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銀河フェニックス物語 【恋愛編】  ジョーカーは切られた(まとめ読み版③)

ティリーはダグがレイターの父親代わりだったと聞いて嫌な気持ちに襲われた。
銀河フェニックス物語 総目次 
<恋愛編>「ジョーカーは切られた」まとめ読み版① 

 そして、その操縦士への憧れからレイターはダグの元を離れたのだ。レイターは言っていた。「あの家にいたら『銀河一の操縦士』になれねぇ」と。

「父親であるダグを裏切ったから、十億リルを懸けられたということですか」

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「二人の間でどんなやりとりがあったかはわからないが、おそらくそうだ。あいつは自分でダグの元から離れることを決めた。だが、もう遅かった」
「遅かった?」

「警察ではあいつを保護しきれないほど、グレゴリー一家は力を付けていた。私にはあいつを守ってやることはできなかった」

 パリス警部の声が後悔に震えていた。

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 レイターの過去に触れれば触れるほど自分との違いに辛くなる。
 わたしには両親がいて、飢えたことも、命を狙われたこともない。わたしと彼の善悪に対する価値観が違うはずだ。

 頼るもののないレイターが、父親のように慕っていたダグ・グレゴリーから一転命を狙われる。しかも、銀河中のマフィアを使って。
 そんなレイターを、警察も、誰も大人が守らなかったのだ。
 十二歳の彼は何を信じればよかったのだろう。どれほどの恐怖だったのだろう。

 大人になったレイターに「顔が見えなくてよかった」と言わせるほどの恐怖。

 パリス警部に言わずにいられない。
「あなたがレイターのことを思ってくれていたことには感謝しますけれど、レイターが警察を嫌いな理由がよくわかりました」
「あなたを見ているとマリアを思い出すよ。彼女は警察に対してもマフィアに対しても、いつも毅然としていた」

* *

 フェニックス号は不思議な船だった。
 百億リルの懸賞金を懸けられ、銀河中のマフィアに次々と襲われているというのに、船内に緊迫感がない。食事のいい香りが漂っている。

「おかわりいかがですか?」
「いただきます」

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 僕はお袋さんと呼ばれるホストコンピューターに勧められるまま、ハヤシライスという地球の料理をおかわりした。やや甘いルーもライスも食べたことのない美味しさだ。

「おいらも、おかわりお願いしやッス」
 ジムが皿を差し出す。

 自動操縦の間、レイターは居間のソファーに寝っ転がっていた。
 彼は食事を摂らなかった。いや、摂れなかった。

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「二日酔いが抜けねぇって感じ。食ったら吐きそうだ」
 二日酔いじゃない。毒物による中毒症状だ。とりあえず栄養剤の簡易点滴でしのいでいるようだが大丈夫だろうか。

「向かい酒はどうッス?」
 ジムがうれしそうに誘う。
「俺は飲酒操縦はしねぇのよ。ジムも知ってるだろ、師匠の遺言でな」

「師匠ってカーペンターっスか」
 ジムが聞いた。
「ああ」
「カーペンターって誰です?」
 僕の問いにジムが答えた。
「ダグのお抱え操縦士ッスよ。死んじゃいましたけど元S1レーサーで凄腕だったんス。レイターはカーペンターに操縦を教えてもらったんスよね」

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 S1レーサー直伝なのか。通りで操縦が上手いはずだ。けれど、計算が合わない。
「一体、いくつの時の話ですか?」

 ジムが嬉しそうに答えた。
「レイターは操縦の天才で、九つん時から無免で飛ばしてるんッスよ」
「ジム、サツの誘導尋問に引っかかってんじゃねぇよ」
「大丈夫、時効ッス」      

「カーペンターは飲酒操縦でS1から追放されたんスよ。だから、酒に飲まれるな、ってのが口癖だったっスよね」
「師匠は俺の恩人なんだぜ。カーペンターが俺をあの家から逃がしてくれたんだからな
「え? 初耳ッスよ。あのカーペンターがダグに反抗するなんて、おいらには考えられないッス」
 ジムが驚いた声を出した。
「あいつが俺に教えてくれたんだ。『銀河一の操縦士』になりたかったらこの家から出ろ、ってな」 

 僕は気になっていたことがある。ダグのアジトヘ連れて行かれた時のことだ。

「レイター、僕たちがグレゴリーファミリーに捕まった時、君はダグと二人で奥の部屋で何の話をしていたんだい?」
「あん? あんた、調書でもとろうってのかい?」
「いや、そんなつもりじゃなかったが……」

 仕事という意識はなかった。だが、レイターに言われて気が付いた。聞いた話は報告書として上げることになる。
 レイターはニヤリと笑った。

「別に大した話じゃねぇよ、警部補どの。ジョーカー事件の情報を持ってないか、ってダグに聞かれただけさ」

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「それなら二人だけで話す必要ないじゃないか」
「あの親父、跡を継げって話を蒸し返したんだ。スペンサーが泡吹いて倒れねぇように気を使ったんだろ」

 あの時のスペンサーの興奮した様子は確かに泡を吹いてもおかしくなかった。

「それにしても、彼らはあの後どうして僕たちを追いかけてこなかったんだろうか?」
 アジトを出てジムの車で逃走した僕らをスペンサーも誰も追ってこなかった。
「あんた、わかんねぇの?」

