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長編 立入禁止区域を、あなたに(全58話)

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「私だけが周りから置いていかれる」と、どことなく焦燥感を感じながらも結局何も挑戦せずに年齢だけ重ねてきた。何となく夢を持ったと口にしたはいいけど、なかなか努力出来ずに今日もただ一…
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#連載長編小説

最終話「線」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 10分 4913字)  前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  体中に激痛が走った瞬間、アスファルトに落ちていく彼女の文庫本が見えた。きっとそこにつけられている古代紫のブックカバーは、私の血で汚れてしまったに違いない。  どうして? 何で? ねえ、タケイさん。あなたが読んだ本には、『人を刺すだけで幸せになれる

第五十七話「和音」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 8分 3708字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  小鳥が眠りについた公園から出ると、私のスマホから着信音が鳴り出しました。バッグからスマホを取り出し、画面を見ると『荒島禅』と表示されています。また弟? もしかして私、また何かやらかした?   内心不安になりながらも、電話に出ます。 「も……。もしも

第五十六話「表現」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 19分 9068字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  ユヅルさんは、サイトウさんからの電話を切ると、カウンターの内側から出てきて、お店の壁側にあるテーブルに置かれた水虫らいすマンの大きなぬいぐるみを両手で抱え、カウンター席に並んで座る私と美雨ちゃんのところまで来ました。 「ほら、お嬢様。このぬいぐる

第五十五話「その絵」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 15分 7149字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「やっほー。二人とも、よく眠れた?」  私と美雨ちゃんが、定休日のユヅルさんのお店に入ると、彼は軽快な口調で私達を迎え入れました。久しぶりに来たこのダイニングバーには、入口のサイドテーブルに、以前には置かれていなかった花瓶があり、そこに淡いピンクの

第五十四話「今生の別れでも無し」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 8分 3779字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  ホテルで目を覚ますと、時刻はお昼の十二時をまわったところで、気が付けばめちゃくちゃお腹が空いています。美雨ちゃんは私よりも先に起きていて、ベッドの上でストレッチをしていました。 「ねえ、トモさん。今から一緒にランチと美容院に行かない?」 「え? 美

第五十三話「逃げ道」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 8分 3939字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  私と美雨ちゃんは、美雨ちゃんのお世話係の女性が運転する車で、亮介さんの住むアパートまで向かうことになりました。  あーあ。私の頭にはもう、亮介さんからシバかれる予想しかありません。平日勤務の会社員宅に月曜の早朝からお邪魔するのはダメですって、美雨ちゃ

第五十二話「時間の問題ではない」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 8分 3981字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「トモさん、無事でよかったわ」  サリーさんのことを思い出し、もう少しで泣きそうになったとき、美雨ちゃんがホッとした様子で小さく息を吐いて、ベッドに腰掛けました。 「トモさん、SNSもメッセージアプリもアカウントが消えているし、電話番号は聞いていな

第五十一話「一体何だったんだ!!」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 10分 4599字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ (一部残酷な描写があります。)  美雨ちゃんが強引に私の手を引いてホテルの中まで入っていくので、私は転びそうになってしまいました。 「美雨ちゃん、さっきのユヅルさんのお部屋での話ですが、明さんから連絡があったのですか?」 「トモさん、口調が戻ってい

第五十話「自分のためです」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 10分 4726字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  柏木さんの運転する車の助手席に座って、私は再度自分の爪をじっくりと見てみました。もう、この爪にはサリーさんが宿した世界の形跡は何もありません。もし私が、あのとき彼女をユヅルさんの部屋から連れ出していたら、彼女は今頃“その場所”には…… 「トモさん

第四十九話「幸せかどうかじゃない」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 9分 4143字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  私がユヅルさんの髪の毛から手を離したとき、てっきり何か反撃をされるかと思っていましたが、彼は意外にも冷静に「トモちゃん、取り敢えず何か拭くもの頂戴」と言ってきました。  しかし、室内を見渡しても、ダブルベッド、ソファー、テーブル二台、棚、過激プレイ

第四十八話「最高の恥を晒してやる」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 16分 7901字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「今からは大人同士の話だと? なら、今まで相手してくれてた成人のお嬢様は大人ではないのか?」  ユヅルさんはそう言って少し笑い、また一口牛乳を飲みます。 「お前さん、さっき他人様の御令嬢相手に何をしたか、理解しているな?」 「もちろん。お嬢様は頭

第四十七話「破壊」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 13分 6483字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「ああっ! トモさん、手錠で拘束されているのね。切らなきゃ!」  美雨ちゃんは、バッグから刃渡りニ十センチ程度の鞘付き包丁を取り出し、包丁を鞘から抜いて私の手錠のチェーン部分に向け、カンカンと振り下ろしてきました。  海外にいるはずの美雨ちゃんが何

第四十六話「ただ必死で生きている」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 11分 5259字) 前話へ 第一話へ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  ドキュメンタリーを観ながら、ふと時計を見ると午後二時を過ぎていたので、ユヅルさんに「いつもならお仕事に行っている時間では?」と聞きましたが、彼からは「今日は夕方の開店までに行けばいい」と返ってきました。  【オレと自然と動物と愛と青春】というドキ

第四十五話「戻ってきて」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 8分 3723字) ※この先の文章には生死に関するセンシティブな表現を含みます。苦手な方は読むのをお控えください。 前話へ 第一話へ  あったかい。ここ、どこだろう。とても心地いい。ずっとここにいたい。 「……モちゃん、可愛い……」  誰? 「トモちゃん……可愛い……」  誰ですか? 「戻ってきて……。可愛い可愛いトモちゃん、戻ってきて……聡明な……」  戻る? いやだ。ここが気持ちいいんです。戻ったってどうせ世界は腐って…… ―― この腐っ