見出し画像

銀河フェニックス物語【出会い編】第十三話 人生にトラブルはつきものだけど①

第一話のスタート版
第十二話「恋バナが咲き乱れる頃に」

 研究所のジョン先輩が真っ青な顔をしていた。
「ティリーさん、リコールが決まったよ」

n50プーあわてる

「えっ?」
 わたしは驚いて思わず立ち上がった。

 小型船『ザガ』のブレーキに不具合が見つかった、とは聞いていたのだけれど・・・。
「でも、ブレーキの効きが悪くなるのは法定速度を超える高速で、右側だけ噴射を連続するような危険操縦を繰り返しているときだけで、乗り方の問題って判断になったんじゃないんですか?」

 きのうの会議で報告された時はユーザー側に問題がある、という話だった。

「そうなんだけどさ。いかんせん問題の部分がブレーキだし、お客様ファーストってことでエース専務がリコール対象とすることを決めたんだ。ロン星系で先行販売した分が全て対象だ」

 ショックだ。
 『ザガ』には思い入れがある。

 ザガのCMにはロン星系出身の女性ミュージシャン、ザガート・リンが起用された。

n180ザガート

 ザガートはクールでかっこよくって、わたしは学生時代からよく聞いていた。
その雰囲気が船のイメージにあって爆発的に売れたのだ。

 三か月ほど前のことだった。
 若い世代を対象にした、ちょっと尖った感じの新型船が社内発表された。

 まだ、名前も決まっていない試作段階。
 外装も内装もデザインが凝っていて、わたしが見てもかっこいいと思う船だった。

 船を見ながら同期のベルと、
「この船、ザガート聞きながら乗りたい感じじゃない?」とおしゃべりしていた。
 それを、横で聞いていたフレッド先輩が
「ふむ。それはなかなかいいアイデアだね」とつぶやいた。

n75フレッド逆

 その翌日には、フレッド先輩はザガート・リンをイメージキャラクターとして起用する企画書を提出したらしい。
 翌週には幹部会議を通り、気がつけば船の名前はザガートから取った『ザガ』に決定していた。

 フレッド先輩から何の話も聞いていなかったわたしとベルはびっくりして顔を見合わせた。

 その後、フレッド先輩が中心となってザガートプロジェクトが動き始めた。

 ザガートの新曲『スタンドアローン』とコラボした。
「一人で立ってる、一人で待ってる、一人で生きてる、さあ、一人でさようなら」
 ザガを操縦しながらアップテンポの曲を歌うザガートの超かっこいいプロモーションビデオ。CMらしさがまるでない。

『スタンドアローン』の再生ランキングが一位を取ったところで、ザガート・リンの地元であるロン星系でザガの先行予約を開始した。
 あっと言う間に予約受付台数を突破した。

 ザガに乗ってデートをすると二人はうまくいく、というわたしたちに好都合の噂が流れた。(フレッド先輩が仕込んだという説もある)

