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【短編小説】令和寛『燐光』


例えば罵倒を浴び、例えば首を掴まれ、例えば毎日あざができても
例えば学力ものびず、例えば笑い者にされ、例えば物に落書きをされても、


例えば消えて欲しい人ができ、例えば絶望の日々を送っていて、例えば全てに負け続け、
例えば人間が怖くなって、例えば報われなくても、

例えばイジメ後遺症という病が、その後の(僕)の日常生活に10年間悪さしても、
例えば僕をいじめた奴らが、どこにでもいる正義感に溢れた大人になって許せなくもて、
例えば幸せそうな人が憎くなっても…


10年前、(将来に希望が抱けなかったゆえに)この先の物語を描けなかった僕。当時の文章が、黄ばんだ紙切れが、ふと机の中の引き出しから出てきた時、そこそこ幸せな生活を送れている22歳の僕は声をあげて泣いた。

「よく乗り越えたね」
脳内で、この8文字を自分に叫んで、嗚咽して、
誰も止めることのできない涙をただひたすらに流し続けたのは。
きっと、これが人生で最初で最後だろう。


(もし10年前の僕に会えて、もしも10分だけでも会話の時間を与えられたのなら、僕は何を話すだろうか)

無意識にこんな疑問を抱いていたからだろうか、
人生最大の嗚咽日に、僕は10年前の僕と夢の中で再会した。



(ずいずいずっころばし ごまみそずい)


山にこだまする聞き覚えのない唄声が、しばらく自分の頭に流れていたが、
小さな思い切りで瞼を開けると、唄は静かに止んだ。

◆◆◆

宵も深まり、中山道沿いの宿場町に連なる建築物は、江戸時代から形を変えない大戸を一様に閉ざしていて。

雨脚は強まるばかりで、仕方なく障子を閉ざすと、
暗闇の中、畳の上でじっと座ってている、10年前の僕に、机を挟んで向かい合っていた。


「10年後の僕なんでしょ」
「そうだよ」
「イジメ克服できた?」
「できたよ」
「どうやって?」


10年前の僕の問いに、僕の中に答えはしっかりとあるが、僕はわざと意地悪してみせた。

「あるけど、教えない」
「どうして」
「その方が、君が幸せになるから」

こういうと、彼がどういう感情を抱くかわかっていた。
僕は意地悪な発言を自ら選んでいったのだ。

「あのさあ、ふざけないでくんない?」

僕は、黙りを貫いてると、彼は付け加えた。

「殴って良い?」

もっとも、10年前の僕に殴られてみるのも悪くなかったが、僕はあえて反論してみた。

「自分がされて嫌なことをする、つまらない大人にはならないでね」

現にイジメを受けている彼に対して、他人には嫌な事はするなという発言の理不尽さは自覚している。
だけど、イジメ被害者が新たなイジメ加害者になって連鎖を生むことは、彼には諭しておきたかった。

「じゃあ虐められた俺はどうなんの?」
「苦しむ」

彼の目元が、かすかに絶望色に染められていくのが、
夜の僅かな光量でも分かった。

「ちなみに反対も聞くけど…」
「うん」
「僕を虐めてた奴らはどうなる?」
「そんなことを聞いてどうなるの」
「気になる」

屋根から雨が滴れる音が、部屋に響く。

「いうね」
僕は10年前の僕のために切り出した。
「うん」
「君を虐めた人たちは、どこにでもいる正義感に満ちあふれた大人になる」

ガツンと彼は、机を僕の方に蹴った。
「は?なんで?」
…なんでそうなるの、と彼は怒りに満ちた小さな声で続けた。

「でも、時が経って、思慮分別がつくような立派な大人になるころには、頭の片隅のどこかに、後悔が付き纏うはずだよ。記憶は完全には消せないから」
今度は、僕が続けた。
「そうして、真っ当な大人なら、償いの念が少しでもあれば、イジメをしないように教育をする」
と思うんだが…

彼は、僕の美談に一瞬不快な表情を見せながらも、発言を真っ向から反論しない寛容さで質問を切り返してくれた。
「真っ当な大人じゃない人は?」
「大人の社会では真っ当でない人はいずれ評価されなくなるよ」

「信じて良いの?」
そのまま首を縦に振ってもよかったが、
「友情の基礎は信頼だよ」
僕は少し先の僕のために、あえて的外れな言葉で返してみた。
「ちょっと何言ってんのかわかんないけど、まあともかく、僕が僕に嘘をつくのは考えづいからね。信じるよ」
「うん。僕は嘘はつかないよ」

このあともしばらく会話は続いたが、そのほとんどが泡のように記憶に刻まれないたわいないもので、時間がだけがただただ流れ、宵も終盤に差し掛かっていた。



「ダメもとでもう一回聞くけどさ」
「うん」
「どうやったら、イジメは克服できるの」

僕は、あえて間を置いて答えた。

「ヒントなら教えてあげる、ヒントは」
「何?」
「一階へ行き、外へ出てごらん?」
「え?雨降ってたよね、しかもここどこか分かんないしなんか怖いんだけど」
「入り口に、ヒントがあるから」

彼が階段を降りていくのを確認してから、
僕は、そっと先ほど閉めた障子を開いた。

一つの勇気で、小さな光が差し込む。
(そのことを彼に知って欲しくて…)

奈良井の雨はすっかり止んで、星々が燐光を発していてた。

すーー。
僕は外の空気を吸って、吐き出すように

「小さな勇気の積み重ねで克服したよ」

と呟くと、彼の聞きたかった言の葉は、
誰にも聞かれずに、星空に溶けていくのだった。

◆◆◆

(ずいずいずっころばし ごまみそずい
茶壷に追われて とっぴんしゃん
抜けたらどんとこしょ)


朝、机の上で目覚めた僕は、黄ばんだ紙切れに付け加えた。

追伸:今の僕は幸せです。




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