惑星に愛された乙女・終章・新感覚ファンタジー
1 翼竜アホタレ
翼竜アホタレの飛来が増えて、調査に行こうとする久美。グライダーは胴体へ羽をくっつけて保管されていた。
「出動準備」
合図で2対の羽が開く。砂利道へ続く広場が活動拠点。
「あれっ。ここへ来た」
空で旋回しながら降りて来る、鳥のようなもの。翼竜アホタレだ。正式には翼竜アルファ・テホゾー・クサクソタレ。
アホタレは白鳥のような羽を持つが、3本の爪が,翼竜の証として生える。長い足は太腿まで筋肉が付くように太い。飛べるのかと思うほど丸々とした体形。
久美が翼竜の降りた場所へ着くとアホタレは野菜の中へ頭を突っ込んで物色している。翼を折り、爪と足で立っているふうだ。首は器用に曲げられるらしいが、これだと、人間の肩ぐらいの背丈。
「このアホタレが」
3人の男性体形が捕らえようとするが、羽を広げてはじき返す。思い切り広げた羽は片翼2メートルぐらいか。当たりの野菜もなぎ倒した。
「ぐわっ」
アホタレが怒って首を引きあげて男たちへ顔を向ける。探していたミミズが嘴に挟まれたまま暴れている。野性動物は結構するどい目をしているし、相手は翼竜、まだ未知の生物だ。
「石をぶつけろ」
一人がいうと何人かが土の上から石を拾う。これで逃げるかな、と思う久美。石を投げる名手でもなければ、特殊な石でもないはず。
「危ないから。離れて」
アホタレの正面へ進み出る久美だが、石が翼竜の頭へいくつも飛ぶ。それを軽く避けると、がうっ、男たちへ遅いかかるアホタレの嘴。
「あぎゃっ」
悲鳴を上げて転がる。
慌てて逃げる者を、立ち上がり追うアホタレ。足が長く、人間の背丈より高い所で翼竜の灰色の毛が波打つ。
「待ちなさいよ」
久美は蛸鞭でアホタレの尻を叩く。短い尻尾に当たり、ぴくぴく跳ねる。
「はぅーっ」
翼竜は直接に手を上げた者へ憎しみも湧くらしい。足を不器用に動かして久美と相対する。
まわりでは救急ロボットが来て、怪我した者たちを運んでいく。
「あなたは。あの調査員」
人々はそのようなことも囁き合う。秘密にしたいが、半ば気づいてもいる者はいた。しかし、久美は今も相手をしている暇はない。
また何か仕掛けないか、とアホタレも様子をみる。おとなしく食事をさせれば文句もないだろう。
「害をなすものは成敗するしかないよね」
久美は短剣を抜き取り構える。これなら翼竜の腹に届くだろう。
アホタレは太陽に当たり光るものへ危険を感じたか、嘴で突き落とそうと、頭を突進させてくる。久美は翼竜の足元へ逃げて、腹を、しゅっ、と切った。深く刃が入り込んだが、毛がふわふわ落ちて来る。
「そうなのね。胴体はかなり細い。おっと」
鋭い足の爪を避けて、再び前へ移動しながら蛸鞭を構える。
どこへ逃げたか、探していたアホタレと目が合う。開く嘴に野菜を手づかみして突っ込む。
「はむっ」
条件反射で咥えるアホタレ。その隙に鞭で首を巻き付ける。
「ぐわっ」
アホタレはびっくりして振り払おうとする。
久美は引っ張り振り回す予定だが、首が長い。
「あわわっ」
久美は逆に振り回されて畑を転がる。勝ち誇ったように餌を漁るアホタレだが首をくねらせて頭を上げる。ハニャーの足が嘴に巻き付いている。
「はっにゃにゃ」
ハニャーも休憩中を邪魔されたらしく機嫌がわるい。大きく7本の足を広げる。
「7本足だ。あのハニャーだ」
騒ぐ外野は気にしない久美。弱点はどこか観察する。
「首の付け根か。それとも足を」
後ろから足を切る方法が現実的と思うが、生きて暴れるのをどうしたものかと考える。しかし、そんな場面でもない。
アホタレは首を巡らせ嘴を旋回させる。さすがにハニャーもするっと抜ける。
「厄介だよね。しかたないか」
スカートの襞から 殺獣スプラッシュ銃を取り出した。人体にも影響を与えるが、直接にかけなければ効かないし、自分も気分が悪くなる。
「顔か首は皮膚も見えるから、効果が期待できる」
射程範囲まで近づくが、アホタレが首を上げる。
追って、銃口を上へ向ける。
「きゅるるっ」
喉が鳴り、急に足を伸ばして羽ばたくアホタレ。射程内から遠く浮かび上がり、ぶしゃー、尻からシャワー状に液体を噴射。
「いま糞をするか」
久美は慌てて横へジャンプして避ける。この翼竜を一番に嫌う理由は、この腐った魚みたいな匂いをまき散らすから。だからクサクソタレと名付けられている。
「またやられた」
人々もざわめく。臭いも嫌だが、調べると病原菌も豊富に入っているという。前は世界中でも、忘れたころに被害がでていたが、最近は各地で被害が増えてきている。
久美はグライダーの方へ急いで、乗り込むが、アホタレはとっくにどこかへ飛んで行ったらしい。
「杏樹の仕業か。いや。何かを知っているかもしれない」
久美は、こっちから杏樹へ会いに行こう、と決める。
杏樹のいる岩場に近づくと、二頭のアホタレが離れた岩陰で休んでいる。やはり関係があるはず、と近づけば空から、ひゅーっ、と突風が吹き、魔進が舞い降りる。安寿は遠出をしていたらしい。
「久美か。わざわざ何の用だ。意味のない争いは無駄だよ」
「アホタレのことよ。二頭も飼っているのね」
睨むが、相手は知らない顔。
「勝手に来たんだが、とうとう卵を産んだらしい」
追っ払ってもくるし、留守の間に巣のように使っているようだ。
「始末しなさいよ。あなたなら簡単でしょ」
杏樹の剣と跳躍力だと、簡単に倒せると思う久美だが、首を振る杏樹。
「野生の奴は、動きを察知するのが上手い。胴体はなかなか切れないし、足は堅くて強い」
結局は分厚い毛が邪魔をするのだ。久美もタウンでは、切っ先が表面を切ったと気づく。
「すると、杏樹も持て余していると」
「このニューガイア大陸で共存できるなら構わないと思う」
生物には食の連鎖があり、環境も変化しながらも連鎖するとの主張だ。
「臭いのよ。それにタウンで人へ被害も出ている」
人類の生活を考える久美とは相いれない。
「だからさあ。生態を調べているから」
杏樹は諭すようにいう。
清潔好きなアホタレは、住処から離れて汚物を捨てるし、狭いパーソナルスペースだが、独占欲が強い。
「どこかで聞いたような話ね」
久美は海や森へゴミを捨てた原始時代を思い起こす。それで、自然を排除する独占欲の強さ。杏樹も頷く。
「惑星メタフォーへ来た人類と同じじゃん。さて、生き残れますかね」
「生存競争かしらね。別に人類は滅びないと思うけれど」
今のアホタレが脅威でもないと久美は思うが、杏樹が首を振る。色々と調べてもいるようだ。
「砂漠を知っているだろう。そこに集団でいる。約百頭はいるかな。それで卵も限りなく産んでいる。自然淘汰されると思うが、その前に人類がどうなるかだな」
「肉食なの」
久美は言うが、ミミズを咥えていたからあり得る。
「基本はそうだが、手当たり次第に何でも食べる。もし闘うとしたら、逆に攻撃されるだろうな」
確かに食べるよりも巣を守るのに命を懸ける野性生物。
「自然界なら天敵もあるでしょ。なにかいないの。ま、調べるけれど」
久美は思いついたら、自分で行動したいが、ここで杏樹が調べていたら早いと考えた。
「当然さ。漆の痒みは苦手らしい」
「それなら探してくる。ありがとうね。今日は帰るから」
久美も無駄な争いはしたくないが、杏樹が止める。
「あのなあ。一人で行動するなって。仲間を頼ることも必要なの」
「杏樹は仲間じゃないし」
「アホタレを追い返すことでは同じでしょ。そのあとどうするかは違うけれど」
いうと魔進に合図する。言葉とは別に電波で通信してもいる。魔進は翼竜たちに近づく。羽を揺さぶり、首を揺らせて威嚇するアホタレ。
魔進の胸が開いて、いくつもの小枝が飛び出してアホタレの毛にかかる。それを嘴で避けようとするが、痒くなると気づいたらしい。首と身体を震わせて振り払おうとするが、付着した液汁は取れるものではない。
アホタレたちは羽ばたき、洗い流せる場所を探して遠ざかる。
「うん、これか。それより。卵を破壊しよう」
久美は短剣を抜いて、大きな卵へ小走りで近づく。
「早まるな。二つ、注意したい」
杏樹が言う間にも足が痒くなり始める。どうやら漆の液汁が飛び散ったらしい。
「ほうら。皮膚治療薬はあるでしょ。それに、この卵は研究材料なの」
「研究。あわわっ、手も痒くなってきた」
「地球とは違うのよ、成分が空間へ浮遊するの。もう。クリーンアップシャワー」
杏樹が叫ぶと魔進が近づき後方からホースが出てくる。
「強力洗浄シャワーだから。特別に使うことを許す」
水がシャワー状に噴き出して久美をずぶ濡れにする。そのホースを手に取って、あっちこっちにかける久美。
「なんとか和らいだけれど。出す場所を考えてよ」
スカーフを絞り、顔を拭きながら言う久美。
「それより。見てみろ。面白いことが分かった」
杏樹が指さすのは、卵の置かれた地面。蟻みたいな像が何匹も群がっている。
「エレファント蟻。その鼻でなんでも壊す角の役目をする」
杏樹が説明する間にも、柔らかな卵は殻が破れて、とろとろと溶け出す。エレファント像は、鼻で吸ったり食べたりしている。
「哺乳類に恐竜の卵は食べられたという話もあったけれど」
アホタレの卵が安全に孵化を迎えるわけでもない。久美は何かのヒントになると感じた。
久美は身体を3回転して水分を払い落す。
「武器じゃなかったね。何をするものなの」
「掃除道具。蟻とかをひと吹きで退かせられるから」
それで、お尻から、と変に納得する久美。
「さて。アホタレ退治のヒントは見つかった。砂漠にいるのね」
「ほんとに、久美は。百頭ぐらいいるのよ。一人じゃ無理でしょ」
「それじゃ杏樹も行こうよ」
