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読書感想 『批評の教室』 北村紗衣 「批評の民主化のためのガイドブック」

 批評が、どういうものか、分からない。
 時に怖くもあって、文章を書くことはできたとしても、批評というジャンルは「頭のいい人たちだけのもの」という印象が強い。
 
 批評といわれる文章を読むと、評論との違いが、いつも分からず、ただ、それを学ぶことを考えただけでも、拒絶する壁のようなイメージが立ち上がり、気持ちがあとずさりしてしまっていた。

 それでも、何かについて書くことは、全て批評なのかもしれないと思いながらも、そこに近づくための目安が分からなかった。

 だから、「批評の教室」というタイトルだけで、気になっていた。そして「チョウのように読み、ハチのように書く」というサブタイトルは、少なくともこちらを向いてくれているような気もした。


『批評の教室 ー チョウのように読み、ハチのように書く』 北村紗衣

 本当は、部分だけ抜き取って読んで分かった気になるのは、あまりほめられたことではないのだけど、それでも、批評が怖い人間にとっては、まずは、ざっくりとでも、全体を見渡せるのは、ありがたい。

 批評というものは、何をするものなのでしょうか?これについてはややこしい議論がいろいろあるのですが、ものすごく雑にまとめると、作品の中から一見したところではよくわからないかもしれない隠れた意味を引き出すこと(解釈)と、その作品の位置づけや質がどういうものなのかを判断すること(価値づけ)が、批評が果たすべき大きな役割としてよくあげられるものだと思います。 

 そして、この文章で、一方的な感覚だけど、初心者の動機を促すような、(厳密さはありながらも)親切な本かもしれない、と思ってしまった。

 私が一番大事だと思っていて、繰り返しいろんなところで言っているのは、批評に触れた人が、読む前よりも対象とする作品や作者についてもっと興味深いと思ってくれればそれは良い批評だ、ということです。


文章読本

 文章がうまくなりたい、という素朴で、でも、どこか近道をしたいという卑しさも含めた気持ちがあるときに、「文章読本」という本が目に留まるように思う。

「文章読本」というタイトルは実はかなりあって、それを読んでいる間は、次に書く文章が上手くなっているような気持ちにもなれるのだけど、それが、本当に身になっているのかは、自信がない。

 そんなに多く読んでいないので、語る資格はないのかもしれないけれど、個人的には、この二冊の「文章読本」は、とても本質的なことを書いているように思った。

   ただ、こうした「文章読本」は自分の理解力の問題はあるのだと思うものの、ある程度の文章が書ける人向けであって、初心者にはハードルが高いように思えたのは、(自分の力不足を棚にあげた上で)、具体性を読み取れなかったのだと思う。


批評の民主化のためのガイドブック

   今回、自分にとって、さらにハードルが高いと思われる批評の本を手に取ったのは「教室」というタイトルもついていたせいもあったのだけど、冒頭に近い文章だけでなく、全体の構成も、「講義」のように順を踏んだ具体性に満ちているように思ったから、そこから先も読み進められたのだと思う。

 目次を見ても、それが伝わってくる気がする。

プロローグ 批評って何をするの?
第一章  精読する
1 精読とは?
2 精読のためにすべきこと
3 精読のためにすべきではないこと
第二章  分析する
1 批評理論とは?
2 タイムラインに起こしてみる
3 とりあえず図に描いてみる
4 価値づけする
第三章  書く
1 書き始める
2 切り口を提示し、分析する
3 書くためのテクニック
第四章 コミュニティをつくる  実践編
1 『あの夜、マイアミで』
2 『華麗なるギャツビー』
エピローグ
もっと学びたい人のための読書案内
参考文献

 このメニューに対して、誠実に取り組めば、確かに批評の入り口には立てるように思えた。

 同時に、それを継続することは、とても難しいことが想像できるし、その先に著者がいるのかもしれないが、それは、遠くてよく見えない気もした。


親切な具体性

 個人的には、これから気をつけよう、できたら実践しよう、と思えた具体的なことが、いくつもあった。

 作品にしっかり向き合うというのは、現実世界では不適切と思われるレベルの注意を虚構世界に向けるということです。(中略)現実世界では誰かの吸う息やら動きやらを観察し続けるなどというのはプライバシー侵害なのでやるべきではないことですが、芸術作品の鑑賞というのはこの「見つめていたい」の語り手がやっているレベルのストーキングが許され、むしろ評価される唯一の場です。  

 さらには、それほど言われないけれど、重要と思われる点も惜しみなく書かれている。

 性的な嗜好をシャットアウトして作品を見るのは難しいので、「自分の性的な嗜好が評価に影響を及ぼす可能性がある」ということを念頭に置いて作品を見たほうがおそらくはうまく批評ができます。 

 そして、様々なルールを紹介した後に、その例外までもあげているのは、とても「親切」だと改めて思えた。

 どうしてもやりたいと思えば、最初に基本情報もあらすじも出さずにいきなり自分の経験から書き始めてもいいですし、一文だけの段落を作ってもかまいません。「感動した」とか「面白かった」みたいなところから始めてもいいでしょう。「こういうことを書くと過激だと言われるのでは」とか「これは荒っぽすぎる分析では」という不安がよぎったとしても、自分の気持ちに正直に書けるという自信があり、かつ効果的に書けそうだという見込みがある時は、自分を信じて跳びましょう。向こう岸に着地できるか谷に落っこちるかはわかりませんが、自分の声を見つけるためには跳んで失敗する経験も必要です。


覚悟の継続

 著者の作品は、この本の以前にも、読んだ。

 私がディズニーを嫌いなのは、ディズニーはシンデレラや白雪姫など、人類共有の遺産としての民話や古典を再利用しまくることでお金を稼いできたのに、他のクリエイターにはなかなか自分の著作物を自由に使わせたがらないからです。

 こうした筋の通った指摘があるだけでなく、この本「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」の文章全体にも、どこか、怖さのようなものを感じる瞬間もあったのだけど、それは、自分の視点の差し出し方が、どこまでも本気であること。さらには、「批評の教室」の終盤に書かれていた覚悟を、著者自身が、継続しているせいだとも思えた。

 批評を書く時の覚悟として大事なのは、人に好かれたいという気持ちを捨てることです。


 もしかしたら、この覚悟の継続が、最も難しいことかもしれないけれど、私も含めて、アマチュアだとしても、こうして「何かについて書く」ということをしている人だったら、一度は読んだ方がいいと思える本です

 批評の初心者にとっては、「もっとも親切な本」の一冊であるのは、間違いないようにも思います。もしも、批評を始めたとしたら、すぐに役に立つアドバイスまで用意されています。

 批評をして楽しむことを覚えたばかりの時は、批評をしない楽しみ方がちょっと浅はかに見えてしまうことがあるかもしれませんが、そういう蔑視は禁物です。楽しみ方は人それぞれであるということを尊重しましょう。ただし、「批評なんてせずに何も考えずに見ればいいじゃないか」と言われた時には「批評をして掘り下げたほうが私は楽しいんです」と反論しましょう。 



(他にもいろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。





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