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読書感想 『職場を腐らせる人たち』 片田珠美   「身を守るために知っておいた方がいいこと」

 ここ20年くらいで職場環境は厳しくなる一方ではないか。それほど会社という組織に深く長く関わってきたわけではないけれど、それでも、働くことが異様に厳しくなっているような気がする。

 そして、会社を辞める理由の第1位は、どうやら何十年も「人間関係」のようだ。それは会社勤めが短い私でさえ納得がいくのと同時に、不思議なのはいわゆる「嫌な人」が、どこにでもいそうで、しかも「嫌な人」であることは、損得で考えたら明らかに損だと思われるのに、そのあり方を変えないことだ。

 そんなことを、自分でも思った以上にずっと感じていたようで、だから、この書籍のタイトルを聞いたときに、やや強めに耳に届いたような気がした。


『職場を腐らせる人たち』  片田珠美 

 著者は精神科医。

 これまで七〇〇〇人以上を診察してきたが、最も多い悩みは職場の人間関係に関するもので、だいたい職場を腐らせる人がらみだ。 

(『職場を腐らせる人たち』より)

「職場を腐らせる人」という表現はかなり強めでもあるのだけど、こうした豊富な臨床経験をもつ医師が断言するのだから説得力もある気がする。

 もっとも当の本人は自分自身の言動が周囲に及ぼす影響について自覚していない場合がほとんどで、面談の際も「悩んでいることはありません」「何も問題はありません」といった答えが返ってくることが多い。これでは、みな頭を抱えるはずだと妙に納得する。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 さらに、これまで会社という組織に対して、薄々と感じていたことも明確に指摘できるのは、そうした職場の中ではなく、外部からの視点だからだと思う。

 上司からパワハラを受けた社員が、昇進したとたん、部下や後輩に対して同様のパワハラを繰り返す。あるいは、お局様から陰湿な嫌がらせを受けた女性社員が、今度は女性の新入社員に同様に嫌がらせをする。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 こうした連鎖については、以前からそうではないかとも思っていたが、微妙に悲しさもあるものの納得感もある。

 まず、「自分もやられたのだから、やってもいい」と正当化する。また、自分がつらい思いをした体験を他の誰かに味わわせることによってしか、その体験を乗り越えられないのかもしれない。 

(『職場を腐らせる人たち』より)

 読者としては、こうした連鎖をさせないために何とかできないのだろうか、などと思うものの、まずはそうした人と、今、直接顔を合わせているかもしれないと考えることのほうが、身を守るためには大事ではないかとも、読み進めると強めに感じてくる。

まず何よりも目の前のあの人が職場を腐らせる人だと気づくことが必要だ。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 確かに、最初から「腐らせる人」とわかる方が、実は難しいのだろうとも思う。

根性論を持ち込む上司

 最初の事例として挙げられているのが「根性論を持ち込む上司」だが、おそらくはそれだけその事例が多いということなのだろう。

 同時に、このタイプの上司は実は20世紀にはもっと多くいて、以前はおそらくそれほど「腐らせる人」ではなかったと思えるのは、経済が成長していることによって、その弊害が見えにくかったのかもしれない。などと想像すると、このタイプの人は21世紀になったとしても、変わるのがとても難しいはずだ。

 こういう人は、多くの場合、自分の上司もそうだったろうし、そのことで問題が起きにくかったと想像もできるけれど、それだけに、ただ「昭和の感覚」や「古い人」と表現するだけではなく、この「根性論を持ち込む上司」のどういった点が問題なのかを、改めて明確にしていくことも重要かもしれない、と思わせる。

 根性論を持ち込む上司は「みんながやる気を出せば、すべてがうまくいく」と考えがちだが、こうした思考回路の根底にしばしば「〜だったらいいのに」という願望と現実を混同する傾向が潜んでいる。「すべてがうまくいけばいいのに」という願望と「すべてがうまくいく」という現実を混同するわけで、これを精神医学では「幻想的願望充足」と呼ぶ。この「幻想的願望充足」は子どもに認められることが多いが、成長するにつれて否が応でも目の前の現実と向き合わざるを得なくなると、次第に影を潜める。
 ところが、なかには大人になっても「幻想的願望充足」を引きずっている人がいる。これは、目の前の現実を受け入れられず、直視したくないため、つまり現実否認の傾向が強いためと考えられる。 

(『職場を腐らせる人たち』より)

 このタイプの人が、もしも50代以上であれば、「やる気を出せばすべてがうまくいく」ことが現実に見えた時期が確かにあったことが、自分自身がすでに「腐らせる人」になったことを見えにくくしている可能性も高い。

 バブル期までは、事実として経済が成長していて景気も良かった。だから、「やる気を出せばすべてがうまくいく」ように見えていたかもしれず、だけど、実態はやる気に関わらず、大きな失敗をしなければ、頑張ればうまくいく確率が高かっただけかもしれない。

 だが、この「根性論を持ち込む上司」になってしまった人にとっては、そうした冷静な現実も、そもそも見えず、ただ「根性」で突き進んできて歳を重ねて上司になった可能性が高いのではないだろうか。

 気合と根性でのし上がったタイプに多いのだが、自分ではあまり勉強しない。上司や先輩から指示されたことを人一倍熱心に実行し、それが実績につながった場合が少なくなく、自分でセミナーに参加したり、本を読んだりして研究することはあまりない。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 これはある意味で、残酷なことだとは思うけれど、どれだけ頑張っても、変化の時代に対応するのは難しいのは、外から見ればわかる。だけど、もし当事者だったら、こんなに頑張ってきたのに、というような思いの中で、ずっと不満や不安が高まっているのかもしれない。