「だから。私は退治の立場じゃないの。あなったっていう人は」
あまり考えないというより、思考の途中を、端折って喋る久美に手こずっている杏樹。
「もう良い。勝手にすれば。とっておきの方法は、あなたにだけは教えないから。久美にだけはね」
何か含みを持たせるが、久美は気づかない。
「良い方法があるのね。それなら。どうしても協力させたい」
久美は短剣を構えて蛸の鞭も取り出す。ここは二人の仲で、力勝負しかないと思っている。
「面白いじゃん」
杏樹も剣を取り、両手で掴み構える。
久美が鞭で剣を巻き取ろうとする。
杏樹も予測していて除けると、片手で剣を持ち鞭を捕まえる。
「同じ手は通じないよ」
「握力もないでしょ」
久美は相手の剣と短剣を、がしっ、と合わせる。簡単に剣を手放さない杏樹。
「握力もこれぐらいは有るのよ。面倒だね」
杏樹は鞭を引っ張るが、久美が手放して、杏樹がよろける。
「観念しなさいね」
ぐっと近づき、相手の顔へ短剣の先を向けるが、杏樹は、くるりっ、と頭を回して後頭部からいく本もの針金が現れて、短剣を絡めとる。
「さすがっ」
感心する久美だが、短剣が引き抜けないまま、頭を回した杏樹が短剣を振り落とす。
「久美こそ観念して」
剣を大きく構えて襲おうとするが、久美が相手の手首を掴む。
「さあ。剣を離しなさいっよっ」
杏樹の手首を振り回す。身体を縮めてジャンプする杏樹。久美は吸い付くようにして剣の柄をもぎ取るが、からから、と転がって行く。
剣を無くした二人。光源砲と炎の玉が来る前に、久美は杏樹の襟首へ飛びつく。杏樹は久美のスカートをたくし上げる。
「ほかに何を持ってるの。さっさと捨てなさいね」
スカートの襞を調べる杏樹。
「見つけたよ。こうしてやる」
久美は光源砲の装置を見つけて、襟付きベストから引き剝がす。
「これは。こうしてやる」
簡易磁気発生装置を見つけた杏樹は、久美の足へくっつける。
「あわわわっ」
びりびりするが、ここは引き下がれない。杏樹のスカートのスリットを大きく寄せて開ける。
「仕返しよ」
磁気でぴくぴく震えながら、杏樹の両太腿を掴んだ。
「なっ。やめれっ」
「止めれ」
磁気発生装置は人体もロボットの内部も危ない。
やれやれ、と疲れた状態で、ぺたっ、と座る二人。こうしているときではないと、また悟る。
2 久美の恋、
久美が未知留に会ったのは思いがけない場所。惑星開拓管理室だ。この仕事では隣との交流もあり、vwxy計画の進行状況を調べるために来ていた。ロボットは停止し、人類は早めに夕食のために帰宅。久美も玄関で帰ろうとするときに未知留が来た。
「えっ、なんで」
そう言うつもりはないが、適切な言葉を探せない。何故か激しく動く心臓、分かっている、最近は未知留のことがいっつも気になり、ゆっくり会いたいと願っていた。
「近くにうちの管理室もあるから」
それで、なんの用事かは、はぐらかす。川で逢ってから話はした。両性具有の問題点を男性体形からを熱心に語っていたし、恋についての経験談は久美に焼きもちと、愛し合うことへ憧れを呼び覚まさせた。
「ちょっと、ゆっくり話したいね」
「どっち」
日本語として分かる表現ではあるが、ゆっくりしたいのか、ちょっとだけなのかと尋ねる。
「ええっ、あのっ」
普通じゃない状態を見透かされてなおさら焦る久美。ここで、どこかゆっくりできる場所を考える。
「そうだ、屋上。星がきれいだよ」
「良いよ。うちと同じ構造ならベンチとテーブルもあって、天体観測にぴったりだ」
言うと面白いというように笑う。
「おかしいですか」
どうも未知留の考えが分からない。
「太陽が沈まなければ星は見えないが、ゆっくり待てるなー」
ああ、そういうことか。それには、軽く笑って誤魔化す久美。
「あれ、夕焼けに頬が染まったね久美ちゃん」
「違うって」
確かに恥ずかしさか、未知留に会ってのぼせたのか顔が熱い。
そういうわけで屋上へ。ここは誰もこない、普通は。だが発見した、隣の管理室が見える。
「近いんだね」
ベンチに座り眺める外は未だ夕暮れに早い。未知留が向かいに座る、小さなテーブルは手を延ばせば肩を掴める距離だ。
「だからさ。見えたんだ、久美ちゃんが訪れるところ」
え、ええっ。それで逢いに来たと。何か答えたいが見つめられて俯く。
両性具有は女性体形だから成り立つ。精子を提供する女性体形はいないのは当然で、男性体形から提供すれば足りるのだ。
「やはり男女平等を、地球人はなにかと勘違いしたと」
「そう」短く答える。二つの驚きで、少し適切な言葉が探せない。今日はどうにかしている彼女。(俺)という表現は昔の記録ビデオでしか聞いたことがないし、新鮮だ。そして、ふと思った、元の男性に戻るのだろうか。
「私も、何かが足りない気がするの」
男女平等、ジェンダー、過去の悩みを解決するはずの両性具有。はたしてそれで良いのか。答えはvwxy計画と野性を取り戻した未知留たちが見つけるだろう。
未知留は席を立つと久美の左側へ座る。太陽が傾き、柔らかな光を正面に受ける。同じ方向を見つめるのが愛、久美は古い言葉を思いだす。
「あの、初めてじゃないから。私、いいよ」
未知留と秘め事をしたいと思い、考えていた台詞。なんで身体が震えるのか分からないけど。
「恋と遊びは別だよ」
身体を外へ向ける未知留。彼女は、なんでよ、と口には出せないで拳を作り握りしめる。
「なんか分からないけど、変なの。遊びじゃない、信じて」
泣き声になるのを止められない。遊びといっても一回だけだ。確かに未知留への思い、感情の動きは初めて経験する。
古代から男は女の初めての男性になりたがることも、久美は知らない。
「遊びで身体を許す女性には見えないさ、久美ちゃん」
ぐっと近づいて頂点の髪を撫でる。久美もなぜか震えは収まり、確かな暖かいなにかを感じた。そう、今まで求めていたものだ。
「もしかして初恋ってやつ。ごめんな、ちょっと久美のことからかいすぎた」
それに首を何度も振る。髪の毛が乱れて彼の顔にかかる。
「久美の」
あれっ、自分のこと名前で言っちゃった。
「最後の男性に」
うわー、とうとう言っちゃったよ。
「なってください」
彼をみつめる。もう戻れない。久美は両性具有の束縛から離れた。夕焼けが色づき、彼へ持たれる彼女の肩へ左手がかかり、未知留は右手で久美の前髪をかき上げる。彼女も今はこのまま、彼のぬくもりを感じてるだけで満足。
久美は街燈に照らされたドアを見つめて、未知留の厚く固い手を握る。覚悟はとっくにできている。
「こんな場所があるの」
四角の小屋みたいな建物で、緊急治療室と書かれていた。外で働く機会が増えたら必要になるらしい。
「なんの治療かは書かれてないから」
「そうね」応急処置が必要だよ、私。久美は心で呟く。
彼がドアを開けると中の照明がつく。中へ入るとベッドは当然、医療器具も並び薬の匂いも微かに残る。
ベッドへ歩く久美、「ここで、ねぇア、イヤッ」未知留が後ろから抱きしめた。開襟シャツの上から逆さのお茶碗を包む指先。彼も思いが溜まりすぎてる。彼女は両腕を上げて曲げると彼の頭を挟み、髪を撫でる。逆さのお茶碗を揉みしだかれ、胸で踊る彼の指を伏せ目でみつめる。なぜか、乱れてはいけない、と感じる。
もしかして、一人で快楽を求めるときは、気持ちを盛り上げようと意識して大げさに悶えるのか。
今は静かに奥深いところの塊が熱を持ち始め、徐々に興奮が高まりだす。
「待ってたんだ」
彼は彼女を半回転させると、背中をグイっと抱く。女の乱れた襟足から(丸く薄い布)もずれてるのがみえる。
「やさしくね」
ささやきながら彼の髪をまさぐる。目を伏せて、顔を彼へ向けると、柔らかな部分が唇に触れる。眩暈がする久美。これは自分自身で体験できないし、遊びでは感じない彼女自身の目覚め。もうどうされても良い。
久美の左のグミが露わになり、姿勢を変えて、右のグミも彼に食べてもらう。未知留の手によって(彼女そのまま)が照明に照らされて行き、白く輝く。
つま先へ落ちて邪魔になる厚い布、するすると彼が薄い布切れを剥がして彼女の膝へ下げる、もう脚も身体を支える力が抜けそう。久美は未知留の肩へ両手を置き支えにする。女の応接間へ訪れて欲しくて、林を彼の前に突き出す。彼の柔らかい鞭は応接間の扉をなぞり、彼女を期待させるが、焦らして上へ徐々に旋回しながら移ってゆく。
彼が(大きい頬っぺた)へ手をやり、松茸が暴れて彼女の臍へ当たる。柔らかい鞭はグミを弾き、久美のすべてを食べ尽くす。捕らわれた魚の彼女の身体はよじりくねる。
彼女の口びるを探し当てた柔らかい鞭。半分開いて受け入れる久美。林を松茸が散歩しているので息も荒くなる。それでも自分の柔らかい鞭を伸ばして、お互い絡めあう。
息が詰まるほどに交差して合わさる唇。彼女は左足を彼へ絡めて、松茸を林の奥へ誘おうとする。
「久美ちゃん、愛してるよ」唇をずらし囁く未知留、(彼女そのまま)の久美をお姫様だっこしてベッドへ仰向けにする。
「して、みちる、み、アー」
彼女は雌の猫のように喉を鳴らし、曲げて揃えた膝小僧を離して、イチジクの葉を足首までずらした。
そして、スイトピーの蕾の中へ彼が訪れてきて雌しべを求める。彼女は花びらで包み込んだ。
本当に恋した相手だから、すでに夢の世界にいる彼女。咲き乱れる花、蝶々が飛び交い、蜜を求める。いつもは花で、蝶々を待ち受け、蜜を吸われた感激がecstasy。
今日は蝶々になる。今日は蜜の美味しい花を探している。大きなチューリップを見つけて飛び込む。甘さが全身に広がり羽も蜜の中に沈む。
蕩ける、身体と心が蕩けてイク。
3 アホタレと美乙女戦士たちの戦い
