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第四十八話「最高の恥を晒してやる」/ 長編:立入禁止区域を、あなたに

(読了目安時間 16分 7901字)
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「今からは大人同士の話だと? なら、今まで相手してくれてた成人のお嬢様は大人ではないのか?」

 ユヅルさんはそう言って少し笑い、また一口牛乳を飲みます。

「お前さん、さっき他人様の御令嬢相手に何をしたか、理解しているな?」
「もちろん。お嬢様は頭に血が上っていたご様子だったので、カルシウムを差し上げたんだ。なあ爺さん、俺が自ら暴力行為を行い、不利な状況を作ったことで安心したか? 現金の脅しだけだったら、正直不安だったんだろう?」
「ユヅル君。君も大人なら言っていい冗談と、そうではない冗談の違いくらい分かるだろう?」
「何だよ、爺さん。怒っているんだったら俺のことはどうにでもしろよ。何されてもいいように、さっきお気に入りのピアスも外してきたんだ。どうせ俺のことはもう、調べ尽くしているんだろう?」
「調べ尽くそうとしたことが分かるのなら、お前さんを簡単にどうにでも出来ないことまで分かるはずだ。こちらも慎重に手段を選ばなければならない」

「え? 柏木さん、それはどういうことですか……?」
 慎重に手段を選ぶって? 
 ユヅルさんは少しだけ険しい表情を見せています。

「ユヅル君、教えてほしい。愛しい御方とは、どうやったらもっとお近づきになれるのだ?」
「何だ、その歳で恋か? 爺さん」
「そうだ、恋だ。しかし、奥座敷にいる愛しいあの御方はなかなか襖を開けてくれない。気高いのは結構だが、つれないにも程がある。私がそう長くいられないことを知っているだろうに」
「諦めんなよ。恋だろう?」
「諦めるな? あまり長期間に渡ってしつこくその部屋の襖を開けようとすれば、あの御方は機嫌を損ねて川を渡るための船を用意するのだ。今だってその準備中かもしれない」
「船だと?」
「君も知っているだろう? とても<この世のものとは思えない川>を渡るための船だ。その船の運賃として、愛しいあの御方が好きな柏餅は何個必要だと思う?」
「柏餅? 何の話だ? さっぱり分からねえな」

 ユヅルさんは、柏木さんから目をらしました。あれ? 柏餅って、確かサイトウさんが嫌いな食べ物じゃなかったっけ……。

「柏木!! さっきから何の話してんのよ!! あなたの恋の話なんか今はどうだっていいでしょう?」

 美雨ちゃんから腕を掴まれて矢継ぎ早にそう言われた柏木さんは、何かを考えるようにして暫し沈黙を作ったあと、美雨ちゃんのほうを向いて微笑み、「美雨様、帰りましょう」と言って、ソファーから立ち上がりました。美雨ちゃんもそれに合わせて立ち上がり、でも彼女はずっとユヅルさんを睨んだままです。

「この、いかにもモテそうな男に恋の相談にのってもらおうと思ったのですが、彼は恋人関係に関しては特殊な訓練を受けていて、他人の相談には死んでものれないようです」
「変態の訓練ってこと? 柏木、恋の相談なら私がのるわよ」
「いいえ、美雨様。それは結構です。さあ、トモさんを連れて、もう帰りましょう」

 柏木さんにそう言われた美雨ちゃんは私の顔を見て「トモさん、行くわよ」と言い、私の手を引こうとしました。急に声をかけられた私は狼狽うろたえました。
「えっ!? 美雨ちゃん、ちょ、ちょっと……」
「お前ら、俺の大事な人をどうする気だ?」

 強引に美雨ちゃんに連れて行かれそうになったとき、ユヅルさんの声が背後から聞こえました。振り向くと、ユヅルさんはとても真面目な顔で私を見ています。大事な人、だって? 何それ? 商品としてってこと?

