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【短編小説】キャミソール 第一話

ぱっとしない空模様の3月。
楓はIシティで友人と花見の約束をしていた。
職業訓練が午前中までだったため、
訓練所ちかくの公園に待ち合わせ、
ちょうど12時をすぎたころ友人はやってきた。
楓の友人論はこうである。
人の悪口を言わない、時間を守る。
20数年近く生きてきて疎遠になった友人も数多くいるが、
その友人は時間に遅れる場合は必ずメールをくれるし、
大幅に時間に遅れたことはいままでなかった。
なによりどうにかこうにかして人の悪口を言わない、
のらないその静かなる信念なるものが楓はとても気に入っていた。
「お待たせ~」
「昨日カレピとパリピしてマジプリマヴィスタって感じだったから遅れた~」
楓は彼氏ができないことにもどかしさを感じていたが、
ここまで突き抜けていると逆に心地よささえあった。


友人の通称は「キャミ」。
カリスマ的なゴッドでもなく、
ただ単にオールシーズンキャミソールしか着ないからみんなから「キャミ」と呼ばれていた。
キャミとは社会人になってから出会ったのでそれが大学からついたあだ名なのか社会に出てからなのかはわからないが、高校ではまた別の癖の強い名前で呼ばれていたに違いない。


楓は職業訓練後ということもありとてもお腹が空いていた。
身の上話はほどほどに近くのファミマでそれぞれおにぎり弁当を買った。
キャミは会うたびに男と仕事をころころ変えていた。
二人に共通していえることといえば「イケメンが好き」ということと「お金がない」ということくらい。
キャミはおにぎり弁当のほかにフルーツサンドをちゃっかり買っていた。
こういうところが男にもてるのだろうかとふと午前中にうけた職業訓練の自己分析なるものが頭をよぎる。
「自分もフルーツサンドされたい」
それを聞いたキャミは笑いながら一つしか入ってない唐揚げを一口で食べた。


キャミは男で男が好き。
今流行りのLGBTってやつだ。
そのうえHIV。
マイノリティなことは誰が見ても分かるがHIVだと打ち明けられたときは正直驚いた。
そんなディープな話を打ち明けてくれたことも友人でいられる要因なんだなとつくづく思う。
それを話してくれたとき、最近ではLGBTのTの後ろにQがついたり+がついたりするんだよってキャミが珍しく真顔な口調で教えてくれた。
早々に食べ終わったおにぎり弁当の空になったパックと2つに割られた箸を見て楓は考えていた。

LはレモンでGはグレープフルーツでBはブルーベリーTはなににしようかなというところでキャミがフルーツサンドを3分の1くらいくれた。
ぐちゃってなっててTはTポイントにしようと思った。
たしか420ポイントくらいあったから今度ウェルシアで一番甘いチョコでも買ってキャミにあげよう。


ファミマの近くの公園でご飯を食べた後、
公園にいる猫と少し遊んでから駅前の無印良品とGUに行った。
キャミは相変わらずスタイルがいい。
メンズでもレディースでもさらっと着こなす。
キャミはイヤリングと白いスキニ―を買い、
楓はGUで靴下を買った。
フードコートでさきほど買ったイヤリングをつけながらキャミがいった。
「これはあげないから」
「わかってるってば」
「ってかさこれのどこがお花見なわけ
さっきの公園グリーングリーンだったじゃない」
「それはごめん」
「そういうときはぴえんっていうのよ」
お花見というのはただの口実で楓は純粋にキャミの明るさに触れたかった。


楓の体調はかんばしくなかった。
メンタルクリニックは1か月に一度。
どっさり薬をもらえばよかったものが、
最近では主治医の判断で2週間に1回になった。
職業訓練にはいってるものの家での居心地は悪い。
親の無言のプレッシャーも非常にこたえる。
チュッパチャプスでも口にいれてyoutubuを見てゴロゴロしていたいが、
将来の不安や焦燥感で押しつぶされそうになる。
「ねぇ楓きいてる~神からのお告げ」
「ぴえん↑ぴえん↑ぴえーん↑↑↑
こんな感じ?」


キャミの前だとポップコーンみたいになれるのにな。
そのあと駅近のプリクラで「お花見ぴえん。」
「残念大会!」って書きまくって、
じゃお疲れっていってサクッと別れた。
別れ方が一番桜っぽかった気がする。
散るときは一瞬だ。

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