タウンの建物の周りは5メートル幅の芝生で覆われる。テラスみたいな場所で、久美たちは椅子に座り仕事前の雑談をする。自由の利く仕事なので久美も参加することが多い。
「コスプレに興味があったの」
亜由美が、いつものように久美の服へ尋ねる。
「仕事着だけれど。しつこいね」
「だからさあ。くにゃ、って正体を知りたいの」
そこは誤魔化す久美。月乃は知らない顔で外を見ている。この前の翼竜が来た騒ぎで、ほとんどばれてもいる。
タウンの外へ出ては、奇想天外なことをするアニメがあるらしい。作者とモデルが誰か知りたい亜由美。とっくに予想は付いているという表情で月乃を窺いみる。
「月乃ってことは、すぐ予想できるって、知り合いなら」
「隠してるわけじゃないよ。ただねー、かなり脚色しているというか、想像」
久美の経験をアニメにしているらしい。モデルの本人から聞いてみたいのだ。
久美も鬱陶しい、と思いながら、心地よい空間を感じている。
「自然界って、人間社会よりは安全だね」
「奥が深いねー」
綾香がオレンジジュースを飲んでいう。
喉かな朝の時間。
畑の方でなにか騒ぐ声。
鳥の羽ばたく音。
アホタレが来た。
「頻繁に来るよね」久美は立ち上がる。
人を襲うという事例も発生しているから、ただ事ではない。杏樹の不安は予想より早く訪れた。
悲鳴と、追い返そうとする叫び声。
「がううっ」
アホタレは畑を踏み荒らしては、逃げる人々へ嘴で攻撃する。時間はない。久美は一歩道路へ出ると左手を挙げる。
「カムライタウエー。クイックリ」
グライダーはすぐに低空で飛んできた。
アホタレの頭上で、ちょっと上がるが、久美の頭上の低空で停まる。
「ががっ」
警戒するアホタレ。構っている暇はない。
グライダーの座席が、すー、と降りてきて、久美が座ると、すー、とグライダーへ吸い込まれて行く。
「やっぱり」
同級生たちは立ったまま、唖然と眺める。
久美は先ずアホタレを追い返そうと考えて、首の届くぎりぎりまで突進させる。
そしてグライダーの機首を、ぐぃっ、と上昇させる。
アホタレも自分より大きなモノが攻撃するのに危機を感じ、羽を広げると羽ばたく。
「逃がさないから」
後を追う久美。上空から追いつくと、排出口から、準備していた漆を落とす。アホタレの背中へ上手く乗っかった。
アホタレは嫌がるように身体をくねらせるが、野生では命あっての物種。スピードをあげて飛ぶ。
「追っ払っても、また来るよね。これじゃ」
なんとか仕留めたい。
山脈を越えて、砂漠へ向かうアホタレ。
岩場に群がるアホタレたち。すぐ近くの砂地ばかりの土地へアホタレが舞い降りると、ひっくり返り背中を擦り付ける。猫が日向でやっているような感じだ。痒いのを砂で洗い落したいらしい。
「短剣と鞭で仕留められるか」
グライダーから降りて考えるが、ゆっくりしている暇もない。アホタレが片方の羽を支えに起き上がる気配。
久美は殺獣スプラッシュ銃を取りだして構える。今はアホタレも油断している。
「頭か首か」
狙いやすい首元を狙って撃つ。ぷしゅっ、水流が勢いよく噴き出してアホタレへかかる。驚くが、奇声をあげて苦しみだすアホタレ。
「うへぇっ」久美も吐き気がして、気分がわるくなる。
やっぱり、簡単に使うわけにはいかないらしい。
アホタレは足から崩れて倒れる。
しばらく安静にする久美。ハニャーが砂地で足を伸ばしながら遊んでいるのが、なんとなく和ませる。
空から空気を割く音がして、魔進が降りて来る。
「深追いは禁物だよ」
杏樹が跳んできて言う。
「なんとかしないと。人間にも被害が出ているの。杏樹が何といっても、ここで、アホタレを退治するからね」
「無茶だねー。百頭を相手にどうする。それを考えてからにして。今回はタウンの外だと言ってられないのはわかるが」
まさに人類の危機。アホタレとの生存競争なのだ。
「そうか。迷ったときは」
久美は両手を広げて見上げる。太陽が眩しい。大きな声で呼びかける。
「サンシャイン、コラボレーション」
「何、それ」
杏樹が尋ねる。久美は聞かないふり。そのままで居ると、やがて閃く。
「月乃がアニメで使っている台詞。真似してみたの。うん。有った。アホタレを始末する方法を見つけた」
「ふーん。なるほど」
杏樹は何かの解答を待つような表情。久美も杏樹が言っていた考えを思い起こす。
「私のアイデアが絶対いいから。なんと。あのアミバだよ。アホタレをみんな食べさせちゃえ」
「ご名答。さすが本家クニャ」
杏樹はアミバを使おうと考えていたらしい。
「そういう呼び方はねー。ただでも童顔なのに」
いがいと気にしてはいる久美。
しかし、お喋りをしている暇はない。久美はアミバの場所を探すより、と考える。
「杏樹。まだアミバはいるんでしょ。持ってきてくれない」
「10匹、20匹じゃ、埒があかないよ」
普通のアミバは小さい。大型生物を消化するには時間もかかるし、その間に振り落とされる。
久美は短剣を取って構える。
「それでも良い。タウンへ来たのを一頭づつ片づける。もう、決着をつける。私のいうことに従ってもらうよ」
「それを仲間へ言えば良いのにね。だから、良いことを教える前に、誰が強いか決めよう」
杏樹も剣を取る。
その二人の間へ棒が突き刺す。
アーチェリーの矢だ。上を見上げる二人。通り過ぎたグライダーが降りて来るが、また近づく一機が低空で留まり、座席が降りてくる。イーシナゲルだ。
「また遊んでるの。そろそろ準備できたわよ」
即時翻訳カードは胸ポケットでいつもオンになっている。
「急だから。ちゃんと予定を立ててよ」
ユミヤが駆けつけて言う。最初にグライダーに乗っていたらしい。状況を飲み込めない久美。しかし、柔軟な考えをする。
「ちょうど良かった。アミバを集めたいの」
「準備万端。もうすぐ網をかけに来るから」
さすがに久美もついていけない。杏樹は説明する。
「ほかの仲間はアミバを集めてタウンのアホタレを駆除する準備をしていたの。それを久美が突っ走るから、急いで駆け付けて、作戦を実行することになっている」
「内緒にしてたのね」
半ば気分を害した久美だが、杏樹は、それがどうした、という顔。
「久美にだけは、と言ったからね。ほかの人には教える」
「出し惜しみする人は嫌いだー」
それどころではない、とユミヤ。
「始めましょ。久美、Start exterminatingを押して」
端末を差し出す。
「私が。良いけれど。駆除開始でしょ」
駆除着手の合図だ。久美も早く処理したい、気軽に押した。今は経緯の説明より先にやることがある。
アホタレの群れへ10機のグライダーが横一列で近づく。網目の荒い鉄だろうか、垂れ下げる。ぐーん、と網の長さは伸びてアホタレたちへ覆いかぶさる。アホタレたちは慌てるが網にひっかかり飛ぶのを邪魔される。
次の10機がアホタレの頭上を通過してアミバをまき落とす。
また10機が来てアミバをまき散らす。網を被せた10機も参戦。アミバの薄い緑で一面が覆われる。
シーナゲルがユミヤに合図する。
「行こうか。危ないけれど、弱っているはずよ」
久美は話を聞いている間にも、アホタレが網から抜けるのを見つける。
「この阿保たれが」
短剣を構えて走り出す。苦しそうに羽を動かすアホタレ。近づくが足はよろよろとして、中へ入りにくい。
「首しかないでしょ。今ならやれる」
杏樹がいうと、思い切りアホタレの首元へ切りつける。
「ジャンプしたら良いじゃん」
「手本を見せたの」
しかし、話している間はない。逃げ出す数も多い。久美は対抗する。ジャンプして逃げるアホタレの尻を切りつける。ここも羽は少ないようだ。糞をするための出っ張った肉部分があるのを発見する。
「お尻だよ。後ろからやっちゃえ」
大声で叫ぶ。
「これは楽だね」
ユミヤが答える。
グライダーから降りた仲間も参戦。
動くアホタレの姿はもういない。
「自然界も科学も使い方が良ければ、役には立つね」
久美は短剣を収めて言う。脊椎動物の赤い血が岩場の砂に染み込む。
「こりゃ、凄いや」
戦争はお互いに血を流すもの。緊急治療スプレーを使う仲間もいる。
「人間同士でやっちゃったんだ。地球の人類は」
久美は、何のために戦争をしたか知らない。ただ、間違いなく、同じ人類の誰かが血を流すのが戦争だと思う。
杏樹がいつの間に惑星調査チームに取り入ったか、久美は分からないが、当然のように振舞い、輪になり何か話している。
「久美。もう一回、あれをして」
杏樹が近づき言う。みんなも興味深そうに久美を囲む。
「みんな大変だったね」
みんなが、返り血を帯びて、赤い模様が見える。
「久美もだよ」
イーシナゲルが足を曲げながら言う。
「捻挫でもしたんだね。腫れている」
久美が近づくと、暑いところが好きなハニャーがイーシナゲルの赤く腫れた足首へ足を伸ばして包む。
「へえっ。ここでこんなに冷たい」
イーシナゲルは、薬より即効性がある、と驚くが、笑顔で言う。
「それより。あれ。手を広げてナントカ」
「知っているのね。あのアニメ人気があるのかしら」
月乃のファンなら、と両手を広げる。短剣を持ちすぎて怠い。深呼吸で気 合を入れて、大きく両手を挙げて開く。
「サンシャイン、コラボレーション」
すると周りも真似て両手を広げて唱える。
「Sunshine、collaboration」
ちょっと正確な意味ではないが、ちゃんと英語に翻訳しているし、久美より上手な発音だ。
それは置いておいといて、久美は閃くなにかを感じる。
「使われてない土地」
どこでも動植物はいる。この砂漠か。北極、南極。どっちにしても住みやすそうにない。
「タウン。えっ。有るのかな」