 レイターの口調に馬鹿にしたニュアンスが含まれていた。
「やっぱり、君の言うように僕が警察官だから、警察と揉めごとを起こしたくなかったのかな」
「は? あんた、俺が言ったあの話、信じたの? バカじゃねぇの?」
「え?」
「あれはスペンサーのバカをだますために、口から出まかせ言っただけだぜ。もっともらしいこと言ってダグに叱られる、って言っときゃあいつは信じて黙るんだ」

「いや、一理あるだろ。グレゴリーファミリーだって警察と揉めたくないだろうし」
「あんた、相当おめでてぇな。ダグってのは『裏社会の帝王』だぜ。下っ端のあんたを消しといて警察と手を結ぶこと位、屁でもねぇんだよ」

 警察の中に協力者がいるという話を思いだした。かなりの上層部に食い込んでいるということか。

「刑事さん、ダグの親父の顔を見たんスか? すごいッスね。よく生きて帰れたッスよ。今や親父は裏社会の会合でも顔を隠してるんッスよ」

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 背中に冷たい汗が流れた。

「どうして、ダグは僕を逃がしたんだ?」
「ダグはあんたに役割を与えたんだよ」
「役割? どんな?」
「……」
 レイターが黙った。彼にはそれがわかっているという顔だった。


* *


 ダグ・グレゴリーは調度品が飾られた総本部の執務室でモニターを見ながら愉快そうに笑った。

 襲い掛かるマフィアの包囲網を突破してフェニックス号はデリポリスへと進んでいく。

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 葉巻を吸うダグの隣には年齢不詳の女性が座っていた。
「どうだアザミ。思ったとおり、あいつなかなかやるじゃないか。昔より腕を上げたな」
 ダグはこの占い師を信頼している。自分に意見できる唯一の人物。エメラルドの瞳が妖しく光る。
「そうだね、随分と大きくなった。貴方が与えた情報もきちんと更新しているようだ。でも、どうかね」
「何が気になる?」
「あの子、毒物に体をやられてるんだろ、目も見えなくて、いつまでもつかね。百億リルの噂は、緋の回状が回らないはずの下っ端の者たちにまで広まっている。雑魚ザコまで全部を相手にしていたら、あの子も身が持たないだろうね」

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 アザミは古医術師でもある。ダグは低い声で笑った。

「雑魚に捕まるような跡取りなら、俺はいらんぞ」
「スペンサーはレイターを捕まえに行かないのかい?」
「俺が止めた。雑魚のあいつではどうせ捕まえられん。だが、スペンサーは使い道がある駒だ。有効に使うためには色々と気を使うのさ」
「昔、レイターを籠絡ろうらくした時のように?」
「アザミはすべてお見通しだな」


* *


 フェニックス号は遠回りをしながら進んでいる。

 鬼ごっこは二日目に入った。デリポリスまではまだ半分の道のりが残っている。
 僕が見る限り、レイターは指揮官としても優秀だった。
 襲い掛かるマフィアの攻撃をかわすのに、信用していないという警察の警備艇をうまく利用していた。

 だが、百億リルの噂は徐々に広がっているようだ。マフィアとは思えないチンピラ船が突然攻撃を仕掛けてきたり、気の抜けない状況になってきた。

 船の往来が少ない小惑星帯に入った時のことだった。

 PPPPP……

 マザーの警戒音が鳴り出した。
 モニターに改造船の集団が映る。レイターがゆっくりと身体を起こした。

「ジム、ここで追ってくるってことはジャイアントか?」

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「そうッス。怒った大入道のマークが見えるッスよ」

 ジャイアントは大規模暴走族だ。マフィアとつながっているといった情報はない。
 中型船の機体にデフォルメされた怒り顔が描かれている。その船を中心に同じエンブレムの小型機が三十機ぐらい追ってきた。

 ジャイアントからの通信回線が開いた。画面いっぱいに坊主頭の男が映る。エンブレムのモデルだと一目でわかる。
「久しぶりだな『裏将軍』お前に百億リルの金が懸かってるそうじゃないか。おとなしく俺たちの前に首を差し出せ」  

『裏将軍』その呼び名に聞き覚えがある。

 警察で配られた暴走族動向に『裏将軍』という名前が出ていたことを思い出した。六年前に飛ばし屋を統一したという伝説のチーム『ギャラクシー・フェニックス』のリーダー『裏将軍』が復活したという話だった。

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 僕はたずねた。
「レイター、君が『裏将軍』なのかい?」
「違うよ。見ての通り、俺は普通の社会人さ」
 いや、普通の社会人には見えない。

 ジムがレイターに詰め寄る。
「何、言ってるんすか? 『裏将軍』に復活したんスよね?」 
「してねぇよ」
「ファミリーん中でも噂になってたッスよ」
「してねぇ、つってるだろが!」

n27見上げる4叫ぶ後ろ目逆

 ドスの聞いた声に、ジムが目を白黒させている。今のは僕も怖かった。どう見てもカタギじゃない。

「ジャイアントの奴はでかい身体の割に気が小せえ。自分のテリトリーから外には出ねぇから、この小惑星帯をぶっちぎって逃げりゃ終わりさ。警備艇はついてこれなけりゃ後から合流しろ」