 美雨ちゃんは、私の手を離し、ソファーに座るユヅルさんに詰め寄るようにして顔を近づけました。

「どうする気、ですって?」
「トモちゃんがここから出て、もう一度外の世界で生きたいって、一言でも言ったのか?」
「あなたみたいな変態には何も言う権利はないわよ。トモさんは私が連れていきます」
「トモちゃんの意思を無視して他人が決めるなよ。なあ、トモちゃん」
「えっ! あ……私は……」

 こんな急にユヅルさんから話を振られても、上手く答えることなど出来ません。ほんの十数分前まで、“自分”を奪って欲しいだなんて思っていたのです。
 だけど急に美雨ちゃんが目の前に現れて、柏木さんや複数の男性も突然部屋に入ってきて、柏木さんに美雨ちゃんを見守るように言われて、そのあと多額の現金がユヅルさんに渡されて、美雨ちゃんが牛乳かけられて、でも何も出来なくて……。
 それでいきなり私の意思なんて言われても、どうすればいいかなんて、分からない。それに、きっとまだ怖くて――。

「トモちゃんはいつでもここから出られるようになっていた。でも、出ていかなかった。だから今、トモちゃんはここにいるんだろう? なあ、お嬢様」
「それは、あなたが洗脳したからでしょう?」
「洗脳か。酷い言われようだな。そんなにトモちゃんを連れていきたいのなら、その前に君に少し質問をさせてもらっていい?」
「ユヅル君、他人様の御令嬢に向かっていつまで……」
「俺は今、このお嬢様に聞いているんだ! 他人が口挟むんじゃねえよ!!」

 え? 今度はユヅルさんが感情的になった……。今まで落ち着いていたのに、どうしたんだろう? 

「いいわ、柏木。下がっていなさい。それに、トモさんも」
「美雨ちゃん……」

 美雨ちゃんは柏木さんと私に洋室のドアの前に立っているように言い、さっきまでの何とか怒りを押し殺している感じとは違って、とても落ち着いた様子で再びユヅルさんと向かい合うようにしてソファーに座りました。

「ユヅルさん、私に質問とは何でしょう?」
「こんな庶民の話に付き合ってくれるようで、ありがとう」
「早く本題に入りなさいよ、変態クズ野郎」
「変態でクズか……。あのさ、お嬢様。俺はこの部屋で何人も順番に飼って世話してきたんだ。どの子もみんな“イイ子”だった。表面上はな」
「表面上?」
「そう。どの子も口では綺麗なことを言うんだよ。お客様を喜ばせたいだとか、夢を叶えたいだとか。だけど、ここで俺が飼ってた“イイ子”達のそういう意思っていうのは、目の前に甘いモノをぶら下げたら簡単に崩れるんだ。“イイ子”達が散々言ってた『お客様』だとか『夢』ってのは、一体何なんだったんだろうって思うくらい、本当に簡単に」

 ユヅルさんは私の顔をチラッと見ました。彼は私みたいな人間を見ると、吐き気がするって言っていた。だから今、彼が話したことは、本来なら私に向けて言いたかったことなのかもしれない。

「何の話よ? 分からないわ」
「それでね、お嬢様。俺がトモちゃんの前に飼ってた女もね、君と同じように俺の店で急に泣き出してさ」
「トモさんの前? もしかして、その人が明って人の知り合いかしら?」
「その明ってのは誰か知らないんだけど、とにかくその女が、俺の店でほかのお客様がいるなか、『もう疲れたから、今夜抱いて~』なんて泣き喚いて騒いだわけ。そいつは前々から少し態度が悪くてね。『将来私も店持ちたいから、ここのお客さんをちょっと紹介してもらっていい?』とかふざけたことも言われたな」
「えええっ!! サリーさん、そんなことを!?」

 私は思わずドア前で大きな声を出してしまい、隣の柏木さんに怪訝な顔をされました。空気を壊してごめんなさい。でも、サリーさんがまさか、ユヅルさんのお店のお客さんを欲しがるなんて……。

