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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十三話 人生にトラブルはつきものだけど②

  ・第一話のスタート版
       ・第十三話「人生にトラブルはつきものだけど」①

 レイターは何をやっても器用だった。

 音楽にあわせて太鼓を叩くゲームでも、最高得点をたたき出して一万リルを獲得した。
 最後の高難度曲なんて、リズムも何もあったもんじゃない。即興でめちゃくちゃに叩いているだけに見えたのに、パーフェクトでクリアしていた。

 ほんと感心する。
「すごいわね。どこで覚えたの?」

t23食事線画@やや口開く

「言ったろ、俺のお袋は音楽教師だったって」
「冗談じゃなかったの?」
「冗談? そんなに面白い話か?」
 面白いかと聞かれると困るけれど、ザガート・リンは笑っていた。

「折角だから音楽で一儲けするか」
 レイターが向かった先には、『ミュージック広場』と書かれた看板が立っていた。

 ミュージシャンの卵、といった人たちがあちこちで音楽を奏でている。
 客は気に入ったアーティストに投げ銭している。
 いろいろな楽器を演奏する人たちがいて、見ているだけでも楽しい。

 レイターは二人組からギターを借りてきた。
「あいつらが休憩している間、貸してくれるって言うからさ」
 そして、チューニングを始めた。

 手慣れている。
 フェニックス号の居間にも古いギターが置いてあることを思い出した。この人は器用だからギターも弾けるのだろう。

「練習しときたいから、ザガートの『ノンストップ』にするかな」
 『ノンストップ』はさっきレイターがザガート・リンと一緒に歌った歌だ。

 レイターが前奏をギターで弾き始めた。

 上手い。

 そして、歌い始めた。
「心はもう止められない。ブレーキなんてきかない」

t30ギター5

 驚いた。

 さっきも聞いたからレイターが歌が上手なのはわかっているのだけど、上手いだけじゃない。
 その声が響いてくる。

 通りすがりの人の足を止めるほどに。

「どうして止めなきゃいけないの。心の声は真実だ」

 サビの部分に入ると人がさらに集まってきた。
 男性のレイターが歌う『ノンストップ』はそれはそれで色っぽい。

 この星はザガート・リンの出身星でファンが多いというのもあるのだろうけど、これは足を止めて聴かないと損と言うレベルだ。
 集まった人を見てまた人が寄ってくる。

 そのまま二曲目へ突入した。

 アップテンポなこの曲は、ザガートの新曲。
 リコールのザガとコラボした『スタンドアローン』だ。
 聞いている客が「ブラボー」と言いながら手拍子を打ち始めた。

 速いギターも聞かせながら一気に歌い上げる。
 格好いい。

 レイターが格好いい? 
 違う違う『スタンドアローン』が格好いいのだ。
 胸がドキドキしてきた。

「一人で立ってる、一人で待ってる、一人で生きてる、さあ、一人でさようなら」
 早口みたいな歌詞なのに、どうしてこんなに伝わってくるんだろう。

t30ギター3アップ

 サビの部分はわたしも含め聞いている人たちみんなが口ずさんでいた。

 マイクを使っていないのに、レイターの声だけがくっきりと形を持っているかのように耳に入ってくる。

 アップテンポのまま曲は終わり、レイターは派手に礼をして手を前に差し出した。
 ふたの空いたギターケースが置かれていた。
 集まった客がお金を投げ入れ「アンコール、アンコール」と拍手を始めた。

「じゃ、もう一曲だけ」
 ゆっくりとギターを鳴らす。

 あ、この曲は去年大ヒットしたザガートのバラードだ。
 観客が一転して静まり返った。

「あんなに愛していたのにね」
 悲しいサビの部分を聞いていたら、背中がゾクゾクしてきた。

 やだ、涙が出そうだ。
 胸に、心に、響いてくる。

 この人、声がいいんだ。普段しゃべっている時と全然違う。
 ここにいるのはレイターじゃない。別人だ。

 歌い終わると大喝采だった。
 ギターケースに次々とお金が入れられる。わたしも、レイターだと知らなかったら寄付したと思う。中にはお札も何枚か入っていた。

 
「君、すごいじゃないか」
 ギターを貸してくれた二人組が近づいてきた。

「このギター、よく手入れしてあって助かったぜ」
 レイターはギターケースから五千リル札を一枚抜き取った。
「残りはギター代な」
 ケースの中にはまだ一万リル以上残っている。