 発売開始がうまく行けば、他の星系もつられるように売れていく。
 そしてフレッド先輩は営業部長賞を獲得した。

 わたしとベルは何だか狐につままれたようだった。
 もともとはわたしたちのアイデアなのだ。

s12ティリーとベルむ

 フレッド先輩はわたしたちのことを上司にも誰にも話さず、わたしとベルはプロジェクトのメンバーに入れてもらえなかった。

 アイデアに著作権はないそうだ。 

 ベルは「私たちに主導権を握られるのをフレッド先輩が嫌がったに違いない」と憤慨し、「あれは元々私たちのアイデアだ」と友人たちに言い触らした。

 その努力の成果かどうかはわからないけれど、わたしは一度だけフレッド先輩と一緒にロン星系にあるザガートの事務所へ出かけた。

 もしかしてザガートに会えるかも、と期待した。
 けれど、世の中はそんなに甘くない。
 マネージャーと撮影のスケジュールを調整して帰ってきた。

 ザガート本人が登場したスタンドアローンのPV収録には、フレッド先輩が立ち会い、わたしは呼ばれもしなかった。

 いずれにせよ、ザガートの起用を形にしたのはフレッド先輩だ。
 会社の売り上げに貢献したのだから、よしとしよう、と思っていた矢先のリコールだった。 

*    

 部長とフレッド先輩に呼ばれた。
 フレッド先輩が眉間にしわを寄せながらわたしに話しかけた。

横顔前目のむ

「ティリー君、君に頼みたいことがある。今回のリコール問題で僕は本社を離れることができない。そこで、ザガートの事務所へ行って、説明と謝罪をしてきて欲しいんだ。君はこのアイデアの発案者だしザガートのマネージャーと会ったこともあるから適任だ。ただ、下手をしたら裁判沙汰になるから気をつけて欲しい」
 嫌な仕事だ、反射的に思った。

 こういう時に、突然、発案者だって言われるのも不快だった。

 リコールされた船のイメージが芸能人にとってプラスなはずがない。何らかの賠償を求められるかも知れないということだ。

「君にしか頼めないんだよ」
 信頼されているようにも聞こえるけれど、実のところフレッド先輩が行きたくないのだろうと察せられた。
 とにかく相手がどの程度怒るか、感触をつかんでこいということだ。

「急いであたってくれ。表に出る前に一刻も早く報告に上がったと誠意を示すことが大事なんだ」
 部長に言われては仕方がない。
「はい」
 仕事なのだ。文句は言えない。でも、理不尽な気がした。

 ロン星系のザガートの事務所に連絡を入れた。
「重要なお話がございます。説明に上がりますので、お時間いただけますでしょうか」
 明日の十三時なら時間が取れるという。

 船を予約しようと急いで社内の配船室へ連絡を入れた。
「明日の昼到着でロン星へ出かけたいんですが」
「フェニックス号が空いとるぞ」
 配船係のメルネさんがモニターの向こうでニヤリと笑った。

「他の船をお願いします」

n12ティリー正面口開く

 このリコールの処理で船が一斉に動き出しているのだろう。

 リコール処理に『厄病神』の船で行きたい人はいない。おそらくみんなが同じことを考えて避けている。
 だからレイターの船が空いているのだ。

「ロン星系はこのところ入船が厳しいでなあ。今すぐ出るというなら何とかなるが」
「今すぐは無理です。一時間、いえ三十分待ってください」
 まだ何の準備もできていない。

「じゃ、レイターの船ということで決まりじゃ。まあ、フェニックス号なら明日の朝出ても間に合うから大丈夫だ。はっはっは」
 メルネさんは愉快そうに笑った。

『厄病神』だからと言ってフェニックス号を遊ばせておくわけにはいかない。メルネさんの仕事としてはうまくいったということだ。

 ため息が出た。
 気を取り直そう。

 隣のデスクでベルが慌てていた。
 ベルもロン星系の大手企業にザガを売り込んでいたのだ。小声でわたしに話しかけてきた。

n42ベル3s眉怒りヒョウ柄

「ティリー、聞いたわよ。フレッド先輩に嫌な仕事押しつけられたんだって」
 ベルの言うとおりだけれど、一応先輩のことを悪く言うのははばかられた。
「今回の件じゃ楽しい仕事はないわよ」
「まあそうね。わたしも謝罪行脚よ。で、ティリーはロン星系にいつ行くの?」
「明日のお昼にアポイントが取れたわ」

 ベルが驚いた顔をした。
「え? じゃあ何をのんびりしてるの? わたし、明日の夕方のアポだけど、すぐ出発しないと間に合わないって言われたよ。今週はロン星系は感謝祭で渋滞してて入るのが大変なんだって」

 嫌な予感がしてきた。
「メルネさんはフェニックス号なら明日の朝出れば間に合うって言ってたけど・・・」
「ひぇええ、フェニックス号『厄病神』じゃん。気をつけなよ。これで遅刻したら、心象さらに悪くなるよ」
 ベルの忠告でさらに気が重くなった。

