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【オトナの歌謡ノベルズ】クライ・ミー・ア・リバー



今回は、はまきち@バンコクさんの熱烈なリクエストにお応えして、ハードボイルドなセクスィー小説、書いてみました。
オトナの気分で、お楽しみくださいませ💖





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凱旋門の向こう側にある、マシンのショップが並ぶ辺りからちょっとのんびり気分で流す石畳のシャンリゼ。軽い下りに石の起伏が付いてきて気分がいい。もうこの時期ならとっぷり暗くなる午後10時ごろまでにはまだまだ余裕な時間。
イタリア女と同じ骨盤の広いレース用のデュカッティパニガーレの巨体に慣れきっているこの下半身には、小振りのホンダCB250Rが妙に楽に感じる。小回りの効く日本の女を喜ばせているような優越感に浸れる。
スロットル操作の反応の良さは、アジア人特有の薄っぺらい肩を下から上へ撫であげる時のようにスムーズ。その代わりマフラーにはボリュームがあって、まるでこぼれちまいそうな乳房を受け止める感じだ。条件反射的に鷲掴みにしたあと、ついその柔らかさに酔っていると熱い声が漏れる。そのサウンドがまたいい。緊張が最高潮に達するレースと違って、自分の神経を全て投げ捨ててしまっている時に、跨がるヤツっていうのに快感を感じるもんさ。

信号待ちで並んだ隣のマシン。モトグッチのV7か。またイタリアンだな。そいつを、他の女を舐め回すように眺めながら、争う必要もないのに気を急かす。こんなとこでも俺は勝ちたいのか?
いや、落ち着け。このエンジンを吹かすのも、女によがり声を出させるまでの焦らしだと思えばまだ待てる。どこでくるかは手探り状態だ。
スロットルをオンにして即座に反応したらそこだ。一気に攻めろ。よがり続けて止まらない。頃合いを見計らって上手くやるんだ。ギアチェンジする度に感度は増して最高潮に達する。
惰性でまっすぐ下りてくつもりが、やっぱり他のマシンと並んじまうと、ついいつものクセが出てきやがる。それでもなんとか冷静を保ちながら広いコンコルド広場へ入る。跳ねるようにコーナーをクリア。ここからセーヌ川に並行する直線コースだ。湿度の少ないさらっとした夏の風は川面を撫でるヨーロッパの夕焼けも震わせる。
今日もコイツは泣いてるな。

そんなセーヌとチュイルリー公園に挟まれた道の流れに乗る。軽い単気筒エンジンの震えが小気味良い。女もこのくらいの振動で定期的に上下運動を繰り返して欲しい。いや、無理に大袈裟に動いてくれなくていいんだ。最初はどっぷり座ったままで中の筋肉だけを動かしてくれれば。意外とこの訓練が出来てる女は少ない。ただひたすらに滑らかな手触りを楽しみながら、白い陶磁器でも愛でるように重みを感じていれば、向こうも気持ちよくなって、弾力のあるはち切れそうな太腿を上手く使って良い上下運動をしてくれる。更に滑りも良くなって来るから心配はいらない。何もしなくたってすぐイキそうになる。そしてうまく自分でイイ所を見つけてくれれば手間が省ける。こっちは腹筋を使って起き上がり、逆になだめるようにぐっと奥まで押し付けて暫く動かないように抱きしめてやればいい。だけどすぐ中の筋肉をひくひくさせながら声を上げるさ。時々顎を上げてイク度に長い髪が腰のエクボを触って我慢が出来なくなる。自分から髪をかきあげて玉のような汗の粒が光る首筋見せてくるから、そしたら喉の乾きを満たすようにそのしょっぱい汗を吸い上げるんだ。海辺で食べる開けたばっかりの牡蠣があるだろ、あれにレモンを絞ってつるんと舌の上へ乗せるのと同じ感覚さ。

そんなことを考えながら右から左へ車体を切り替えす。ルーヴル美術館の中庭を横切る広場へ促す道をさっと左折し、サンジェルマン・デ・プレから続いてカルーゼル橋を渡ってきた他の車たちと合流する。ピラミッド前の夕暮れ時は気持ちが落ち着く。マシンもちょっと休ませてやろう。エンジンを止め、頬に暮色の風を感じる。
赤とも青とも言い切れない空の色が美術館の入口であるガラスのピラミッドに写って色っぽい。そしてそれが更にピラミッド脇の水際に揺れて映る。

なんとなく湿ったサックスの音色に誘われて奥の中庭へと続くアーチ型の通路へ近づく。
官能的な低音と行き交う強めの高音がアーチに反響し、サキソフォニストの影が黄色い天井に長く写った。
『クライ・ミー・ア・リバー』か。
どこの街でも川の近くには思い出も多い。

タイのレースへ行った時だった。新しく出来たチャーン国際サーキット。ここは、ピットエリアがメインスタンドの真下にあって、全体的に高低差のないコースの全景がグランドスタンドから見える。その反面、ピットワークを見ることはできない。それに何故だかオープン当初はピット数が不足して、3台のマシンで2ピットを共有するなんて馬鹿げたことをやっていた。
それより前は、パタヤビーチから30分位のくたびれたゲートが残るビラ国際サーキットってのがあった。1930年代に貴族出身のビラ王子っていうアジア人初のF1ドライバーの為に作った、タイで初めての国際サーキットで、英国帰りのビラ王子がマセラティで3年連続チャンピオンになったことで有名なサーキット。ちょっと前ならミカエル・シュマーッハー並みの活躍だ。しかもそれを破ったのは、'87年のロータスに居た中島悟じゃなくて、'90年になってからの鈴木亜久里の3位入賞だった。
バンコクで調整中にぶらついた夜の街。チャオプラヤ川をクルーズしながら見た、サイコーだった夕暮れ時のワット・アルンの寺。暑い国は早朝と夕方が魔法にかかったように美しい。