「だから何なのよ。話が長いわ、変態クズ野郎」
「それでまあ、その女は、元々『カフェを経営してお客様の笑顔が見たい』だの何だの言ってたんだけど、結局さっき言ったように、『もう疲れたから抱いて、そしたら明日からまた頑張れるから』って言われたから、俺はそいつを持ち帰って抱いたわけ。だけど、俺はその女が頑張っている姿や努力をした形跡を一度も見たことがない。簡単に俺に飼われて、そのあとも簡単にもっと気持ちいいほうを選んだ」
「それで? 早く質問しなさいよ」
「なあ、お嬢様。この女の言っていた『お客様の笑顔が見たい』って、何だったんだろうな?」
「さあ? 私に聞かれても」
「こんなやつが次から次に現れるんだ。そして、こんなやつが、やがて善良な他人を巻き込み、追い詰めるんだよ。大切なものを奪うんだよ。確かに俺は変態でクズかもしれないけど、じゃあ、こいつらは一体何なんだ?」

 ユヅルさんがそこまで言うと、美雨ちゃんは一瞬だけ驚いたような顔になり、俯いて黙ってしまいました。彼女から何も言葉が出ないまま、時間だけが過ぎていきます。
 私はユヅルさんの話を聞いていて、昨日ウオークインクローゼットで彼から言われたことを思い出し、そしてまたあの恐怖が蘇ってきました。

「ううっ!!」

 恐怖が蘇ると、立っていられなくなります。床に座り込み、必死で吐き気に耐えている私に柏木さんが「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けてきました。
「大丈夫です、柏木さん。でも、吐きそう……」


「なあ、お嬢様。君が俯いているあいだに、もう一つ質問するね。これが一番気になっていること」

 私が床に吐きそうになっても、美雨ちゃんが俯いても、ユヅルさんの質問はまだ終わらないようです。彼は今、どんな顔をしているのだろう?

「俺はね、ある人から、“イイ子”というのは思想が根っこから腐りきっているって言われているんだ。でも、“イイ子”とずっと一緒に暮らしていると、どこかで違和感を覚えることがある。本当にこの人間は、根っこから腐っているのか、って。だけど、そう思ったとしても、俺の違和感は毎回かき消されて、結局は、そのある人の思想に戻ってしまうんだ。なあ、お嬢様、俺がそうやって同じ思想に戻ってしまうのは、その人の思想が“正しい”からなんだろう? だから、その人の思想に違和感を覚えたとしても、それは俺のほうが間違っているってことだよな?」

 え……? 
 違和感が毎回かき消される……?

「ユヅルさん、その“ある人”って……ううっ、気持ち悪……」
 私が吐き気に耐えながら顔を上げると、ユヅルさんは、とても悲しそうな顔をして美雨ちゃんを見ていました。

「うるっさいわね、この変態野郎!!」

 美雨ちゃんが、またしても声を張り上げました。

「あなた、話が長すぎるのよ!! それとも何? こういう変態プレイってこと?」
「は……? 俺は今、わりと真面目な話を……」
「黙りなさい! さっきからダラダラとイライラするわね。“イイ子”って一体何の話よ? とにかく私は今日、この場所から大事な女を搔っ攫いに来ただけなの! 文句ある?」
「大事な女だと?」
「そうよ! 悪いけど、あなたよりも私のほうが絶対にトモさんのことを大事に想っているわ。なんたって海を越えてきたのよ? だから今回は私の勝ちなの。分かったら潔く諦めなさい、この変態オシャレ長話野郎が!!」

「み、美雨ちゃん?」
 私は両手で自分の目をこすったあとに、再び美雨ちゃんの顔を見ました。間違いない。本人だ。こんなに勇ましかったっけ?

「美雨ちゃん。大事な女って、私のことですか?」
「ええ、そうよ。今さら気付くんじゃないわよ、お姫様」

 私の隣で柏木さんが小さく溜め息をついています。彼は美雨ちゃんに聞こえないように、「あーあ、ゾーンに入ってしまった……」と頭を抱えながら小声で呟きました。ゾーンって何? 