* *


「どぉして、ティリーさんが一緒なんだよ!」
 レイターがモニターに向かって怒鳴っていた。

 連邦軍特命諜報部のアーサーは涼しい顔で答えた。

s20レイター叫ぶアーサーにこ

「運命の赤い糸じゃないのか?」
「てめぇ、絞め殺すぞ」
「冗談だ」     

「危険な任務の時は避けろっつっただろぉが!」
 こいつ本気で怒っているな、とアーサーは思った。一応、説明しておくか。
「当初の情報ではロン星系へ向かうのは担当責任者のフレッド・バーガー氏という話だった。直前に変更になったようだ」

「フレッドの野郎、嫌な仕事をティリーさんに押しつけやがったな」
「さあ、そこは我々は関知していない」
「ちっ」
 舌打ちしながらレイターは力任せに通信を切った。

 敵のアリオロンから持ち込まれた麻薬取引の現場を押さえろ、という今回の任務。銃撃戦になる可能性もある。
 アンタレスという平和な星から来たティリーさんは銃を見るだけでパニックを起こす、っつうのに。

 レイターは短くため息をつくと顔を上げた。
 ま、決まっちまったものはしょうがねぇ。ティリーさんとのデートを楽しむとしますか。

 通信機の番号をティリー宛にセットした。

* *

「よ、ティリーさん。よっろしく頼むぜ」
 レイターから通信が入った。

 モニターに映る脳天気な顔と声がわたしの神経を逆なでする。
「『厄病神』とはよろしくしたくないんですけど」
 毎度のセリフを冷たく言い放つ。

「明日ちょっと早いが、朝七時には出てぇんだ」
「間に合うの?」
「あん?」
「今日出発しなくて間に合うの? 感謝祭で混み合うって聞いたわ」
「楽しみだなあ、感謝祭」
「は?」
「デートしようぜ」

n2レイター正面2笑顔

「わたしの質問に答えてください。明日の昼にちゃんと先方に間に合うのね」
「大丈夫さ。俺は『銀河一の操縦士』だぜ」
 と胸を張った。
 この人の腕がいいのは確かだ。

 不安はあったけどわたしはレイターの言葉を信じることにした。

 隣のベルは「時間が足りない。あとは船でやる」と泣きそうになりながら飛び出していった。
 わたしは先方へ渡す資料を形にするため本社で作業を続けた。

 ベルは船でやると言っていたけれど、リモートでは制限のかかった資料もあるし、空間移動中に通信が途切れることもある。

 本社の方が効率がいい。

 リコールの謝罪だ、どんなに準備していっても安心ということはない。
 ほとんど徹夜のままフェニックス号に乗り込んだ。

 船主のレイターのことはさておき、フェニックス号は乗り心地がいい。
 ホストコンピューターのマザーが素晴らしすぎる。
 操縦室の助手席でいつの間にか眠ってしまった。

 目を覚ますとわたしはフェニックス号の自室のベッドで横になっていた。
 ブランケットが掛かっている。レイターが運んでくれたんだ。

n11ティリーむっ逆目をはらす

 恥ずかしい、と思うと同時に、起こしてくれればいいのに、と腹も立った。

 時計を見ると十一時。四時間寝ていた。
 おかげで頭がすっきりしている。ベッドでゆっくり休めて助かった。
 一応レイターにお礼を言った方がよさそうだ。

 操縦室兼居間に入ると、レイターがわたしに声をかけた。
「ティリーさんも大変だな。フレッドの尻拭いかよ」
 わたしはドキッとした。本心を見透かされている。どこか態度に表れているのだろうか。

 あわてて反論した。
「そういう言い方しないでくれる。フレッド先輩は忙しいのよ。それに先輩が失敗したわけじゃないわ。たまたまリコールになっただけ、運が悪かったのよ」
「たまたまねぇ」
 意味ありげな声でレイターが言った。

「何よ」
「俺はあいつの判断ミスだと思うぜ」
「勝手なこと言わないで!」
「へいへい」

 どうしてレイターと話していると喧嘩口調になっちゃうんだろう。
 お礼を言いそびれてしまった。    

 助手席に座って運航状況を確認する。
 
 ロン星系への航路は、ベルの情報通りに渋滞していた。
 でもレイターは航路外を上手にショートカットして、ロン星系のすぐ近くまで来ている。
 こういうところはさすがは『銀河一の操縦士』だ。
 メルネさんの言うとおり、これなら時間に間に合う。

