「ウイスキーを飲むとき、いい感じの写真を撮りたくなるけど背景がイマイチで困る」をデザインする <後編>
この記事は、額縁形コースター「ウイスキーコースター」の商品開発記、その後編です。
<前編はこちら>
「ウイスキーが美味しく、楽しく飲めるようになるもの」というAさんからのお題に応えようというこのプロジェクト。
ウイスキーを飲むとき、いい感じの写真を撮りたくなるけど背景がイマイチで困るという問題を見つけて、背景になるウイスキー専用のトレイをつくろうというコンセプトを立てたのが前回までのお話。
さてここからは、実際に形にしていくところです。
step3. デザイン提案
額縁とウイスキーの共通点
形にするにあたり、まずは知り合いの額縁の職人さんに相談してみようということで、2021年の新年早々、「富士製額」の栗原大地さんに相談しました。
栗原さんは、東京都荒川区を拠点に、伝統工芸品である東京額縁を製作する職人です。美術館やギャラリーなどからの依頼で額縁を製作したり、修復したりするだけでなく、新しい額縁の可能性を拡げる製品をデザイン、製作されています。
プロジェクトの説明をしつつ、東京手仕事にも選ばれた額縁型名刺入れ「Nagaku – 名額」など、これまで栗原さんが手がけてきた作品をみせていただきました。
その中で特に印象に残ったのは、栗原さんの作るものはどれもすごく手触りが良いこと。
木材の表面を磨いて、さらに蜜蝋で仕上げているので柔らかくてスベスベ。ずっと撫でていたい感じです。
額縁って通常は触れられることのないものなので、あまり手触りと結びつかなかったのですが、この手触りを作る人は雑な仕事しないだろうなという信頼感がありました。
この手触りはぜひ今回のプロジェクトにもということで、額縁部分(棹:さお と呼ぶそうです)は蜜蝋仕上げにすることがまず決まりました。
それともうひとつ、すぐに決まったことと言えば、棹の材料。
普段額縁に使用する材料をお聞きしていると、ナラ(オーク材)があるとのこと。
ウイスキーといえばナラ(オーク材)!
ウイスキーは樽で熟成させることで琥珀色になり、味わいも少しずつ芳醇でまろやかに変化していくのですが、ウイスキー樽によく使われているのがナラ(オーク材)です。
額縁とウイスキーの意外な繋がりが見つかって、即決でした。
ナラ(オーク材)の質感、木目をそのまま見せるため、塗装もなしです。
商品の大きな方向性を共有し、もう少しこちらでディテールを検討して、意見交換していこうということに。
①大きさと形、②底板の素材や、③どんな装飾にしたいかを宿題として持ち帰りました。
宿題① 背景として適切な大きさや形は?
写真撮影の背景にということで、長方形にすることは決定。
大きさは25cm × 37.5cmとなりました。
Aさんの飲み方にあわせて、ボトルとグラスとアテ用のお皿が載るくらいの大きさにということと、アルミ板の定尺板(市販されている規格サイズ)にあわせることで材料コストを抑えることから出てきた寸法です。
縦横の比率が2:3になっているのは、カメラの比率に合わせたためです。
宿題② 映り込みが美しくて、軽い素材は?
底板は、ウイスキーの色が映えるアルミ板を採用。
表面は反射が柔らかくなるようにランダムヘアライン仕上げとしました。
棹はナラ(オーク材)としましたが、それだけでもそこそこ重くなりそうということだったので、強くて軽いことも条件に。
ただ、アルミは金属の中では比較的柔らかい素材なので、ボトルやグラスの傷がつきやすいのが課題。
ガラスコーティングでもしたほうが良いのか…
宿題③ “必要な装飾”って何?
棹の装飾。
ここが一番の悩みどころ。僕たちがデザインするものは比較的装飾を省いたものが多く、予算を考慮してもやはりシンプルになっていくのですが、額縁感は欲しい。なので、必要な装飾は残すことに。
額縁の装飾と言われると、炎のようなお髭のようなクルンとしたものや、花や草をモチーフにしたもの、紋章のようなもの…いろいろ思い浮かびますが、どれも今回は過剰な気がしてしまいます。
(曲線を削り出す刃の種類を制限することもコストカットの重要なポイントなのです。)
額縁感のために“必要な装飾”ってなんだろう。
そんなことを考えながら、額縁リサーチ。
いくつか美術館を巡っているうち、照明が当たってより立体的になった額縁に目がいきます。(平面的な絵画にあって、額縁の役割は立体感を持たせることなんですね。)
装飾そのものではなく、装飾に光が当たってできる陰影こそが立体感を表現している。
ついつい額縁=装飾と考えて、どんな装飾がいいか考えてしまいましたが、額縁=陰影とみれば、どんな陰影を仕込むかが重要になってきます。
当たり前と言えば当たり前なのですが、いろいろ頭を巡らせてやっと実感を得ることができました。
ということで、陰影をいくつか施しました。
例えば中央に向けて競り上がる立体的な曲線。
曲線がつくるグラデーション状の陰影は柔らかい印象を与えてくれます。
そして、曲線が競り上がり終えたところに直線状の凹みを。直線がつくる陰影はシャープなので、曲線・直線双方の陰影を強調し合うように配置しました。
さらに、この競り上がり曲線は、裏返しにすると手をかけるスペースにもなります。指を入れやすくするための寸法で曲線をつくりました。
また、棹とアルミ板の間につくった奥行き間のある陰影。
通常の額縁には、ガラス板をはめ込むための「かかり」という窪みがあるのですが、それをあえて残すことで奥まった闇感を表現しました。
