ゴエモン

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ユーミン「あの日に帰りたい」一考察

死にたい、ではなく会いたい。 死にたい、ではなく寂しい。 生きてきたら会えないから、死にたい。この世に居たのではいつまで経ってもそばにいけないから、死にたい。死にたい、は死ぬことではない。 前を向いているけど 前向きにはなれないし、ならない。 どうして、死んだ人のために生きろ などと言うのだろう。子どもたちのために生きろ、言うのだろう。 私は私のために生きるのに、生きてきたのに。 元気出して、前向きに、いつも明るく、笑って、いつまでも泣いてちゃだめ。そうなんだろうか、本当にそ

    • 2024年1月29日

      明後日31日は夫の月命日だと気付いた。忘れたことはなかったし、忘れないようにしてきたのに、今朝カレンダーを見て思い出したのだ。 どうしちゃったかなぁ。この生活、夫がいない日々に慣れて日常化してきたのだろうか。こんな日が来るなんて、自分でも意外だ。 体調が悪すぎて夫に思いが至らなかった、とか?でも、悲しいんだよ。毎日寂しいし。すごく、すごくね。 本当はまだ入院してるかもしれない。本人だって容体急変して逝ってしまったから、まだ入院してるつもりかもしれないよ。そうだったらいいのに

      • 毎日りりぃ、そして沢田知可子、それから城山三郎、そのココロは、、、

        私は泣いています。 会いたい。 そうか、もう君はいないのか。

        • 「※個人の感想です」これは私の備忘録。

          救急車のサイレンを聞くたびにあの日を思い出して、胸が詰まる。私が発作を起こしているのではない。 夫が運ばれたあの日を思い出すからだ。 夫は入浴中に浴槽の中で転倒(おそらく、現場を見ていないのでおそらく)、大腿骨を骨折した。湯船から抱え出すことが出来ず、救急車を呼ぶことになった。人生で初めての119番コール。とりあえずお湯を抜き、体を拭き、寒くない様に上半身はパジャマを着せた。 救急車を呼ぶ事がこんなにも躊躇われるなんて思いもしなかった。救急車呼ぶけどいい?本人確認を取る。電話

        ユーミン「あの日に帰りたい」一考察

          お父さんお父さん、おーいお父さーーーん

          晴れた日にベランダに布団を干しながら、ノックして部屋のドアを開けながら、冷蔵庫の中身をチェックしながら、、、色んな動作をしながら会話してたことにふと気づく。 今日ものすごく天気良いよ! あら、もう起きてたん? あら、ペットボトルの冷えたお茶がない! そんなに喋ってたっけ?記憶になかった、というより意識してなかったと言う事。それが当たり前で、それが日常だったから。 お父さん居ないやん、何処いったん?私一人で喋ってるやん、喋る相手がおらんやん。 これがこの先ずっと続くのか。私

          お父さんお父さん、おーいお父さーーーん

          そう思うことにした。

          何処を探してもいない。帰ってくるあてもない。それでも私は待っている。待っているのだと思うことにした。 スタレビの「木蘭の涙」久しぶりに聴き、こんな歌詞だったのかと、落涙。 いつまでもいつまでも そばにいると言ってた あなたは嘘つきだね 私を置き去りに 寂しさは常に身にまとっている。 悲しみはあちこちに落ちている。 引き寄せるし、拾ってしまう。 朝が来て目が覚めると毎日困っていた。また今日も目が覚めた。また今日も生きていかなければならない、と。どうして、どうやって。 3

          そう思うことにした。

          ずっと言えなかったこと

          友人が衝撃の一言を言い放つ。「ばあちゃんが嫌い」え?一瞬耳を疑う。「母親をいじめるからばあちゃんが嫌い」もう一度、え?嫌いって言った?今言ったよ!?ばあちゃんのこと嫌いってはっきりと言ったよ! 青天の霹靂とはこの事で、私はがこれまで生きてきた世界で「ばあちゃん」と「嫌い」という単語が並列する事はなかった。そんな人間がいなかった。ばあちゃん=可愛い、好きが当然の世界で生きてきたから。う、わぁー!聞いてしまった。

          ずっと言えなかったこと

          小さな命を守る

          捕獲機を置き、保護した野良の仔猫、命名"雷(らい)"ちゃん(仮)♂ 生後約2ヶ月。動物病院受診。猫風邪の症状が見られる為、里親に譲渡可の体調になるまで、点眼薬と抗生剤服用の下、我が家で一時預かりする事に。 我が家に滞在すること三泊四日。初めは小さな体で精一杯威嚇していたが、娘のお腹の上での昼寝が大のお気に入りになるほど人馴れしてきた。その間、元気よく動き回り、食欲旺盛。順調に回復していると思いきや…。薬が無くなるタイミングで再受診すると、体重減少著しく即入院、要点滴処置との

          小さな命を守る

          夢なら覚めて〜別冊

          夫が呼吸器内科を受診した。すると想定外に日赤病院への紹介状をもらって帰ってきた。日赤で検査を受け、結果は一週間後に、ということになった。微かな事の重大さを感じつつもそれを振り切って楽観視しようと努めていた矢先、更に想定外に、ご家族を連れてきてくださいという電話がかかってきた。何だろう、一瞬にして世界が変わり色褪せていく感覚。これは現実ですか? 病名を検索し、症状を検索。過去に遡って渾身の記憶力を振り絞り彼方から記憶を引っ張り出す。当てはまるじゃないか、どれもこれも。あれもそれ

