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『「晩節を汚さない」ためには、どうすればいいのだろうか』。(前編)

 日本代表サッカーチームの監督が、不透明な過程で、急に辞めさせられたことがあった。
 2018年のことだった。

ハリルホジッチ監督解任

 その後、ハリルホジッチ監督が裁判で損害賠償で訴え、それも、金額は1円だったので、それだけ怒りがあり、謝罪を求めていた、ということは、合理的な理由ではないのは、おそらく間違いなかった。

 そんな時に、マスメディアに日本サッカー協会の田嶋会長が出てきて、説明をしていたが、「コミュニケーション不足」というあいまいな理由だった。

 それは、今後、そんな「内部」でしかわからないはっきりしない言葉で、監督の人事が決められてしまう前提を作ることになってしまうはずなのに、そんな話を繰り返していた。

 何より、その表情に、本人の確信が宿っていると思えなかったのは、それよりも、20年ほど前に話をしていた田嶋幸三氏全く違っていたからだ。

 それは年齢を重ねた、というような変化だけではなかったと思った。だから、勝手な話かもしれないけれど、なんだかがっかりしていた。

サッカー・田嶋幸三氏の変化

 どんな時代であっても、日本サッカー協会のやるべきことの一つは、国内のサッカーのレベルアップのはずだ。

 1990年代の末は、まだJビレッジがなく、たとえば、全国の学生の選抜チームを集め、指導者と共に、研修が開催されるのは、千葉県の大学の施設を借りるような状況だった。

 昼間はグランドで(ピッチというよりも、グランドという言葉が似合う場所だった)、各地の選抜チーム同士がトレーニングをしたり、試合をしたりし、夜は、木造の建物の中で、各地からきた指導者への研修が行われた。

 それは、ある意味で贅沢な時間でもあったのだと思うが、その頃の指導者の中には、夜でもあるし、リラックスしていたのか、そうしたサッカーに関する講義の最中に、すっかり居眠りしている人もいた。

 遠距離からの移動、昼間の選手たちへの気配りなどもあるだろうし、疲れているのは仕方がないのかもしれないけれど、やっぱり、とてももったいないと思った。

 私は、サッカー雑誌のライターとして、そこに来て、昼間も夜も取材をしていた。そして、夜の講義に、田嶋幸三氏も講師として話をしていた。

 1970年代には、田嶋幸三氏はサッカー界のスターだった。浦和南高校で高校選手権に優勝し、筑波大学に進んだ。その頃、まだアマチュアしかない日本サッカー界にとっては、エリートコースでもあったし、大学1年生からレギュラーとなった田嶋氏は、未来のスターに見えていた。

 その後、引退した後は、サッカー指導者となり、協会の一員ともなり、こうした研修でも理論派として力を発揮していた印象だった。選手としてもエリートでありながら、理論的にもしっかりとしていて、新しい人とも思っていた。

 1990年代の木造の建物で行われた研修の中で、田嶋幸三氏は、こんな話もしていた。

 自分は、サッカーに多くのものを与えてもらった。今の自分がいるのは、サッカーのおかげといっていい。だから、これからは、サッカーに恩返しがしたい。

 そういう話を、明快に、光のある目で語っていた。

 本当にそうしてほしいと思ったし、そんなことを真っ直ぐ語れることも素晴らしいと思っていたから、田嶋氏の未来が楽しみだった。

 それから、20年の時間が経ち、日本サッカー協会の会長となり、サッカーに恩返しができる場所に来た田嶋幸三氏は、代表監督の人事に関して、あいまいな言葉と、定まらない視線を持つ人間になっていた。

 私自身も、ただテレビなどを見ているだけの人間になっていたので、何か事情があるのかもしれなかったが、その田嶋氏の言動は、サッカーというスポーツにとって、プラスであるとは思えなかった。

 その時、「晩節を汚す」という言葉が浮かんでしまったが、そんなことを思ってしまう機会は、自分が歳をとるごとに増えていくような予感がした。

 それが老いるということかもしれないし、ずっと志を保ち続けるような生き方の難しさも、分かってくるとはいっても、でも、それはどこか少し悲しいことでもあった。

柔道・山下泰裕への評価

 昔、柔道の取材をしたことがあって、指導者として名高い人に話を聞いたときに、山下泰裕氏の話題になった。

 そこまでのインタビューで、決して、人に甘い評価をする人ではない印象だったのだけど、山下氏に関しては、絶賛としか言いようのない表現をしていた。

 もちろん、柔道の技も高い。力もある。頭もいい。さらに人格的にも優れている。

 あんなに揃っていることは珍しい。

 そんな言い方だったし、私が、テレビ画面などを通して見ていた柔道のチャンピオン・山下泰裕氏は、そのイメージと一致していたし、他の場所でも、悪口のようなものを聞くことがなかった。

 何しろ、個人的にも偉大な金メダリスト(1984年ロサンゼルス・オリンピック)としてのイメージしかなかった。

山下泰裕の変化

 それから、20年以上が経って、再びの東京オリンピックの頃、急に山下泰裕氏の発言を聞く機会が増えた。もちろん、メディアを通してに過ぎない印象だけど、昔聞いていた山下泰裕像とは、一致しなくなっていた。

