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#25 1971年と、観光と、哲学と。

「批評なんてしているヒマがあったら自分で動いて実践しろ」「考える前に飛べ」「 文系なんて就職先もないし未来がない。ムダな教科である」「思想や哲学とかいう人ってなんかめんど臭いし胡散臭いよね」

 というのが昨今のメディアのみならず、社会全体の趨勢だと思います。そして平成の30年間というのは、そのようにして論理とか思想とか批評とか哲学をどんどん社会から排除していった歴史でもあったとも思うわけです。 であるがゆえに、平成が終わろうというこの記念すべき年に刊行された、(奇しくも同じ1971年生まれでまったくの同い年である)東浩紀さんの「ゆるく考える」と「新記号論」は、ある意味で時代のターニングポイントとなりうる可能性を秘めていて、とても感慨深く読み進めておる次第であります。 

ぼくがフリーランスになったのが2012年で、その翌年から現在にいたるまでおよそ5年3か月にわたって外国人観光客に京都の文化を紹介するフリーペーパー「ENJOY KYOTO」の編集・取材・記事ライティングなどをしてきました。また記事だけでなく広告のクリエイティブディレクションや、企画などにも携わり、外国人観光客相手にビジネスを展開したい企業の人たちとも、少なからず対話をしてきました。ローカルとグローバル、芸術文化とマーケット、少子化と移民、文化の特異性と普遍性などなど。自分にとっては京都と外国人観光というテーマでものを考えることは、いま世界を覆っているホットでコンテンポラリーな課題を現場でフィールドワークしているような感覚がありました。 

で、およそ3年前の夏に京都造形芸術大学の公開講座で東浩紀さんと浅田彰さんのクロストークを受講し、その翌年である2017年春には東浩紀さんが主宰する出版社から刊行された「ゲンロン0 観光客の哲学」という本に出会って、それはそれはものすごく興奮しました。ひさしぶりに感じた、純粋に知的な興奮でした。あずまんのテーマは自分のテーマと同じじゃん!そういう発見がありました。これもとてもエキサイティングな本なので、くわしくはぜひ読んで見てください。

 いまどき、こういうことを口にすることも恥ずかしいというか(恥ずかしいというのがそもそもどうなんだとは自分でも思うのだけれども)、たとえばぼくなどは10代や20代の頃に浅田彰さんや柄谷行人さんの本を読み、フーコーやデリダなどを経て、父親の書棚にあったデカルト、ルソー、キルケゴール、フロイトといったいわゆる中央公論社「世界の名著シリーズ」なんかをダーっとかたっぱしから読んでみて、「ああこれって結局まず聖書を理解しなきゃはじまらないじゃん」と西洋哲学の世界および人文知の広大さと壁の高さに圧倒された青臭い時代を経てきたわけです。 

といっても自分などは大学で体系的に学問をしたわけでもないですし、広告業界のそれもスミっこのほうでちょこちょこ仕事させてもらっている物書きの端くれでしかないわけですが、それに比しても昨今世間を騒がせている社会学系の論客と言われているような学者や文化人たちの語る思想のなんと軽いこと(ましてやインフルエンサーとか言われてるネット論壇の人なんて、もう!)。古典文学も先述の哲学者なんかの本すらも読んだことのないような方々が、時事ネタをつまんでテレビやネットで語っていることは、ほとんど床屋談義に毛の生えたようなものでしかなく、知的興奮などは微塵も感じられません。これならまだ往時の上岡龍太郎さんや立川談志といった芸人さんのほうが、よほどまともに人間を語っていたなと思うほどです。 

吉本隆明さんが亡くなって久しいですが、浅田さんや柄谷さんが引退されたら、もう批評とか思想とかも一緒に死んでいくのだなあ、とぼんやり思っていたところだったのもあり「なんだ、あずまんがいるじゃないか!」と心強く感じたものでした。でもいっぽうで、数年前から「いずれまた足腰のどっしりした論理学や批評、思想や哲学が必要になる」という根拠のない予感がありましたし、そしてそれはこの2,3年のうちにいわゆるインフルエンサーと呼ばれる人たちの化けの皮がどんどん剥がれていっている状況からすこしずつ確信めいたものに変わっていました。

そこに華々しく登場したこの「ゆるく考える」と「新記号論」という2冊の本は先の「ゲンロン0 観光客の哲学」とあわせて、本当にエポックメイキングな事件だと思います。平成の終わりとともに、もういちど人文知というものが開花するきっかけになる。そんなファンファーレのような本だとぼくは思っています。 

