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あのときわたし

「あのときわたし、あなたのこと好きだったんだよ」

もう何年ぶりだろう?

SNS上で再会して、連絡取り合って、久々に呑みに行くことになった学生時代の同期生。

コロナなんてなかったあの頃、何かとかこつけては呑みに行っていた日々を懐かしんでいたら、唐突に言われた。

あの時は二人で呑みに行ったわけではない。
仲間うちで集まってワイワイやっていた。
その時集まれる面子だったから、集まるたびにメンバーは違っていたが、この子は大抵の呑み会にいて、大抵二人で盛り上がる時間帯があって、その時間が楽しみになってもいた。

そういえば、そうだった。

「その時言ってくれればなぁ」

自分の中の下心を自分で感じて、それが少しカッコ悪く感じる。

「だって、あの子と付き合ってたじゃない」

この子との時間が楽しかったあの頃、僕には彼女がいた。

やきもち妬きの彼女とこの子は仲良しだった。
なぜかこの子と仲良くしていてもやきもちを妬かなかった彼女とは、呑み会の機会が少なくなって、この子と疎遠になった頃に別れた。

タイミングが合わなかった。そういうことなのだろうか。

「あのとき、わたしまだお付き合いしたことなくってさ」

どういう返しが正解か分からず、生返事で続きを待つ。

「初めてがあなただったら、だったら?だったとしても、か、悪くなかったかもなって」

「そうか」と、これもまた中途半端な返事。

「まあ、わたしなんか眼中なかったか」

「そんなことないよ、一緒にいて楽しかったし、気になってたよ」

「ほんと?」そう答えて、いたずらっぽく笑う。

「じゃあ、彼女のせいね」

沈黙になる。
嫌な沈黙ではないが、居心地がいいかというと、難しい。

「出ようか」

店を出ると、入った時とは違う二人になっている気がした。

「わたし、今は彼氏いるんだよ」
うつむきながら呟く。

「オレにも彼女がいるくらいだから、当然さ」

「なにそれ」とうつむいたまま笑う。

並んで歩いているうちに、互いの手と手が触れた。

緊張が伝わってくる。
僕も緊張していた。

どちらからともなく、触れた手と手が重なり合い、絡み合った。

柔らかく、でもしっかりと握りながら、目の前にある“一線”を意識する。
超えるまで、あと一歩…

「もう一件、行こうか」

そう言って手を引くと、うつむいたままついてきてくれる。

そう思った瞬間、絡んだ手と手が強引に解かれた。

「やめよ、ここまでにしよ」

離れた相手の激しい鼓動が、さっきよりむしろ伝わってくる。

正解がわからない。
無理矢理引き寄せるべきか、このまま終わりにするべきか…

「今夜は楽しかった。あと、嬉しかった」

僕との繋がりを解いたては、背中の後ろに隠れている。

貼り付けたような笑顔でその子は言った。

「今夜はここまで!またね!」

何かを振り解くように振り返ると、駅ビルに向かって駆け出した。

僕は、立ち尽くしてその後ろ姿をただただ見送った。

その子の姿は、飲み屋帰りの群衆に飲み込まれていく。
それでもすぐにその場を動くことができなかった。

その子と会ったのは、それっきりだ。

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