性善説であれ性悪説であれ環境が悪ければ悪に進む。子をとりまく今の環境は悪が悪を生む悪循環となり若者の凶悪犯罪がふえる。貧しくても協力し善に向いていた昔。豊かでも散逸し悪に向かう現在。こわい存在は大切で悪事を企むと今も亡き父の顔が浮かぶ。若者は何がこわい。こわいもの知らずはこわい。
「犯罪心理学」から考察すれば、社会は、性善説を前提に構築されているため、意図すれば、殺人に至らなくても、あらゆる犯罪(横領、泥棒、強盗、放火、事故引き起こしなど)が可能ですが、大部分の人は、法治国家であるため、法や倫理を遵守しており、人口の1 %弱は、そうせず、意図的不正。
性善説・性悪説と二つの説が有りますが、 人間の生命の中には善と悪の両方兼ね備えています。 生まれた時から、両方ともあるのです。 その様に考えると矛盾しない。 人間の心は悪にもなれば、善にもなる。 環境で変わる事もあれば、変わらぬ時もある。 心とは不思議なものですね。