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【ドラムの歴史】ドラマーは機械に淘汰されるのか?

ポップスを聞いていて、ドラムが打ち込みで済まされているのは珍しくありません。人が叩く価値とは、生ドラムである価値とは、一体なんなのだろうかと考えてしまいます。

この記事は、ドラムという楽器が置かれた現在地を探し、ドラマーとしての未来について考えたものです。


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打楽器の起源

◆体鳴楽器
原始時代の音楽は、歌声や踊りの要素が強いものだったと考えられます。舞踊と音楽と言語が同時に発達したというのは、ゴリラのドラミングやイルカのダンスやホイッスルなどから見て取れます。

次第に原始人たちは木や石などを使って音を鳴らすことを覚え始めました。体鳴楽器の誕生です。シンバルやカスタネットなどの先祖に当たります。

道具の発展とともに、原始的楽器はよく音が響くように加工され始めました。木鼓(スリットドラム、ログドラム)は、アジアやアフリカなど世界各地に分布した最も原始的な打楽器の一つで、現代でも多くの人に演奏され続けていますが、確かな起源は不明です。

インドとミャンマーの国境上に住むナガ族は、1980年ごろまで文明と交わることがなく、首狩りの風習など原始的な伝統が残っています。その中のコニャック族では非常に原始的な木鼓の演奏を見ることができます。


◆膜鳴楽器
紀元前5800年前にトルコの遺跡チュタル・ヒュヤクで描かれた壁画には、打楽器のもう一つ重要な原型、膜鳴楽器が演奏されていた様子が描かれています。

トルコ

その後メソポタミア文明やエジプト文明でも、宗教的儀式に女性がタール(フレームドラムの一種)やベンディール(響き線のついたフレームドラム)を叩く様子が幾度も描かれます。

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一方サハラ以南のアフリカでは、女性がドラムを叩くことはタブーとされ、中東の文脈とは異なる独自のスタイルを築きました。

西アフリカでは口での会話と、打楽器を使った会話がシームレスに繋がっていました。この会話はトーキングドラムと呼ばれ、数キロもの距離で連絡を日常的にとりました。



> マーチングドラム

フレームドラムの宗教性と、トーキングドラムの会話性を兼ね備えて発展したのが軍楽隊の打楽器です。軍隊を鼓舞したり合図を出すために、音量の出る打楽器は重宝されました。

中でも吹奏楽の起源と言われるのが、メフテルハーネ(オスマン楽団、トルコ楽団)です。動画最後の戦闘合図の迫力には圧巻です。

14世紀以降になりオスマン帝国との交戦で、ヨーロッパはメフテルと出会うこととなります。この戦争でティンパニー、大太鼓、シンバルなどの原型が伝わりました。

超大国オスマン帝国の衝撃で、18世紀頃まで西ヨーロッパではトルコ趣味が広まり、ベートーヴェンやモーツァルトは「トルコ行進曲」を作曲しました。当時ようやくベートーヴェンらの功労により打楽器はクラシック音楽に無くてはならないものとなりました。

そしてヨーロッパ諸国も軍楽隊を整備し始めました。マーチングドラムはアメリカ大陸へ伝わることとなります。



> ラテン音楽

1492年以降アメリカ大陸にヨーロッパの白人と、アフリカの黒人が入ってきて多様な音楽が作られました。しかし地域によって黒人奴隷の扱いに差がありました。

◆キューバ・カリブ海
カリブ海は広くカトリックのスペイン領で、多くの黒人に対して寛容でした。宗教を強く制限されず、ドラム演奏や踊りを日常的に行うことができました。

そのためキューバのソンでは、特徴的なクラーベのリズムと熱情的なダンスが発展しました。

またトリニダード・トバゴのカリプソでは、スティールパンを使った華やかな海のカーニバルを見ることができます。


◆ブラジル
ブラジルはポルトガル領だったため、キューバ・カリブ系とは異なる性質を持っています。

リオのカーニバルで見られるサンバの楽器もいわゆるラテンパーカッションとは異なります。ブラジル特有の緩急のあるグルーヴをもった、アフリカ由来の激しいドラミングが特徴です。