 レイターがヘッドフォンを着けて操縦席に座った。マザーが流していた音声データが消えた。

「シートベルトしっかりつけてろよ。行くぜ!」
 フェニックス号のスピードが上がる。

 通信機からジャイアントの声がした。
「裏将軍、逃げるのか?」
 ジャイアントたちが集団で追いかけてきた。

 目の前に小惑星が迫る。恐ろしいスピードだ。思わず目を閉じそうになる。スレスレでかわし最短距離で進んでいく。
 交通機動隊でもこの速度には追いつけないだろう。お供の警備艇はどこかへ置いて行かれてしまった。

 そうだ、レイターは銀河最速のS1レーサー、プロだったのだ。 

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 ヘッドフォンをした彼は目を閉じて操縦していた。目が見えていないのだから閉じていても一緒なのだろうが、こちらはハラハラする。一つ間違ったら大事故だ。

 前から複数の船が飛んできた。大入道のマークが見える。
「挟み撃ちだ。危ないぞ!」
 警告する僕の声はレイターには全く聞こえていないようだ。

 そのまま、挟み撃ちの集団へ突っ込んでいく。
 これはチキンレースだ。どっちがよける?

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 レイターを信じるしかない。
 ぶつかる寸前、前から来たジャイアントの船が避けて道を開けた。
 そのままフェニックス号は集団の間を突っ切る。猛加速で通り抜けていく。

 そのまま小惑星をよけながら飛び続ける。この船のあとについてこられたのは一隻だけだった。
 ジャイアントの頭が乗っている中型船だ。

 このあたりは彼らのシマだ。飛ばし慣れているのだろう。
 だが、その速度をフェニックス号は上回っていた。このままいけば引き離せる。
 小惑星帯では亜空間に入れない。とにかくここを抜けてしまうことだ。

 通信機からジャイアントの声がした。
「待ちやがれ。チビ」
 レイターがぴくりと反応した。フェニックス号を急停止させる。
「チビだと?」

「ジャイアントって、レイターに勝てないくせに、いつもチビチビって馬鹿にしてたんスよね」
「ジム、黙れ」
 レイターが不機嫌そうな顔をした。
「あの頃は、おいらより背が低かったし」

「黙れっつったろが」
 レイターがジムの頭をはたいた。

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「マジ、痛えッス」
 ジムが泣きそうな顔をした。

 レイターは、僕より長身だが、パリス警部もダグ・グレゴリーもみんな彼を見て開口一番『大きくなった』と言っていた。

 少年時代は背が低かったようだ。

「おいチビ。サシで勝負しねぇか」
「チビチビ、うるせぇんだよ」
 ジャイアントの挑発にレイターが腹を立てているのはわかるが、ここは先へ急ぐべきだ。

 と思ったところで、レイターは船を反転させた。信じられない。
「鬼ごっこも逃げてばかりじゃつまんねぇよな」

 ジャイアントが続けた。
「やる気になったか、裏将軍。昔みたいに『縛りナイフ』はどうだ」
「受けてやるぜ」
「俺が勝てば百億リルだ」
「じゃあ、俺が勝ったら、あんたらはギャラクシー連合会の傘下に入れ」
「ああ、わかった。十分後にそこの小惑星まで一人で来い」

 一体、何を始める気だ。

「お袋さん、アレグロ呼んでくれ」
 レイターが通信を入れた。モニターに映った紫の前髪の人物に見覚えがある。暴走族界隈で最大の勢力を誇るギャラクシー連合会の総長。アレグロ・ハサムだ。大富豪ハサム一族の御曹司。
 確か復活した『裏将軍』は、このギャラクシー連合会のトップに収まったということだった。

「おお、レイターか。お前大丈夫か? お前に百億リルが懸かってるって大変なことになってるぞ」

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「そんなわけでジャイアントとこれから『縛りナイフ』やることになったんだ。あいつ、負けたら連合会の傘下に入るっつってるから。旗、よろしくな」
「お前、目、どうかしたのか?」
「あん?」
「焦点が合ってないぞ」
「相変わらず鋭いねぇ。あんたに頼みがある。雑魚どもを押さえといて欲しいんだ。この目じゃいちいち相手してらんねぇ」

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「わかった。とにかくお前はジャイアントを倒せ。あとはこちらで押さえ込む」
「頼んだぜ、総長」

 レイターが宇宙服に着替え始めた。
「お、おい。どうする気だ?」
 僕はあわてて聞いた。
 レイターが驚いた顔をした。
「あんた、話、聞いてなかったのか?」

 ジムが嬉しそうに言った。
「刑事さん、ジャイアントと決闘するに決まってるじゃないッスか」

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  「決闘? だ、だめだ。認めるわけにはいかない。僕は警察官なんだ」
 レイターが軽い口調で言う。
「大丈夫さ、ジャイアントは死ぬ前に降参するから警察の世話にはならねぇよ」
 レイターは自分が勝つことしか考えていない。だが、
「君は、目が見えないんだぞ」
「雑魚を黙らせるためにゃ、一発カタを付けといたほうがいいのさ」
「だめだ!」

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 彼は体調もよくない。決闘なんてさせられない。

 レイターは引き留める僕を怖い顔でにらんだ。と、僕は首筋に熱を感じた。レーザーナイフを突きつけられていた。
「言ったはずだ、警察サツの指図は受けねぇと」
「……」
 言葉が出てこない。ナイフの前に僕はひるんでしまった。

