note戯曲 更年期と蒼黒のヴァンパイア⑮
砂月、守也、登場。
千重「成功」
守也「ほんとに一人で行くのか」
千重「うん。守ちゃんは、砂月のそばにいてね」
砂月「無茶はしないで」
千重「心得ておく」
砂月「(ギプスの首を触りながら)首なら、治るのに」
千重「そういう問題じゃないから。・・・お墓参りに行ってくる」
千重、退場。
砂月「怒ってる?」
守也「そりゃそうだよ。パートナーが、こんな酷い目に遭わされたんだ」
砂月「パートナー、ね」
守也「俺だって怒ってる」
砂月「なら、守ちゃんもパートナーね。私のために怒ってくれるのなら」
守也「嬉しいね。・・千重さんは、龍之介に会ってどう話をつけるつもりなんだろう」
砂月「少し思いつめていた」
守也「冷静さが欠けているように見えた」
砂月「ああいう時の千重は、とんでもないことをやるから。人間の生き血を一切吸わなくなった時みたいに」
守也「でも、その時は、結果として、ヴァンパイアに新しい可能性を与えた。今度だって」
砂月「・・そうね。そうよね。千重が新しい可能性を切り開いている間に、私たちは、
新しい血を作ろうかな」
守也「承知した」
二人、退場。
第五場
墓地。
龍之介、登場。辺りを見回しながら
龍之介「墓は始まりの地だなぁ。ヴァンパイアにとっては。ここから、永遠が始まるんだ。人間にとっては終わりの地。安らかに
お眠りください」
千重、登場。
千重「私はちっとも安らかじゃない」
龍之介「・・お千。香は?」
千重「始めから、あの子は来るつもりなんてない」
龍之介「そうか。やられた」
千重「自分が何をしたか、分かってる?」
龍之介「謝れとでも?」
千重「謝ってもらってもね」
龍之介、後ずさりする。
千重「逃げないでよ」
龍之介「隠し持っている武器で、頭を切り落とされないようにね」
千重「(手を拡げて)持ってない。そんな野蛮なことはしない。あんたと違って」
龍之介「恨み言を言うためだけに呼び出したわけじゃないだろ」
千重「恨み言じゃなくて・・・聞いてほしいのは、思い出話」
龍之介「思い出?」
千重「龍之介が私の、始点を吸った時の話」
龍之介「それを聞いてどうなる」
千重「(辺りを見回し)ここ、安心しない?この下で眠ってる人たちは、私たちのお仲間みたいなものでしょ」
龍之介「仲間じゃない。永遠を手に入れることに失敗したんだ」
潮騒の音が聞こえてくる。
千重「私たちが生まれ育った村で、龍之介がいなくなってからの月日は、ほんと、息苦しかった。どんなに願っても、子供はできなかった。旦那とは、ただ一緒にいるというだけだった。先に死なれてからは、旦那の兄夫婦のところに同居するしかなくて。住めと言われたのは、物置小屋だった。魚を取るための網や銛なんかが置いてあってね。狭くて臭くて。雨も風も入り放題」
龍之介「(遮るように)砂月を襲った代償に、お前の身の上話を聞けと?」
千重「簡単な話よ。その頃私は、この年齢で、次の嫁ぎ先なんてなかったから、どんなに酷い扱いを受けても文句は言えなかったの。その頃は更年期障害なんて名前知らなかったけど、不眠・肩こり・火照り・腰痛。つらい体に鞭うって、大きな籠に干した魚やら貝やら一杯積み込んで、町で売るために、山道を歩いたもんだわ・・覚えてる?あの時も」
龍之介「あの時?」
千重「思い出して。覚えていないなら、私が思い出させてあげる」
千重、腰を抑える。
千重「あいたた・・・。腰にくる。今日はたくさん売れ残ったから・・重い。誰?」
龍之介「コントか」
千重、龍之介を見て、駆け寄る。
千重「龍之介?龍之介なの?私、お千よ。昔よく遊んだでしょ。・・ああ。でも、そんなはずは・・」
龍之介、千重の頬に触れる。
龍之介「変わったなぁ。一瞬、分からなかったよ」
千重「あんたなんで・・・。そんな、若い時のまんまなの」
龍之介「この村を出たからさ」
千重「30年も行方不明になってて。あんたの女房と子供がどんなに苦労したか」
龍之介「そんなものとうに忘れた」
千重「その言い方。やっぱり龍之介だ」
千重、龍之介の顔を覗き込む。
龍之介、千重を突き飛ばす。
千重「なに?」
龍之介「あんまり近寄るな。腹が減ってて」
千重「籠の中に、干し魚とかあるけど」
龍之介「早くどっかに行ってくれ。血の匂いが鼻について、おかしくなる」
千重「やだ。噂通り、妖怪になったの」
龍之介「うるさい。行けよ」
千重「冷たいこと言わないでよ。私、龍之介と、海で貝を取って遊んでた頃が一番幸せだった」
龍之介「今は、不幸なのか」
千重「毎日、神様にお願いしてるの。もう十分生きたから、早く楽にして下さいって」
龍之介「・・そうか」
龍之介、千重の襟元を少しはだけさせ
る。
千重「なに?」
龍之介「お前の始点は、ここだ」
千重「シテン」
龍之介「俺は若いやつしかやらないんだけどな」
千重「やる?」
龍之介「俺の腹を満たすついでに、お千を今の不幸から解放してやる」
千重「解放してくれるの?なら、早くやって」
龍之介「俺と一緒に来るか?」
千重「連れて行ってくれるの?」
龍之介、千重の背後にまわる。
龍之介「永遠が、迎えにくるよ」
後ろから抱き、千重の鎖骨の上に噛みつ
く。
千重、目を閉じる。
潮騒の音が止まる。
二人、離れる。
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