そんなやや時差ボケの魔法にかかったような中に現れたあの娘。
漆黒の長い髪を片方へ束ね、反対の耳の上に刺した3つの可憐な蘭の花。あの夕暮れと同じ色。小さなボタンがたくさんついた白いピッタリとした薄いブラウス。腰高のウエストからすとんと床まで触るタイシルクの巻きスカート。糸が太く光の反射が増えるので艶の出方が違う、独特な光沢。ツルッとして触り心地が良さそうだ。しかもハリがある。ボードウォークをゆっくりと底薄なサンダルを引きずりながら前進する。暑さにくちびるを半開きにさせると、川の方に目をやってちょうど首筋の線が浮き出るあたりで動きを止める。ため息をついてふと目線を上げる。動くな。シャッターチャンスだった。カメラを向けている俺に気づき真っ白な歯を見せて私に微笑むあの娘。まるでずっと前から恋人同士であるかのように。

シャッターを押そうとしていた手の平を空へ向け、人差し指と中指を手前に折りながら呼び寄せる。警戒もせずにスタスタと前進してくる。脚を前へ出すたびに巻きスカートの裾が少しはだけて、膝から下がちらちらと見える。つるりとした形の良いふくらはぎには目がない。最後の一口だったタイビールのシンハーを飲み干しながら誤魔化す。

「サワディカー」
と言いながら胸の前で合わす手。
「サワディカー」
と手を合わせながら返すとくすくす笑う。白檀の香りをさせながら。
「男の人はね、サワディカーップって言うの」
その語尾のプ、と言った口元にゾクッとする。そのまま唇をくっつけたい衝動に駆られる。
少し高めのイスに座らせ、背筋を伸ばして長い脚を組むと、巻きスカートがはらりとめくれ落ち、露わになった太ももは顔に似合わず漂う色香。すごく酔わせてみたいタイプ。
「暑いし何か頼めば」
上目使いに可愛く睨んで、
「じゃあ、マイ・タイ」
ビンゴだ。危険な甘いトロピカル・カクテル。それなら話は早い。
「ん〜〜、アロイ」
「アロイ?」
「ここでは美味しい時、そう言うの。」

敵は簡単に堕ちた。マイ・タイ一杯で目がトロンとした。支えていないと後ろに倒れそうだった。
チャオプラヤ川沿いのホテル・シャングリ・ラの最上階。一人には広すぎるベッド。ちょうどいい。
頼んでもいないのに、部屋に入るなりもどかしそうに小さなボタンを外しにかかる。たくさんあるので手を貸す。暑い国の女は脱ぐことに抵抗がない。巻きスカートも惜しげもなく一気に剥ぎ取ってくれた。このまま全部自分で脱がれたんじゃ面白くない。
「ちょっと待った。そのまま窓際に行ってごらんよ。眺めがいい。」
女は夜景が好きだ。俺はそんな夜景を見ている女の背中が好きだ。躰にまとわりつく衣装には面積の狭い下着が不可欠。裸で日光浴でもしていたような艶のある肌に映える白いレースが型どるTの文字。上がる心拍数。しゃぶりつきたい衝動。
我慢なんかぁしてる場合じゃない。
急いで背後から近寄りあの娘の両手を25階の窓に大きく開き固定する。と同時に下ろす小さな白いT字のレース。あっという間に脚を絡めてこちらも大きく開き固定する。やった。これを眺めたい。
全裸で25階の窓に張り付け夜景と共に味わう女体。
これが、『クライ・ミー・ア・リバー』。
俺的には絶頂に達しそうなところを、無理矢理唾を飲み込んで、その丸みを帯びた柔らかな肉体に顔を埋める。あぁっ、と言いながら飲み込む息を小耳に挟みながら目の前に現れる薔薇の花を愛でる。もちろん色は深紅。花弁を一枚一枚剥がしていくように丁寧に蜜を塗り込む。花芯に舌が届くとビクンとなって窓に爪を立て背筋を緊張させる。すかさずその窪んだ背骨に沿って舌を這わせるとギアは最高潮に入ったようだ。
これじゃどちらも待てやしない。一気に突き進め。テンポとリズム。この走りを楽しむには上手いコントロールを忘れちゃいけない。ただし、これはレースじゃないんだ。自分との戦い。もう右手は腰に置いて体勢を整え、左手は下から思い切り突き上げられても耐えられるように窓ガラスを押しながら支えている。そしてサーキットのラップタイムを刻むように、絶え間なく上がるあの娘のよがり声。俺はこれが最高のスピードだと感じた瞬間、耐えきれずポディウムへと駆け上がり巨大シャンペンボトルの祝福を受けた。

じっとりとかいた汗をまとったまま、ひとりエレベーターを降り、外のナイトプールへそっと飛び込む。プールの壁を照らす照明がやけに大きく広がって見える。ゆったりと何往復かする貸し切りのプールはやけに大きい。呼吸を整えてバスローブを羽織って最上階の部屋へ戻る。そこにはもうあの娘は居なかった。さっきまで髪につけていた蘭の花と、そしてかすかに残る白檀の香り。あとは俺の記憶に残る可憐な爪あと。







「Cry Me A River」
from album
『Dexter Blows Hot and Cool』(1955)

Dexter Gordon (tenor sax)
Carl Perkins (p.)
Leroy Vinnegar (b.)
Chuck Thompson(drs.)





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