「こんなにもらえないよ」
 二人組が恐縮していた。     


「腹減ったな。この金で飯食おうぜ、おごるよ」
 レイターが五千リル札をひらひらさせた。
「いいの?」
「そのかわり屋台だぜ。ロン星のB級グルメと言えば、焼きそばだな」

n33シャツにやり薄

「ヤキソバ?」
 レイターによれば麺と具を一緒にいためたものらしい。

 レイターはヤキソバの屋台の一つ一つをチェックし注釈を垂れた。
 ここは麺がいまいちだ。
 ここは具が小さい。
 火力が弱い。腕が悪い。・・・。

 そして、
「ふむ、ここならいいんでないの」
 歩き疲れたわたしは、もう食べられるならどこでも良かった。

 屋台のカウンター席にレイターと並んで座った。
 ビールを頼んで乾杯する。

 ふぅ。
 乾いたのどにおいしい。

 目の前の鉄板で屋台の店主が具を炒め始めた。
 ジュッ、という音共にいい香りがしてきた。
 両手に持ったフライ返しで麺と混ぜ合わせる。手際がよくて思わず見てしまう。

「ほい、お待ち」
 差し出されたヤキソバは紙皿に乗っていた。
 褐色のパスタみたいだ。プラスチックのフォークが渡された。

 屋台の食べ物だからそんなに期待はしていない。
 とにかくお腹がすいている。急いで口に入れた。

 一口食べて、思わず声が出た。

「おいしい!」
 初めて食べた味はびっくりするほどおいしかった。 ビールにやたらとあう。
「お嬢さんありがとう。そんなに喜ばれると作りがいがあるよ」
 おじさんが嬉しそうに笑った。

「おかわりはグレ味で」
 レイターはあっと言う間に平らげていた。
 グレって何? メニューにないのだけど。

 おじさんが話しかけてきた。
「あんた初めてみる顔だが、誰に聞いてきた」
「焼きそばの屋台で一番旨いところへ行けばグレが食えるってさ」
「その通り」
 そう言うとおじさんはヤキソバを新たに焼き始めた。

 さっきとは違う香りがしてきた。シーフードの香りだ。
 グレというのは魚だった。切り身を焼いて軽くほぐしている。

 レイターがあんなに細かく屋台を見て歩いた意味がわかった。
 グレが食べたかったということだ。

 おじさんが焼きながらわたしに声をかけた。
「お嬢さん、いいねぇそのネックレス。よく似合ってる」
 客商売なのだから、お世辞かもしれないけれど、褒められれば気分がいい。
「ありがとうございます」

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「ニルディスだろ? 彼氏のプレゼントかい?」
 彼氏ではありません。と否定しようとしたら
「当ったり、おっさんよくわかったな」
 レイターが肯定した。

「わかるさ。あんたらカップル雰囲気がいいから」
 それはおじさんの勘違いだ。否定しなくては。

「だろ。折角だからさぁ、サービスしてくれよ」
「しょうがねぇなあ。ほれ、大盛りだ。彼女にも分けてやれよ」
 暴走するレイターにおじさんはおかわりの皿を渡した。グレのフレークがたっぷりトッピングされている。

「サンキュー」
 レイターはわたしの皿にシーフードの香りがするヤキソバを取り分けた。

 わたしたちはカップルでも何でもなくて、仕事仲間なんです。
 正確に伝えなくちゃと思った時には、おじさんは別の客と楽しそうに談笑していた。

 機を逸した。あとで言おう。

 グレって、初めて食べる。
 麺と一緒に口に入れる。
「おいしい。海の味がする」
 おじさんがわたしの方を振り向いて親指を立てた。

 その笑顔につられて、わたしも親指を立てた。ふと見ると、
「グッジョブ」
 と隣でレイターが同じポーズをしていた。

 思わず二人で笑った。

s13ティリー横顔@その2

 もう否定するのも馬鹿らしい。

 今だけ彼氏と彼女のふりをしよう。
 厄病神が彼氏だなんてとんでもないのだけれど。 

「ロン星の海で取れる深海魚なんだ、グレは」
 レイターが解説してくれた。

「こんなにおいしいのに、グレって聞いたことないわ」
「こいつ猛毒を持ってんの」
「え?」

s15ティリあわとレイターにやり高さ@

「毎年、グレ中毒で何人か死んでるから、輸出禁止なんだ」
 思わず食べる手が止まった。
 他では食べたことのないおいしさだ。けれど、今ここで死ぬ覚悟はない。

 不安げなわたしを見てレイターが笑った。
「大丈夫だよ、あの親父はグレの調理免許持ってる」
「もうっ、早く言って頂戴」
 安心してフォークを手にした。
「多くの犠牲を踏み台にしてる、ってところがまたグレの旨さを引き立てるのさ」
 貴重な味をじっくりと噛み締める。