捨てられたタウンなら有る。しかし、使われてない、となれば。
「あっ。有った」
叫ぶ久美だが、杏樹にばれてはいけないと、黙る。決まれば探しに行きたい。グライダーを呼ぶ。
たまらずユミヤが声をかける。
「久美。ちょっとは休憩したら。何かあるときは連絡してよ」
「わかった。正直なところ、汚れた服も着替えたいしね」
話しながらも自分のグライダーへ釣り上げられて行く。
「まったく。あれがリーダーで良いのか」
杏樹が尋ねる。イシナーグは笑顔で答える。
「久美は先駆者。気遣いもできるしね。私たちはリーダーのあとを追う」
それなら、と杏樹は魔進を呼ぶと跳び乗る。
「また翼竜とかが来るかもしれない。一番厄介な人間の未来は任せる」
言うと、魔進はぐいっ、と上を向き、手足を収めると浮き上がり、しゅーっ、と大空へ飛んでいく。惑星メタフォーの太陽が、大地を熱く見守っていた。
4 幻のタウン『kizuna』
久美はネットで検索している。新しい服も届いたし、外へもでてない。
「やはり、グライダーで探すか」
未だ到着していない宇宙船を考えたのだ。しかし、どこへ着地するのかが分からない。到着していない宇宙船も多すぎる。
「検索の仕方を間違えたか。惑星の航空写真はないかな」
10キロメートル四方の空き地。草原になっているかもしれない平坦な土地。
「見分けが付きにくいけれど。ひとつづつ調べるか」
拡大するとぼやける映像を眺めて呟く。
そのとき、pyupyapyoタウンの近くが映される。
「ここなら分かる。あれっ」
海へ行くときに上を飛んで行った草原だ。植物群はハーブ系の群落が広がり、タウンと同じだ、と興味もなかった。
「ここなら。かえって可能性がある。このタウンから距離も、たぶん5キロメートル」
隣のタウンになるはずだった、と予想する。
「わたしゃばかだねー」
砂利道の向こうにタウンがあるか、調べれば早かったのかも。ともあれ、間違いないと確信した。
早速とグライダーで草原へ向かう。海岸線が森に見え隠れする。思い込むと、なにやら四角い草原に思える。
「どこへ着陸するかな」
太陽に照らされて、星みたいに小さく光るものがある。その近くへグライダーを着陸させた。
今のところ大型動物は出てこない。月桃の茂みに囲まれた発行物体が何か、確かめようと近づく。
「錆ついた金属か」
月桃が生えるのを邪魔するような2メートル四方の場所。コンクリートで固定された感じ。それに文字が刻まれている。
『Planned site for the town/kizuna』
「kizunaタウンの予定地か。ここだ」
探していた居場所を見つけた思い。
ハニャーは、熱いところだ、と鉄板に足を伸ばす。
久美も人差し指で触れてみる。
「あちっ」
熱いっ。思わず手を引っ込める。そして考える。
「遅れて到着してくるか。確か事故とかあった宇宙船は」
さっきまでネットで調べていた記憶を辿る。
「そうか。来ないのか」
事故に遭ったと思いだす。
やっと着陸した人類。
何を始めようとしているのか。
旅立った時の理想を忘れてしまったのか。
否、人類は未だ欲望を制御できない。
それで。
何を始めようとしているのか。
「ここへ、本当に幸せになれるタウンを作るからね。一緒にだよ」
もう一度鉄板を撫でる。
熱さが、戻らない宇宙船の人々の情熱に思えた。
風を切る音がして、月桃の林から外を見ると魔進が降りて来る。
「今度は譲れない」
久美は短剣と鞭を手に、林から飛び出す。
「相変わらず元気だね」
杏樹が笑って言う。
「ここはタウン予定地だもんね。邪魔はさせないから」
「一人じゃ何もならないって言ったでしょ。準備もあるから」
「後から揃えるわよ」
「それじゃあ。とりあえずトイレは。アホタレみたいに垂れ流すの」
「あっ。それね。浄化槽も必要か」
「さすが、一を聞けば十を知る。一人じゃ無理な作業をどうする」
「わかった。ふーん、なるほど。良いわけだね」
久美は杏樹も口を挟めないと決めた。そこは頭の回転が良いというか、自分の都合の良い解釈をする。
「前から言ってるでしょ。一人じゃ微力。だからタウンは作れないの」
「タウンを作ると気づいたのね。友達ぐらい。なんとか、作っていくわよ」
杏樹は、やれやれ、と困った顔。
「声をかければ同意する人はいると思う。ま。久美が動けば良いだけかも」
「先ずは準備とかをする。トイレなら、家みたいな建物も必要か」
ちょっと大変なことだと久美も気づく。
「だからさ。協力して家を作る。久美は、やるよ、と声をかければ良いだけ」
「そういうものなの。一応ここを調べてからだよ」
久美は短剣と鞭を持ったままだと気づいて、収める。
翌日から久美は、道具を調達する。kizunaタウンへの砂利道が通れるかも調べないとならない。タウン建設予定地の鉄板の有る場所を仮設テントで囲み、作業諸点にしたいのだ。それぐらいは一人でできると考えた。
「やるよ、だけで良いのかなー。とりあえず一人で住んで証明すればね」
タウンの外へ行きたい者も現れると思っている。
5 泥棒と蜘蛛の糸
久美はテラスで同級生たちと座る。アホタレ退治のことは知れ渡っていた。月乃が饒舌になり、久美の代わりに喋る。
「もうばれてるけれどさ。アホタレ退治をアニメにすると、スケールの大きな話になる予定」
さすがに公の事件をアニメにするには、もっと刺激的にしたいようだ。
「そこで翼竜の国をハニャとクニャが貰うって感じ。外へ出たがってるし久美も」
久美が外へ興味があるのはみんな知っている。
「うん。タウン予定地がある。住めるんじゃないかな」
「住むとなるとね。ここが安全じゃないのかな」
綾香が冒険だと不安な顔。
そこへ隣のテーブルで騒ぎが起こる。
「何でよ」綾香は倒れてきた男性体形に突き飛ばされる。
「前言撤回だあ」起き上がりながら叫んだ。
何事だと周りも注目する。
5人の男性体形が、なにか口論していた。
「トランプの賭け事で喧嘩になっているみたい」
亜由美が険悪な状況を注視していたらしい。いかさまをしたとか、グルで嵌めた、などと言い合う。
お金が絡むと、欲望の虜になるらしい。一人の男が宥めながらテーブルの紙幣をかき集める。
「冷静な人もいるね」
久美は、未だ人類も救えると思ったが、紙幣を集めた人はテラスから走って外へでる。
「あっ。泥棒」喧嘩していた連中が気づいて叫んだ。
久美も、前言撤回、と叫んでテラスから外へ出る
逃げる人が兎車を猛スピードで発射させる。悲鳴が起こり、ぶつかった通行人が倒れる。アホタレより手に負えない。
「久美。人は騙したり、抵抗するから危ないよ」
月乃が声をかける。
「警察に任せるか。と言ってられないね」
久美は、すでに第4環状線へついたはずの犯人が砂利道を上手く運転できると思えない。
久美は、またグライダーへ釣り上げられる場面を見せることになったが、気にしていられない。
広場から砂利道へ続く道。すぐに、横転している兎車を発見する。追いかけたいくつかの兎車が停まり、犯人を捜している。
グライダーから、すーっ、と降りる久美。
「砂利道へは追って行ったから」
「林へ逃げたはずだ」
口々に久美へ教える。すでに調査員がなにかしてくれると思っているらしい。
「危ないなー。ここから出ちゃうと。怪我しちゃってると思う」
野ばらの棘が邪魔をするが、ここを抜けたらしく、紙幣が棘にかかている。久美は短剣で枝を切ると、足元を確かめながら進む。
2メートルぐらいの高さで急な坂の岩場がある。ここから上ったのだろう。窪みや出っ張りを伝って久美は上る。途中までついてきた何人かは岩を上れずに見上げるだけだ。
まばらに雑草が顔を出す迷路みたいな岩が立ち、平らでクローバーが生える場所がある。そこへ座り込む犯人。紙幣を数えていたが、久美に気づく。
「俺の金だ。隣のタウンまで逃げてやる」
立ち上がり走り出す。
「危険だってば。怪我も治してあげる」
久美は消毒スプレーを構えて追いかける。前にバナナの太い幹が並ぶ。
「危ない。猫に襲われるよ」
杏樹が犯人の前へ立ちふさがるが、見えてない。
「うるさい」犯人は杏樹を突き飛ばす。バランスを失い倒れる杏樹。
「足腰をもっと鍛えなさいよ」
久美は喋りながら、追う。
そこで犯人へ襲い掛かる一匹の猫。悲鳴を上げながら追い払おうとするが、地に落ちては飛び掛かる猫。
久美は鞭を取り出して猫を叩く。その隙に犯人はバナナの木の間へ隠れた。
猫は久美が相手だ、と襲い掛かる。左手を曲げて前にだして、見つめる久美。
「スピン、スマッシュ」3回転すると、鞭が風を切り呻る。
「ごにゃっ」猫が悲鳴をあげて弾かれる。
一点集中の効果か、目が回るのも軽減されて鞭を構える久美。猫は立つが前足を、くにっ、と曲げる。弾かれたときに捻ったか。
「メディカルラッピング噴射」
久美は液状の薬を筒から発射する。猫は逃げるが、前足が怪我をして動きは鈍い。しゅわっ、と猫の足にメディカルラッピングの液体がかかり、薄い膜を作る。
「にゃんぎゃ、にゃんぎゃ」
猫は慌てるが、ちょっとして動きが止まる。怪我をした足が楽になったのだろう。
眺めていた杏樹が声をかける。
「あれを見てみなさい。危ないよ」
指さす方をみると、もう一匹の猫がようすを窺っている。その後ろに何匹かの子猫がうずくまる。
「子猫を守っていると」
「近づくなよ。猫は命がけだから」
「わかった。それより」
久美はバナナの木に持たれて顔を覆う男へ近づく。
「怪我はしなかった。消毒治療薬があるから」
「有難い。早くしてくれ」
男は頬や手の甲に傷があり血が滲む。赤く染まる紙幣は握ったまま。
