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超短編小説:明日は真っ白

 今日はすごく寒い。朝から降ったり止んだりを繰り返している雪は、昼過ぎから勢いを増してきた。
 みんな、無事に帰っただろうか。
 春子は、視線を窓の外から教室へと移した。

 自分以外、誰もいない教室。空っぽのロッカー。何も書いていない黒板。
 不思議だ。
 少し前まで、子どもたちでいっぱいだったのに。ロッカーはカラフルなランドセルで溢れていたのに。

「無事に2学期、終わりましたねぇ」
 廊下側の窓からひょいを顔を出したのは、隣のクラスの重岡先生だ。
「終わりましたね、お疲れ様です」
 長かったのか短かったのか、2学期が終わった。明日から冬休みだ。といっても、冬休みなのは子どもたちだけで、まだまだやらなければならない仕事はたくさんある。
「それにしても、雪すごいですねぇ」
 重岡先生は、目を細めて窓の外を見た。
「どんどん強くなってますね」
「この調子だと、明日には積もって真っ白になってるかもしれないですねぇ」
「そうですね」
 答えながら春子はふと、あの子たちは積もった雪を見たことがあるのだろうか、と思った。
 ただでさえ雪の少ない地域だ。
 春子の記憶のなかでも、たくさん積もったのは高校生のときくらい。
 あたり一面、真っ白、なんていう景色を、彼らはまだ見たことがないのかもしれない。

 朝起きて、眠たい目をこすりながらカーテンを開ける。
 すると、いつもと何かが違うことに気付く。
 見えるはずの道路が、土が、草が、見えない。
 そこにあるのは、ただただ白銀…。

 そんな経験は、まだしていないのだろうか。

 もしもこれが、なんでもない、普通の平日の朝の出来事だったら。きっと子どもたちは、春子に駆け寄ってきて言うだろう。
「先生!先生!今朝、すごかったんだよ!」
「先生、あのね、朝起きたらね…」
「ねえ先生、みんなで雪だるま作ろうよ!」
 興奮気味な子どもたちの声が、春子の頭のなかで再生される。
 明日から冬休みというのは嬉しいけれど、子どもたちの「発見!」をリアルタイムで聴くことができないのは寂しい。
 冬休みの間、子どもたちは「発見!」を誰に話すのだろう。
 家族だろうか、友だちだろうか、児童館の人たちだろうか。日記に書いてくれる子もいるかもしれない。真っ白な感動を、どんな風に表現するのだろう。どんな言葉を添えるのだろう。

「どうしたんですか、にこにこしちゃって」
 重岡先生の言葉で、我に返った。無意識に笑っていたようだ。
「いえ、明日雪が積もってたら、子どもたちはどう思うのかな、って…」
「ああ、確かに。すぐに話ができないのは残念ですよねぇ」
 重岡先生は大きくうなずいた。
「…それにしても、寒いですね」
 ずっと廊下に立っている重岡先生は、本当に寒そうに言った。
「寒いですね。重岡先生のクラスの、いつも半袖短パンの子も今日はさすがに上着を着てましたね」
「朝から雪降ってましたからねぇ」
 再び、重岡先生が窓の外を見る。春子もつられて見る。さっきよりも、もっと激しくなっている気がする。
「これは大変だ。先生、帰れるうちに帰った方が良いですよ」
「そうですね、そうします」
「僕も今日は早めに帰ります」
 では、と、重岡先生は去っていった。

 春子も教室を出ようとして、その前にもう一度振り返った。
 空っぽの机。空っぽのロッカー。
 教室もなんだか、「真っ白」だ。

 2学期が終わって少しほっとしているけれど、やはりどこか寂しい気持ちがある。
 本当に終わってしまったんだな、と思う。

 カラフルになるまでは、少しおあずけ。

 春子は教室を出て、ドアを閉めた。

 



※フィクションです。
 今でも「半袖短パン少年」っているんでしょうか。

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