> ドラムセットの発展

アメリカは一方で黒人奴隷に厳しく対応しました。打楽器を演奏することも宗教を信じ続けることも許されず、奴隷解放の時を彼らは願い黒人霊歌を歌いました。

時にはジューバ・ダンス(Pattin' Juba, Hambone)というトーキングドラムを身体で再現した秘密のコミュニケーションをとりました。


そしてアメリカ南北戦争が1862年のリンカーンの奴隷解放宣言をきっかけに終了したことで、アメリカもラテン地域にわずかに遅れながらも音楽の多様化が起こり、そしてアメリカの楽器「ドラムセット」が誕生しました。



◆ダブルドラミング
戦争が終わると打楽器奏者は劇場などで生計を建てなくてはならず、経済性とエンタメ性を求めてスネアドラムとバスドラムを一人で演奏する、ダブルドラミングが開発されました。

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さらにスティックでバスドラムを叩くのはぎこちないものだったため、ペダルで叩くという方法が生まれました。

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◆トラップセット
かつて奴隷貿易の拠点だったニューオーリンズでは世界中の移民に溢れており、比較的黒人は自由に過ごすことができていました。

人口増加に従い、トルコのシンバルや、中国の木魚や太鼓(タムタム)などの世界各地の伝統的打楽器が多く集まり、それらを組み合わせたものはトラップセットと呼ばれていました。

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◆ジャズドラム
ジャズでは当初踊りやすい4つ打ちで演奏されていましたが、ベースの音をかき消してしまうためライドシンバルによるシンバルレガートへ移行していきました。

さらにベイビードッズにより余ってる左足でもペダルをなにか踏めないかということで、タイトなシンバル音を出すソックシンバルが開発されました。

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ソックシンバルは、スティックでも叩きやすいように高く改造されたハイハットへと発展し、ライドシンバル同様にシンバルレガートに使われました。この時点で現在のドラムセットは完成しました。

1945年に第二次世界大戦が集結し、経済的にビッグバンドのジャズは維持が難しくなり、スウィング・ジャズはビバップへ以降していきます。その後のジャズの歴史は別途まとめていますので、そちらをご覧ください。

そして戦争から帰った若者を熱狂させる、少人数編成のロックバンドへと移っていきます。


> ロックドラム

戦後はスウィングジャズのダンス・ミュージックでなく、テレビなどで流すティーン向けの音楽が求められるようになりました。

カントリー、R&B、ジャンプ・ブルースなどの影響を受けながら、イギリスやアメリカを中心としたロックの時代が1950年代以降に始まります。

◆ロックンロール
ブラックミュージックが発展して生まれたロックンロールでは、今日の多くのポップスで聞くバックビート奏法(2拍4拍をスネアで強調した奏法)がアールパーマーにより開発されました。


◆ロック
ジャズの世界では繊細なアコースティック楽器に合わせるためコンパクトなドラムセットが求められました。一方でロックの世界ではエレキ楽器へと変遷し、広い会場での演奏に合う大音量のドラムが求められるようになります。

そしてメタルなどのツーバスをはじめ、ドラムセットの構成は多様化していきます。


> ファンクドラム

◆ファンク
1960年代後半には、ジェームズ・ブラウンが登場しバンド全体を打楽器的アプローチで構成し、リズムを強調した踊れる音楽、ファンクが登場します。

ジャズやロックのビートとは異なる、波のように滑らかに打つ16ビートが誕生しました。ファンクのノリは、DJ登場後の音楽に多大な影響を与えました。


◆ディスコ
1970年頃からはバンドの代わりに、DJがレコードをかけるパーティ、ディスコがLGBTや人種的マイノリティを中心として流行りました。

ディスコは、ファンクやソウルの影響を受けながら、4つ打ちのリズムへと回帰していきました。またラテン音楽にみられるような情熱的な踊りも特徴です。


◆ヒップホップ
このときディスコパーティに行くことのできなかった人も貧困街にいました。そこでディスコやファンクのブレイク部分(歌やメロディを止めたリズムパート)をループさせた、ブレイクビーツを使ったパーティが、DJクール・ハークにより行われました。そこから生まれたのがヒップホップです。


