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乙 まみこ
2021年12月13日 22:00
もうあそこ行くことはないだろう。そう思っていた、幼い頃に住んでいた街の名前を電車の中のアナウンスが告げた。一瞬、間をおいて開いたドアから流れ出す人波を追いかけた。懐かしくはないけれど、どうしようもなく記憶の片隅に居据わる街の色と匂い。なぜそうしたのかは自分でもわからない。ただ足が勝手にその駅に降り立った。あの頃よりもキラキラして見える歩道橋の向こうの景色。記憶に吸い寄せられるように私はそ
2021年12月20日 22:52
「写真は噓つきだから」そうユマが言った。高2の春に父親が亡くなり、残していったカメラは家族の誰にも触られないまま本棚の上に置かれていた。いつしか家の中に父親がいない生活を家族が受け入れ、時が流れるようになっていた。ただときどき僕はここに父親がいないことがとても不思議に感じることはあったけれど。生前の父親とは特に仲が良くも悪くもなく、父親の趣味であるカメラの話もそういえば聞いたこともなかっ
2021年12月30日 21:55
ものごころがついた頃から私の家族は祖母だけだった。私にとってはそれがあたりまえの形だったので、みんなの家にはいるような家族について祖母に尋ねてみたこともなかった。 祖母にはちょっと不思議なところがあった。私が祖母以外の家族について聞こうとしなかったのは、どこか頭の隅で聞いてはいけないような気がしていたのかもしれない。私が見かけると祖母はたいてい窓際で椅子に腰掛け、ゆっくりとコーヒーを飲んで
2021年12月27日 22:57
ふわっとしていて千切りにしたキャベツがジューシーなお好み焼きにオリジナルの特製ソース、焼き肉は部位により最適な焼き加減を見極めて取り分けてくれ、蟹の脚はスルリと魔法のように殻をむいてくれる。家のどこかが壊れると大工さんのように、家電製品が調子悪くなれば電器屋さんのようにドライバーを持って登場。祖父はそんな何かと器用な人だった。それに比べその妻である祖母は、あちこち近所の友達のところを巡り一日中