ちなみに東さんはもうひとつ「運営と制作の一致」ということも言っています。これもまたENJOY KYOTOでぼくがずっと言ってきたこと、そしてライターという制作者の立場でありつつメディア運営者としての立場でもさまざまな取り組みを実践してきた(まだ形にはなっていませんが)ことなんかとも同じ発想でした。CEOが運営者としてプラットフォーム側のトップに立ち、ライターやデザイナー、エンジニアたちはクリエイティブとしてコンテンツ側に立っているというのが現代のメディアビジネスの常識です。そしていまの時代は運営サイド、つまりプラットフォーム側の人間の方が圧倒的に強い時代です。でも東さんは書き手(つまりコンテンツ制作側)である自分があえて運営主体(プラットフォーム側)であるという状態を続けていくと言っている。批評家で思想家で書き手でコンテンツ制作者でありながら、「ゲンロン」というプラットフォームの運営も同時にやっていくと。そのように制作と運営、コンテンツとプラットフォームを一致させていくことこそが、これからの時代に必要なのだとも言っています。これは「ゲンロンβ32」というkindle版の冒頭に収録されていますので興味あれば読んでみてください。

なぜ運営と制作を一致させる必要があるのかというと、プラットフォームの運営にはビジネス的な視点が優先されるいっぽうでコンテンツは容易に入れ替え可能であり、それゆえにこの何年かはプラットフォ—ム優位の時代だったのだと分析しています。そしてその結果、思想やフィロソフィーは傍に置かれ、まずは市場経済で勝者になることが優先されてきたわけです。まさに自分の実感もこのとおりでした。いまや高知でトマト作ってるアノ人なんかも言っていたように「良いコンテンツを作っても意味がなくて、それよりネットで流通するコンテンツを作れ」というまさにプラットフォーム型の発想になるわけで、ゆえに炎上してでも知名度を上げることが正義とされています。もちろんそれは一面的には正しい戦略でもあると思いますし、その発想すべてを否定するものではありません。ありませんが、そのようにしてこの数年ものあいだ、ネット界隈では読みやすさとレスポンスしやすさを優先順位の上位に置いた、薄っぺらいコンテンツばかりが大量に流通していくことになり、結果的にはあまりにノイズが多すぎて良いコンテンツがなかなか見つからないという悪循環になってしまっている気がします。

 だからといって、それを変えるためにコンテンツ優位の環境に逆転させるだけでは、おそらくビジネスとして失敗するでしょうし、結果的にはプラットフォーム優位のロジックを強めることになる。そうではなく、コンテンツ制作側がプラットフォームをもきちんとグリップしていなければならないし、そのためにはコンテンツにきちんとフィロソフィーを埋め込んでいく作業が必要なのだと思うのです。わかりやすくいうと、表面上は観光情報であるコンテンツの底に、もっと抽象的で普遍的なテーゼを忍ばせること。読者は観光情報を通じて知らぬ間に京都の街の思想や哲学を受け取っているという体験をしてもらう。そのためにはコンテンツや企画自体に「なんかいいよね」という以上のくっきりとした哲学が必要ですし、そこからその哲学をより正確に届けるためのプラットフォームが自ずと導かれるという関係性が立ち上がってくるのです。それが「制作と運営の理想的な一致」だとぼくは考えています。しかし思想や哲学は一朝一夕でできるものではありません。「いま・わたし・共感」みたいな即物的な発想ではなく、遠くまで見渡し、深くまで掘り下げる思想を立ち上げるためには、ふだんからそうした思索を巡らせるトレーニングが必要なのですが、少なくともぼくの知る限りではそのような方法論でもってコンテンツを作っている人は残念ながらあまり見当たりません。 

むしろ逆に京都には伝統工芸の職人さんがたくさんいて、深遠なフィロソフィーと確かな技術はある(つまり優良コンテンツはある)ものの、発見してもらう手立てを持っていない、という状況があるのは周知の通りですし、ENJOY KYOTOはじめメディアの役割はまさにそこにあるのですが、しかし問題はメディアであるわれわれ自身だって、彼ら職人さんたちに負けない足腰のしっかりしたフィロソフィーを持っていなければ、単にメディアは伝統工芸というコンテンツを広めるプラットフォームでしかないということになってしまうということです。いまはプラットフォーム優位の時代だからメディアの取るべき態度としてはそれでもいいのかもしれません。でもすこし頭を使って考えてみればわかることですが、メディアの情報もそれ自体ひとつのコンテンツである以上、メディアから放たれるコンテンツとしてのひとかどの思想をきちんと立ち上げていなければならないはずなのです。思想のないプラットフォームが乱立してお互いに食い合いをしているうちに、コンテンツの再構成(ぼくは逆襲と呼びたい)が始まる。ぼくはそういう風の匂いを感じています。  

そして自慢するわけではないのですが「住みたくなる京都」というENJOY KYOTO立ち上げ時に掲げたコンセプトは、いまや当時以上に深い意味を持ち始めています。ぼくは当時から、単に「京都に住む人目線で教える京都」というだけの意味ではなく、海外からの移住者のことを視野に入れてこのコピーを書きました。英語では「making Kyoto the world's hometown」と訳されています。昨今の観光バブルや東京五輪や大阪万博はあくまで一過性のお祭りであり、短期的なものでしかありません。むしろENJOY KYOTOの存在意義は、その祭りが終わったあと、京都が静けさを取り戻したときにこそ、よりいっそう強まるはずである。あと数ヶ月で平成が終わろうとしているいま、ぼくはそのように考えています。

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