見出し画像

テレビについて③「頭がいい人の気持ちよさ オードリー ・タン氏の思考の姿勢」

 遠くて、薄い印象しかなかった。
 台湾がマスク不足などにITを使って、素早い対応をして、コロナ感染拡大を押さえ込んだ、というようなニュースは知っていたが、それに対して、統制がとれた国だから出来たのではないか、といった粗い認識(それは実は古いのだけど)しかなかったのだけど、それでも、すごいことだったのではないか、という気持ちはずっとあった。
 
 ただ、その後は、自分の住んでいる東京都内での感染者数が多くなっていって、そのことに気を取られ、その上で、報道はイタリアやアメリカなどで、感染が爆発的に増えていることが気になって、さらに不安がふくらむような日々を過ごしていていた。

 そうした時は、本当だったら、コロナ感染を押さえ込んだ台湾のような例にならうべきなのに、そんな話は出てこなくて、もしくは中国から発生したウイルスといわれているが、その対策に対しての試行錯誤や失敗例も成功例も、もっとも豊富にあるはずの中国に情報提供を積極的に求めた、といったニュースもないまま、時間がたっていた。

テレビ番組でのオードリー ・タン氏

 この番組は、何回か見ていて、ホストの落合陽一氏が、今のコロナ禍だけでなく、過去にも未来にも思考を伸ばさせてくれるきっかけをつくってくれるので、ありがたかった。

 そして、その番組の特別編があり、そこに「オードリー ・タン」がやってくる。「あの」みたいな扱いだったのだけど、恥ずかしながら、まったく知らなかったのだけど、画面に現れたのは、不思議なゆとりのある空気感を持つ人という印象だった。台湾のデジタル担当大臣で、台湾のコロナ感染拡大防止に多大な力を発揮したということだった。

(ここからの文章は、番組の内容をかなり忘れていたので、坂本宗隆さんのnoteを参考にさせていただきました。ありがとうございました)。

 最初の質問に対しての答えで、ものすごく頭がいい人なのが、分かった。それは気持ちいいほどだった。
 出演者の「人となり」を知るための、質問に対しての答えが、こうだった。

 好きな食べ物は?
「炭水化物とタンパク質と脂質」

 テレビの視聴者として、限られた時間で、こうしたプライベートな質問は、芸能人ではないのだから、今までも、いらないと思っていたのだけど、それを、表立って拒否はしてないし、確実に間違った答えをしてないのだけど、その質問の無意味さを、大げさに言えば、柔らかく告発するような答えに聞こえた。

 それに続く答えも、そう見えた。
 犬派?猫派?
「人間派です」

 寝る前に必ずすることは?
「目を閉じます」

 小さい頃、何になりたかった?
「人間の大人です」

 これから、同じような質問はされないような方法かもしれない。表立って拒否はしていないけど、馬鹿馬鹿しい質問には答えたくない、という意志ははっきり示しながらも、これだけ波風も立てない見事な答えは初めて見た。

少しでも広く伝えること

 同時に、今年を象徴する一文字は?という質問への答えは、オードリー・タン氏の、思考の姿勢を表すものに思えた。

「0」

 ゼロという答え。これには説明が付け加えられた。1だと、漢字だったら横の棒だけど、他の文化だと縦になる。でも、ゼロはどこでも一緒。さらには、コロナ禍によって、あらゆる文化の人たちが同じになった、という意味合いもこめて、この文字を選んだということだった。

 この短いやりとりでも、どれだけの人に伝えられるか、を細やかに考えているように感じた。それは、より多くの効果を求めるというのではなく、あとの対話なども含めて考えると、それは、そこから排除される人を減らす、という思考の姿勢だと思えた。

 だから、GDPという基準は、10年後には重要でなくなるといった話題も、希望につながることに聞こえたし、最後に、落合陽一氏からの「人類の最もチャーミングなところは?」という質問にも、

 人類は、ホモ・サピエンスだから、知恵だと思う。

 という答えだったけれど、それも含めて筋の通し方が、完璧だと思った。頭がいい人が、人間の知性へ信頼を置いているのは、明るいことだと思った。

配信での対話

 普段だったら、こうした配信のイベントには、申し込んだりするのが、面倒臭いこともあり、そんなに興味が持てなかったのだけど、今回は、オードリー・タン氏が登場するというので、申し込んだ。

 配信時間は、40分。
 オードリー・タン氏の話す速度は、この前、テレビで見た時よりも、早くなっているようだった。質問に対して、テレビの時よりもエンジンの出力をあげた対応にも感じたが、画面を通したせいか、威圧感は少なかった。

