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10年ぶりの「制作確認」。

 その人は、とてもキラキラして見えた。

 美大在学中から、画廊の人が来て、すでに作品が買い上げられている、といった噂まで聞いた気がする。

 だから、学園祭のとき、大学のアトリエに作品を見に行ったときも、過去の作品もファイルにあって見せてもらったけれど、未来が明るい人が本当にいるんだ、と思ったことは覚えている。

 才能がある人は年齢も関係なく、早く注目されるし、実績を上げるのを初めて目の当たりにした気がした。


才能

 絵画の歴史は長い。

 そういう中で、ずっと人は絵を描き続けてきたのだろうけれど、それを作品として完成させ、しかも新しいものとして社会に認めさせるのは、とんでもなく難しいのは、ただの観客でも少しわかる気がする。

 だけど、その若い作家・伊藤雅恵は、それほど力むことなく、それを実現させているように見えた。

 大学の学園祭のときに見て、翌年には渋谷のBunkamuraのギャラリーで作品を展示し、その次の年にはVOCA展で賞もとった。渋谷にも、上野にも見に行った。

 なんだか、順調にいく人は、順調にいくんだと思った。

 同じ年には、「トーキョーワンダーウォール2008」でも受賞し、東京都庁にも見に行った。

 ただ、観客の勝手な視点からだと、最初に見た時はフレッシュで、翌年は、誰かの意図に応えすぎているように感じ、その翌年は、その制約を破ったように思え、都庁のときには、また違う壁に囲まれているように思った。

 20代前半に才能が認められ、賞も受賞し、そして絵画が販売もされるようになると、さまざまな人間の評価にもさらされ、そうしたことを無視することもできないだろうから、輝かしそうに見えて、観客からは想像できにくいような、大変さもあるかもしれないと、その作品の変化で感じていた。

 それは、勝手な感想なのだろうけれど、それから、しばらく名前を聞かなくなった。

再開

 私自身は、介護に専念する生活だったのだけれど、それでも美術館やギャラリーには時々行ったのは、気持ちが底の底まで落ちる前に、アートに少し支えられているような気もしていたからだった。

 そして、都庁で作品を見てから、4年後に、展覧会のハガキが届いた。最初の個展のとき、名前と住所を書いたから、コレクターでもなければ、美術関係者でもないのに、こうしてハガキが届くのだと思う。ありがたい。

 この時に見た伊藤の作品は、スピード感に加えて、重みが増しているようだった。記録を見ると2年間ほど作品を発表していない期間があったようだけど、その詳細は分からないものの、作品は4年前よりも確実に質が上がっているように思った。

 それは、ただの観客の感想だから、どれだけ正確かは分からないけれど、人は苦しんだとしても、自分で、そこを抜けるのだと思った。

伊藤雅恵はこれまでの抽象性をひそめ、自身や近しい友人をモデルに、何かに追われているような鬼気迫る形相や、大地を踏みしめ颯爽と歩く凛とした女の子が見せる、生命力溢れる一瞬のきらめきを、ほとばしるような筆致と極色彩で画面にとどめた。 
                 脇屋 佐起子(アートライター)

(「AI KOWADA」サイトより)

  このグループ展には4人の作家が作品を展示していて、それぞれの作家に対して、こうして文章が書かれていたが、伊藤に関しては、やはり変化があることは、プロの目から見ても明らかなのだと確認できたような気になった。

 それから、さらに10年ほどの年月が経った。
 個人的には19年間続いた介護生活が突然終わった。
 昼夜逆転の介護の時の生活リズムが少し修正できた頃、コロナ禍になった。

制作確認

 いろいろな事情があって、コロナ感染に関しては、注意深くしていて、外出を極端に減らし、人が多いところには行かないようにしたから、アートに接する機会は激減した。

 コロナ禍になってから3年が過ぎ、「5類移行」したとしても、感染に気をつける生活は続いていたものの、都内でもなるべく人と接することが少ない時間帯や、あまり人が密集しない場所で見られるアートは、少しずつ見る機会が増えてきた。

 そんな頃、2023年に、ハガキが届いた。
 伊藤雅恵 という文字があった。

 場所は大阪。経済的にも余裕がないし、まだ新幹線に乗って遠くへ移動するのは、感染を考えたら怖い。だから、行けない。

 だけど、そのハガキには、花が描かれていて、それは、約10年前と変わらないテーマだった。

 おそらく作家の年齢も40歳くらいになっているはずだけど、何しろ作品をつくり続け、しかも発表をしていること自体がうれしかった。

 もちろん、ただの他人で、展覧会で少しだけ話したことがある程度なのだけど、それでも、アートの才能がある人でも、続けること自体が難しいと言われているので、偉そうな表現になったら申し訳ないのだけど、観客として、今も制作を続けていることが確認できたので、その持続に関して、作家は大変なのは想像もできるものの、温かい気持ちになったのも事実だった。

 その個展は2023年9月28日から始まる。

死ぬまで芸術やりますか?

 すでに世界的なアーティストになった村上隆が、「死ぬまで芸術やりますか」という言葉を強調していた記憶がある。

 村上隆が主催する「GEISAI」のスタッフの着ているハッピにも、この「死ぬまで芸術やりますか?」という言葉があって、なんだかとても納得するような気持ちになっていた。

 才能がある人ほど、死ぬまで作品を作り続けてほしい。それは、もしかしたら観客の勝手な願望かもしれないし、そんな大きなお世話のようなことを言わなくても、作る人はずっと作って、死ぬまで制作を続けるのだろう。

 今回の個展にも行けない人間が、何か言う資格はないとは思うのの、伊藤雅恵のように、才能がある人ほど、ずっと作品をつくり続けてほしい、と思っている。




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