          夢なら覚めて〜別冊

          夢なら覚めて〜別冊

          アルツハイマー型認知症の母のことを書くはずだった。それが、急転直下。 肺がんステージⅣだと⁉️ 誰が⁉️ 我が夫が! ちょ、ちょっと待って。おかしい、絶対おかしい。そんなわけない。これは絶対おかしい。 こんな事を書いていた。 これ以降、ずっと書いてなかったんだよな。2021年の7月の話。 今日は2022年11月8日。 今年の7月31日夫はあちらの世界に旅立って行った。

          夢なら覚めて〜別冊

          保護猫の雷(らい)ちゃん(仮)

          我が家の裏にあるマンションの駐車場で子猫の鳴き声がする。それが全ての始まりだった。一晩中力強く響き渡る仔猫の鳴き声の威力は凄まじい。安眠妨害はさることながら、何かを訴えるかの如く鳴くあの声。一睡も出来なかった。夜が明けるのを待って行ってみると母猫と仔猫4匹とご対面。うわ!可愛い!我が家の2匹の猫達は2歳になっていて、実物の仔猫を見るのは久しぶりだったので思わず声をあげた。 しかも4匹。さて、しかし、なんとする。そこで思い出したのが息子の同級生のお母さん。いわゆるママ友である。

          保護猫の雷(らい)ちゃん(仮)

          母を追いかけて

          母がお嬢様育ちと知ったのは随分昔のことだ。昭和の、しかも戦前の時代の話だ。大きな屋敷に住んでおり下男や下女がいたと言うから裕福な家庭だったのだろう。イコール"お嬢様"と言う事にはならないだろうが、お金持ち=お嬢様、そう遠くない気はする。偏見である。 身の回りの世話や食事の支度など、下男や下女にしてもらっていたのだろう。テレビドラマのイメージでそんな暮らしをしていたのではないかと想像する。 母は25歳で父と結婚し公務員の妻となり、26歳で初めての子どもを産み、父の転勤で慣れ親し

          母を追いかけて

          夢なら覚めて〜別冊:夫と家族の闘病記

          今日は朝イチからPET検査。要するに全身のがん検査である。9時前に病院に到着。解放されたのは11時半。 帰りにウエストに寄って夫はアジフライ定食、私は天ざるそばを頼んだ。夫はペロリとたいらげ、私が食べきれずに残したそばまで食べた。食欲は全然落ちてない。昼間はいつも通り、何事もなく過ごした。夕飯も食べ入浴もした。暫くテレビを見ていたが私が入浴してる間に寝たようだった。私はドラマを見たり友人とLINEをしたりしながらくつろいでいたところ、夫が2階から下りてきて「胸が痛い。いつもと

          夢なら覚めて〜別冊:夫と家族の闘病記

          夢なら覚めて〜別冊:夫と家族の闘病期

          陳腐だ。安直だ。短絡的だ。分かりやすすぎる。ベタだ。 病気がわかった途端、食生活を見直し生活習慣を見直そうとする。病気の宣告を受けた本人を不憫に思う……は二の次、先ずは金銭面の心配。薄情だなーーーっと思うが、これが真実。一家の稼ぎ手を失うのだ。当然の心理でしょう。お許しを。 口の中が渇く。みぞおちのあたりが落ち着かない。頭がぐゎんぐゎんする。呼吸がしづらい。眼球が動く。手が震える、足も。そして押し寄せる不安と恐怖。 違う!おかしい。私は当事者ではない。夫だ。なのにどうして

          夢なら覚めて〜別冊:夫と家族の闘病期

          夢なら覚めて〜別冊

          おかしい、おかしい。絶対に、おかしい。夢だ、これは夢。こんな事が起こるはずがない。起こらない。何かが間違っている。そう、間違いなのだ。 なーんだ、やっぱり夢だったのか。 2021年7月13日  夫の肺がん宣告、ステージⅣ 「手術はできません」 主治医がきっぱりとこう告げた。 それは、あなたの手術の腕が未熟で、若しくは経験不足で手に負えない症例だという意味ですか?それとも、手のつけようがない、手術してもほとんど無意味、もはや手遅れという意味ですか? 日本語は難しい。 世

          夢なら覚めて〜別冊

          真珠婚式

          あれから10年後〜♪なんていう歌があったけれど、あれから30年も経ってしまった。 あれから、とは"夫と私が結婚した日"からである。㊗️30周年、なのである。まさに花も嵐も踏み越えて、山あり谷あり、紆余曲折、艱難汝を玉にす、子は鎹、継続は力なり……知ってる限りの慣用句(この程度)を並べてみたが、BGMはこれで決まりだろう。水戸黄門の主題歌「あゝ人生に涙あり」人生楽ありゃ苦もあるさ、けだし名言である。身をもって知る歌詞の一つ一つがまさに真珠の輝きを放つ。夫婦互いの忍耐の賜物。そう