 と、ほっとしたのもつかの間、衛星軌道上に設置された入船ゲートのリアル映像を見て驚いた。
 ロン星へ入星審査待ちの船が宇宙空間に長蛇の列を作っていた。
 列の最後尾を示す指示案内表に待ち時間の表示が見える。

 思わず大声を出した。
「よ、四時間待ちですって!」

n38 @呆気

 まずい。
 先方との打ち合わせ時間まであと二時間。遅刻確定だ。

 先日、ロン星系で大量の薬物密売事件が発生してから検査が厳しくなったとは聞いていた。
 それにしても、一隻あたりにかける検査が前回来たときは比べ物にならない徹底ぶりだ。 

 厄病神の発動だ。

「このままじゃ間に合わないじゃない!」
「そうカリカリしなさんな。お肌に悪いぜ」
 そう言うとレイターは、指示案内を無視して列の横を通り過ぎた。

「ちょ、ちょっと。どうする気? 横入りはやめてよ」
「あん? 遅れてもいいのかい?」
「遅れちゃダメ! 横入りもダメ!」

 レイターが愉快そうな顔でわたしを見ている。

n205レイター横顔@後ろ向き目にやり

 腹が立ってきた。

 この人は横入りぐらい平気に違いない。それを見込んで計画を立てていたんだ。
「あなた『銀河一の操縦士』を名乗るなら、恥ずかしくない態度を取りなさいよ。横入りなんて、みっともないわ」
「へいへい」
 妙に素直だ。

「だからって、遅れていいわけじゃないのよ」
「へいへい」
 このままじゃ遅刻だ。

「もっと早く出発すれば良かったんじゃないの?」
 泣きたくなってきた。
 ベルの心配げな顔が思い出される『ひぇぇぇ厄病神じゃん。気をつけなよ』って。

n42ベル3s眉怒りヒョウ柄

 だから、わざわざ時間を確認したのに。

 こんなことなら、準備は不十分でもベルのように昨日出発すればよかった。リコールの対応に遅刻なんて最悪だ。

 レイターのことを信じた自分がバカだった。
 今更言ってももう遅い。

 アポイントの時間を変更しなくては。四時間待ちということだったから、二時間遅らせてもらおう。
 もうロン星系まで着いているのだ、この渋滞が理由だったら許してもらえるかもしれない。

「横入りするぐらいならアポイントを変更するから。急いで引き返して最後尾に並んでちょうだい」
 最後尾はどんどん延びている。

 早く対処しないと事態は悪くなる一方だ、というのにレイターはわたしを無視してフェニックス号を前進させた。

「やっぱり『厄病神』だ」
 レイターに聞こえるようにつぶやいた。
「ティリーさんは怒った顔もかわいいねぇ」
  
 検査ゲートが近づき先頭の船舶が見えるところまで来た。

 そこでレイターは船を左へ旋回させた。
 一般船ゲートの脇にある、別のゲート前に船を止める。VIP用の特別船舶ゲートだ。

 レイターが信号を送るとVIPゲートが開いた。
「どういうこと?」
「事前申請しといたんだ」

 フェニックス号は検査もされず、ロン星への入星を許可された。
「VIPなんて乗ってないのに・・・」
「俺のティリーさんは大切なVIPだから」
 レイターの言っている戯れ言は意味がわからない。

 でも、助かった。先方との約束の時間に間に合う。

 それにしてもイライラする。
「どうして事前申請してあるならしてあるって言ってくれないわけ!」
「ドキドキして楽しかっただろ」
 レイターはにやりと笑った。

「楽しくありません!」
 楽しんでいたのはレイターだ。
 人の困った顔を見て楽しむなんて悪趣味だ。ほんっとに性格が悪い。
 サイテーな男。    


* *

 繁華街の裏通り。古ぼけたビルの一室にザガート・リンが所属する芸能事務所が入っていた。
「はいはい、どうされましたか?」
 ザガートのマネージャー、ズーンさんと顔を合わせるのは二カ月ぶりだ。
 薄いサングラスと業界の人らしい軽いノリをよく覚えている。