 あのスピードと情報量だと、もっと続くかと視聴者は思っているのに、オードリー・タン氏自身が、過不足なく伝えた、と思った時点で(推測ですが)、すっと話が終わった。話を始める時から、全体が見えているような印象だった。それは、事前の収録の可能性が高いから、そうなるのかもしれないが、話し方が正確だと思った。

 そして、マスクの対策についても、そのことの始まりの、最初のアプリの開発者の名前を何度もあげて、それを、どう生かしてきたのか、という話だったから、自分の自慢話ではなく、何が行われたのかを、より正確に伝える姿勢に感じた。それはフェアな印象だった。

 そして、テクノロジーは人間のためにある、という原則も繰り返していたように感じた。それは、個人的な偏見もあるものの、テクノロジーの人は、テクノロジーの普及が目的になりがちだと思ってきた。だけど、オードリー ・タン氏は、その普及も、人間のためにある、という目的をはずさないように思えた。つまり、目的と手段を間違えたり、いつのまにか手段が目的になってしまうことに気がつかないのではなく、常に目的を見失わない人に見えた。

 誰も切り捨てない。そのためにテクノロジーがある、といったことも繰り返していたように感じ、その言葉と矛盾しないように、対談相手の言葉に、まんべんなく対応しているように見えた。

 それでも、22世紀という語れない未来に関しては、分からないことは分からない、という前提を相手を否定しないように柔らかく表明しながらも、自分の姿勢は曲げないように見えた。同時に、親指を2本立てたり、1本立てたりして、画面でのやりとりだから、より分かりやすいように、相手に対する賛意を表明する手間を、惜しまないようにも見えた。

 こうした企画に、普段はあまりのらない妻も、一緒に配信を見た。それは、この前、テレビで見て、ちょっとしたファンのような感じになっていたせいだった。見終わった後に、感想を聞いたら、妻は「いろいろな人が聞いていることを、いつも思ってしゃべっているように見える」と言った。わたしも同じように感じていた。切り捨てない姿勢は、本気に思えたし、それが伝わっていることを、改めて感じた。

これからのこと

 こうした短い時間で、本当の意味で、どこまで分かったかは自信がない。
 だけど、画面を通してに過ぎないが、相手が話している時に、じっとこちらを見つめ続けるオードリー ・タン氏の目は、話している相手の思考の深くまで達しそうな気配で、どこか恐さも感じるくらいだった。

 それでも、30代の、こうした優秀な人を大臣にし、力を発揮させることができる台湾は、ちょっとうらやましくもなった。もしも、同じように優秀な人がいたとして、日本で、若くして、ふさわしい地位につくことができるだろうか。もしも、その地位についたとしても、十分に力を発揮できる環境が提供されるのだろうか。

 そんなことを想像しただけで、暗い気持ちになった。そんなことは、今はありそうもなかったからだ。これからは、日本で生まれて育ったとしても、優秀な人間は、国の外へ出ていくほうが自然だと感じたのは、人間は永遠に生きていけるわけもないし、その能力を発揮できる期間も限られているのだから、人類全体を考えたら、優秀な人間が、世界の中での適材適所でベストなタイミングで力を発揮し、そのことで、誰も切り捨てない未来を作っていくしかないと、思ったからだった。

 自分は、これから、そうした未来を作ろうとする人たちのことを、まずは邪魔しないこと。そして、いろいろなことを「理解」しようとしていくこと。近くで困っている人がいたら、なるべく「手を差し伸べること」を、沈んでいく日本という国で、続けるしかないのだろうと思うと、さらに暗くもなる。

 それでも、若くて優秀な人類がいることは、やっぱり希望になるし、その優秀な人が、少なくとも今の時点で、「誰も切り捨てない」という面倒くさいが重要な方向を選択しているように見えるのは、明るい気持ちにさせてくれた。

 それに、シンプルに、その話している姿を見ているのは、たとえば、ウサイン・ボルトが、100メートルを信じがたい加速で走りきっている姿を見るのと似たような気持ち良さは、確かにあった。



(他にも、いろいろと書いています↓。クリックして読んでいただければ、うれしいです)。

読書感想 『ゆるく考える』 東浩紀 「知性の力の、重要性」

テレビについて①「オードリー 若林正恭 バラエティをドキュメンタリーに近づける力」

「新世紀エヴァンゲリオン 地上波補完計画」についての短いレポート

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」③ 2020年5月 (有料マガジンです)。

いろいろなことを、考えてみました。

「スポーツについて」


#いま私にできること    #オードリー ・タン  #落合陽一

#新型コロナウイルス    #感染拡大防止  #マスク不足

#台湾    #IT担当大臣   #ズームバックオチアイ

#コロナ禍    #政策





記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。