 その隙に彼はジェットパックを背負い宇宙空間へと出ていった。情けない。これでも僕は警察官か。自己嫌悪に陥る。

 大気の無い小惑星の平原に二人は立っていた。
 フェニックス号はその近くに停泊した。

「ほう、チビが大きくなったじゃねぇか」
 ジャイアントは『巨人』の呼び名どおり長身のレイターよりさらに一回り体格がいい。坊主頭が見下ろす様子はまさに大入道だ。
「あんたは相変わらず、デカイだけがとりえって感じだな」

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 お互いの左手首をロープで縛り付けている。ロープで逃げられないようにして小型のレーザーナイフで戦う。刃渡りは十五センチ程度。

 それが『縛りナイフ』だった。 

 追いついたジャイアントの手下たちの船も小惑星に着陸した。警備艇はどこかでまかれてしまったようだ。


「ギャラリーも集まったところでいくぜ!」
 ジャイアントがレーザーナイフでレイターに切りかかった。白い閃光が走る。低重力で動きの幅が大きい。

 小型のナイフでも下手をすると宇宙服に穴が開くことがある。死に直結して危険だ。
 レイターはロープを引っ張りながら間一髪でかわす。ロープの扱い一つで致命傷を負う。

「裏将軍、お前、目が見えないんだろ」
 ジャイアントの嬉しそうな声が無線機から響いた。知っていて決闘を申し込んだということか。真空ではレイターが得意な音も聞こえない。
「あんたの相手なんざ『目隠し』で十分さ」

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「百億はもらった!」
 ジャイアントが襲い掛かる。ナイフをレイターはギリギリでよけている。

 ジムが言った。
「『縛りナイフ』で良かったッスよ。目が見えなくてもロープである程度敵の居所がわかるし。レイターは『目隠しの縛りナイフ』も得意だったんス。もっともその時は相手も目隠しをするんスけどね」

 そうか、だからレイターはこの決闘を受けたんだ。左手のロープの張り具合を頼りにジャイアントの攻撃を察知している。

 ジャイアントは一発の破壊力も大きそうな上に、見た目より敏捷だった。
 ジャイアントがロープを引っ張るとレイターの身体が引っ張られる。

 ジムがつぶやいた。
「ジャイアントって馬鹿力なんスよ」

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 目が見えないというハンディは大きい。大丈夫だろうか。ロープに頼って防御はできるが攻めることは難しいから防戦一方だ。
 しかも、ジャイアントの方がリーチが長い。蹴りがレイターに入る。決定打にはなっていないが、ダメージは受けている。

「せこせこ逃げ回りやがって」
 ジャイアントがイライラしているのがわかる。レイターは一言も発しない。おそらくすべての神経を指先のロープの感触に集中させている。

「くっそ~!これで終わりだ!」
 ジャイアントが突進した。

 ナイフを振りぬいたその瞬間、レイターがロープを引きながら飛び上がった。ジャイアントがバランスを崩す。
 レイターが上から背中に蹴りを入れ、倒れたジャイアントの首筋にレーザーナイフを突きつけた。

「悪いなジャイアント。俺、目が見えねぇからあんたの首、間違って落としても文句言うなよ。降参するなら早いほうがいいぜ」
「うっ、まだだ」
 ジャイアントが必死に身体を動かそうとするが、レイターが押さえつけていて反撃できない。手足をばたつかせる赤子のようだ。低重力だというのに、大柄なジャイアントの身体をがっちり固めている。どうやっているのか。

 ジャイアントの首のあたりから煙があがった。宇宙服が焦げ始めた。穴が開いたら窒息死する。というか、あの位置はそのまま頸動脈が切れる。
「俺が先を急いでるって知ってるよな」
 語りかけるレイターの口調が怖い。
「……」
「こっちは緋の回状が回ってんだ。温情かけてる暇ねぇんだよ」
 脅し文句だ。命は取らないはずだ。それでも、このままジャイアントを殺してしまうんじゃないかと錯覚する。

「わ、わかった。俺の負けだ」
 レイターはジャイアントの身体を放し、二人の身体をつないでいたロープを切った。

「連合会には俺から連絡を入れといてやるよ」
 レイターが船へ戻ろうと背を向けたその時、いきなり背後からジャイアントが襲い掛かった。
「レイター、後ろッス!」 

 ジムが叫んだ時には、ジャイアントが後ろから羽交い締めにしてレイターの首を絞めていた。
「悪いが、簡単に百億をあきらめるわけにはいかないぜ」
 馬鹿力だというジャイアント、手加減というものを知らない。

 まずい、このままじゃレイターが殺されてしまう。僕は拡声通信機のスイッチを入れた。
「ジャイアント、手を放したまえ」

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 こちらは警察だ。と、名乗ろうとしたその時、
「う、うわあああぁぁぁぁぁ」
 ジャイアントの叫び声が聞こえ、レイターから身体を離した。

 一体何が起こったんだ? 画面を注視する。
「さっき言ったろ、俺は目が見えねぇから間違って切っても文句言うなって」
 レイターのレーザーナイフがジャイアントの呼吸用供給チューブを切り裂いていた。酸素が一気に漏れていく。