 フレッド先輩は「君しかいない」と言ったけれど、先方はフレッド先輩の後ろで一度あいさつしただけのわたしのことなんて覚えていなかった。

「フレッドさんは?」
「本社で対応に追われておりまして」
 先方には良くない話だと伝えてある。
「そ、じゃ、社長室で話聞こうか」

 ここの事務所はそれほど大きくない。 
 壁にタレントのデジタルポスターが何枚か張られているけれどわたしはザガートしか知らない。

 社長室は狭い部屋だった。小さな応接セットが置かれている。
 初めて会う社長は黒いシャツに白のスーツ。業界人というよりマフィアの様だ。この業界とマフィアの黒い噂はよく耳にする。

 緊張する。
 とにかく立ったまま頭を下げた。

n15ティリーお辞儀3逆小

「申し訳ございません。ザガがリコール対象船となりました」
「何だって?」
 腹の底から絞り出すような低い声。怒っている。 

 その時、ドアが開いて人が入ってきた。

 「私にも聞かせて」
 ハスキーで聞き覚えのある声だった。

 胸がドキンとなる。
 部屋に入ってきたのはザガート・リン本人だった。

n180ザガート口開く

 びっくりした。
 本人を生で見るのは初めてだ。

 きれいだ。

 こんな形で会いたい人ではなかったけれど、素直にうれしいと思ってしまった。

 あわてて自己紹介しながら再度頭を下げる。
「は、初めまして、私、クロノス社のティリー・マイルドと申します。ザガがリコールという事態に至ってしまい、誠に申し訳ありません」 

 レイターが横から口を挟んだ。
「俺、ティリーさんのボディーガード。レイター・フェニックス。よろしく」

握手にこ

 挨拶しながらザガートの手を握った。

「あんたの声はいいねぇ。生で聞くと断然セクシーだ。ライブの人気が高いはずだ」
 この人の悪い癖だ。女性と見るやすぐ慣れ慣れしい態度をとる。気分が苛立つ。

 止めさせようと思ったけれど、ザガートは満更でもない顔をした。
「ありがと。ぜひ、ライブにも足を運んでもらいたいわね」
 レイターは女性の扱いがうまい。

 徹夜で用意した3D資料。
 机の上に浮かぶ新型船ザガの動画を操作しながら説明する。
「このように、法定速度を超えて無理な操縦をした場合にのみ不具合がおきます」
 普通に乗船するのに問題はない。ただ、万一のことを考えてリコールという選択をしたと。

 誠意を持って説明はしたけれど、社長の怒った顔がゆるむことはなかった。
「とにかくザガート・リンのイメージに傷が付いたということを、どう考えているんだ。大手のクロノスさんだから信用してこの企画に乗ったんだぞ」
「申し訳ありません」

 その時、
「そんなにイメージは悪くねぇと思うけどなぁ、ザガートさん」
 レイターがザガートに話かけた。

t20ななめ逆

 微妙な話をしているところなのだ、『厄病神』には静かにしてて欲しい。
「レイター、あなたは部屋の外で待っていて下さい」

 わたしを無視してレイターは歌を口ずさみだした。
「心はもう止められない。ブレーキなんてきかない」
 ザガートの初期のヒット曲『ノンストップ』。
 あらためて聞くとまるで悪い冗談のような曲だ。     

 びっくりしたのはレイターの歌がうまかったことだ。思わず止めるのを忘れてしまう。 

 そこへ、ザガートが一緒になって口ずさんだ。
「どうして止めなきゃいけないの。心の声は真実だ」

 ザガートのハスキーボイスとレイターの通る声がきれいなハーモニーになっていた。体中がゾクゾクした。

 社長とマネージャーもびっくりして聞いている。
 止めなきゃ、でも、このまま聞いていたい。生歌に心が鷲掴みにされる。

 二人は一番を歌い通した。
 思わず拍手がしたくなった。いや、今はそんな状況じゃない。
 あわてて気を取り直す。

 ザガートがレイターに話しかけた。
「あなた、どこで音楽やってたの?」
 レイターはにやりと笑って答えた。
「俺のお袋、音楽の先公だったんだ」
「あはははは」
 ザガートが笑った。

