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【短編B完結③】のってきてもこなくても 後編

【企画】誰でもない誰かの話

#PJさん  の続編です

第一話「のってきてもこなくても 前編」
38ねこ猫
第二話 「のってきてもこなくても 中編」
#PJさん
第三話「のってきてもこなくても 後編」

夕焼けに包まれながら
僕が耳にした「がんばれよ」は
今も僕の記憶の中にある。

あの一言は、
苦しい時に必ず僕の中で
再生される。

僕はまだ新人なのに
異動になってしまった。

若い男が欲しい。
派遣先からの一言で僕に決まってしまった。

僕が勤める事務所は
地方のケーブルテレビ局に社員を派遣している。
地方とは言っても隣町だったから
引っ越しもせずにすんだ。

「ま、やってみろよ。
経験積んで帰ってこい。」
そう言って、篠田先輩は送り出してくれた。
みんなは先輩を”上から篠田”と呼んでいたけど、
不器用ながらも優しくてどんなに蹴られても
痛くはなかった。
先輩は僕が作りたい番組作りをしていて
一番の目標だ。

ケーブルテレビに異動が決まった時は
その仕事を近くで見られなくなることが
悔しくて切なかった。

先輩の横でカメラを回すのは
僕にとって一番の勉強になっていたのに。

「お前が行くケーブルテレビ、アーカイブ、
ネットに上げてるから必ずチェックする。
良い加減なもん作ったら殴りに行くからな」
女性とは思えない発言が多々あるけど
そんな物言いが、僕に勇気をくれた。
良い加減な仕事はしないけど
殴りに来て欲しいと何度か思った。
殴られたいわけじゃないけど
先輩ならどう編集するのか何度も考えたから。

「不安な時はLINEしな。相談乗る」
そんなことも言ってくれたから
頼ったこともあったけど、
先輩の教えをいつまでも頼りにしてはいけない。
いつも横にいてくれたあの頃とは違うから。


アイツがケーブルテレビで何をやっているのか
営業の秋元さんから聞いている。
秋元さんは暇なのか、度々私のところに来ては
アイツの話をするのだ。
「大島この前リポーターやってたよ。
がんばってるよ、リポーターもキャスターも
カメラもDもマスターもやらなきゃいけないけど
よくやってると思うよ」
最近、全くLINEが来ないのは
忙しいからか。
異動してすぐのころはよくきたのに。
「もし、戻ってきたらこっちでも
やらせましょう」
「篠田ちゃん、あと2年は戻せないよ。」
「そうですか。全然良いですよ。」
周りの人が噂をしているのを
耳にすることがある。
私がアイツがいなくなって勢いが半減してるとか
蹴りがなくなって丸くなったとか。
イライラの原因が無くなれば
そんなことはあるだろう。
すぐそばで、何食わぬ顔で追いついてきそうな
ヤツがいたら、誰だって焦りイラつくだろう。
アイツが、いなくなって半年、
私は張り合いなく、仕事をこなしている。
たまに見るケーブルテレビのアーカイブ。
アイツのカメラワークの編集しづらさを
思い出しては、懐かしんでいる。
そんなに昔じゃないのに。
そんなに長く過ごしたわけじゃないのに
すぐそばでカメラを振っていたアイツの姿が
私の遠い記憶になって寂しさを覚える。

リポーターやってる…。
アイツの人懐こい笑顔を久しぶりに見た。
楽しそうにやってる姿を見て
マスクの中
私の口角が上がるのを感じた。
なあ、たまにはLINEよこせよな。
別に仕事の相談じゃなくて良いんだからさ。


桜は風が吹き出すと撮りづらい。

カメラと三脚だけ持って、
桜の名所に来た。
地元の人がみんなで植えた千本桜。
種類も様々あるが、
ソメイヨシノが、八分咲きになっていて
それを中心に撮影する。
機材が重いけど、
事務所で鍛えてもらったおかげで
何のことはない。
風がない瞬間、アップで花を撮る。
そこじゃねーって蹴られることもなく
風景のVTR用にひたすら桜を撮影する。
ひと組、老夫婦が散歩している。
アクセントになるから、
その雰囲気を撮影した。

そういえば、去年、先輩と一緒にここに来た。
カメラの練習にちょうどいいから
回してみろって言われて
仕事らしい仕事を初めてやったのが
ここだった。
あの時はまだ、蹴ったりもせず、
丁寧に教えてくれたんだ。