「バカな。レーザーナイフで呼吸用チューブが切れるわけがない」
 僕は信じられなかった。呼吸系システムはレーザー銃で撃っても貫通しない強度のはずだ。
「刑事さん、ブレイドはいつも切ってましたッスよ。角度と速度と何かがそろえば、レーザーナイフで切れないものないっつって。レイターもできるようになったんだ。かっけぇ」

 ブレイド、思い出した。ダグの用心棒だ。

「た、助けてくれぇ」
 ジャイアントの声が恐怖に震えていた。
「ったく、助かっただろが、切ったのが首じゃなくて」
 ジャイアントの手下があわてて酸素ボンベを抱えて飛んでいく。

「す、すみません、お許しください。ギャラクシー連合会に入ります」
 ジャイアントの巨体が空気の抜けた風船のように小さく見える。
「もう一つ、約束しろ」 
「は、はい」
「俺のこと、二度とチビって呼ぶな。わかったな」
 

 レイターが船に戻ってきた。
「レイターは、やっぱすごいッスよ」

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 ジムが賞賛の声で迎えた。

 レイターの足取りがふらついていた。
「大丈夫かい?」
「ふぅぅ。お袋さん、少し重力軽くしてくれ」
 身体がふわっと浮き上がるような感覚に包まれる。

 レイターは大きく息を吐きながら崩れ落ちるようにソファーへ座り込んだ。疲れているのが一目でわかる。相当な集中力を使ったのだろう。

「すまなかった」
 僕は謝った。
「あん?」

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「僕は君のナイフの前にひるんだ。君に信頼されないはずだ」
「よくわかんねぇな、あんたって。武器の前にひるまない奴は馬鹿だぜ。俺、警察サツの言うことは聞かねぇとは言ったが、あんたを信頼してねぇって言った覚えもねぇんだけど」

 その時、僕は気が付いた。僕はナイフにひるんだのではない。レイターに対してひるんだことに。

 ジムが眉間にしわを寄せながら言った。
「Nポイントから船が集まってきてるッス」
「お袋さん、識別信号を」
 機械音が船内に流れ出した。

 レイターは腕につけていた通信機のスイッチを入れた。
 目つきの悪い男の姿が浮き上がる。逆立った髪に、鋲のついた服。見るからに武闘派の暴走族だ。まずい、レイターがこの状態では戦えない。

「アギか?」
 レイターに名前を呼ばれた男は直立不動で最敬礼した。
「はっ、ギャラクシー連合会特攻隊長アギです。裏将軍。アレグロ総長の命で馳せ参じました」
 ギャラクシー連合会、つまりレイターにとって味方の船ということだ。

「勅令を出す。『ジャイアント』を傘下に入れたら、締め付けを厳しくしろ。鉄槌だ。この船がデリポリスに着くまで雑魚を一匹たりとも近づかせるな!」
 有無を言わせぬカリスマ性のある声。
「御意!」
 このレイターのどこが普通の社会人なのか。完全に裏将軍じゃないか。

「お袋さん、しばらく自動操縦で頼む。これで多少落ち着くはずだ。緊急時まで音声切ってくれ」

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 それだけ言うと彼はゆっくりと目を閉じてソファーに寝転がった。

* *

 パリス警部の元に銀河警察から連絡が入った。
「ギャラクシー連合会から『裏将軍勅令』が出ました」

 わたしは『裏将軍』という聞きなれた言葉にハッとしながら、やり取りを聞いていた。
「裏将軍勅令だと。内容は?」

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「『フェニックス号の進路を阻むもの全てに鉄槌を』となっています。また、裏将軍本人による直制裁で大規模暴走族のジャイアントがギャラクシー連合会の傘下に入ったと付記されています」 
「勅令を受けて、我が方の対策はどうなっている?」

 勅令や直制裁という言葉は、聞いたことがないけれど、想像はつく。
「交通部が緊急配備につきました。各地で小競り合いが発生する恐れがあります」
「ふむ」
「ただ、フェニックス号の警護はかなり楽になるとみられます」
「『裏将軍勅令』と『緋の回状』の対決か。小規模マフィアならギャラクシー連合会が押さえ込むだろうな。わかった」
 パリス警部がため息をつきながら通信を切った。

「やっぱりあいつは『裏将軍』に復活したのか」
 わたしは即座に反論した。
「違います」

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「あなたは知らないかもしれないが、レイターは昔『裏将軍』と呼ばれる暴走族の総長だったんだ。それが最近、御台所とともに復活した」
「だから違いますってば」

 この話は本人たちから話を聞いている。
「レイターに言わせると普通の社会人だから、飛ばし屋をやっている暇はないんです」
「普通の社会人?」
「『裏将軍』は実在しないけれど、名義をアレグロさんとヘレンさんに貸しているんです」

「連合会総長のアレグロ・ハサムと御台所のヘレン・ベルベロッタか」

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 二人の名前をだして良かっただろうか。パリスさんは警察官だった。
「では聞こう、大規模暴走族のジャイアントが裏将軍の直制裁によって傘下に下ったというのはどう説明するのかね。マーシーの報告によれば、レイターがジャイアントの頭と決闘したそうだ」
「決闘?!」

 またあの人はそんなことをやって。大丈夫なのだろうか。安静にしていないと失明の恐れだってある。
 わたしがレイターの側にいたら無理させないのに。いや、無理させなかったら殺されてしまうかもしれない。
 無力さに押しつぶされそうだ。 