「社長、そんなにカリカリすることないわよ。別にあたし清純派で売ってるわけじゃないし」
 社長が困った顔をした。
「そういう問題じゃない。これはビジネスの話だ」

「あたし、あの船好きなのよ。それに飛ばし屋が危険な操縦した時だけなんでしょ、ブレーキが効かないのは」
「は、はい」
「そこもあたしっぽくていいじゃん」
 ウインクするザガートが神様に見えた。

* *

「ほ、本当かティリー君。先方は怒ってないのかい?」

n75フレッド驚く

 モニターの向こうでフレッド先輩が驚いていた。わたしではうまくいかないと思ってたに違いない。ちょっぴり誇らしい。
「事務所側はいい顔してませんでしたけど、ザガート・リンご本人は気にしないそうです」
 フレッド先輩の横に部長がいた。

「部長、私の提案通りでしょう。ティリー君ならやってくれると思いましたよ」
「フレッド君の人選は正解だったな。さすがだよ」
 わたしじゃなくてフレッド先輩が誉められている。
 何だか、面白くない。

 部長が笑顔でカメラの前に立った。
「ところでティリー君。悪いが、もうしばらくロン星系にいてほしいんだ」
「は?」
 状況が飲み込めないでいるわたしのモニター画面の半分にデータが次々と映し出された。

 販売先リストだった。
「今、その星に入るのは面倒だから応援を出すのも大変なんだよ。そのまま君には残ってもらって、現地支社の謝罪行脚を手伝って欲しいんだ」
「は、はあ」

n11ティリー口少しひらく普通逆

 わたしは生返事で答えた。

 嫌な仕事が終わったと思ったら、また嫌な仕事だ。
「いやあ、僕もすぐにでも駆けつけたいのだけど、本社も書類があふれて大変なんだよ」
 言い訳がましくフレッド先輩が言った。

 伝票整理と外回り。

 普段の営業なら外回りの方が楽しいけれど、今回は不祥事の対応だ。
 怒っている客の前で頭を下げるより、本社で書類とにらめっこしてる方が楽な気がした。

 仕方がない、これも仕事だ。

* *

「レイター・フェニックス。彼は一体何者?」

n180ザガート横顔

 ザガート・リンがマネージャーのズーンに聞いた。
「知らないよ。クロノスのボディーガードなんだろ」

「あの曲、音程もリズムも難しいのよ。けど完璧だった。発声もきちんと鍛えたものだったわ。面白い・・・」


* *


 フェニックス号の居間でティリーは出張が延びたことをレイターに伝えた。
「ふ~ん、しばらくここにいるわけだ。良かったじゃん。感謝祭を楽しもうぜ」
 レイターは楽しそうだ。人の気も知らないで。

「遊びじゃありません。仕事です」
 しかも、気の重い仕事だ。思わずため息が漏れた。

「まあ明日のことは明日考えればいいのさ。今日は折角の感謝祭だから外で飯食おうぜ」
 レイターにうながされてフェニックス号の外へ出た。  

*   

 レイターと感謝祭でにぎわう繁華街を歩く。 

s18歩きティリーむレイターにや

 目抜き通りはライトアップされ、メイン会場の公園には屋台がたくさん出ていた。
 故郷アンタレスの祭りを思い出す。

 こんな面倒な出張じゃなければ随分楽しいだろうに。

 食べ物の屋台からは鼻をくすぐる香りが漂ってくる。輪投げやボール当てといったゲームの屋台も人気で列ができていた。
「飯の前に遊ぼうぜ。どれがいいかなぁ」
 レイターが屋台をのぞき込んでは嬉しそうにはしゃいでいる。

