た外国人が券売機で困っているように見えたら、もしくはどれに乗ればいいのか聞かれたら、できるだけ丁寧に答えようと努力している。

サンタモニカのあるショップで一生大事にしたいMA-1を購入した帰りの電車、途中の駅で人がたくさん乗ってきた。私のそばで立っていた40代くらいのおじさんが話しかけてきた。「今日はアメリカンフットボールの試合があったんだ」と。その日試合風景の写真も見せてくれた。名前は覚えていないが、10万人ほど収容できる超大きいスタジアムの写真で、思わず「えー!」と声を上げてしまった。おじさんは「そうなんだよ、本当に大きいんだ」と。「ところで君はどこへ行ってたの?」「サンタモニカだよ」と言って大きなショッピングバックを見せてあげた。「おーいいね!」その後、日本から来たことを伝えたら、彼の好きな日本食を教えてくれたり、まだ一度も行ったことが無いがぜひ機会があれば行ってみたいと話してくれた。同じ駅で降りて「have a good evening, merry christmas!」「you too, merry christmas!」と言って別れた。ずっと一人で行動していた私の中で、このたわいもない会話にジワーとくるものがあった。

後日、チャイニーズシアターへ行ったとき、一人の男性に捕まった。きっと30代から40代。警察官に見えたから、笑顔振りまいて話していた。「この後どこ行くの?」と聞かれ、「とりあえずハリウッド周辺を回ろうと思ってる」「じゃあ僕が案内してあげるよ」と。あーこれは面倒な奴来たなって思い「別に大丈夫だから」と言っても、やはり強引。「拒否する英語、覚えておけばよかったああ」と心で叫んだ。結局その日は彼がハリウッド周辺を案内することになった。車で移動していたが、何があってもいいようにポケットWi-FiはONに、携帯もすぐ出せるポケットに移動させた。「この人の車の後ろに銃でもあったらどうしよう」とひたすら不安でしかなかったが、段々「誘拐される時ってこんな感じなのか」「今日が命日かもしれない」と、「死」の文字がずっと頭のど真ん中にいた。半分開き直って、車がないと行けない私が行きたいところに色々連れて行ってもらった。観光ガイドなのかと思うくらい、ロサンゼルス市内のエリアのこと、博物館、美術館、あらゆることを教えてくれた。日本にも何度か来たことがあるらしく、働いたこともあると言っていた。私は同世代の子たちよりも年齢が上に見られることよくあるのだが、16歳だと言ったら「え!見えない!」とすごく驚かれたことが結構ショックで、「なんだよこのじじい」と腹が立ったからパスポート見せたら「あ、本当だ」と。最終的にはめちゃくちゃ良い人で死なずに済んだ。外国人男性がよく言う「日本人女性は軽い」と言うのは、嫌でも上手く断ることができず、なぜか相手を思って遠慮した言葉を言ってしまうからなのではないかと、ホテルに帰ってきて自分の行動を振り返り反省した。従兄弟に話したら「甘いよ」と怒られた。

一人で行動していたのは大晦日前日まで。なぜならこの一人旅に母親が心配していて、それを私の叔母に話したところ、代わりに見てきてあげるよと言って、来たのだ。だからその後は普通に旅行を楽しんだ。いわゆるお正月ディズニーに行けたしビバリーヒルズもドライブした。

5年経った今この旅を振り返ると、怖さや不安をたくさん感じたけど、喜びや前向きな気持ちにもさせてくれた。怖いものが無くなった訳ではないけどそれに打ち勝とうとする力を得た気がする。勇気を出すって難しいかもしれないけど気持ちが強ければ簡単に起こせる行動なのだ。なんだか昔の自分から今の自分へ励まされている感覚だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?