光村睦実

「みつむらむつみ」です。作家を夢見ています。

光村睦実

「みつむらむつみ」です。作家を夢見ています。

マガジン

  • 短編・掌編

    練習がてら、短い物語を。

  • 夢で見ました

    いつかの夢で見た風景を物語にはする試みです。もちろんフィクションです。

  • 炎は語る

最近の記事

キンタロウ

昔々、足柄山というところに金太郎という名の男の子がいた。 山奥で母と二人で暮らす金太郎は、自然に囲まれて慎ましく暮らしていた。 遊び相手は山の動物たち。 特に相撲は負けなしで、大力の熊でさえ敵わないほどの強さだった。 それでも心の優しい金太郎は、山のどの動物にも好かれていた。 ある日、その足柄山に、一頭の馬が迷い込んだ。 その痩せて疲れた馬を見つけた金太郎は、近寄って話を聞いてやった。 馬は掠れた声で言った。 「主人とはぐれ、道に迷い、飲まず食わずでもう幾日…

    • プールにて

      深い眠りの暗闇に、少しずつ光が差し込んできた。 目の前にはプールがある。 どこかの屋内プールのようだ。 コースロープもコースラインもない、かといって華美な飾りや仕掛けもない、無垢の水面が美しくゆらめくプールだ。 ふいに視界の左下隅から奥に向かって泳ぐ人影が目に入る。 滑らかな動きで、余計な水飛沫は一切立てず、水中を滑るように遠ざかっていく。 泳いでいるのは女性で、何も身に着けていなかった。 その滑らかに起伏する背中はただただ美しく、背中にかかる黒髪はただただ艶やか

      • ねぇ、雪積もってきたよ

        「ねぇ、雪積もってきたよ」 耳元で囁く声がして目を醒ました。 ベッドから出てベランダのカーテンを開けると、窓には雪景色が映っている。 しまったなぁ。 ここのところの雪予報は外れ気味だったので油断していた。 すぐに着替えて、いつもより数段上の防寒をして家を出た。 足元の雪は厚みがあって、いつも踏んでいる地面にまで靴底が届いていないような気がする。 この辺りでここまでの積雪は久しぶりだ。 雪が積もった街は、雪に音を吸われていつもより静かな上に、雪に色を奪われてすっ

        • おにごっこ

          「せんせー、おにごっこしよー!」 おませでおてんばなリコちゃんが誘ってきた。 走るのに自信はないが、この子たち相手なら大丈夫だろう。 はっきりと返事をする前に、リコは「こっちこっち!」と誘導する。もうおにごっこすることになっているようだ。 リコに連れて行かれた先には、4人の子どもが待っていた。 5人の顔を見回す。 「じゃあ、ボクが鬼でいいかな?」と聞いた。きっとみんな逃げて走りたいだろう。 すると、リコがピシャリと言った。 「ううん、せんせーは大人だからエンマ

        キンタロウ

        マガジン

        • 短編・掌編
          5本
        • 夢で見ました
          1本
        • 炎は語る
          2本

        記事

          漁師失踪事件

          「太郎はどこに行った⁉︎」 村はざわついている。 代官の圧政に不満を抱える村人たちを統率し、一致団結して不当な圧政に立ち向かうことを解き続けた若き漁師である太郎。 近日中にも、その太郎を中心として、代官に対して毅然と、かつ野蛮な暴力に頼らずに立ち向かう行動を起こす手筈となっていた。 その矢先、太郎が姿を消したのだ。 村人は太郎の家に集まった。 まだ老け込むには早い太郎の母親は、集まった村人に茶を振舞いながらも、不安な表情を隠さなかった。 誰からともなく太郎の朝の様子を問わ

          漁師失踪事件

          あのときわたし

          「あのときわたし、あなたのこと好きだったんだよ」 もう何年ぶりだろう? SNS上で再会して、連絡取り合って、久々に呑みに行くことになった学生時代の同期生。 コロナなんてなかったあの頃、何かと託けては呑みに行っていた日々を懐かしんでいたら、唐突に言われた。 あの時は二人で呑みに行ったわけではない。 仲間うちで集まってワイワイやっていた。 その時集まれる面子だったから、集まるたびにメンバーは違っていたが、この子は大抵の呑み会にいて、大抵二人で盛り上がる時間帯があって、その