 普段わたしを子ども扱いする癖に随分と子どもっぽい。

 お祭りって不思議だ。
 歩いているうちにあんなに憂鬱だった気分が消えていく。

 「ティリーさん、何のゲームやりてぇ?」
 折角、表に出てきたのだ。
 明日は明日だ。嫌なことはとりあえず横に置いておこう。

「輪投げならわたしでもできそうよね」
「了解」
 輪投げの出店で五百リルのチケットを買った。九本の輪っかが渡された。

 わたしの故郷アンタレスでは子どもしかやらない輪投げに、ここでは大人が行列を作っていた。
 その理由がわかった。

 賞品が高額だ。
 商品券や旅行券、家電にゲーム機、ファッショングッズなど、流行の品がズラリと並べられていて選ぶことができる。

 その中の一つにわたしの目が釘付けになった。
 ニルディスのペンダントが光っていた。

ニルディス

 ニルディスはわたしたち若い女性にとって憧れのブランドだ。
 洗練されているのにかわいい。ちょっと独特で一目でニルディスとわかるデザイン。

 わたしも付けてみたい。

 けど、三連デザインは10万リル以上する。自分では高価で手が出ない。
 ボーイフレンドが奮発してプレゼントに買うと喜ばれるナンバーワンの品だ。
 
 この直径十五センチの輪っかを、あの棒に通せば五百リルでニルディスが手に入る。

 とはいえ、世の中はそんなに甘くはない。
 傾いた正方形のボードに縦横三本ずつあわせて九本の棒が立っていた。
 ニルディスのペンダントを得るためには、十メートル近く離れた輪投げ場の一番後ろから投げて、九本すべての棒に通さなくてはならない。

「無理だわ」

n11ティリー少し困る

 思いっきり投げても届きそうもなかった。

 一番近いところは的まで二メートルぐらいだ。

 ここからならできそう。
 子供たちが喜んで挑戦している。

 一つ入ればお菓子がもらえる。
 入った数によって、消しゴムやら鉛筆やら賞品が良くなっていく。石鹸やハンドクリームといった日用品も賞品に入っている。

 わたしの番が来た。
「ここからにするわ」
 一番手前の二メートルのラインを選んだ。

 ギャラリーが見ているからちょっと緊張する。
「入れ!」
 念じながら投げる。

 あら? 届かない。力が弱いのかしら。
「ティリーさん、もっと押し出すように投げてみな」
「う、うん」
 コツをつかむのが思ったより難しい。わたしはあまり運動神経はよくない。

