豊かな森を育んでゆくように
森が好きだった。
小さなころ、朝から晩まで、祖母の畑の傍らで息をした。
祖母は黙々を畑仕事をし、わたしはただ大地にとろけた。
花や草と会話していただろうか。
それとも、小鳥や森に棲む獣と通じ合っていただろうか。
具体的なことは忘れてしまったけれど、人間以外の生命の中で息を繋いだ感覚を覚えている。
畑に行く途中、森を通り抜ける。
その森はいつも静かで、それでいて多くの生命の気配がある。
森は、いつでも透明なこころを受け入れてくれた。
大きくなるにつれて、わたしの生活から森は遠ざかっていった。
好きじゃないものがたくさん増えた。
笑いたくないのに笑うようになった。
世間や社会に飲まれて、揉まれて、自分の原型は砕け散った。
自信を失くした。
生きる力を失くした。
耳鳴りがして、目眩がして、なにも感じられなくなっていった。
本屋さんや図書館にいると、落ち着けた。
やっと、ようやく、一人になれた。
だれにも邪魔されず、息ができる。
そんな、安心感。
本たちは優しく包んでくれた。
まるであのころの森のように。
本に囲まれていると、繋がりたいものとちゃんと繋がることができる。
本来の自分の時間を取り戻す。
本当の自分の速度を思い出す。
それは、この世界で疲れ切ってしまったこころとからだを癒してくれる。
本屋さんをやりたい。
本屋さんになりたい。
というよりも、本のある柔らかな空間をつくりたい。
それが、わたしの一番の願いであり望みであると思う。
ほっとする空間。
ただそこに在ることを、ただ認められる空間。
生まれ持ったものを抱きしめ、懐かしい心持ちになれるところ。
あの森のように、豊かな息吹があり、しあわせが芽吹くところ。
糸波舎はまだまだ小さな場所だけれど、色とりどりの種が蒔かれている。
わたしはそこに、好きや心地いいという栄養をちょうどよく与えてゆく。
いつか、深い森が広がるように。
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