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ヤマノテ・ループ・ライン(3)

乗客3:新宿〜駒込

こんなに疲れちゃったのはいつ以来かしら?

お店上がってから休憩室で寝かせてもらうこと自体が珍しいのに、こんなに陽が高くなるまで寝ちゃうなんて。

さすがにヒゲが伸びちゃったわ。

好奇の目を向けられるのにもだいぶ慣れちゃって、それがいいことなのか、悲しいことなのか、よくわからない。

でも、ラッシュの終わり頃に乗るよりも空いているからか、あまり視線なんかは気にならない。

ホームではそう思っていたのに。

電車に乗り込んだら、車いすのひとと目が合っちゃって、あんまり見てくるから見つめ返してやったわ。

投げキスでもしてくれればいいのに、目を逸らすからこっちまで恥ずかしくなっちゃったわよ。

でも、そのあとなんか複雑な表情してたな。
何考えてたんだろ。

自分がこんなだからかわかんないけど、車いすの人とか、ブツブツ言いながらいる人とか、目が見えない人とか、なんていうか、そういうマイノリティに対して変に仲間意識みたいなもんをもっちゃちぇるのよね。

でも、ある時ゲイで人生悩んでる人と話した時、いろいろすごく共感するって言ったら、「一緒にすんな!」って怒られちゃってビックリしたことあったな。

マイノリティ同士だから分かり合える部分と、返って相容れない部分と、あるのかもしれないわね。

お客さんには「すみれちゃんって、何?ゲイ?トランスなんちゃら?」って訊かれたっけ。

「やだ〜、私は私!すみれちゃんでしかないわ!」

って返したけど、苦笑いしてたな。

マジョリティなら、自分をカテゴライズしたりしないよね。必要ないし。

でも、マイノリティだってカテゴライズしていいことなんてそんなにないのよ。

私は私。

それだけで人生進みたいんだけど。

あの車いすの人はどうかな。同じかな。それとも、一緒にすんなって怒るかな。

なんでこんないろいろ考えちゃうんだろ。
やっぱり疲れてんのかな。

高田馬場かぁ。

お、車いすのお兄さん降りるのね。

ちょっと、みんなキョトンとしてる場合じゃないでしょ!

「この人が降りるって言ってるじゃない。キョトンとしてないで開けなさいよ!」

すごい、なんか魔法でも使ったみたいに道ができたわ。

「ありがとうございます!」なんてあまりに丁寧にお礼を言うもんだから、思わず「礼なんていらないわよ!気をつけなさいよ!」なんて言っちゃった。
かっこよかった?

そこまで丁寧にお礼されることじゃないことにも、あの人は丁寧な、丁寧すぎるかもしれないお礼をしてきたのだろうなぁ。

弱い立場の人だからってそんなに下に出ることはないんじゃないかと思うけど、強い立場の人はもっとそういう姿勢を見習ったらいい。

まあ、私も気を付けなきゃな。

池袋かぁ。

お、あの子かわいいな。
3歳ぐらいかな。電車好きなんだろうな。

お父さんとお出かけかぁ。いいなぁ。

はーい♡

やだ、手なんか振って、かわいい♡

ちょっと、お父さん、なんで謝んのよ。

そういえば実家にしばらく帰ってないな。

みんな元気かな。

甥っ子ももういくつになったんだっけ。

親戚中が私のことを腫れものを触るみたいにするから、私も行きづらくなって疎遠になっちゃったけど、弟の嫁さんには会いたいな。さくらさん、元気かな。

さくらさんだけは自然に接してくれたな。
さくらさんの前では、自然にすみれでいられた。

お店じゃないところで、当たり前にすみれでいられるところなんでほとんどないのに、さくらさんと一緒にいる時はすごく楽だった。

男とか、女とか、別にいいです。
すみれさんは、すみれさんです。

さくらさんにそう言われてからかも。
自分に自信がもてたのは。

それまでは強がって自信があるふりしてた。
自分でも気付いてなかったけど。

あの言葉以来、肩の力が抜けたっていうか。

LINEはたまにするけど、しばらく会ってないなぁ。

あの日と同じように会ってくれるかしら。

それにしても席空かないわね。あの子もお父さんも座りたいだろうに。

だからって「席空けなさいよ!」とか言っちゃうほどお節介にはなれないな。いくら私が図々しくても。

うわー、なんだろ、あの人。

すごく怖い顔して乗ってきた。

表情なさすぎでしょ。

ああ、せっかくあの親子の近くが二人分空いたのに、無表情が座っちゃったよ。

あ〜、行っちゃったか。空いたもんね。
子どもって純粋だけどおっかないな。

またお父さん謝っちゃった。

お、席譲る?

無表情のまま?

もしかして不器用なだけ?

いいヤツなんじゃん。

ホントあの子かわいいな。
無表情にも手振ってる。

無表情も手振ってんのかな。
かわいいかも。さすがにニヤリくらいはしてるかな。顔見えないけど。

いいなぁ、癒しだなぁ。

甥っ子もかわいかったけど、今でも私と遊んでくれるかな。
お母さんがさくらさんじゃなかったら遊ばせてくれなかったかもな。

なんだかしんみりしちゃうな。

やっぱ疲れてんのかも。

帰ってしっかり休もう。

さ、駒込着〜いたっと。

うわー、まだ無表情だわ。
逆にすごい。まあ、関係ないけど。

いいヤツだし。

乗客4に続く


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