 気のせいだろうか、味に深みが増した気がする。

 そんなグレ味のヤキソバを食べながらレイターがわたしに聞いた。
「ティリーさんの親父さんとお袋さんは?」
「アンタレスにいるわよ。父は普通の公務員。母は昔学校の先生で、今はボランティアで近所の子どもたちに勉強を教えたりしているわ。わたしは一人娘だから、二人で暮らしてる」
「へぇ、アンタレスの箱入り娘がよくソラ系まででて来たなぁ。あの星なら就職先だってあるだろうし、治安もいいだろうに」
「うん」
 わたしはうなずいた。

 レイターの言うとおりだ。
 アンタレスは星系内で経済活動すべてを完結できる数少ない星系だ。
 無理してソラ系まで来る必要はない。
「でも、外を見てみたかったの」
 とわたしは答えた。

n14ティリー振り向き@少し口開く逆

 ガキみたいだってからかわれるかと思ったけど、レイターは
「ふ~ん、いいんじゃねぇ」
 と珍しく優しかった。

 その声につられて話を続けた。
「宇宙船が好きだったし、エースが好きだったからクロノスを受けたのよ。記念受験みたいなものだったんだけど、受かっちゃったし。折角、ソラ系まで出てきたんだから燃えるような恋もしたいし」

「俺と出会えてよかったな」
 レイターがにやりと笑った。

「そういう意味じゃありません」
 即座に否定する。そのやりとりが楽しい。
 お酒のせいだ。デートと錯覚してしまいそうだ。

「レイターの家族は?」
 わたしは軽く聞いた。
「いねぇよ。お袋は俺がガキん頃、親父は俺が生まれる前に死んだ」
「ご、ごめんなさい」
 悪いことを聞いてしまった。
「謝ることねぇよ。まあ、書類上家族と言えばジャックか。俺の身元引受人だからな」
 ジャック?! その名前にわたしは思い当たった。
「将軍?!」
「そっ」
 ジャック・トライムス将軍は銀河連邦軍の元帥で総司令官。アーサーさんのお父さんだ。

n91@正装後ろ目一文字

「どうして?」
「将軍家の慈善事業だろ」
 レイターの住民登録が月の御屋敷になっているのには、そういう理由があったんだ。
「それで、子どもの頃からアーサーさんと同じ船に乗っていたの?」
「う~ん、ま、そんなところだな」

 ヤキソバを食べ終え屋台を出る時、おじさんがわたしたちに声をかけた。「仲良くやれよ」
 
「はい」
 と、思わず返事をしてしまった自分にあわてた。
 レイターが笑っている。今だけ、今だけよ。

 感謝祭の会場をぶらぶらと歩く。

 さっきは気づかなかったけど、どこを見てもカップルが目に付いた。
 お似合いのカップル、ちょっとアンバランスなカップル。
 それぞれ楽しそうだ。

 そして、他の人から見たら、わたしとレイターもカップルに見えているに違いない。
 思わずレイターの顔を見上げた。

n28下向き前向き微笑

 黙っていれば結構イケメンなのだ。

 背も高くスタイルもいい。
 船の操縦はもちろん、運動神経は抜群、料理もうまいし、歌もうまい。

 これで、性格さえよければ、彼氏として文句がないのではないだろうか。

 いや、性格は大事だ。

「ちょっと腹ごなしな」
 レイターの視線の先にバスケットボールのゴールがあった。コートの半面を使ってストリートバスケが行われている。

 ディフェンスとオフェンスが一対一で対決するというゲームの挑戦者を募っていた。地元のバスケチームの選手と対戦して先に十本シュートを入れた方が勝ちだと言う。
 ここでも豪華賞品が用意されていた。

 レイターが名乗りを上げた。
 まずはレイターがオフェンス。攻撃のためにボールを持つ。
 対するディフェンスの選手は地元チームのユニフォームを着ていた。長身のレイターよりさらに背が高い。

「いきなりスリーポイントシュートじゃ芸がねぇよな」
 とか言いながらレイターは右手と左手で交互にトントンとボールをついた。何だかボールの軌跡が変、あ、レイターの足の下をボールがくぐったんだ。

