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HOTEL

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知らない街の、知らない人が ホテルに残したエッセイです。
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2020年5月の記事一覧

0525号室

髪を染めることは、一種の儀式だと思う。
これから新しい事が始まる予感がする、
ここから生まれ変わろう、そんな気持ちだ。

ネイルを変える時、
新しい下着を着けた時、
髪をバッサリ切った時、

それぞれに意味と願いをいちいち込めている。

でも、あの強烈な強い日焼け止めのにおいを、
今年は嗅いでいない。

今年は嗅がないかもしれない。

セミがなきながら死んでいくのを
私は家の中で聞きもせず、

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0520号室

会社員になってから、
疲れて幻覚が見えた時の話をしよう。

数年前、
完全に社会の歯車として機能し始めた時だ。
社畜という言葉がお似合いの生活をしていた。

殺伐としたいつもの通勤電車。
いつもの時間の電車で
線路と平行に並んだ座席の、
いつも通り出入り口付近の角席に座る。

座席に腰掛けて、
ぼーっとよく晴れた窓の外をながめていた。
オリの中のライオンはこんな気持ちなんだろうなと毎日虚しくなる。

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0518号室

雨がぼだぼだとふりしきる中で

恋人の返事を待ち続けるけど

電子レンジのようにはいかなくて

冷めた恋は温めあうこともできないのね。

わたしたちのスープは温め専用で

当時それはそれは美味しかった。

その時あとで美味しいからと入れたスパイスが

今となって毒と化している。

愛し合えなかった恋人たちの

好きだよの言葉は

行き場をなくし天に登って綺麗な花火にもならなかった。

こんなはずじ

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0517号室

ドアノブに手をかける。
「おかえり」と家族の声が聞こえる。

きっとそれは、寂しさとは無縁の世界だ。

 

「おかえり」とスピーカーから音がする。

これの状況は、
寂しいと言うんだろうか。

最近学んだ事は、
俗に言う「寂しい」だろうと思っていた
焦燥感は、どうやら違っていた。

出会い系アプリで、
プロフィールに寂しいとだけ入力したら、
寂しいですね、分かりますと人が群がってきた。

寂しい

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