久美は治療を受けて和らぐ顔の男に安心もする。
「タウンで、ちゃんとした治療は必要だよ。もう自然界って危ないんだから」
「そうかい。ところでタウンへはどこへ行けばいいんだ」
「さっきの岩場はねー」
久美は見回して緩やかな坂になる方を指さす。ちょっと猫たちから離れて行けば大丈夫だろう。
「あそこは遠回りだけれど。あの坂から戻れるよ。守ってあげるから」
指さす久美。男は一度見てから、突然に久美を突き倒す。
「騙されるか。あばよ」
捨て台詞で反対へ走って逃げる。
杏樹が、しゅっ、と男の前へ来た。
「崖だよ。危ない」
「またか。参った。降参だ」
諦めた風の男。久美も駆け寄る。
「今度逃げたら怒るから。でも良かったね」
それに杏樹が近づく。
「こういうのは鞭で縛った方が良い。反省した真似だろう」
「滅相もない。二人には世話になった」
男は紙幣をホットパンツの中に押し込んで言うが、突然に久美の両手首を掴む。
「そこのデカパイおとなしくしろ。さあ一緒に逃げるんだ」
男は久美を人質にしたつもりだ。走りだすのに引きずられる久美。
「崖だってば」杏樹が焦って叫ぶ。
話し終わらない間に男が、ぅわっ、と驚き、落ちる。
「あわわわっ」久美も引っ張られて落ちる。
蜘蛛の糸が張り巡らされて、そこへ落ちた二人。男は焦り這いずりまわり、糸が絡んでくる。
「慌てないの。余計からまるよ」
いうとグライダーから座席を降ろさせる。
「さあ、乗って。このまま砂利道まで連れて行かせるから」
男はパニックになって、身動きできないぐらい糸に包まれて、悲鳴を上げる。
「蜘蛛だっ。くもだあー」
久美も巨大蜘蛛が崖の壁から降りて近づくのに気づく。
「もう。早く乗れっ。ハニャ連れて行って」
安全ベルトの代わりにハニャが巻き付き、すーつ、と上がっていく。
「さて。大丈夫かな」
久美は短剣を取って構える。多分、糸を吐くだろう、防げるか。足元が軟で回転はできない。下手に暴れたら、糸が千切れて下へ落ちるはず。余計に歓迎しないこと。
蜘蛛は口を、くわっくわっ、開けて白い泡を丸める。糸の玉だ。
「なんだっ」
久美は頭上から被さる新たな敵へ警戒するが、魔進の網だ。
「人が一番恐いんだから。分かったでしょ」
杏樹がいうと、ぐるーん、と網を回転させる魔進。ぶしゅっ、蜘蛛の吐く糸が網にかかった。
くいくい、と魔進が網を引きあげる。
野ばらの前で魔進の網は降ろされる。杏樹がチャックを上へ開ける。
「久美は、もう。悪人を信じすぎ。ほら、早くタウンエリアへ戻って」
「ありがとうね。でも人を信じたいの」
「それならもっと強くなりなさいね」
杏樹はいうと魔進に乗り、跳んで去っていく。
野ばらの隙間から大勢に人が集まっているのが見える。宙に浮いたグライダから降ろされた男は座席に座ったままだ。ハニャーが巻き付いて離れないらしい。聞き取りをしているのは警察官だろう。
さっき拓けた場所から出る久美。
「ハニャ放して」
声をかけるとハニャーは足を縮めて、ぴょんぴょん、跳ねてきた。
「久美。危ないことしないで」
琴音が駆け寄り困惑した顔。
「わかった。でも友達が助けたから」
「そうか。友達って、あれかい。ま。良いよ」
琴音としては、月乃も『友達』とは言わない久美の考えを理解している。
「うん。もしかして、もっと軽い気持ちで、友達と呼んで良いのかって」
同級生も友達でいいのかと久美は思うようになった。すると、月乃は親友と呼ぶべきか。
「それより。あれは」
久美は糸に巻かれた男へ近づく。
「肌が溶けてない。そういうのもあるのがメタフォーの生物だから」
男は首を振るが、頷く。
「痺れて。なんとかしてくれ」
身動き取れないし、痙攣させる成分が蜘蛛の糸にあるのだろう。久美は短剣を取り出して、糸の塊を削りながら剥がしていく。
粘り気があり、何層にも重なっている。
「料理包丁か、医療メスを持ってないかしら」
集まる群衆へ訪ねる。短剣では身体を傷付ける恐れがある。
「刺身包丁なら」
騒ぎで、ここへ来ていたらしい未知留が差し出すが、そのまま蜘蛛の糸へ触れる。
「久美ちゃんは、使い慣れないだろう。俺が切るから」
いうと手際よく切りさばいていく。
「安心した。ありがとうね。それじゃ、友達を待たせてあるから」
グライダーへ釣り上げてもらう。
「いや、そうじゃなくて」
未知留の言葉は、すでに足の下から聞こえる。
久美は、ちょっと恥ずかしさもあるのだ。
広場へ戻りグライダーの収納庫へ納める。そこへ、ぱたぱた、と急ぎ足でくる人々。月乃と何人かの同級生だ。
「さっきのお喋りの続きをしよう。でも、なんでここにいるの」
久美は大騒ぎになっている自覚がない。
「見てないでしょ。あそこへ行ってたんだよ」
亜由美が、呆れたふうに話す。心配してみんなで駆け付けたらしい。それより、と綾香。
「あの男は知り合いなの。くみちゃんとか」
「べつに。あのさ。そういう呼び方もするひとがいるはず」
「ほほう、例の王子さまとか」
月乃は予想が付くと頷く。さすがに、ちょっと恥じらう久美に、年頃の同級生も、なにか特別な関係と気づくのは当然だった。
6 新天地への旅立ち
久美はソーラーカーを借りることもできた。
「調査で必要と言ったら、すぐ借りられた」
いつものようにテラスで同級生たちに話す。半ばは月乃が、久美の状況を説明する感じ。
「すぐに永住は無理と思うけれど、半日ぐらい生活するのも楽しいかも」
興味はあるが、不安も多い同級生たち。この前の事件で、タウンの生活に嫌気が差したのも間違いはない。
亜由美が、ちょっと警戒して話す。
「今じゃないかも知れないけれど。いつかタウンのシステムが動かなくなるのは気づいてもいるよね」
タウンでは禁句になっている。不安を煽るという理由らしい。
「ちゃんと準備とかできたらね」
それがみんなの思うこと。荒れ地の草原へ何も持たずに行くには勇気も必要だ。
久美にとっては、それはそれで良い。行動するだけだ。後ろ向きなほかの意見に興味はないのが久美。
月乃は久美が飽きてきているのも感じる。
「遠足のテントみたいなのができたら、考えよう。可愛い飾りが売られてたよ」
お金も良い面があり、遠いタウンの珍しいのが手に入る。経済はわるいばかりでもないらしい。
飾りといってもいろいろある、と盛り上がるところへ、荒っぽい声がかかる。
「楽しそうだなあ」
3人の男が立って、何故か肩を揺らしている。真ん中のひょったん顔の男が前に出る。
「お姉ちゃんたち。取引きしようぜ。一人でいいから俺たちと遊ばせろ。金はくれてやるぜ」
「いきなりなんですか」
亜由美が立ち上がり抗議する。やはり、リーダーだ。
「こいつで良いや」
後ろの、鼻の下が長い馬面男とカバに似た口のカバ男が囃すように言う。
「決まりだな。来いよ」
ホットパンツに隠していたハサミを取り出して、亜由美へ向ける。
「そ。それは」怯える亜由美。
久美が立ち上がり間へ入る。
「あの。刃物は危ないよ。タウン条例違反だと思う」
刃物とかを人へ向けるのは禁止されている。しかし、ひょうたん男は余計に満足したようだ。
「よーし。お前も来い」
「亜由美。下がって」
久美は強引に後ろへ押すと、両手を前で合わせる。
「お願いか」ひょうたん男が笑う。
「スピン」久美は相手へジャンプして3回転。
「ぅぎゃっ」ひょうたん男が弾かれて倒れる。
「あぎゃっ」飛ばされたハサミが馬面男の肩に刺さった。
フレアスカートが綺麗に広がりながら、久美は着地。
「スマッシュ」左手を伸ばして、カバ男へ掌を向ける。
「まいった。ごめんなさい」
掌から何が出て来るのか。さすがに抵抗する気はないらしい。
「あらら。怪我しちゃったね」
久美は馬面男に気が付いて近づく。血が溢れている、ゆっくりしていられない。短剣を取り出すと、馬面男の開襟シャツを切って、傷口を確認する。
「動脈じゃないね」
リュックを胸の前に置き、止血スプレーを噴霧する。
「止まらないね。仕方ない」
強力粘着剤を傷口へ吹き付ける。内部まで固めてしまうが、応急処置だ。
「ひっひひひーん」馬面男が奇声をあげる。
「我慢するのっ。あとは病院で処置すると思うから」
久美は立ち上がると、座っていたテーブルへ戻る。
亜由美は久美へ、助けてくれた礼をいうが、久美は気にしない。
「それより、次にお洒落なハンカチは探しに行こう。そろそろ行くから」
「これから仕事なんだ」
綾香が残念そうにいう。
「ちょっと、kizunaタウンへ」
今から行くのか、と全員が驚く。月乃は提案する。
「3日後で良いんじゃないの。慌てることもないって」
「そうか。分かった」
いつもの返事だが、月乃は納得したように頷く。亜由美がみんなに確かめるように言う。
「3日後。急がしくなるね」
しかし、すでに久美はソーラーカーへ乗り込んでいた。
久美はいつも担当区をまわる平穏な日々。3日目の朝は夜明けとともに第4環状線をまわり、広場へ来た。
「目的地kizunaタウン。出発」
AIへ支持すると、低い草に覆われてまばらに砂利が見える場所をソーラーカーは進み始める。右から朝日が当たり、露で光る沿道の植物たち。拓けているのは20年前までは整備していた道だから。森に遮られて日陰になるが、曲線を描く道は岩の上から続く。
森を回ると、朝日を正面に受けて、ほぼ真っすぐの砂利道。向こうにはkizunaタウンが待っている。
「これなんだよねー」
久美は幅の広い川が近づくのを確認する。はたして通れるのか。グライダーで見た限りでは幅10メートルの川。
「深いかな。渡れますか」
AIに尋ねる。
「河川補修しますか」
架橋レベルが表示される。久美は最高レベルを支持。