「かつて、ギャラクシー・フェニックスが行った裏将軍の直制裁は、死ぬより怖いと暴走族はもとよりマフィアからも恐れられるほど危険だった」

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 死ぬより怖い危険な制裁……わたしの知らないレイターが顔を出す。
「船をただ壊すだけじゃない。生命維持装置が動かなくなった船に相手を取り残すんだ。警察や救急隊がたどり着くのが一歩遅かったら、大量の死者がでる大惨事になるような状況だった」
 レイターとわたしの間に線が引かれていく。

「亡くなった人はいるんですか?」
 平静を装ったわたしの声が震えていた。警部は少し考えてから答えた。
「私の知る限りでは……いない」
 肩からふっと力が抜けた。

「あいつの制裁の情報はどこからか流れてきて、われわれはそれに振り回されていた、結果として死者はでなかったが、制裁を受けた奴らは相当な死の恐怖を味わったから、裏将軍の制裁は、死ぬより怖いという噂が瞬く間に広がった」

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 警部は考え込んでからつぶやいた。
「……ひどい奴だと思っていたが、あいつはあれで綿密に計算していたのかも知れん」

* *


「すごかったんスよ。裏将軍の制裁は、死ぬより怖いんッス」
 ジムからギャラクシー・フェニックス当時の話を教えてもらう。
「裏将軍勅令で公道の暴走行為禁止が出た時は、警察サツの取り締まりより、よっぽどみんな守ったッスよ。警察サツも散々利用してたくせに、飛ばし屋の統一、ってなったら突然つぶしにかかってきたんス。ひでぇもんッスよ」
 僕は反論できなかった。社会の秩序を守るためにうちの組織がやりそうなことだ。

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 フェニックス号には、ギャラクシー連合会の総長アレグロから、逐一報告が上がってきた。
 それを聞く限り、連合会はレイターが雑魚と称する暴走族やマフィアをがっちり抑え込んでいた。
 資料を検索する。アレグロ・ハサムは大富豪ハサム一族の正妻第二子で大学生。かつて裏将軍の側近を務めていた。備考欄には「バカ息子との評判」と記載されていたが、大したものだ。

 デリポリスまでの道のりも残り三分の一まできた。このままたどり着きたいと思ったが、簡単には行かないようだ。

 PPPPPP……
「レイター。レーダーの反応が異常ッス!」
 ジムが叫んだ。
「うわっ」
 思わず僕も声に出して驚いた。三次元レーダーが機体を示す紫色に埋め尽くされている。
「三百機ほどいるッスよ。どうします?」   

 ヘッドホンをはずしてレイターは笑った。
「そいつは裏将軍勅令でも抑えらんねぇな。三百機じゃ、音声データも無理だ」 

 その集団からフェニックス号に通信が入った。
 モニター越しにあごひげが豊かな男が鋭い目でレイターをにらみつける。
「レイター、久しぶりだな。S1を見て驚いたぜ。まさか生きていたとはな」
「その声はガーラか」
 レイターが面倒くさそうに反応した。

 ジムが僕に耳打ちした。
「ガーラファミリーって、十二年前、レイターを追っかけて、空港の爆発事故で構成員二十人が死んだんッス。レイターに恨みを持ってるんスよ」

「手下の無念を晴らさでおくべきか。今度こそお前を殺して、百億リルは我々ガーラファミリーがいただく」

「悪いな。俺、最近、死ぬ気がなくなったんだ」
 レイターは船を一気に加速させた。 

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 ガーラの船団が背後から追いかけてくる。

 フェニックス号めがけて砲撃してきた。

 光の輝きが細く弱い。これは、レーザー砲じゃない。ライトレーザーだ。船の機能を一時的にダウンさせる。僕たちが取り締まりによく使う。
 レーザー砲の購入には面倒な手続きが必要だが、ライトレーザーは身分証明で買うことができる。護身用としてよく売れており、若者によるいたずら照射が問題になっている。
 だが、ガーラはマフィアだ。レーザー砲を違法に複数積載しているのが目視でもわかる。

「どうしてレーザー砲で撃ってこないんだ?」
「昔のことを気にしてるんスよ」
「昔のこと?」
「十二年前、ガーラは、ダグに宇宙空港でレイターを爆殺したって申告して、懸賞金の十億をもらおうとしたんッスよ。けど、首がないって断られたんッス。『緋の回状』にはレイターの首を持ってこいって書いてあったんで」
 レイターを生け捕りにしようとライトレーザーで攻撃してくるのか。

 ライトレーザーの射程距離は短い。
 高速のフェニックス号で逃げ切れればいいのだが。

「レイター、まずいッス!」
 ジムが泣きそうな声を出した。
「どうした?」
「前から集団が迫ってきたッス。千五百機いるッスよ」

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「そいつらはガーラじゃねぇな。ジム、どこの船か確認しろ」
「前から来た船団はピンクタイガーっス」
桃虎ももとらか」
 レイターが船を停めた。

