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後輩にもらった言葉と、自分のことばで語ることについて
引退のときにもらったアルバムを眺めていると、ある後輩のコメントが目に留まった。その子をひな(仮)とする。
なぜだろう、と考えると他の人はよくありがちな、お疲れさまでした、感謝しています、という言葉ばかり(自分が書くときもそうなってしまうので非難しているのではない)なのに、ひなだけはその言葉はなく、代わりに「まじめで、でも固すぎない理想の先輩です。」と書いてある。なんだかじわじわと嬉しくてにんまり
表現することにエネルギーを注いでみる
最近気がついたことがある。それは、
私はじぶんを表現するためのエネルギーを節約している。
ということだ。じぶんを表現する手段にはいろいろあるが、代表的なのは、
話す、身だしなみ(髪型、服装、持ち物)、芸術(絵画、詩、写真、躍りなど)
かな、と思う。私はこのすべてをさぼって生きてきた。
さぼるのは簡単だ。簡単に言い訳を作れる。私の場合、
「話す」背が低くて、声が小さいのでどうせ届かない。