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読書感想 『いつまでも若いと思うなよ』 橋本治  「老いることの分からなさ」

 中年になって、これができなくなったこんなふうに衰えてきた、という話を、相手が笑うことを前提に、自虐的に語られてきた場面は、これまでにも数多く見てきた。

「老い」の種類

 それは、自分が歳を重ねてくると、屈折した自慢でもある場合も多いし、これから本当に老いていくことへの明確な予兆でもあるから、その怖さに対して、どこか目を背ける効果があるのではないか、とも分かってきた。

 その一方で、いくつになっても元気です、というような「スーパー高齢者」の人たちは、確かにいて、ただ、それはもちろん本人の努力はあるにしても、「寿命力」のような素質に恵まれているのではないか、と思って、自分のことのようには見られなかった。

 その一方で、「老い」に関して、とても正確に、誠実に伝えようとする人を見た。

 出演者の深澤真紀氏が50歳を過ぎてから、体調がすごく下り坂になった。入院も必要なことも少なくなかった。その話を苦労話としてではなく、正確に誠実に伝えようとしていた。

 それも、深澤氏は、自分自身は、元々の体の弱さもあるから、少数かもしれないけれど、元気な人ばかりではなく、そういうこともあると知ってほしい、という姿勢で語っている、とても貴重な時間だと思った。

 それは、年齢を重ねたら、体が衰えてくるのも自然なことだし、歳の取り方は人それぞれだと、伝えてくれているようにも感じた。

 そして、同じような印象を与えてくれた書籍があったことも、思い出した。

『いつまでも若いと思うなよ』 橋本治

 若さにしがみつき、老いはいつも他人事。どうして日本人は年を取るのが下手になったのだろうか――。バブル時の借金にあえぎ、過労で倒れて入院、数万人に一人の難病患者となった作家が、自らの「貧・病・老」を赤裸々に綴りながら、「老い」に馴れるためのヒントを伝授する。「楽な人生を送れば長生きする」「新しいことは知らなくて当然」「貧乏でも孤独でもいい」など、読めば肩の力が抜ける、老若男女のための年寄り入門。

 こうした紹介の言葉が、新潮社のホームページに載っていた。読後も、確かにそうした本であるのは間違いないと思った。それでも、ただの「年寄り入門」だけに留まっているわけでもなかった。

老いのアマチュア

 この書籍は、著者の橋本治が65歳になり「前期高齢者」となったことで、改めて「老い」について書いた本なのだけど、その前提条件から、独特でありながら正確な見定めがされていると思う。

誰もが「自分の老い」の前ではアマチュアなのです。

 自分以外の、先に生きている人間が、老いていくのは知っている(はず)。そして、そうした先人たちが「老い」に関して、膨大な記録や感想や印象を残している。だから、どこかで「老い」というものをわかった気になっている。(自分も含めて)

 そして、膨大なデータをもとに、自分が望んでいるような「老い」のモデルケースだけが目に入ったり、記憶に残ったりして、ただ、実際の自分の「老い」は、その望む形とは違ってくる。

 そのギャップで混乱しても、それに、どのように対応すればいいのか、たぶん、誰も分からない。

「若さ」の強要

 少し冷静に考えれば、現代の「望ましい老い」は、健康で元気という「まだ若い」状態だけが目標とされているように思う。

 「老い」れば、どれだけ気をつけても衰えてしまうのに、「介護予防」といった言葉も表に出ているということは、「介護が必要な状態」は、とにかく避けるべきという、密かだけど、はっきりとしたメッセージになっているようにも思う。

 それは、社会的にも「いつまでも若い」ことが強要されている一つの表れかもしれないが、同時に、個人的にも「どう老いるか」の本当の基準は(今は)ないのかもしれない。

 人間はその初めに「若い自分」という人格を作り上げて、その後は預金を少しずつ切り崩すように、自分から「若さ」を手放して行く(中略)「若い」という基準しか自分を計るものがないから、ついつい「まだ若い」になってしまう。

「人生100年時代」などと言われても、どうやって「老いる」のが理想的なのかは、おそらく、まだ分かっていない。

「年を取って改めて人生を考える」というモデルケースがなかったから、考えようがなかった----それが本当のところだと思う。

「老い」に慣れる

 平均寿命が、これだけ長くなったのは、人類史上初めてだから、昔の「年寄り」の話は、今で言えば、「まだ若い」年齢であることも多い。

 だから、これから先の未来は、個人的にも、社会的にも、「老いに関してはアマチュア」という意識を、改めて持った方がいいのかもしれない。

「老い」に馴れるのは、やっぱりそうそう簡単なことではないらしい。

 おそらくは、その混乱があるせいで、橋本治が指摘する、こういう状況が生じるのだろうと思う。

 「高齢者として認定されるのはいやだが、高齢者であることへの特典を受け入れるのはやぶさかではない」という人は世間にいくらでもいるので、そういう人達が「私を大事にしろ」と言い始めれば、高齢者問題は解決なんかしないでしょう。往生際が本当に悪い。
「老い」というのは人生の結果だから、「老い」のあり方は人それぞれによって違う。「どこら辺で年寄りになるか」も、人によって違う。誰でも年を取るということだけが共通して、その年の取り方はそれぞれに違う。「違う」のは当たり前だから、「一律に年寄り扱いするな!」と年寄りが怒るのも道理だが、そんなことよりも、「一律に年寄り扱いされても、違うものは違うんだからしょうがない」と、「一律扱い」の無効性を承知して、その「一律」を引き受ける方が素敵なような気がしますけどね。

 説明が難しいけれど、分からないまま納得してしまいそうになる、こうした見定めが、随所にあるので、「老い」に関しての類書とは違うことを、見せてくれるような気もする。

老人は「動かない」ではなくて、「考えている」なのだ。年を取ると条件反射的な動きが死んで行って、一々を脳の指令に頼る「脳化人間」になってしまう。

おすすめしたい人

 自分自身に「老い」を感じ始めた人には、特にお勧めしたいと思います。そして、おそらくは、読後の印象も、人によって違うはずですので、できたら、全部を読んでいただくと、「老い」に関して、さらに思考を深めていただけるのではないか、とも思います。

 もちろん、年齢に関わらず、若い方であっても、「老い」に関して考えたい人にも、おすすめできると思います。若い人だから、より理解が深くなる可能性があるような気がする。そんな書籍だとも思っています。




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