 と思ったら、いきなり速攻。ドリブルでゴール下へ入っていく。
 速い。低い。ボールが手に吸い付いている。

 ディフェンスの選手があわてて手を伸ばす先を、くるりと滑り込むようにすり抜けてシュート。
「レイター! すごーいっ!」
 わたしは素直に拍手した。

「へへん。俺、ハイスクールのころバスケ部だったんだ」
 レイターは背が高いからバスケ部という言葉に違和感がない。 

*    

  バスケゲームの攻守が交替し、今度はレイターがディフェンス。

 相手がシュートを打つ。リングに当たりボールがはねる。レイターが絶妙な位置にジャンプ。
 リバウンドを取り、そのままシュートを決めた。

 観客が集まってきた。
 元バスケ部だったというレイターは指の上でボールをくるくる回したりして、ギャラリーを沸かしている。

t18バスケ2

「あの人かっこいいわね」
 後ろで見ていた女性の声が聞こえた。あの人とはレイターのことだ。

 確かにバスケする姿はかっこいい。
 相手もうまいのだけど、レイターが翻弄している。
 
 ドリブルしながらレイターが振り向き、そして、わたしに投げキッスをした。
 そんなことしなくていいのにあの馬鹿は。恥ずかしいじゃないの!
 周りの視線がわたしに集まる。そして・・・。
「彼女、ニルディスつけてる」
「いいなあ」
「彼氏のプレゼントね」
 周囲の声が聞こえてきて、顔が赤くなった。「違います」って否定しなくては。

 そう思う一方で、わたしはほんのりと優越感を感じていた。

t25照れる逆

 外から見てもレイターの性格の悪さはわからないのだ。

 運動神経抜群のかっこいい彼氏を持った彼女。
 彼氏からニルディスをプレゼントされた彼女。

 全部、嘘。でも、いっか。
 レイターも否定していなかったし、今だけ、彼女のふり。

 ダンクシュート、フェイントしながらのシュート、遠くからのスリーポイントシュート、と、レイターは華麗な技を次々と披露した。

 そして、あっという間に勝利し、何やら高級食材の引換券をもらっていた。

 面倒な出張でこの星に来たけれど、感謝祭を楽しめて得した気分だ。お祭りの賑わいに気持ちが救われる。

 雑踏の中、前を歩くレイターが振り向いた。
 わたしの腕をぐっと引っ張った。

 ドキッ、とした。
 手をつなごうとでもいうのだろうか。

 レイターがわたしの目を見て言った。
「ティリーさん、俺の前を歩いてくんねぇかな」
「え?」
「可愛いティリーさんを見ていたいんだ」
 レイターはニヤリと笑った。

「な、何バカなこと言ってるのよ」
 と言ってから気がついた。

t10やり直し@白黒

 レイターはわたしのボディーガードだ。警護対象者のわたしから目を離す訳にはいかないということに。

 こうしている今も彼は仕事中なのだ。


 屋台の中に射的のコーナーがあった。

 棚に飾ってある高額賞品を模擬レーザー銃で撃つ。
 子供の頃、男の子たちが楽しそうに遊んでいたことを思い出した。

 きっとこれもレイターは満点を出すのだろうな。レイターはボディガード協会のランク3Aで、銃を扱うことにかけてはプロなのだ。
 と、思ったけれど、レイターは、足早に射的コーナーの前を通り過ぎた。

 ちらりと射的コーナーを見る。
 男の人が模擬銃を構えていた。賞品めがけて引き金を引く。

 次の瞬間、わたしは凍りついたように動けなくなってしまった。

 こういうゲームだったとは知らなかった。
 模擬銃と賞品の間を横切るように人型ロボットが横断する。

 そのロボットにレーザー光が当たり、崩れ落ちるようにロボットが倒れた。

「はい、残念」
 店の人の声が響いた。

 ロボットだ、あれはロボット。
 誰が見てもロボット。わかってる。人間じゃない。

 一生懸命自分に言い聞かせる。どうしたんだろう。
 呼吸がうまくできない。

 レイターの顔が遠くに見えた。頭が働かない。気分が悪い。
「この先にベンチがある」
 レイターの声にうながされるように歩き、ベンチに座った。

 銃で撃たれ、人が倒れる。

 あれはレイターと出かけた初めての出張。
 突然わたしたちが歩いている歩道が銃撃された。
 レイターがわたしの身を守りながら撃ち返し、狙撃犯はあっけなく命を落とした。