 惜しいところで輪っかがはずんだりする。
 それでも、レイターに教えてもらいながら九本のうち何とか三つに輪っかが入った。

 固形石鹸を一つもらった。
 五百リルの元は取れていないけれど、結構楽しかったからまあいいか。

「レイターはどうするの?」
「当然、狙うっしょ」

 そう言うと、九本の輪っかを持って一番後ろのラインに立った。

 遠い。

 一つ入れば一万リル相当の賞品か商品券がもらえる。
 二つ入れば二万リル。
 全部入れば十万リル。そこにニルディスのペンダントが輝いていた・・・。

 レイターが輪っかをくるくるっと回して投げた。

 ビュン、風の音が聞こえた。

 カタン。

 輪っかは回転しながら棒に入った。一万リルだ。
 おおぉ。歓声が上がった。

「すごいわ、レイター」
 わたしは思わず叫んでいた。レイターは笑顔でVサインをした。

n22レイター正面2ピース笑い@

「続けますか? ここでやめますか?」
 店の人がたずねる。

 一番後ろのラインは厳しいルールになっていた。
 次に投げて失敗したら、折角貰える一万リルの権利は無くなるという。

 五百リルで一万リルもらえればもう十分じゃないだろうか。


 レイターは躊躇せずに答えた。
「続けるっしょ」

 そして、二投目。   

 レイターはすっと、軽く投げているように見える。
 なのに輪っかに勢いがある。
 少し山なりのカーブを描き、きれいに輪投げの的である棒に向かって落下する。

 タンッ。
 小気味よい音が響く。
 一瞬の出来事。

 これまた見事に入った。
 二万リル分獲得だ。

「いぇい」
 レイターがはしゃいだ声をあげる。

 道行く人が足を止め、盛り上がってきた。
 レイターは観客に応えるように笑顔で手を振ったりして、お調子者の本領発揮と言ったところだ。

 でも、投げる瞬間のレイターは怖いほど真剣な顔をしていた。

n205レイター横顔@真面目2

 この人、お金がかかっているとものすごい集中力を発揮する。

 次々と輪っかを投げ入れていく。
 的の棒と棒の間は二〇センチぐらいだ。一センチずれても入らないのに。あんなに遠くから一体どうやってコントロールしているのだろう。

 やめる気配はまるでない。

 一度入った同じところにいれても失格になる。後になればなるほど難度があがる。
 なのに、とにかくミスがない。
 お店の人も驚いている。観客が増える。

 そして、レイターが最後の九本目の輪っかを持って構えた。

 残る棒は上段の真ん中あと一つ。
 ここに入れば十万リルだ。
 失敗すればゼロ。

 わたしの方が 緊張する。観客もみんな息を止めて見ている。

 力みのない美しいフォーム。
 レイターの手から輪っかが離れた。

 シュッ。
 空気を切る音が聞こえた。 スピードがある。

 輪っかは、なだらかなカーブを描いて飛び、目指す最後の棒の上部に引っかかった。
 勢いよくクルクルと輪っかが回転する。

 入った。

 見ている周りが歓声をあげた。
「パーフェクトだ!」

「イエーイ。どうもぉ」
 レイターは拍手をする人たちに深々と頭を下げた。 緊張感が一気に緩む。

「賞品はこの中からどれでもお好きなものを選べます」
 商品券含め十万リル相当の品々がレイターの目の前に並べられた。
 レイターには関係ないだろうけれどニルディスも光っている。

「じゃ、こいつ」
 レイターがぞんざいに手にしたのはニルディスのペンダントだった。

「いいなぁ」
 観客の女性たちからため息がもれた。
 その声はわたしの気持ちを代弁していた。

「悪いね」
 レイターは女性たちに向かってウインクをした。

t28のレイター線画ウインク大

 レイターはあのペンダントをどうするつもりなのだろう。

 ああ、そうか。
 レイターには『愛しの君』という片思いの人がいるのだ。プレゼントにニルディスは持って来いだ。

「おまたせ」
 受領証にサインをしたレイターが戻ってきた。
「流石ね。おめでと」
「これ、あんたにやるよ」
 レイターがわたしにニルディスを差し出した。

「え? あなた、何をたくらんでるの?」

n14ティリー振り向き眉毛直線

 ろくでもないことを考えてるに違いない。
「よくわかったなぁ。交換して欲しいんだ」

 わたしは警戒した。
「一体、何と交換して欲しいのよ」
「石鹸」
「は?」
「あんたさっき石鹸取っただろ」
 確かにわたしのカバンの中にはさっき輪投げで手にした固形石鹸が入っている。
「船の石鹸がきれかかってんだ。っつうことでよろしく頼むぜ」

 軽くレイターは言うけれどニルディスは十万リル以上する。
「こんな高いものもらえません」
「別に五百リルだぜ」
 確かに入場料は五百リルだった。

 レイターはわたしの首に手を回しペンダントをかけた。
 胸元で銀色のリングが揺れている。

ニルディス

 憧れのニルディスだ。
「あんた、よく似合ってるよ」
 うそでも嬉しかった。

「ガキでも似合うって、まあ高いだけのことはあるわな」
「何ですって!」
 聞き捨てならない。

「それより、石鹸ちゃんとくれよ」
「わかってるわよ」
 わたしはその場でつっけんどんに渡した。
「助かった助かった」
 そう言いながらレイターは上着のポケットに石鹸を突っ込んだ。     人生にトラブルはつきものだけど ② へ続く

第一話から連載をまとめたマガジン 
イラスト集のマガジン

この記事が参加している募集

宇宙SF

ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」