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【短編B】のってきてもこなくても

【企画】誰でもない誰かの話


仕事って、なんだ。
自分がやりたいことができる仕事は
本当に幸せか。

もうだめだ。
追いつかれる。

わたしには嫌いな男がいる。

どんなに差をつけてもすぐに
近づいてくる。

何食わぬ顔でサラッとこなしてしまう。

「何撮ってんだよ、そこじゃねー!」
イライラして思わず蹴り付けてしまった。
できないやつじゃないし、
あながち間違いでもないが、
私が上であることを刷り込みたかった。

コイツは子供が美味しそうに
かき氷を食べているところを撮っていた。
間違いじゃない。
祭りの風景として、間違いじゃない。
私は
適当に雑観撮っておいてって
頼んだんだ。

「もう、良い。終わり」
自分は理不尽だと思っている。
「お前さ、サイズ悪いし、
ピント甘いんだよね。
やめれば?」
コイツが私に追いついてきていることに
イラついている。
「暑いから帰るよ」
カメラも三脚もコイツが担いでいる。
男なんだからやれよって思っている自分がいる。

帰りの車も運転させた。
カメラ倉庫に三脚をしまうアイツを置いて
編集室に向かった。

カメラを肩にかけて、編集室に
アイツが入ってきた。

「あの、コーラいりますか?」
ヘラヘラしている振る舞いに
イライラが爆発しそうだった。
私はコイツを蹴ったのに。
私がコーラ好きなことを知っていて腹が立つ。

「ピンが甘いって、心配なんで、
一緒にプレビューしてもいいですか?」
「お前、カメラマンになりたいの?」
確かディレクター志望のはず。
今の事務所にはカメラマンがいないから
仕方なくコイツがカメラ回してるだけのはず。

私の問いに
メガネを外して汗を拭きながら、
タオルで顔を覆って笑う。
「いや、俺、乱視で」
「は?先に言えよ!」
「今日、汗で眼鏡よく見えなくて、
で、心配だったんです。」
「ふざけんなよ!」
また、蹴ってしまった。
蹴っても何も言わずに、
編集機をいじっている。
「お前さ、アタシに恨みあんの?」
「無いですけど。」
こんなに蹴ってるのに。
「乱視でピント合うわけないじゃん」
編集機に移したデータを開く。
プレビュー画面で見たコイツの撮った映像は
「良かったー。
全部ピン合ってます。
俺、帰りまーす」
「お前、ふざけんなよ!」
サイズもいいし、
パーンも上手い。
ズームも、ズームアウトも
文句の付けようがない。
音声のレベルもしっかり合わせている。
「本当に、ふざけてる」

認めたくない。
コイツの腕を絶対に認めたくない。
「帰らないんですか?」
編集機でずっとプレビューしている私に
声をかけてくる。
「一緒に帰りましょうよ?
暑かったし、
今日くらい早く帰りましょう。」
「なんで?
なんで
お前と帰んなきゃなんないの?」
「だって、先帰ったら、
月曜日に怒りますよね?」
私の性格を把握している。
後片付け、させられるのが大嫌いだ。
「てか、お前、マイクとか片付けた?」
「やりましたよ。」
機材はすっかり綺麗に片付いている。
「やるな。」
「初めて褒めてくれましたね。」
からかわれてるようでムカついた。

コイツにのせられるわけじゃないけど、
ビルの裏口から一緒に帰った。
駐車場、見上げると夕焼け。
「明日も暑そうですね。」
ニコニコするのを見て
なぜか腹が立たなかった。
初めてだ。

「お前、がんばれよ」
呟くように言葉がこぼれ落ちた。
夕焼けに吸い込まれて消えたんだろう。
アイツにはとどかなかった。


せっかく、
認めた瞬間だったのに。


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