 レイターがいなければわたしは死んでいた。
 レイターは何一つ悪くない。

 わかっている。正当防衛は認められた権利だ。

 でも、あの時、初めて見たのだ。人が死ぬ瞬間を。
 しかも、わたしのボディーガードの手によって・・・。

 もう平気だと思っていた。
 なのに、射的でロボットが倒れるのを見た瞬間、レイターに撃たれた狙撃犯の姿と重なった。

 フラッシュバックだ。息が苦しい。
「ほら」
 レイターがわたしに何かを手渡した。

 アイスクリームだった。
 コーンの部分を手にする。頭が働かないままアイスを口にした。

 ミントチョコ味だった。
 ミントのスっとする感じが少しわたしの心を落ち着かせる。

 レイターもわたしの隣に腰掛けてアイスを食べ始めた。
 彼がわたしに何も聞かなかったことに気づいた。「気分が悪いのか?」とすら。

 でも、レイターはわかっている。
 だから、射的コーナーの前を急いで通り過ぎようとしたのだ。

 レイターは今、銃を持っているのだろうか。
 おそらくは持っているのだろうけれど、わたしにはわからないようにしている。

 チョコミントアイスが食べ終わった。
 溶けたアイスがちょっぴり手についていた。甘いチョコとクールなミントが混ざった香り。
 レイターにそっくりだと思った。

 レイターがわたしにハンカチを差し出した。

n2レイター正面2@無表情

「ったく、世話の焼ける。手ぇべたべたにして、ガキかよ。俺はあんたの秘書でも召使でもねぇぞ」
 そして、彼氏でもボーイフレンドでもない。
 完璧なボディーガード。

「ありがとう」
「そろそろ帰るか」
 立とうとするわたしにレイターが手を差し伸ばした。
 その手を握った。

引っ張る手

 暖かくて大きな手。がっしりしている。

 立ち上がったあともレイターの手を握りしめた。この手を離したら歩けなくなってしまいそうだった。


* *

 
 翌日。ロン星のクロノス支社を訪れた。

「十五時に迎えに来る。どこかへ出かける場合は呼んでくれ」
 レイターはそれだけ言うといなくなってしまった。
 会社内にいる時はレイターの仕事はない。

 部長から副支社長を訪ねるように言われていた。

 窓際に副支社長の席はあった。
 現地の人らしい年輩の男性が座っている。
「本社から参りました。営業部のティリー・マイルドです」
 あいさつをして部長から頼まれていた資料を渡した。

 副支社長はわたしと目も合わせないで不機嫌そうに言った。
「フン、本社も新人をよこすとは一体何を考えてるんだ」
 独り言だろうか? それともわたしに聞いているのだろうか? 
 しかし、答えようがない。

 副支社長から見ればわたしは新人も同然なのだろうから否定はしないけれどいい気はしない。
 きのうだって、一応大きな仕事を成し遂げたのだ。

「大体、今回の責任を本社はどう考えてるんだ」
 これまたつぶやいているのか、質問なのか、はかりかねる。
「責任と言われましても・・・」

n11ティリー困惑

「発売前からザガの不具合をわかっていたんだろ」
 話の意味が分からない。副支社長が続けた。
「研究所が不具合を報告したが、営業の意向で無視されたそうじゃないか。その尻拭いをこっちがさせられるのはたまらんよ」

「そうなんですか?」
 驚いて聞き返す。
 そんな話は初耳だ。
 部長からもフレッド先輩からも聞かされていない。

 あきれたという顔で副支社長がわたしを見た。
「話にならんよ。そういうことを把握している人間に来てもらいたかったんだよね、こっちは」
「すみません」
 わたしのせいではないが、謝るしかなさそうだ。

「大体、本社はいつもこうだ。一言言ってやろうと思ったのに、どうしてあの若造が出てこんのだ」
 あの若造とはフレッド先輩のことだとピンときた。

n75フレッド逆

 支社で働く現地採用の人と本社勤務の間には権限や待遇面で差がある。その不満が時々噴出することがある。

 今回のプロジェクトも若い本社のフレッド先輩と、年配の副支社長の間で軋轢があったに違いない。
 権限はフレッド先輩の方が上だ。
 あの人のことだ、副支社長に無理難題をふっかけたんじゃないだろうか。

 先輩が現場へ来たがらない訳が更に理解できた。

 それにしても、事前に研究所が把握していたってどういうことだろう。
 まさかリコール隠し・・・。ここではちょっと聞きにくい。フェニックス号に戻ってから確認しよう。

 針のむしろとはこういう状態を言うのに違いない。居心地が悪い。
 レイターに早く戻ってきて欲しい。

「ねえ、ちょっとあなた」
 制服を着た現地採用の女性がわたしを手招きした。わたしより年上。二十代後半といったところだろうか。
「は、はい」
 その女性に呼ばれて部屋の外へ出た。

 連れていかれたのは給湯室だった。

 そこにも制服を着た二人の女性が待っていた。緊張する。
 わたしを呼び出した女性が口を開いた。
「あなた、ザガプロジェクトの発案者なんですって?」

 ああ、どうしてこういう時だけ発案者って言われてしまうんだろう。
 本社では誰もそんなこと言わないのに。                      人生にトラブルはつきものだけど ③へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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宇宙SF

ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」