> ドラムマシン

ドラムマシンは、1970年代にテクノポップ(シンセポップ)として注目をあつめ、その後ヨーロッパのダンスミュージックシーンで欠かせない楽器となりました。

◆ハウスミュージック
1980年代に入ると、ディスコDJはプレイしやすい曲を自身でも作りたいと考えました。安価になったドラムマシンを使って、DJによって作られた音楽がハウスミュージックです。

ハウスはアメリカのシカゴで発祥し、テクノと共にヨーロッパのダンスシーンで人気を博しました。ドラムマシンを使った四つ打ちは、生ドラムでは出せない音色的な魅力が発見され、クラブミュージックの新時代を作りました。


◆テクノ
ハウスの流れを受けてアメリカのデトロイトで誕生したのがテクノです。ハウスに見られるような多幸感やマイノリティによるメッセージ性は排除され、ダンスに特化した無機質さが特徴です。テクノの展開するリズムは単なる人間のドラムコピーとは違うオリジナリティを獲得していきます。


◆ドラムンベース(ジャングル)
1990年代イングランドではレゲエDJからジャングルが生まれました。サンプリング技術が向上し、初期のヒップホップのようなブレイクビーツのループだけでなく、ビートを組み替え、ドラムマシンと組み合わせることにより複雑で高速なドラムが作られました。

そしてヨーロッパのダンスミュージックと、アメリカのヒップホップやR&Bシンガーが交わり、EDMが隆盛しました。

ダンスミュージックの歴史はこちらの記事でさらに詳しく解説・考察をしています。ぜひご覧ください。



さて。。
ドラムはどこへ?


ドラムの現在地

実体としてのドラムはサンプラーのなかへ収められ、それで十分に音楽として成立、もしくは人では再現できない音楽が80年代以降次々と誕生しました。

改めて「実物のドラムを人が叩く意味は何なのか」ぜひ一緒に考えてみてください。

まずは、ドラムマシンとドラマーの位置関係をマッピングしてみましょう。

◆ゴスペルチョップス
ブラックミュージックが育まれるコミュニティとして、キリスト教会の存在は絶大です。なかでもその中枢を担うDNAに刻まれたリズムは日々教会の小屋(Drum Shed)で育まれました。

ゴスペル由来のド派手で、心から叫ぶように出てくるフレ-ズの数々には圧巻です。

古代から脈々と受け継がれた、ドラムの宗教性、会話性が色濃く表出された、現代ドラムの究極形の一つです。


◆人力ドラムンベース
ブレイクビーツの登場により、ドラマーでは再現できないであろう領域が展開されました。それに対抗するように出来上がったのが人力ドラムンベースです(D&B Jungle Drumming)です。

コンピュータが人真似からオリジナリティを得たように、人力ドラムンベースも単なるドラムンベースとは異なる確かな個性を獲得しました。


◆エレクトロニック・ディスタンス

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テクノは機械的ドラミングに、ゴスペルドラマーは人体的ドラミングに極端に特化していました。それらの境界に可能性を見出します。

ドラムンベースは数秒のドラムフレーズを再構築して、新たなドラミングを開発しました。

ドラムンベースドラマーはさらに逆解析することで、生ドラムで機械的音色を再現するなどの研究を行いました。

これらにより、エレクトロニック・ミュージックとドラムーの位置関係がかなり明確になりました。



ドラムの未来

ドラマーとドラムマシンの中間領域が存在することがわかってきました。ではそれらを要素分解して考えてみましょう。

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<生楽器ー電子楽器>は演奏前に音の調整を行うか、録音後に音の調整を行うかの違いです。生楽器のメリットは扱える情報解像度の高さで、電子楽器のメリットは物理的制限のない調整パラメータの多さです。

<人間ー機械>は自動演奏化、プログラム可能性に左右されます。人間のメリットとしては即興演奏においては直接最終調整を行えることです。一方で機械化することにより、自動演奏やアルゴリズミックな演奏を誰でもプログラムすることができるようになります。