これは両面使えるぞということで、一方は上記のような陰影のある装飾に。もう一方は陰影を出さない平滑なものにすることで、表裏の特徴を際立たせることに。
こんなふうに、種類の異なる陰影を棹に仕込むことで、額縁らしさを表現していきました。
こんな、なんとも細かい話にも栗原さんはひとつひとつ応じてくださって、時には棹のサンプルを、時にはコーナー部分のサンプルをいただいたりしました。
そんなやりとりしながらディテールが完成、サンプル製作をお願いしました。
step4. サンプル製作
1〜2週間後、サンプルが仕上がったとのことで、早速受け取りに伺いました。
今回は僕たち86400"のデザイナー陣2人、栗原さんと合計3つ製作いただいたので、しばらくそれぞれに使ってみて感想をということに。
<感想1:撮影が楽しい>
まずは、写真が撮りやすい。撮っていて楽しい。
仕込んださまざまな種類の陰影と反射によって、立体感のある写真に仕上がります。どの角度から撮っても絵になるので、ずっと撮ってられます。
<感想2:トレイではなくコースター>
あと、重すぎるものを載せちゃうのがこわい。
この商品はあくまでウイスキー用のものですが、例えば食事を運ぶお盆のようにあれもこれも載せちゃうと壊れる危険性を感じました。
一見がっちりしてるように見えるので、その誤解対策として、名前をトレイではなくコースターにして「ウイスキーコースター」にしようということに。
大きめのコースター、ちょっと面白い。
<感想3:アルミの傷で育てていく>
アルミ板の上にボトルやグラスを繰り返し置いてみると、やはり傷がついていました。
ただ、棹の荒めの木目によく合っていて、個人的にはあまり気にならないというか、むしろ使い込んでいくうちにいい感じに仕上がっていくだろうなという印象を持ちました。
それともう一つ面白い発見が。
ウイスキーボトルの裏にある突起。
これはナーリングと言って、ボトルの強度を上げるために付けられた模様です。
この模様はボトルによって異なる、というのがミソ。
どんなウイスキーをどれくらい、どんなふうに飲んだのか、使うたびに底板にボトルが擦れ、傷が蓄積していきます。
つまり、時間をかけることで自分だけの一品に育つというわけです。
当初はアルミ板のガラスコーティングも検討していましたが、むしろそのままの方がいいと思えました。
このあたりはサンプルで確信できたのですが、こういうのはやっぱり実物を見てみないとわからないです。
<感想4:使わない時の居場所>
使わない時にどうするか問題。
常にテーブルにあるには少々場所をとってしまうのですが、そんなときはやっぱり額縁ですからね
、壁にかけてあげたいなと思いました。
実際にかけてみると、ふと目をやったときに気づく、アルミニウムの傷がなんともいい感じです。 抽象画みたいっていうと、ちょっと大袈裟ですかね。
ちなみに、壁への取り付けは、市販のフックでOKです。
僕が使っているのはMARKEY 壁紙フック(大一鋼業)。
ビニールの壁紙に付属の接着剤で24時間かけて硬化して、剥がすこともできるもの。耐荷重は約1kg。
ウイスキーコースターは約850gなので重さ的には1つでも大丈夫ですが、2つ使って2点支えしておいた方が左右に揺れた時にも安心です。
(実は1点支えで落ちてしまった経験アリです。幸い大きなダメージもなく、元に戻りましたが、焦りました 苦笑)
もちろん環境によっても異なりますし、大きな地震などによっては落下の危険もあるので、壁掛けは設置場所などご注意を。
ということで、最終チェックOK!
見積もりをお願いして、卸販売は難しそうだけど弊社での受注生産ならなんとかなりそうということで、当初の予算通り3万円(+税)に。
今回、できるだけシンプルにデザインしましたが、やっぱりちゃんとつくるとお金はかかっちゃいます。
(その後、Aさんからはもっと高いかと思ったと言われて一安心しました。)
step5. 本製作
2:3 と 3:4
商品が完成したことをAさんに報告。
そもそも今回のオーダーメイドサービス「コークリ」は、買わなくてもいいお題応募型オーダーメイドなのですが、Aさんはサイズ違いで2つサイズ注文してくれました。
商品化した通常版(2:3)に加えて、もう少し大きめのもので、壁に立てかけてフルボトルを前に置いて使いたいとのこと。
最終的な大きさはこちらにお任せということで検討を進めましたが、2つの違いが感じられるように、33.7cm×45cmの3:4にしました。
そんなこんなで、商品がAさんの手元に届いたのが2021年11月。最初にメッセージをいただいてから約1年半の時間が経過しました。
その間、Aさんへのヒアリングは2回。
ゆっくり時間をかけて取り組もうと話していたとは言え、随分とお待たせしてしまいました。
Aさんによると、近い将来、自宅にウイスキーコーナーを設置する予定とのこと。
そこに花を添えるような存在になってくれると嬉しいなと思っています。
もっと違う形や大きさも
今回は長方形で製作しましたが、例えば八角形なども見てみたい気がします。
カメラの比率も1:1、2:3、3:4、9:16といろいろありますしね。
底板についても、真鍮など他の金属でつくってみたいというお話も出ました。
たぶんそれなりに重くなると思うけれど、もしご希望があればぜひ。
<この記事に登場した商品の情報>
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