「材料を準備せよ」
「うっとうしいね。渡れるようにすれば良いの」
「了解。仮橋を構成します」
その方法があるのか、と久美は感心する。取り合えず渡れたら良い。
やがて川の中から、にょきにょき鉄板が現れて先が開き、狭いが通れる橋が完成する。ソーラーカーを降りて勾配のある橋へ久美は近づく。
「準備されてたんだね。それでも、いつかは自力で作らないと」
いつまでも、科学力に頼れないと感じている。今は、科学と共存しよう、と決意する久美。
歩いて急勾配になる橋を渡ると、坂になり、広がる草原。
「あれっ。これは広場」
ハーブ系の草が茂り、確かに人工的な低木の配置と、計算されたようにクローバーが大地に広がる。
「もしかして長方形。近いんだ」
正方形でタウンエリアは作られるが、準備するときは長方形だったと気づく。それならpyupyapyoタウンから2キロメートル。手ごろなタウンの間隔だ。
「やったあー」
叫ぶように喜ぶ久美。しかし、まだ到達してない。橋を渡らねばならない。
朝日が映し出す新天地。これから何をすべきか。久美は眩しさを増して行く太陽を見つめる。サングラス効果でコンタクトが適切に恒星のすがたを見せる。
両手を広げる久美。
「サンシャイン、コラボレーション」
なにかが湧き上がり、思い浮かぶ言葉。
「慈しみ」
「そうだよね。慈しむ心さえあれば」
自然界も人間社会も慈しみを持てば共存できると気づいた。
「まずは。渡ろうかな」
久美はソーラーカーへ戻ろうと、踵を返す。大自然の森と、通ってきた未開だった砂利道。
「あれっ。どうしたの」
久美はソーラーカーの後ろに並ぶ兎車を発見する。綾香が手を大きく振る。
「来たよ。早く行こう」
「あとから、引っ越しのソーラーカーもくるから」
亜由美が歩み寄りながら話す。
「今日は下見。気が早いね」
橋から降りて言う久美。近くで月乃は、アングルとか考えるように構える。
「しっかりと、あのポーズは見たから」
「みんながみた。と」
久美はちょっと恥ずかしくもなった。
ちょっと騒々しくなったが、着陸予定のプレートが有る場所へ避難所みたいなプレハブハウス建築が始まる。
「何で未知留がいるのよ」
久美はぶっきら棒にいうが、照れているし、みんなに関係がばれてもいる。
「すぐ住むには、あれだな。夜はどんな危険生物がいるかわからない」
「まだ夜は経験してなかったなー」
久美は準備することも多いと気づく。
「みんなでやるさ。任せて」
「何を。誰に」
久美はこの状況がなぜ起こっているか把握してない。未知留が声をかけて色々なタイプの人間が集まっている。建築、周辺警備など。今は調理準備をして、持ってきた食材でバーベキューをしようとしている。
「しばらくは、みんなタウンから遊びに来る感じかな。久美ちゃんはどうする」
「活動諸点をここへ移して。やっぱりタウンからすぐに引っ越しは無理かな」
「よしよしっ。そのための計画をたてよう。まず、一緒に夜を経験しようか」
「心強い。いやっ。あれっ」
長い夜長に未知留と一緒というのは、ものすごく楽しいようで、重大なことのように思える久美。
「あの。それって。別に今更」
「よし決まりだ」
こうして正式に付き合うことになる久美と未知留だった。
7 独裁者と久美の対決
すっかりみんなから未知留のことで冷やかされるが、久美のシュシュから、ぴっぴっ、と鳴る音。
「何かあったみたい」
急を要する緊急事態の知らせだ。調査の仕事では滅多にないはず。グライダーを呼んで、座席のマイクで報告を受ける。ジャンヌから直接だ。
「kurejiiタウンが戦争宣言だ。惑星管理局は説得しているが、念のため来てくれ」
kurejiiタウンC地区らしい。詳細はグライダーに乗ってからということ。
「ますます、可笑しくなるね、人間は」
呟くと、すーっ、と座席と一緒にグライダーへ吸い込まれていく久美。
「えっ。いま、戦争って」
みんなは状況が呑み込めない。しかし、タウンの生活も危ない、と実感しだしてきた。
kurejiiタウンC地区へ近づく久美。タウン議会会長のチブルタランは戦車を3台製造して、惑星管理局を脅迫したという。
資源調達ラインを独占したいのだ。それで、ほかの都市を攻撃すると脅している。
「火薬を製造して爆弾を作るつもりだ」
ジャンヌは深刻な感じで喋る。
「それで。C地区で説得を試みると。了解」
久美は答えるが、面倒くさくなる。
「もう、やっちゃえ。早く終わらせてkizunaタウンへ行こう」
猛獣に襲われたら反撃するのは当然。タウンから出る準備に忙しいのに、邪魔をされるのが一番に嫌だ。
久美はジャンヌと待ち合わせた広場へ降りる。ユミヤとイーシナゲルはすでに来ていた。
「その。戦車は壊せないの」
単純すぎる久美の疑問にユミヤが答える。
「見張りがいつもいた。矢では壊せないし」
チブルタランを狙ったが、阻止されたという。
「今まで周りの警護兵と戦車に守られて、暗殺は無理みたい」
イーシナゲルがため息を吐く。それで、今日は作戦もあるらしい。考えれば、怖い話まできている。ジャンヌも最終通告だという。
「ここで、惑星管理局の忠告に応じないと、全タウンがkurejiiタウンへ攻撃をしかける」
それでも武器らしいのはない。殴り合いなどの喧嘩だ。
「チブルタランは安全な場所に座っていると。困ったね」
久美は、猛獣より厄介なのは人間だと呟く。何回も感じている。
そこへばりばり、と草むらを踏みつける音。がらがら、キャタピラを響かせて戦車が広場に現れる。
ぴゃーっ、小動物の悲鳴が聞こえてキャタピラに潰れた兎の身体が回る。タウン間道路も無視したやりかただ。
3台の戦車が近くへ停まる。大きなキャタピラで箱型の胴体を挟む形だ。砲台はあるが、まだ爆弾は製造されてないらしく筒は取り付けてない。
戦車から、薄いマントを羽織り大柄の男性体形が降りる。必要以上に筋肉の盛り上がる腕を見せびらかせるチブルタランだ。5人の兵士が長槍をもって左右に立つ。いずれは鉄砲を持たせる予定だろう。
「話は聞こう。俺も聞く力はあるぞ」
顔をゆがめて笑うチブルタラン。
ジャンヌは、資源調達ラインの重要性と戦争での被害を説明する。
「あなたのタウンだけなら、市民の意見も必要だろう。賛成なら口を挟むこともしない。ほかのタウンへ迷惑はかけないで欲しい」
「みんなの総意だ。俺に反対するのは一人もいない」
チブルタランが自慢気にいう。
「話は聞いた。これで良いだろう。我がタウンの多数決で、俺のやりたいことをすることに決定した」
「何をしたいんだチブルタラン」
「俺は王様になる。僕になりたいなら今のうちだぞ。これから戦争開始決起集会だが、参加すると良い」
チブルタランは言うと戦車へ乗る。兵隊も続き、3台の戦車はタウン内へ向かう。
ジャンヌは考える風にしてから話す。
「集会か。戦車から降りるはず。やはり作戦通りに、そのとき壊せるか」
「コントロール装置を破壊すれば。蓋板と違ってもろいはず」
イーシナゲルが繊細なコンピューターと予想する。ユミヤも頷く。
「何人か残るはずの見張りを。外に居るならやっつけられる」
そのあと騒動になるはずだが、もう戦争は始まった、という思いが一致している。
「あれっ。久美は」
戦車のあとを追って走って行く久美の、後ろ姿を見送る3人だった。
久美は力なく歩く人々を見ながら走る。集会場へ向かうらしい。みんな歓迎はしてないようだ。戦車に踏み荒らされた跡をたどれば、小さな門番小屋と停められた戦車。
「4人か。4隅に離れてるから、一人ずつ」
小屋の後ろに隠れて、作戦を考える。
そこへ魔進が跳びこむ。
「さっきのお礼だ」
杏樹がいうと魔進の胸が開いて、蝶々の群れが飛び出す。
「魔女だ。いや。なんだ」
すぐに立ち去る魔進。飛び交う蝶々を見上げて兵士たちは戸惑うようす。
「眠り姫蝶々。まさかね」
久美は杏樹が、ここで手助けするとは考えなかった。小屋の裏から飛び出すと、魔進が待機する柵へ近づく。眠気を呼ぶ眠り姫蝶々の鱗粉で兵士たちは眠そうにうずくまる。
「杏樹。ありがとうね。あとは戦車を壊すから」
「まあ、待て。小屋に、もう一人いる。逃げて報告されたら大騒ぎになる」
杏樹は中央の戦車に跳び乗り小屋を睨む。さすがに鱗粉を帯びて眠りたくはない久美。
ユミヤとイーシナゲルも駆けつける。
「今は戦車のところへ来ると眠くなるから」
久美は説明すると、小屋に居る相手をどうするか相談する。杏樹は任せたと言うそぶり。
「あの隙間から様子を窺っていると思う」と久美。
「アーチェリーは悟られるかな」
ユミヤはその気がないと矢を準備しない。
「任せて」
シーナゲルはスカートの襞から小さい球を取り出す。
「狭い場所なら。弾力で飛び跳ねる、この球よ」
牽制球みたいに素早く球を小屋の隙間へ投げる。
「うあっ」
驚く声。なっ、なっ、と騒ぐ声が響く小屋。3人が扉を開くと一人の兵士が目の下を赤く腫らして、呆然としている。
「安心して。助けに来たよ」
ユミヤが声をかける。
「このタウンの情報は集めたから。脅されているんでしょ」
「なにを。俺は」
「良いのよ」イーシナゲルが兵士の言葉を遮る。
「全人類はあなたの味方。戦車も壊れたわ」
多分ではあるが、杏樹が炎の玉で鉄を焼き尽くす匂いが漂っている。
「それより。傷の手当」
久美はリュックから兵士の目の下へ瞬間湿布薬を塗る。
「あ。あなた方は」
兵士は少し俯くが意を決したように喋る。
「拳銃だ。議会会長は、拳銃で脅している」
銃器類は製造が惑星管理局で禁止されているモノだ。
「ネズミを目の前で撃って、銃口を向けられたら怖くて」
犠牲者を晒してみせるわけだ。