 ピンクタイガーと言えば、この地域最大のマフィアだ。グレゴリーファミリーの円卓衆。
 首領は桃虎と呼ばれる女性だ。
 我々は挟み撃ちにされた。絶体絶命だ。

 フェニックス号がピンクタイガーとガーラファミリーの通信を傍受した。
「ガーラ、あたしの声、聞こえる?」
 女性の顔がモニターに映る。年齢はよくわからない。気の強そうな色気のある女性。
 桃虎だ。ガーラファミリーと連携を取ろうとしているのか。

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「はっ、桃虎の姉貴。ご無沙汰しております」
 ガーラがへりくだった声で答えた。

 ガーラと桃虎の力関係は一目瞭然だ。桃虎は円卓衆で上級幹部だ。
「あんた、手を引きな」

 僕の予測ははずれた。桃虎は懸賞金を独り占めしようとしている。
 桃虎の提案にガーラの髭がピクリと揺れた。ガーラが不満で怒っているのは一目瞭然だが、桃虎には逆らえないようだ。
「そう言われましても」 
「あたしの言うことが、聞こえなかったのかい?」
「……」
「命の大切さは、手下を亡くしたあんたが一番よくわかってるよね」
 優しい言い方なのに怖い。言うことを聞かなければ殺すという意思表示。

「桃虎の姉貴、手を組ませていただけませんか」
「笑止」
 ピンクタイガーの攻撃船がいきなりガーラの母船に向けてレーザー砲を発射した。

 母船が間一髪よける。
 レーザー弾は母船の後ろにいた船に当たり大破した。最新のウルトラレーザー砲。圧倒的な破壊力と物量、まるで軍隊だ。

「今度ははずさないよ」
 桃虎がうれしそうな声で笑った。
「し、失礼いたしました。撤収だ。全船撤収」
 ガーラの一団が反転し、遠ざかっていった。

 挟み撃ちは免れたが、事態は全く好転していない。ピンクタイガーの出現でむしろ悪くなったと言える。レイターはどうするつもりだ。 

 ピンクタイガーからフェニックス号に通信が入った。桃虎だ。
「坊や、久しぶりね。邪魔者はいなくなったわ」

 坊や? レイターのことか。
「とりあえず礼を言うよ。で、あんたの要求は?」

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 話しぶりからして二人は知り合い、というか、かなり親しい。
「決まってるさ。百億リルだよ」
「あんたも知っての通り、俺は借金まみれなんだ。保証人の将軍家はケチだし」
 と肩をすくめた。

「話をちゃかすとダグに叱られるよ。坊やの悪い癖だって、いつもあの人に言われてただろ」
 レイターは不満げに口を尖らせた。まるで近所のお姉さんに諭される少年のようだ。

「よくお聞き、あたしの提案は坊やとってに悪い話じゃないよ」
「あん?」
「あたしは、坊やに死んでもらいたくないんだよ。ダグのところへ一緒に百億をもらいにいこうじゃないのさ。山分けってことでどうだい?」
「裏切りの桃虎の言うことを信じろってか」
「賢い坊やは、あたしがどんな女か、よぉくわかってるだろ」
「……」
 凄みのある微笑みを前に、レイターが考え込んだ。
 それにしても、千五百機の物量を前に逃げ切れる算段があるのだろうか。

「まあ、いいよ。それより、このところすっかりご無沙汰だね。たまには家へ顔をだしな」
 レイターは言葉を選ぶように応えた。
「マドレーヌ、悪いが俺には今、つきあってる彼女がいる」

 桃虎の細い眉がピクリと跳ねた。

 レイターは桃虎のことをマドレーヌと本名のファーストネームで呼んだ。普通の関係じゃない。これは、おそらく深い男女の仲。

「ふ~ん。坊やは特定の彼女を作らない主義だったよねぇ。レディースの彼女と寄りを戻したって話はガセだって聞いてるけど」

 レディースの彼女というのはギャラクシー連合会の『御台所』のことだ。裏将軍の正妻で、二人は付き合っていると資料にあった。交通部の情報は間違っている。

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「その話じゃねぇ」
「あたしの情報網に引っかかってこないってことは、まさか、坊や、一般人とつきあってるのかい?」
「ああ」
「へえ、それはぜひ顔を拝ませてもらいたいものだわね」
「頼むから止めてくれ」
 レイターが心から嫌がっている。

「坊や、本気なんだ。彼女をこっちの裏世界に巻き込みたくないってわけかい」

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 桃虎は何だか楽しそうだ。

「でも、坊やは今回こっちの世界へ帰ってきちゃったじゃないのさ。『緋の回状』は坊やがこっちへ十二年ぶりに戻ったっていう復帰宣言にとれたよ」
「ちっ、ドジってダグんちの地雷を踏んじまったんだよ。しょうがねぇ」
「坊やらしくないね」
「フン」

「ま、とっとと彼女と別れて家においで」
「別れる気はねぇよ」
「忠告してあげる。彼女を巻き込まない、っていうのはもう無理だよ。坊やはここまで上手にダグから逃げていたけれど、もう逃れられない。ダグは銀河中にあんたの名前を知らしめたし、あの男が甘くないことはあんたが一番よく知ってるだろ」

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「……」
 レイターは痛いところを突かれたという表情で黙り込んだ。

「彼女が大切だったら早く別れることだよ。いいじゃない、こっちの世界にはあたしもいる。通信パスワードは前に教えた番号から変えてないから、いつでも連絡待ってるよ」
 それだけ言うとピンクタイガーの船団千五百機はあっという間にいなくなった。一糸乱れぬその動きは軍隊のようだった。