 山下泰裕氏は、2019年には日本オリンピック委員会の会長になっていた。そのポジションにいることは、とてもふさわしいと思ったが、その発言には、勝手かもしれないけれど、がっかりした。

「マスコミの前では話せないことが多く、理事会の議論が低調になる。理事会を非公開にして表に出せない情報も共有し、本音で話し合ってスポーツ界の発展のために役割を果たしたい」

 この発言の狙いは、もしかしたら、山下氏の「先輩」方へ気を遣ったり、周囲の方々の意見も聞いて、組織の長として考えた末のことだったかもしれない。

 だけど、それは、全てが揃ったチャンピオンだった「山下泰裕」の像とはあまりにもかけ離れたものだった。

 この「閉じた方針」が、21世紀の現在、さらには10年後、20年後、100年後を考えたときにプラスになるとは思えなかった。

 もし、今、オリンピックという大きなスポーツイベントを、スポーツ界のためだけではなく、社会の貢献というような視点にたてば、内部の意見はどうあれ、より閉じていく方向に未来があるとは思えなかった。

 現役の格闘家の頃は、常にもっと強い「山下泰裕」になるための「新しい」努力や工夫は惜しまなかったはずで、そうでなければ、チャンピオンになれるわけもない。

 だけど、今の「山下泰裕」会長は、もっと質の高い「オリピック委員会」のために、もっと素晴らしいオリンピックのために、戦いを続けることを、すでに諦めてしまっているのだろうか。

 そんなふうに思ってしまった。
 
 それは、失礼だけれども「晩節を汚す」といった言葉を思い出させる光景だった。

コラムニスト ボブ・グリーン

 若いときに読んで、すごいと感じ、こういう日常的なことを書いて、作品として成立できるようになりたい、と思った人がいた。

 そのコラムニストのボブ・グリーンが、バスケット界のスーパースター、マイケル・ジョーダンを描いたときも、その独特の視点が存分に生かされ、スポーツも書けるのか、とその時はスポーツを書くライターをしていたので、どこか嫉妬と共に思ったのを覚えている。

 ただ、それから随分と年月が経ってから、スキャンダルによって、新聞社をやめたりしていることも知った。

晩節を汚す、ということ

 個人的な記憶に過ぎないけれど、20年以上前、仕事の上で、直接知らないとしても、敬意を持っていたライターの方がいた。

 その人が、今回のコロナ禍に見舞われ、不測の事態が多くなった2021年開催の「東京オリンピック」に関する記事を書いたのを知って、読んで、勝手にガッカリしたこともあった。

 特に、東京オリンピックでは、スムーズにいくことがほとんどなかっただけに、いろいろなことが露わになったように思えたが、だけど、やはり、そのライターの人にとっては必然的なことで、本人にとっては、何も変わっていないということなのだろうか、とも思った。変わったのは、私の方かもしれない、とも感じた。

 ただ、年齢を重ねると、かつて素晴らしく見えた人たちが、どうしても「晩節を汚す」ように見えてしまうことが多くなった。

 そうなると、若い時からただ平凡な存在である自分が、さらに歳をとったら、どれだけ「晩節を汚す」のだろうと、ちょっとした怖ささえ感じるようになった。

 人は生きていると、ほぼ確実に「晩節を汚す」ようになってしまうのだろうか。

山口香の発言

 そんな「東京オリンピック」が話題になり続けていた最中に、“関係者”の中で、ほぼ唯一、自分で考えた正論を述べ続けていたように見えた人がいた。

 山口香JOC理事だった。

 かつて、「女三四郎」(この呼称も現在だと問題があると思うけれど)と言われるほど、強い柔道界のメダリストで、そして、失礼ながら、その後の活動をほぼ知らなかったのだけど、この「東京オリンピック」の発言で、改めて、今もすごい人なのだと分かった。
 
 オリンピック開催前、2021年6月8日には、こうした記事が出た。


(今、読んでも、個人としての発言という前提もあるが、とても筋が通っていると思う。)

 今回の「オリンピック」開催について、こうした話をしている。

 飛行機は、天候が悪くても飛ぶことはある。でもそのときは必ず、状況によって引き返すこともありますとアナウンスされる。途中で何かあっても、引き返さないで突っ込みますと言われたら、普通はみんな搭乗しない。
「五輪を開催しない」という選択肢を持たずに政府が飛んでいることに、国民はすごく不安を感じていると思う。
 五輪はきっと開催されると思う。でも開催にあたっては、「今回のオリンピックは安全じゃなくて、危険です」から入ったほうがいい。
 危険だからこういう点に気を付けてください、安全を確認しながら少しずつ進んで今回は乗り切りましょう、と。
 政府やJOCが「安心・安全」と言い続けられるのは、日本人がおとなしいからですよね。