それぞれのさらに中間領域を確認していきましょう。


◆サイボーグ
ジェイソン・バーンズは事故で右手前腕を失いました。しかしドラムスティック用の義手を使い、またたく間に世界最速のドラマーへ上り詰めました。

プログラムによる自動演奏と、人の神経によるコントロールがロボットアームにより接続されました。サイボーグ化は健常者であっても同様で、ロボットアームを使ってドラムを叩く未来が近づいています。


◆自動演奏ロボット
より自動化して生ドラムを叩きたいということは多くの人が考え、そして洗練化されてきました。Polyendはデジタル入力によりアコースティック演奏ができるPercを開発し、販売を開始しました。同じドラムの上で、機械と演奏することが可能になりました。

電子化した演奏を物理的に再生できる可能性は大きく、スピーカーの代わりに生ドラムを置いておくことができます。


◆モーションキャプチャ
ドラマーの動きをコンピューター上の座標へと数値化する研究は徐々に進んでいます。繊細な手先の動きを捉えるには装置を必要としますが、機械学習の進歩により大まかな動きへのトラッキング技術はかなり向上しており、スマホカメラ一台でもすぐに3Dへ変換することは可能になっています。

モーションキャプチャの発展先は非常に広く、VR/ARをはじめ、奏法の解析、遠隔操作など枚挙に暇がありません。今まで音データやMIDIデータでしか扱えなかった情報が、身体的情報が追加されるため非常に価値が高いです。

今まで多くのドラム・スタントがロックやヘヴィメタの世界で行われましたが、それらを遥かに凌ぐ異世界が、バーチャル空間上ではリアルタイムに行われることとなるでしょう。


◆人工知能ドラム
慶応大学SFCのX-MUSIC LABORATORYでは、人間のドラミングに対してAIが即座に応答するパフォーマンスが披露されました。データとして扱いやすいドラムのデジタルデータを処理することで、機械と人間とのセッションが完成しました。

ビジュアル映像もそれに呼応する形となり、人間のドラム、AIのレスポンス、映像への発展。すべてが音楽と計算機科学とメディアアートによりつながる瞬間です。


◆集合知ドラム
様々な分野が発展する中で、一つの疑問が私の中でわきました。

機械が人間を操るドラムスタイルはないのだろうか?

これまでは人が機械をプログラムするか、機械が自律的に演奏するスタイルでした。ドラムンベースを解析することはあっても、演奏を指示してくることはありません。

たとえば車を見ると、人が運転するというフェーズから、今はナビやアシストにより人が車に運転させられているフェーズへ以降しています。そして最終的に人が完全に不要になり自動運転が完成するという仕組みです。

そんな機械に操られたドラムが確立したジャンルがありました。それは驚かれるかもしれませんが、音ゲーです。

「太鼓の達人」をはじめとしたリズムゲームの多くは、ミュージシャンからするとお遊びと切り捨てられるかもしれませんが、世界中の何千万人にもおよぶプレイヤーに譜面を与えて、e-sportsのように切磋琢磨させながら、演奏させデータを収集するという構造ができあがっているのは見過ごせません。

このデータを活用して譜面提供を行うことで、アーティストからの発想だけでない人間の集団的知性によるアートができあがるかもしれません。実際に音ゲーの譜面というのはドラムの文脈とは全く異なる進化を遂げました。

集団にまかせてアートを作るという枠組みは、まちづくりなどで今行われている発想です。建築家がアーティストでなくファシリテーターとして全体をまとめながら、まちづくりプロジェクトを進めていきます。


さらにスマホゲーム化してからは、アイドルとの相性がいいというのも非常に面白い点です。「ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル(スクフェス)」はアニメ放映、キャラクター育成、声優が歌うという構造が出来上がりました。十分すぎるほどの楽曲への愛着を持ちながらプレイヤーはゲームと接しています。


近年では櫻坂46(旧 欅坂46)、日向坂46の「UNI'S ON AIR(ユニゾンエアー)」も500万ダウンロードを超え、J-POPシーンに音ゲーは接続され続けています。


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まとめ

「ドラマーは機械に淘汰されるのか?」

原初の楽器から、最新のテクノロジーまでを見て。どう感じられましたか。

私はもちろん、NOです。


よむよむ。

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