「あの体格で、喧嘩して脅しているわけではないと」
久美は腕力や暴力ではないと感じた。
「喧嘩も強い。ただ、臆病だ。それは言わないでくれ」
「言わないよ。と、いうより。支持してる人はいるの」
「強いのに憧れるやつはいる。卑怯で狡賢いのを知らない。そうだ。妖魔だ、へんなお化けに操られている」
兵士はそれでも、これが知れたらと怯える。そこへジャンヌが現れる。
「タウンから出してあげる。同じ思いなら、みんな連れてゆく」
ジャンヌは笑顔でいうと外へ合図する。ソーラーカーが待機していた。準備の良い人だ。
そろそろチブルタランの演説が始まるらしい。
「この事実を暴いてやるのよ。それにしても妖魔。出て来るかしらね」
ジャンヌはこれからの予定を話す。
「うんとね。ちょっと話してくる」
久美は外へ出るとグライダーを呼ぶ。
「無茶はしないでよ」
みんなが揃って言う。
「大丈夫。話し合うだけだから」
決めたら、ほかの言葉は聞かない久美。また、後方支援をすることになる3人。久美の話し合いも、相手によっては喧嘩になるはず。
一段高い壇上でチブルタランは演説の準備をする。タウンの畑が戦車で荒らされてデコボコのところ。雛壇を囲む半円を描くように群衆があつまる。
久美はグライダーで雛壇へ近づき、座席で降下する。
「誰なんだ、おまえは」
薄いコートを羽織るチブルタランが見上げて叫ぶ。
「あの。ちょっとだけ話があって」
座席から降りる久美。2メートル四方の狭い舞台で少しづつ距離を詰める。
「演出か。許可を取ってからにしなさい」
「長い話じゃないよ。脅したり悪いことしたと、みんなに謝ってくれない」
「何を言ってるんだね。こいつをつまみ出せ」
下に待機する兵隊へ命じるチブルタラン。すかざず久美は言う。
「一人じゃ何もできないんだね」
久美は笑顔で笑う。チブルタランも、相手は若い子だ、と考え直す。
「私は選ばれたものだ。ちょっと二人だけで話そう」
コートを少し開けて、筒状のものを見せる。ほかの人に見られないように脅迫するつもりだ。その御託など待たないのが久美。
「スピン」
手を合わせて見つめるだけで、相手へ向けてジャンプしながら3回転。
「スマッシュ」
チブルタランの筒状の物を持った手を蹴り上げる。
「くそっ」
やはり拳銃らしい。壇上に転がるのを、拾おうと急ぐチブルタラン。
「話って、言ったでしょ」
久美は拳銃を蹴って下へ落とす。
「拳銃で脅すのが、あなたの話し合いなのね」
それに反応したのは前に居る群衆たち。
「まさか。拳銃」
「最低だよな」
まともな市民らしい。チブルタランを応援する人々が最前列にいるはず。腕力とか、喧嘩が強くて憧れる者は多い。理想が崩れたのだ。
「チブルタラン。今のうちに過ちは謝ったほうが良いと思う。私のお願いはそれだけよ」
久美は優しく微笑んで言う。
「まだ話は終わってない」
チブルタランがマントを脱ぎ、開襟シャツも脱いだ。筋肉を見せびらかせたいらしい。腹も割れていて、鍛えられたふうだ。
「俺が強い証拠をみせよう」
両腕を振って、ぽかぽか、音を響かせる。
「俺に逆らうのは、このようになる」
久美の肩を掴もうと襲い掛かるチブルタラン。
「無防備よ」
久美が男の急所を膝蹴りする。
「あぐっ」
チブルタランが太腿の付け根を、今更ながら両手で塞ぐ。今だ、と久美はチブルタランの手から両方の小指を掴んで捻り上げる。
「くっ」力を入れると、余計に痛くなるのが捻られた指。特に小指は力が入りにくい。
「なるほど。あなたに逆らったら、こうなるのね」
久美は足の爪先を相手の急所へ突っ込む。声にならない音を発するチブルタラン。
「ここは気持ち良いんじゃないのかなー。女にはわかんないや」
呑気にいう久美。チブルタランの小指を放して解放する。
「あの。悪いことしたんだから。ごめんなさい、してね」
「な。なにを。このおー」
チブルタランが身体ごと久美へぶつかる。
「人前で失礼でしょ」
久美は急所を一点攻めしたい。相手の股座を掴んで握ると、身体を捻って回転。遠心力で押しやる。
「ひょんあっ」
チブルタランが壇上から転がり落ちて、地面で悶える。
「こんなものか」
兵隊たちが呟き、槍を放り投げる。
「目が覚めた。許してくれ」
兵隊たちも脅されたのだろう。群衆へ頭を下げる。久美は一安心と帰り支度。邪魔をするな、と言いたいぐらいだ。
「医療ロボットに任せるから。もうみんなも自由にして良いね」
その時に銃声が轟く。猛スピードで雛壇の下へ来ると、ジャンプして壇上へ来たロボット。鉄仮面に口腔穴と視覚の突起が付く。右手は改造銃になって、左手で小柄な男を抱える。
「元議会長を人質にしているのを忘れたか。愚かな人間よ」
銃口を元議会長へ向けながら仁王立ち。
人々は恐れて声もでないらしいが、兵隊たちは懇願する。
「妖魔様。もう無理です」
「愚かな。我を怖れよ」
銃を乱射して威嚇する妖魔。
「命は助けよう。喧嘩で散らせろ」
久美は黙っていない。
「生物じゃないのね」
短剣で後ろから切りつけるが、金属に当たる音。
「小娘が。玩具など痛くも痒くもないわ」
無視する妖魔は元議会長を立たせる。
「戦争は続行する。隣のタウンへ殴り込め。逆らうと元議会長の命はないぞ」
群衆は声も出ない。
「元議長よ。きさまを議長にしてあげよう。これから宣戦布告をしろ」
ロボットは、議長に権限があると、タウン条例は守っているようなことを喋り、行動を正当化し始める。
ユミヤとイーシナゲルは群衆の先頭に出て来る。ロボットの右斜め。
「ロボットを刺激しないぐらいで、手を動かして」
イーシナゲルが周りの人たちへ合図する。調査員が何か考えている、と悟ったか、何気に動く人たちは。
ユミヤは声には出さないが口を動かし、右へと手を動かしながら言う。久美は、この動きに気づく。周りに誤魔化されてロボットは合図に気づかない。
(右後方から。鞭で。そうか)
イーシナゲルが左手で鞭を振る仕草をするのを見て気づいた。
「賛同の手招きをするものおる」
ロボットは、前のいる何人かが、掌を上に指を曲げるのを確認にして解釈する。
「早く行動せんか。でないと」
元議会長へ向けた腕を、いかにもすぐ撃ちそうな仕草をする。
どよめく群衆。
イーシナゲルは素早く鋼鉄の球を投げる。
鉄仮面の右目の突起へ球が当たり、突起がひしゃげる。
「逆らうのは誰だ」
ロボットは銃口を、球が飛んできた前列へ向ける。伸びた腕へ、びゅんっ、鞭が巻き付く。
久美は必死に引っ張る。開いたロボットの身体。
「隙あり」
ユミヤがアーチェリーの矢を射る。しゅんっ、風を切り口腔穴へ跳びこむ矢。機械が壊れる金属音、小さな火花が溢れる口元。矢は挟まったか小刻みに揺れる。
「タアイナイ、アソビカ」
音声が旧式機械音に変わり、ロボットは引き抜こうと、左手を動かす。
元議会長はゆるんだ腕から転がるように抜け出した。
久美は叫ぶ。
「ハニャ。アタック」
ハニャーが大きく足を広げてロボットへ覆いかぶさり巻き込む。
「オロカナ、タミヨ。ワレヲタスケロ」
愚かな、民よ。我を助けろ、と倒れながらロボットは叫ぶ。
「ワレワヨウ。マダ。ゾ」
我は妖。魔だ。ぞ。ちょっと音声がおかしくなり、何かが弾ける音。
「爆発する。逃げなさい」
呆然としていた元議会長が、我にかえり、急かす。
「爆発。あわわわっ。逃げろっ」
久美は雛壇から降りるが、熱くなるロボットが心地良いらしいハニャーはふにゃー、とくつろぐ。
「来なさいってば」
久美は壇上にあがり一本の足を手繰り寄せる。イーシナゲルとユミヤも壇上へ、蛸の足を一本ずつ引き剥がして引っ張る。
「にげろー。みんなも逃げて」
群衆へ叫ぶ三人。元議会長が、慌てないで急いで、と誘導する。
「ばしゅっ。じゃわー」壇上で音が響く。
「杏樹」
久美は魔進が吐き出す、粘り気のある液体に気づく。
「不発弾処理バリアだよ。まったくモォ」
言うと魔進とともに跳んで、遠くに着地。
くぐもるような爆発音。
固まり切れないバリアは弾ける。
ダンスをするような動きが小さくなり、ロボットの塊を包むだけのバリアは石膏のように白く固まる。
杏樹は久美に近づく。
「科学力は怖いね。こういう兵器も作るから」
「だね。でもさ。杏樹は違うと思う」
「分かったようなことを。久美は他人の気持ちを理解できる能力はある。不器用なだけかな」
「知らないけれど。慈しみが必要って気づいた」
「最初から久美には有るじゃないの」
さてねー、と惚けるふうの久美。本気で気づかないのかもしれない。
「あっ、グライダーがきたから。ハニャ行くよ」
久美は言うと座席に乗り、グライダーへ引き上げられて行く。
8 princess久美の誕生と母性の正体
久美もさすがに正体を隠しきれないことになる。独裁者との立ち回りは、実況中継されていたらしい。
「あの。ただ、悪乗りしただけ。調査員は、いつも地味な仕事なの」
久美に綾香が悟ったように言う。
「月乃から、詳しく説明してもらったし。久美のやりかたはそれでいいか」
確かに、久美の長い話を解釈して要約するのはいつも月乃。
「久美はさあ。あれが普通なの。だから、特別に騒ぐことじゃない、と」
「それよりkizunaタウンよ。面白かったね」
それなら久美はいくらでも話せる。
いつものテラスで同級生と会話するひととき。そこへジャンヌが声をかける。わざわざ、なんだ、と久美は怪訝そうな顔で、一応あいさつする。
「直接に渡したいから来たけれど。やはりここか」
ジャンヌは予想していたように言う。月乃が、訪問を知っているように答える。
「みんなの前で、話してくれないかしら。久美は秘密主義で話し下手だから」
