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不器用で鈍感な私が幸せに私を生きているのは祖母の優しい手のおかげ

小学生の頃
反対車線の歩道を歩く猫が可愛いなぁと
見ていたら
乗っていた自転車ごと畑に落下した事があります。

漫画みたいな落ち方だったと思います( ´ ▽ ` )笑

ボロボロになった自転車と私を交互に見て
祖母は玄関で大きなため息をつきました。

『あんたはどうしていつも、そうなんだろうね』

扁桃腺炎で40度近い熱を出して
それでも自転車に乗って近くの病院に行って
診察と治療を終えてみたら
自転車が盗まれていたり。

ふらっふらで帰宅した赤い顔の私を見て
祖母は玄関の土間に座って、またため息。

不器用過ぎると言うか
泣きっ面に蜂とはこの事だなと
子どもながらに感じてばかりいました。

でも私が私の事を心底嫌いにならなかったのは
そんな私の事を祖母は
決して馬鹿にしないと言うか
おっちょこちょいなのは仕方ないし
逆に極度に不器用な私を
心配してくれていました。

『お化けや妖怪が怖いんじゃない、
生きてる人間が1番怖いのよ』
そう言って
人は騙す、裏切る、欺く、
そんな事を小さな頃から言われて来ました。

けれど私の基本にあったのは
性善説なのです。
祖母がどれだけ生きている人間が怖いと言っても
心のどこかで
そうならざるを得なかった理由があるのだろうと
そう思って来ました。

でもある事をきっかけに
私は祖母の言う事は一理あると思う様になりました。
まるっきり性善説の私では無くなったのです。

それは人が『人を殺してみたかった』と言う理由で殺す犯罪を見聞きした時です。

その犯人はまだ未成年でした。
亡くなったのは近所に住んでいた児童でした。

私はそんな理由で人が人を殺めることが出来るのかと衝撃を受けました。

悲しい事にそれは始まりでもありました。
似た様な模倣犯があちこちで
大切な命を奪い去りました。


それは衝撃でもあり
どこか遠くの国で起きた事の様な気もしていました。
酷いと自分でも思います。
自分の身に落とし込まないと
人はその痛みを感じる事が出来ない。
きっと辛い事なのは分かるけれど
現実味を帯びた痛みや辛さではない。

それは障害者に対する暴力や差別も同じで
実際に自分が当事者になってみて
手帳などの取得は無かったにせよ
明らかに私は病んでいました。

それから月日が経って、
縁あって今は支える方で生きています。
支える方と言っても
一緒に考えて成長していく事は
子育てと何処か似ているなと思っています。

障害者を取り巻く犯罪も見聞きすれど
それもどこか遠い国の出来事の様で
守られない人として生きる権利だったりを
想う事はあっても
未だ自分の事として落とし込めていない
そんな感じでした。

ここ最近バタバタしているのは
障害のある方を支援する中で
決してあってはいけない事の前兆が
法人内で発覚したからです。

詳しく書けないのですが
それを聞いて寒気が止まりませんでしたし
接点は無い、そのパートと言えど
同じ法人内で働く人に対して嫌悪感と
半端ない憎悪感で1週間、
ろくに食事が入りませんでした。

施設の長や責任者は対応に追われ
幸いにも法人の過失と言うより
その職員の人格云々を問われたそうですが
再発防止に最善を努める為の色々な見直しに
取り掛かっています。
もちろん、そのパート社員は解雇処分です。

何が暴力になり
何が妄言になるのか、
私たちは常に問われています。

多動の方がジャンプしたいのに
ジャンプする事を暴れる事と決めつけて
力づくで押さえつける、
これは暴力です。

絵を描きたい人に
食事を早く摂って貰いたいから
色鉛筆と紙を取り上げる、
これも暴力や虐待です。

ジャンプしたい人はジャンプする事の意味が
あるのです。
それで周りが、本人が危ないのであれば
危ない事を本人に理解してもらえる様に
努力する事が大切ですし、
ジャンプしていい場所を提供するのも必要です。

確かに食事も大切ですが、
好きな事、やりたい事を本人の意志を無視して
取り上げるのはおかしな話です。

何かを決める時、大切なのは本人の意志。
それが間違っているなら、修正を提案したり
別の方法を一緒に考えたりします。
あくまで生きる主体性はご本人なのです。


大正生まれの祖母は
私の意志を大切にしてくれました。

自転車と私がズタボロになっても
『猫がそんなに可愛かったかい』と
傷だらけの顔を麻痺の無い左手で拭いてくれて
『まぁ、カゴはどうにか直せるだろう』と
笑ってくれましたし
高熱でフラフラ帰宅した私に
『タクシーには着払いってやつがあるんだよ』と
頑張って自力で
付き添いもなく病院に行く私を
申し訳なさそうに看病してくれました。

『お前は不器用だけど、それが良い』と
頭を撫でてくれました。
『鈍感だけど、だからへこたれない強さがあるよ』
そう言ってくれました。

分厚くてゴツゴツして
ちっちゃくって指も短い祖母の手。

私は手指の長い祖父の手に似ているので
全く違うのですが
祖母の手に撫でられると
不器用でも
鈍感でも私って良いじゃんって
単純にそう想う事が出来ました。

軽い認知症になっても
周りの人が苦しまない
そんな明るい祖母でした。
最後まで私の事をNorikoだと認識してくれて
折り鶴を折って待っていてくれました。

昔の様にまるっと性善説では無くなったけれど
やっぱり私は
どこかで人を信じたい気持ちがあって
今回の法人内でのクソみたいな出来事も
その人のことを悍ましいなと思う反面
どうやって生きて来たのだろうと
思ってしまう私もいます。
その人には
私にとっての祖母の手の様な存在やモノは
無かったのだろうかと。

沢山の人と関わると言う事は
それだけ良い面、悪い面があると言うことだと
思いました。

不器用で鈍感な私から
2人の子ども達は何を学ぶのだろう。

私は寝る前までに
1日1回以上は、2人の子ども達を
抱きしめる様にしています。
母にとって大切なのはあなた達。
そしてあなた達の1番大切なものは?と聞くと
『自分の命』と
間髪入れずに答える2人。
それは小さな時から全くブレずに言い続けています。

自分と言う人間を大切にして
初めて他人に対しても優しくなれるから。



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