 ただ、マニック・ディフェンスの結果、軽躁状態になっていると、事態は深刻だ。軽躁状態は文字通り軽い躁状態であり、本人も周囲もそれほど困らない。むしろ、本人としては調子がよく、仕事も家事もどんどんはかどるので、本人も周囲も軽躁状態を病的な状態と認識することはまずない。つまり、自分が病気であるという自覚、「病識」を持ちにくい状態なのだが、その分暴走しやすいともいえる。

(『職場を腐らせる人たち』より)


 原始的防衛機制の一種です。
 M.クラインによって提唱された概念です。
 精神的苦痛から逃れるために、現実を否定し、なんでも自分の都合のよいように解釈することをさします。

(『臨床心理学用語辞典』より)


 その暴走が、結果として「職場を腐らせる」ことにつながり、被害者が出てしまうことになるが、この書籍では、このタイプの上司への対処法も挙げられている。

 できるだけ具体的な数字や根拠を提示し、「業界全体を見ても、こうなっている」「数字が落ちているのは長期的な傾向」などと一般かつ客観的な意見として伝えるべきだ。「あなたのやり方は現実的ではない」「あなたは現実を見ていない」などと口が裂けても言ってはいけない。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 それがどこまで有効かどうかは人によっては分からないもの、少なくとも知っておいた方がいいことだと思う。

「腐らせる人」の具体例

 この書籍の重要性は、こうした「職場を腐らせる人」の事例を具体的に、さらにはその内面までも指摘していることだと思う。そして、読み進めていくと、最初は「腐らせる人」という表現が強すぎると思っていたのが、決して大げさではないと感じてくる。

 例えば、「事例2 過大なノルマを部下に押しつける上司」については、こうした分析がされている。

 過大なノルマの押しつけをなかなかやめられないのは、上司自身が転落への恐怖と喪失不安にさいなまれているからだろう。しかも、そうした不安をかき立てるような構造に組織全体がなっているのではないだろうか。 

(『職場を腐らせる人たち』より)

 事例の数は全部で15にも及ぶ。

事例3 言われたことしかしない若手社員 
事例4 完璧主義で細かすぎる人  
事例5 あれこれケチをつける人 
事例6 八つ当たり屋
事例7 特定の部署にこだわる人 
事例8 いつも相手を見下す人 

 すべての事例を知りたい場合は、お手数だが、本書を手にとってもらいたのだけど、ここで挙げた事例でも、「腐らせる人」とは言い過ぎではないか、と思われるタイプにまで、まずは「腐らせる人」という枠に入れた上で分析しているのは、なるべく早く、こうした人の存在に気づいて、まずは身を守ってほしい、という著者の狙いもあるように思える。

 そして、個人的には、かなり怖さがあるのは「事例11 不和の種をまく人」で、それはここでもその当事者は、一見穏やかに見えて、とても「腐らせる人」に思えないからだ。それでも、この「不和の種をまく人」は、普段から職場の中で、その作業を繰り返し、気がついたらもめごとが起こっているようだ。

 本人なりの自己保身 

(『職場を腐らせる人たち』より)

 それが、こうした動機に基づくものであれば、やめられないだろう。

 Aさんが若い頃から「〇〇さんが〜と言っていた」と吹聴して周囲に不和の種をまいてきたのは、そうすることによって自分が得することを経験的に学んだ体と私は思う。いわば過去の成功体験があったからこそ、同じようなことをずっと続けてきたのだ。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 そして、そのやり方は、とても注意深いという。

 きわめて巧妙に波風を立てるので、不和やもめごとを引き起こしている真犯人が一体誰なのか、周囲はなかなか気づけない。気づくまでに相当時間がかかることが多く、最後まで気づかないことさえある。 

(『職場を腐らせる人たち』より)

 それでも、まずするべき、自分の身を守る方法はあるらしい。

 だから、「〇〇さんが〜と言っていた」という類いの話を決してうのみにしてはいけない。

(『職場を腐らせる人たち』より)

自分の身を守るために

 この著者では、こうした「職場を腐らせる人」を変えるのは難しいと分析している。

 その理由の一つとして、「腐らせる人」になっていく要素の一つに「喪失不安」があり、現在の日本の社会状況が、その不安を募らせる環境であるのだから、と挙げている。

 そうしたことを知ると、やはりちょっと絶望的な思いにもなるのだけど、だからこそ、自衛をしていくしかなく、そのための方法まで触れている。

 とにかく、「まず気づくこと」を著者は繰り返している。

 職場を腐らせる人がいると、周囲に次のような反応を引き起こしやすいことを認識しておこう。

①重苦しい雰囲気
②不和やもめごと
③心身の不調の増加
④沈滞ムード
⑤疲弊  

(『職場を腐らせる人たち』より)

 こうした雰囲気や、もしくはトラブルが多い職場であることに対して、真面目な人ほど自分のせいではないか。そんなふうに思いがちなだけに、まず自分ではなく、「職場を腐らせる人」がいるかもしれない、と考えて、自分を守る方向に考えたほうがいいようだ。


 その対策に関しては具体例も挙げられているが、その一部を引用する。これは、「職場を腐らせる人」が誰か。ほぼ目安がついたあとの方法になるだろう。

 できるだけ避ける。  

 間違っても、あなたの私生活や心配事などを話してはいけない。

(『職場を腐らせる人たち』より)

 基本的に優しい人ほど、こうした方法自体に抵抗感があるかもしれないけれど、現在の日本の職場環境を考えたら、自分を守ることをまず優先させてほしいと思えた。


 21世紀の会社組織で働くすべての人に、おすすめしたいと思います。


(こちらは↓、電子書籍版です)。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。





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