 さらに、今回、日本以外のアスリートにとって、何がハンディとなるのか。それを専門的な視点でも指摘している。

 しかも今回は、練習パートナーを日本に連れてくることができない。ものすごいハンデです。それは柔道だけでなく、いろんな種目で起きていること。
 でも日本人選手は通常の練習や準備をしてから、本番を迎えられる。「ホスト国のアドバンテージ」となるかもしれないが、そういうアンフェアなことがあちこちに出てくる。
 アンフェアだけでなく、危険なこともある。本番直前に来日して時差の調整や、日本の夏の暑さに体が順応できないとなったら、屋外競技の陸上などでは危険な事故にもつながりかねない。
 そうしたさまざまなことをシミュレーションできているかといえば、今はコロナ対策だけで大変で、手が回っていない。

 さらに、もっと根本的で、今回だけではなく未来につながる話もきちんとしている。

「あなたはアスリートでオリンピックにも出たのに、(開催に対して)ネガティブな意見をするってどういうことだ」と言われることがある。でも私は、何も言わない人のほうが無責任だと思う。
 オリンピックは今回で終わりじゃない。未来につながっていく。子供たちの夢になっていく。
 それにマイナースポーツは税金を入れてもらわないと、強化できないのが現実。柔道もそうだが、多くのスポーツは国民の応援があって、税金を使って強化を行っている。
 だから今後も、国民に応援してもらうために、スポーツの世界にいる人々が国民と向き合ってオリンピックについて議論するべき。国民の不安や疑問を踏まえた上でオリンピックをどのように開催するかを考え、私たちから政府に言っていきましょう、というムーブメントを起こさなければならないと思う。

柔道家・山口香の背景

 恥ずかしながら、山口香氏が、現役引退後に、どのように生きていたのかを、この本を読んで初めて知った。

 この本自体が、山口氏が戦ってきた記録であり、思考の軌跡でもあるので、できたら、全体を読んでもらえたら、と私自身が言う資格はないのだけど、そのようにすすめたくなる内容だった。

 山口氏は、2015年の著書を読むと「東京オリンピック」の時の発言は、付け焼き刃ではなく、長い間の戦いと思考の成果だとわかる。

 さらに、自身も柔道家であるがゆえに、そのルーツをとても大事に考えているのを知った。

 アジアで初めてIOC委員に就任したその人とは、嘉納治五郎だった。
 嘉納は講道館柔道の創始者であり、「柔道の父」と言われている。嘉納は、柔道のみならず日本におけるスポーツの発展と教育分野への働きかけ、日本のオリンピック初参加にも力を尽くした。明治から昭和にかけて日本のスポーツ界が世界へと羽ばたいていく道を導いていった功労者であり、日本の「体育の父」とも呼ばれている。
 オリンピック東京開催に向けての一連の招致運動に、「柔道の父」が深く関わっていたことは、今ではあまり知られていない。だが2020年を前に、日本は、もう一度この時の出来事を振り返ってみる必要があるのではないか。嘉納はなぜオリンピックを招致したのか、オリンピックが日本にとってどんな意味を持っていたのか。その延長線上に、2020年の東京オリンピック開催があると、私は思う。

 その上で、スポーツを文化として、育てていくことにも言及している。

 日本の現状はどうだろう。
 いまだに自国民が勝つか負けるかが、最大の関心事になってはいないだろうか。
 スポーツ競技の「観戦」というより、特定の選手への「贔屓」「応援」を目的にしてはいないだろうか。知り合いや地元のチームが試合に出るとなると、目の色を変えて応援する。そのスポーツが好きだから見にいくという人は、残念ながらさほど多くない。そのあたりが、スポーツが「文化」として根付いている国かどうかの分かれ目ではないだろうか。
 応援か、それとも観戦か。
 両者の違いは意外と大きな問題だ。
 応援が観戦へと変わっていくとしたら、スポーツの裾野は大きく広がるだろう。
 裏方から表舞台まで、スポーツに関わる人間もぐっと増えてくるだろう。

 ただ、それは、アスリートにも厳しい基準を設けることが、前提のようだ。

 オリンピックではどの競技のアスリートも、メダルを獲得しようと必死に努力している。
 しかしその努力が報われてメダルを手にしたとしても、人間が完成するわけでは決してない。
 厳しい言い方だが、それが事実である。 
 メダリストは、人間が完成したわけではないのに「メダリストとは高潔で品格を備えている人」のはずだという世の中の期待を、なぜか一身に背負うことになる。その期待に応えていくという使命を、メダリストは背負うことになる。
 だから、メダルを取った瞬間から、自分と社会が求めるメダリスト像とのギャップを埋めるための新たな努力が必要になる。選手には引退があるがメダリストには引退がないので、好むと好まざるとにかかわらず生涯続く修行となる。メダリストをめざすのであればその先に何が待っているのかも熟考してみるべきだ。

 これは、山口氏自身も、背負ってきて、そして戦ってきたはずだから言えるのだと思う。

 その年月の蓄積が、とても筋の通った発言を可能にしたのではないだろうか。

 

 山口氏の言動は、「晩節を汚さない」ためにどうすればいいのか。それに関して、大事なことを教えてくれているように思う。



(※『「晩節を汚さない」ためには、どうすればいいのだろうか』(後編)に続きます




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