1分くらいのVTRができる分だけ画が撮れた。
終わりだ。
三脚とカメラを持って車に向かう。

駐車場、見覚えのある車。白いノア。
考えることはみんな一緒か。
桜が綺麗な場所、ここに行き着いたんだろう。
きっと事務所の誰かだ。
撮影クルーを見た覚えがないから
これからなんだろう。


アイツと一緒にここに来たのを思い出す。
今年もやっぱり新人を連れてきた。
アイツみたいにこの新人も不器用だろうか。
桜が八分咲き。天気もいい。
良い撮影になりそうだ。

窓越しに三脚とカメラを担ぐ男が見えた。
ハイゼットに向かって歩いている。
自治体のロゴの貼られたドア。
役所の人間にしては服装がラフだ。
ポケットからキーを出そうとして、
引っ掛けて落とした。三脚を置いて拾う。
マヌケだ。まるで大島。
……あのメガネ…アイツだ。


「大島!」
聞き覚えのある声だ。
振り向くと、
缶コーヒーが飛んできた。
慌てて捕まえに行く。
カメラに当たらなくて良かったし
落とさなくて良かった。
ジョージアの青い缶。
事務所にいた頃よく飲んでいたコーヒー。
手の中に収まった
缶コーヒーをしばらく見ていた。
声のした方を見るのがもったいない。

「おい、ちゃんとやってんの?」
相変わらずの口の悪さ。
その顔を見てみた。
ショートボブの大きな目。
少し痩せたように見える。
「久しぶり。変わんないな、お前。」
「…先輩も。」
「なんだよ、元気ないじゃん。」
こんな偶然あるんだろうか。
たった半年なのに懐かしい。

半年前、僕は先輩に認めて欲しかった。
必死で追いつこうとしていた。
キャリアが全然違うし、
すぐには追いつけないのに。
背伸びしすぎていた
ふさわしくなりたくて
そんな自分は、今も同じだ。


半年前の私なら
絶対にコイツを認めなかった。
離れてしまったコイツのことが
私の怒りの原因のコイツのことが
気になって仕方がなかった。
ケーブルテレビのアーカイブ
見るたびに、追いつかれないように
って、自分の向上心を煽った。
離れていてもコイツの存在は
仕事の上で私にとって重要だった。


「何してんの?お前」
「何って仕事です。
先輩こそ
こんなとこで何してんですか?」
「私も仕事だよ。」
「寂しくて俺に会いにきたのかと思いました。」
「やっぱりバカだな。殴ろうか?」
「暴力反対」
「うるせー」
「また、蹴りましたね。
やめてくださいよ。」
「ヘラヘラすんな。」
「変わってませんね」
「は?」
「相変わらず怖いです」
「一回死ねよ」
「ひどいな。本当に。」
「…お前、絶対戻ってこいよ。」
「え」
「また、仕事しようって言ってんだよ」
「それって、俺のこと…」
「別にいいけど、嫌なら戻ってこなくても」
「それまで、先輩も頑張ってください」
「いや、お前に言われなくても…」
「俺、ここで頑張って、必ず戻ります。
だから、また、一緒に仕事しましょう。」
「そうだな、……。」
「笑った時の先輩の顔、好きです。」
「急になんだよ、キモ。」
「先輩は俺のこと、嫌いじゃないですよね?」
「嫌いだよ、バカ!じゃーな、おつかれ!」
「ははは。お疲れ様です。」

さようなら。
いつか、また会いましょう。

#短編小説 #オリジナル小説 #仕事
#異動 #広がれ世界 #誰でもない誰かの話
#二人の視点 #嫌い #PJさん
#みんなで作る物語

#PJさん
ご参加ありがとうございました!
今回、MVは、リンクしてません。
というのも、PJさん、完結したら
何やらワクワクすることを
考えてらっしゃるとか。
もともと、記事に曲をつけるという
難易度高いことをやってらっしゃって
わたしには、追いつけないな…と思っています。
#清世さん
のところから飛んできてくださいました。
「僕」君の視点で第二話を
爽やかに、真面目で誠実に
書いてくださいました。

あんなアホみたいな台詞を言う子が、
こんな誠実に描かれるなんて、恐縮です。

PJさん、「僕」を作ってくださり
ありがとうございました。

今回は二つの視点で書いてみました。

#ありがとうございました

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