 だけど、何にしても、美雨ちゃんは私のために海を渡ってきてくれて、そしてこんなふうに勇ましくなっているんだ……。

「それで? お嬢様、さっきの質問の答えは?」
「知らない」
「は?」
「だから知らないわよ。だいたい、何が“正しい”かなんて大人だったら自分で考えたらどうなの? “正しい”の基準なんて永久不変のものなのかどうかも怪しいのに、他人に聞くんじゃないわよ」

 美雨ちゃんは、勢いよくソファーから立ち上がりました。

「私はもうこれ以上、あなたにお付き合いするつもりはないわ。トモさんは連れて行きます」
「トモちゃんがそれを望んでいなければ、お嬢様は嫌われて終わるだけだ。いいのか?」
「それが何なの?」
「何って……」
「嫌われるのが何よ? 私はトモさんの口から妬みや悪口を一度も聞いたことがない。私のことを妬んでいるような態度すら見たことがない。トモさんは初めて私を私として純粋に見てくれた女性なのよ。たとえ嫌われたって、捕まったって、パパの力を失くしたって、絶対に友達になるんだから! 誘拐だって思うのなら、いくらでも通報しなさいよ!!」

 勢いよくユヅルさんに向けて大声を出し続けた美雨ちゃんは、興奮したからか肩で息をしています。たとえ、嫌われたって、って……? それに、彼女は捕まってもいいとさえ、思っているの? 私のために?

「それが、お嬢様の本心なんだな?」
「何よ? あなたが変態なら、私はバカなの。ナメんじゃないわよ」

 美雨ちゃんは、まだ呼吸が早いままです。
「美雨ちゃん、私のことを、本当に大事に想っていてくれたのですね――」

 私の体の内側から、何かが二つ、すうっと抜けていくのが分かりました。頭の中で絡まっていた糸が、ほどけていく。一本に繋がっていく。

「美雨ちゃん、ありがとう」

 ねえ、美雨ちゃん達がここに来てから、私は何をしていた? 何もしていないじゃないか。どうしてまだ立ち上がれない? いつまで傍観者でいるつもりだ?

 いつもそうだった。ここは私が存在しているはずの世界なのに、まるで私なんていないかのように、私の意思など関係なく勝手に進んでいって、何となく私の生き方を決められて、私はその通りに動くしか出来なくて。まるで人形みたいに。
 でも、それは、この世界のせいじゃなかった。私が、自分に足があることを、頭があることを、心があることを、忘れたふりして放棄していたから。すぐに気持ちよくなれる言葉、声だけを欲しがって、自分の奥にある弱さを無視してきたから。だから自分に対して極端な見方しか出来なかった。だけど、もう……

「ユヅルさん。ちょっとまだ吐き気が治まらなくて、もしかしたら吐くかもしれませんが、あとで掃除お願いします」
「は? 吐くってどういうこと? トモちゃん」

 美雨ちゃんが「ええっ」と言って、心配そうに私の顔を見ました。大丈夫。心配しないで、私はやれば出来るから。

 今、分かった。美雨ちゃんには、恐怖がない。傷つく恐怖。失う恐怖。孤独になる恐怖。
 私の<好き>と向き合う大事な気持ち、そして自分の弱さと向き合う気持ちは、さっきまでその恐怖に喰われてしまっていた。
 だけど、喰われたならもう一度生み出せばいい。余計なものを削って、必要なものだけを組み合わせて、そして立て。もういい加減に、捨てろ。考えろ。この世界に参加しろ。

「ねえ、美雨ちゃん。足って何度でも立ち上がるためにあるのでしょう?」

 私は足に思い切り力を込めようとしましたが、その前に思っていたよりもスムーズに立ち上がることが出来ました。吐き気も治まったみたいです。あとは、私の意思をそこの多才な男に伝えるだけ。
 ソファーに座るユヅルさんのほうに歩いていき、彼の顔をちゃんと正面から見ます。

「ユヅルさん、私はサイト……」

 って、はあ~~? どういうこと??
 サイトウさんのところには行かずに、ここを出ます。と言いたかったのに、サイトウさんの名前を言い終える前にユヅルさんから口を塞がれました。こいつ、この後に及んでチューしてくるとは! でも、前みたいに快楽によって考える力を奪われるような感覚はない。抵抗出来る!
 そのとき、私の頬にバサッと何かが刺さった感触があり、パラパラと黒く細いものが床に落ちていくのが分かりました。