ジャンヌも杏樹も、まわりから攻めて、久美のことを把握しようとしているらしい。これでは誤魔化せない久美。
「あの。仕事ですか」
「それ以上かも。マザーコンピューターが発行したネームプレートよ」
vwxwとは違う読み取りコードが付くらしい。
「わかった。それをつければ良いんだね。仕事じゃないと」
久美は渡された新しい名札を見る。
「princess久美。タウン名と番号がないけれど」
「マザーコンピューターしか詳細は知らないみたい。アクセスする権限が与えられているらしいから。詳しいことはマザーコンピューターに聞いてね」
久美は迷わない、テーブルに置かれた端末でアクセスする。princess久美、それで顔と指紋認証がなされている。
「あなたの名前を確認。言語は音声で良いですか」
最後に音声認識でボディーランゲージも考慮しているようだ。
「princess久美。今日取得」
「了解」
何を確認したいか膨大な項目が並ぶが、検索で「卵子提供者」を打ち込む。これも膨大だ。
久美が夢中になると周りをみない。
「母親だよね。卵子提供者って」
「知りたいような。怖いような」
みんなも興味はあるが、何故、との疑問もある。
「名前と番号を覚えている人もいるらしい。それで、母親と名乗らないのは事情もあると思う」
情が差別や格差を生むと考えるのがタウンの常識だ。亜由美はなだめる。
「よく見たらさ。なにか雰囲気で分かるらしいよ。それで良いんじゃない」
たまには顔が似ているとかも母子にはある。情も隠し切れないこと。
久美はすぐに調べたいが、さすがにみんなの前で控える。あんがい状況を理解はしている。
ジャンヌは近くのテーブル席で、このやり取りを眺める。
(先駆者か。久美はそれに気づいてないのかな)
立ち上がる久美を頼もしくみつめた。
久美は部屋で、もう一度マザーコンピューターへアクセスする。
「なるほど。それで。杏樹だな」
awt杏樹の情報を開示する。
「やはりヒューマノイド。えっ。人間がいた」
模擬惑星移住計画のことだった。火星で試験的に実行される。人間もいて、全天候性ヒューマノイドの性能も試される。それは、より人間に近い。
「運動能力が高い。そして」
唖然とする久美。
「女性なんだ」
そのままの機能がすべて、杏樹に備わっていた。
princess久美といわれても、やることは大きく変わらない。
「杏樹と対等に戦えるよね」
大自然で自由に行動できるらしいが、先ずは身近から広げていくと思い知らされている。だから、最初に出会った、稲作計画エリアはタウンエリアだ、と今も思う久美。
「今度こそ決着をつけよう。来るだろうか」
杏樹が行動をどこかで監視していると気づいている。第4環状線の雑草が切り開かれた場所へ行くことにする。
カタバミの広場へ着くと、久美は懐かしく感じる。あのときは、ただタウンの外へ行きたい思いだけだった。
「自然界で生きるって大変だよね。でもそれをしないと、人間に未来はないんだから」
呟き空を見上げる。流れる雲と太陽。小川のせせらぎがここからでも聞こえる。
「こないのかな。忙しいんだ」
杏樹は全世界を監視しているらしい。要注意な生物へ特にちょっかいを出す。
「もうこないの。杏樹」
大きな声で、広がる雑草の茂みへ叫ぶ。
「うるさいな。昼寝してるのに」
ススキの間から杏樹の声がすると、立ち上がる。
「ほほう。昼寝だと。杏樹は暇しているね」
「久美こそ。何をたそがれているの」
ひと跳びで近くへ来る。
「これから、忙しくなるから、たまにはね」
「だから。一人でやろうと、未だ思っているの」
「別に。なんだっけ。ここへ来た理由」
和かすぎて忘れた久美。二人でカタバミに座り、しばらく自然の音を聴く。
「そうだ。アホタレ。全滅したよね」
「また似たようなことは起こる」
「治療しなくてよかったのかなー」
「それが戦争なの。生き残ってたら、仕返しにくるでしょ」
「それでもねー」
食べたり、何かに利用もしないで、生命を奪うのは間違っていると思う久美。
杏樹も同じ意見ではあるが、全知全能でも完全や完璧でもないのが人間。
「たまには、放置するのが相手のためよ」
「それにしては、ちょっかい出しすぎたでしょ」
久美は立ち上がる。
「跳ねっ返り娘だからよ」
杏樹も立ち上がる。
「跳ねっ返りじゃないもん」
「どこが。まだ分かってないよね」
「そうだ。決着をつけに来たんだ」
睨みあう二人。魔進は雑木林を前に脚を畳んで座るような恰好。その前でハニャーが足を伸ばして日向ぼっこ。
「そろそろ決めようか。princessでは私が先輩。お姉さんとお呼び」
「杏樹の弱点は知っているから」
今度は杏樹が、言葉も終わらない間に跳ぶと久美の背後へ回る。
「弱点か。一緒でしょ」同じ考えらしい。
杏樹は久美のブラウスを引き開き、胸の膨らみを、ぎゅっ、と掴む。
「ばれたか。くっ」
久美は痛さを我慢して、後ろへ倒れる。
足腰の弱い杏樹が倒れる。
反転する久美。
「当たりみたいね。弱いんだ」
杏樹のレオタードへ直接指を潜り込ませる。
大きなふくらみを取り出す。人間のように柔らかい。
久美は先端へ思い切り吸いつく。
「ぅわっ」
杏樹が驚くが、さわさわ、と指を久美の足へ持っていく。
「ここは、どうだ。それっそれっ」
背後から杏樹の指が久美の太腿の間に潜り込む。
「そこはっ。やるのね」
久美も杏樹のレオタードの食い込みから指を指し入れる。太腿も柔らかく人間のようだ。
「あっ。駄目っ直接は」
「降参してね。お姉さま」
「もっと。尊敬を。込めな、さい。よ」
杏樹が久美のスカートを捲り上げて、正面から股間へ指を這わす。
何をしているのでしょうか。
ハニャーと魔進の間に雑木林から飛び出すような百合の茎。白い花が咲いて、良い匂いを風が漂わせる。惑星メタフォーに地球の常識は通用しない。
戦い済んで日が暮れて、開襟シャツとホットパンツに着替える久美。ボタンが取れたブラウスの新しいのを注文したところだ。
「うん。シュシュは、有ったかな」
クローゼットの中から、薄くなった緑のシュシュを取り出す。幼児期のころに指導員たちから配られた物。琴音がわざわざ、髪を束ねてくれたのを思いだす。何人もいる指導員のなか、担当でもないのにやってきたのだ。
「間違いないね」
呟いて、束ねた髪に、古くなったシュシュをつける。これから琴音と会う約束をしている。
久美は幼いころから身体を動かす遊びが好きで、綾香と一緒だった。いつのころからか、芸能、ゲームなどをお喋りしあう仲間たちに綾香も加わる。亜由美が久美にも声をかけたり、取りまとめ役に自然となってきていた。
月乃は絵を描くのを趣味としていて、離れていることが多かった。
「あれっ。私じゃん」
月乃が、前転する久美を描いているのに気づく。
「ただ描いているだけ」
月乃は言う。当時は月乃が他人と距離を置く度合いは強かったし、久美も深く話し込む質ではない。
久美と月乃は、同級生たちとの距離の取り方が似ているし、お互いに干渉しないでも分かりあう関係になっていく。
久美が幼いころを回想する間にも、交流センターにつく。すぐ近くの席に琴音が待っている。
「タウンを出て行くのね」
「今はここへ帰って来て眠るしかないけれど。ずっと生活するのが理想」
久美は古代の生活に憧れもある。多分ネットもないし、暑いはずだけれど、人との触れ合いが生まれると気づいている。
「たぶん、いまの世代はタウンと縁は切れないでしょ。子供の世代がどうなるか」
やっぱり不便だ、とタウンへ戻ることも考えられると琴音は思う。しかし、いつかシステムは止まるのも現実。
「狭いタウンよりは生活しやすいでしょ。この、技術の扱い方さえ間違えなければね」
「それを子供へ教え育てるのよ、久美。母性が何か分かるかもしれないね」
子育てゲームで分かったが、実際に母性を感じたこともないはずと思う。
「そうだね。でも、過去の卵子提供者と保育機使用者を照合すれば、だれが産んだか判る」
「マザーコンピューターの許可が必要ですよ。それはしがらみを無くすための規則だから」
親子とか情の移る関係は無くそうという世の中で、それもあり、久美たちは外へ旅立つ。
「私ね。princessのコードを貰ったの。マザーコンピューターへアクセスできるから」
「調べたの」
琴音は不安と期待で尋ねる。
「うん。あとは。さ」
久美も表現する言葉を知らない。それで言う。
「一緒に住む人ができるかもしれない」
「未知留かな。久美の友達から聞かされている」
「おしゃべりな友達たちだよ」
久美も恥ずかしそうにするが、はっきりと知りたい。
「産んだ子供を覚えているのかなー。あの。みんなは、さ」
「母親というのはね。ちゃんと覚えてるものなの」
「そうか。これが母性なのかな」
「なんというか。どうしていいか、わからないけれどね」
久美と琴音は見つめあった。
琴音は言葉を探せない。
久美も適切な表現を分からない。
(素直になろう)
久美は惑星メタフォーで初めて使われる言葉を琴音へ伝える。
「お母さん。産んでくれて、ありがとう」
了
次回の『星に愛された乙女・本編』(第一話)へ続く。
惑星に愛された乙女 完結
掲載作品・『星に愛された乙女』創作開始2023年~
移住惑星の人類。ファンタジー読み切り短編シリーズ小説。
過去作品・『さよなら地球さん』創作開始1970年~
異次元惑星へ移住計画。日本SF長編小説。
次回予定・『進化しなかった猿たち』創作開始2070年~
AI猿と人間社会。風刺短編小説集。
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