          あのときわたし

          炎は語る

          学生時代からの付き合いである盟友が、近所の河原で焚火をするというから顔を出してみた。 火が人の文明の起源であるという言説があるとかないとか、聞いたことがあるようなないような気もするが、実際に赤々と燃え盛る炎を前に感じるのは、一種のノスタルジーと安らぎであると思う。 もともと多くの言葉を必要としない盟友との焚火時間は、パチパチと真っ赤に爆ぜる薪をただ黙って眺めるだけで過ぎていったが、そこに何一つ物足りなさはなかった。 ふいに盟友が口を開いた。 「あの子、あれからどうなった

          炎は語る

          戦争反対

          「戦争反対」と書かれたプラカードを掲げて立っている男がいた。 口元に笑みを湛えているが、特に言葉は発していない。 道行く人は彼の微笑みと、掲げられた「戦争反対」を一瞥するだけで、特に顧みるものはいなかった。 しばらくすると、スーツに身を包んだ男がやってきた。 スーツは「戦争反対」の正面に立つと、足先から頭上のプラカードまでゆっくりと視線を送る。 すると突然右手で「戦争反対」のTシャツの襟をつかむとこう言った。 「戦争反対?だから何なんだ?」 「戦争反対」は、表情

          戦争反対

          ヤマノテ・ループ・ライン(1)

          乗客1:東京〜目黒ラッシュ避けてもこれかぁ、と思わずため息が漏れた。 東京駅4番線、山手線外回りのホームはそれなりに混雑していて、ベビーカーを押して進むには、無理ではないけど厳しい。 子連れの帰省はただでさえ大変だから、混みそうな時間は避けたつもりで、新幹線は狙い通り空いていたけど、さすがは都心の大動脈だ。 1本見送って、先頭で電車を待つことにしよう。 ホーム上の表示を確認した。 「すき間を狭くしてあります」 今山手線を走る電車にはフリースペースがある。 今まで

          ヤマノテ・ループ・ライン(1)

          ヤマノテ・ループ・ライン(2)

          乗客2:目黒〜高田馬場レバーを静かに前に倒し、車内へと進む。 こんなに気持ちよく電車に乗り込むのは久しぶりかもしれない。 1本、場合によっては2本見送って先頭で待っていても、追い抜かれたり反対側で待つ乗客に遮られて乗るのに難儀することの方が多く、そんな時は駅員のサポートを頼まなかったのを少しだけ後悔するものだ。 しかし、今日は降りて来た青年が盾となるように道を開けてくれた。 おかげでスムーズに乗車できた。 その上、今すれ違って先に降りて行ったベビーカーが使っていたの

          ヤマノテ・ループ・ライン(2)

          ヤマノテ・ループ・ライン(3)

          乗客3:新宿〜駒込こんなに疲れちゃったのはいつ以来かしら? お店上がってから休憩室で寝かせてもらうこと自体が珍しいのに、こんなに陽が高くなるまで寝ちゃうなんて。 さすがにヒゲが伸びちゃったわ。 好奇の目を向けられるのにもだいぶ慣れちゃって、それがいいことなのか、悲しいことなのか、よくわからない。 でも、ラッシュの終わり頃に乗るよりも空いているからか、あまり視線なんかは気にならない。 ホームではそう思っていたのに。 電車に乗り込んだら、車いすの男と目が合っちゃって、

          ヤマノテ・ループ・ライン(3)

          ヤマノテ・ループ・ライン(4)

          乗客4:池袋〜日暮里電車好きで助かるのは、電車でお出かけを厭わないこと。 電車好きで困るのは、電車でお出かけに異常にも思える興奮を見せること。 パパ友にそれをグチったら、 「うちのは電車とか乗り物嫌いで、ちょっと乗ったら飽きてグズって大変だから、電車好きの方がいいよ」 とたしなめられた。 それでも、あまりの興奮に大騒ぎするので、周りの目が気になることもしばしばだ。 池袋のデパートで北海道の物産展と乗り物系のフェアが同時期にあって、その両方をハシゴするという暴挙に出

          ヤマノテ・ループ・ライン(4)

          ヤマノテ・ループ・ライン(5)

          乗客5:大塚〜東京山手線の改札を通り、まずはトイレでいつもの点眼をした。 鏡を見ながら、目薬がこぼれないよう、タオルで閉じない瞼を押さえる。 目薬をしまい、タオルをしまい、指でほんの少し口元を微笑ませて元に戻す。 自分が周りの人と違うと気付いたのは、幼稚園の年中くらいだった。 周りの人にある表情というものが、自分にないと認識できたのがこの頃だった。 家の洗面台で自分の顔に触れながら、そして顔を何とか動かそうとしながら、楽しいと言って笑うケイタや、いじわるされたと言っ

          ヤマノテ・ループ・ライン(5)