 ユヅルさんから体を離され、それが飛んできた方向を見ると、頭からつま先まで無数の髪の毛だらけになっている美雨ちゃんがいました。彼女は右手に包丁を持ち、体を震わせながら立って、ユヅルさんを睨みつけています。

 美雨ちゃんは、ポニーテールを根元から包丁で切り落とし、その髪をユヅルさんに投げつけてきたのです。床には口が開いたままの彼女のバッグが転がっていて、中身のハンカチやティッシュなどが飛び出しています。

「この変態野郎、今すぐトモさんから離れなさい」

 乱雑になった美雨ちゃんの毛先からはまだ、髪の毛がパラパラと落ちてきて、それが包丁の刃にもくっついていきます。しばらく美雨ちゃんの様子を黙ってみていた柏木さんは、彼女が持っている包丁を無言で取り上げました。

「美雨ちゃん、嘘でしょ? そんな綺麗な黒髪を切り落としたのですか?」

 美雨ちゃんは、包丁を取り上げられてからもユヅルさんを睨むことを止めず、ユヅルさんも相変わらず落ち着いた様子でソファーに座ったまま顔色を変えません。

「お嬢様、ご乱心か? 俺を止めるならほかにも方法があっただろうに、一体何の意味があって突然斬髪したんだよ?」
「別にいいでしょ。とにかくトモさんは……」

「うるさい。黙れよ、ユヅル」

 私がその言葉を放った瞬間、美雨ちゃんが少し驚いた表情を見せたことに気が付きましたが、それを無視して、床に転がった美雨ちゃんのバッグから、彼女の透明なマイボトルを手に取り、蓋を開けます。中身の赤い液体は、おそらくトマトジュースでしょう。

「美雨ちゃん、ごめんね」

 再度ソファーに座るユヅルさんのほうに近づき、彼の頭の上からトマトジュースをかけ、そのあと、テーブルの上に置いてあったマグカップの牛乳も、そのオシャレなミディアムパーマヘアーに向けて、ゆっくりと垂れ流します。ユヅルさんの顔が、赤と白に染まっていく……。

「トマトジュースさん、牛乳さん、粗末にしてごめんなさい。もう二度とこんなことはしません」
「トモちゃん、何のつもりだ?」
「食べ物や飲み物で遊ぶのはダメだって、あなたが教えてくれたことです。だから、もうしません」
「いや、それはそれとして、何で頭からかけられないと……それも二回も」
「うるせえよ」
「はあ?」
「美雨ちゃんに牛乳ぶっかけた分と、髪を切り落とさせた分で二回だ! 髪が女の命とも知らないおめでたい野郎には、紅白がよく似合ってんじゃねえか!!」

 美雨ちゃんがさっきとは比べ物にならないくらいビックリしているのが分かります。無理もありません。彼女には私のこんな姿を見せたことがないのです。私はワンピースのポケットから、ユヅルさんの部屋の合い鍵を取り出し、ソファーテーブルの上に置きました。

「ユヅルさん、私ってね、こういう鍵とか、健康保険証とか、大事なものをきちんと閉まっておけない性格で、こうやってすぐポケットや鞄に裸のまま入れちゃうんです。失くしたときのことなんて考えずに」
「そんなことは知ってるよ。だから何だ?」
「お前はこういう、色々と考えられない人間が一番好みなんだろう? いや、お前の恋人の好みか?」
「恋人?」
「あはははっ」

 ところどころ赤と白に染まった彼の髪の毛を掴んだとき、私は心底、彼が今ピアスをしておらず、お気に入りのものを汚すことにならなくてよかった、と思いました。
 何かすっごく睨まれてるけど、もう知らない。この男から植え付けられた恐怖と戦うための、最初の一歩だ。

「ねえ、ユヅルさん。今から私が、強くて優秀でカッコイイお前に向けて最高の恥を晒してやるから、よく聞けよ?」

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とても嬉しいです。ありがとうございます!!