「レイターは桃虎の姐さんとどういう関係なんス?」
「あん?」
「どうみても怪しい仲ッスよね」
 ジムはうれしそうだ。レイターがジムを睨にらむ。
「桃虎のことは、ティリーさんに絶対言うなよ!」
「やっぱり、やましいんッスね」
「バカ野郎! そうじゃねぇ、ティリーさんはやきもち焼きなんだ」

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 レイターは肩を落として深いため息をついた。僕は、彼がため息をつくのをはじめて見た。

「さてと、マーシー、船を一旦停めて点検するぜ。桃虎の奴、位置確認装置の類をくっつけていったはずだ。警備艇に連絡してくれ」

 僕は警備艇に船体を調べるよう連絡をした。
 そして、レイターの言う通り、船の下部の死角となっている場所に追尾装置がセットされているのが見つかった。

「な、俺の言ったとおりだろ」
「どうしてわかったんだい?」
「あいつは『裏切りの桃虎』だぜ。簡単に引き下がるわけねぇよ。べらべらとおしゃべりして時間を稼いでいたからな。その間に取り付けたんだろ」

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「桃虎の姐さんのことホント詳しいッスね」
「やめろ」
 ちゃかすジムをレイターは見えない目でにらんだ。

 僕はレイターに聞いた。
「桃虎はグレゴリーファミリーの円卓衆だろ、ファミリーの本隊は君を追ってこないんだろうか? スペンサーとか」

 ずっと気になっている。なぜ、ダグが僕を殺さなかったのか。
 レイターが肩をすくめた。
「そりゃ、スペンサーが雑魚ざこだからだろ」
「雑魚?」
「ダグが止めてるのさ。右腕があまりに無様だと、『裏社会の帝王』の沽券こけんにかかわるからな」

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「やっぱ、レイターはダグの親父んところへ戻った方がいいッスよ。グレゴリー一家をさらに拡大できるじゃないッスか」
「バ~カ。跡を継ぐ気はねぇって何回、言わせりゃ気が済むんだ」
 レイターはジムの頭をはたいた。

「僕も君にダグの跡を継いでもらいたくないよ」
 それでなくても『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーに警察は手が出せなくて困っている。そこへ、こんな優秀な跡取りが加わったりしたら、どう考えても厄介だ。

 ジムは僕の発言を否定するように手を振った。
「いやいや刑事さん。アホのスペンサーが跡を継いだらそれこそ大変ッスよ。第四次裏社会抗争勃発ッス。ダグの親父だから円卓衆を抑え込めてるんで」
 一理ある。ダグの前であたふたしていたスペンサー本人を思い出す。どう見ても彼は『裏社会の帝王』という器じゃない。

「でもスペンサーはダグが認めた後釜候補なんだろ? 一体どういうことなんだろう?」

 僕の問いにレイターが答えた。
「あんた、ダグのことホントわかってねぇなぁ。親父の辞書に『引退』の文字はねぇよ。スペンサーみたいな使いやすくて忠実な馬鹿に跡目継がせときゃ、一生操れるじゃねぇか。寝首も掻かれねぇし」
「でも、ダグは本心では君の帰りを待っているじゃないか」
「俺が跡を継ぐなら、ダグを生かしといたりしねぇっつうの」
 軽い口調だったが、ゾクっと身震いがした。彼なら本当にやってしまうに違いない。


* *

 パリス警部の下にマーシーさんから報告が入った。
 わたしは同じ部屋でそれを聞いていた。

 レイターたちは何とかピンチを切り抜けたようでほっと息をつく。

 千五百機もの船がフェニックス号を取り囲んだと聞いて、いくらレイターでも逃げられないと思ったのだけれど、ピンクタイガーはガーラファミリーを追い返してそのままいなくなってしまった。
 まるでレイターを助けに来たかのようだ。

「どうしてピンクタイガーは何もしないで去ったんだ?」
 モニターに映ったマーシーさんにパリス警部が質問した。
「はぁ、どうやらピンクタイガーの首領の桃虎とレイターは個人的なつながりがあるようで」

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 マーシーさんの報告は歯切れが悪かった。
「個人的? 桃虎とレイターにどんな関係があるんだ」
 警部がたずねた。
「確認が取れている訳ではありませんが、男女の仲というか……」
「えっ!?」
 わたしは思わず声を上げた。

「ティ、ティリーさんいらしたんですか?」
 マーシーさんが慌てている。その様子はまるで浮気現場が見つかった本人のようだ。
「あ、あの、言っておきますが、レイターはティリーさんと別れる気は無いとはっきり桃虎の申し出を断っていましたから……」
「申し出って一体何ですか?」

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「いや、あの、その……」

 桃虎という名前を検索してみる。
 グレゴリーファミリーの円卓衆。年齢不詳。父親の黒虎が殺されたことから跡を継いでマフィアの首領になった。随分と色っぽい女性だ。

 わかったことはこの桃虎という人は懸賞金の百億リルよりレイターが大切、つまり好きということに違いない。

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 この件は、あとでレイター本人にきちんと確認しなくては。 

 あの人には秘密が多すぎる。不安の種は一つずつ潰しておかないと不信感という名前の花が咲いてしまう。     まとめ読み版④へ続く

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