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【連載小説】雨恋アンブレラ

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#あまごい

【連載小説】雨恋アンブレラ_6

 小麦色に灼けた肌がグラウンドを駆け回っている。ハーフパンツからすらっと伸びた脚は、同性のわたしでも見惚れるくらい綺麗だ。
 わたしの隣にも見物客がいた。見物客、という言い方は悪意があったかもしれない。陸上部の幽霊顧問として有名な片桐先生はベンチに腰かけてぼんやりグラウンドを眺めているだけで、声をかけることも何か記録をとることもない。
 でもそれはわたしにとっては好都合で、陸上部にとっての部外者が

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【連載小説】雨恋アンブレラ_4

 4

「自分で蒔いた種は、咲かすも枯らすも自由だが、責任を持って面倒を見ないといけない」
 なにそれ、ニーチェ? と櫻井美姫が言う。
「おれ」
 教室の床に寝そべった歌川萌音を一瞥して、天海陸はため息をついた。数分前の自分に、首を絞められているかのようだ。
「美姫、先に帰ってていいよ。あとはおれがなんとかする」
「そんなに、コイツとふたりきりになりたいの」
「そんなことは言ってない」
「別にいい

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【連載小説】雨恋アンブレラ_3

 3

 その日、ミキちゃんは朝から機嫌が悪かった。
 昨日、一昨日と学校を休んでいたから、一昨日のお昼休みのことは知らないはずなのに、知っているとしか思えないような機嫌の悪さだった。
 ハイヒールを履いているのかと思うくらい足音を鳴らして教室に入ってきたかと思えば、机に鞄を放り投げて、すぐに出ていった。
 その数秒だけで、教室の空気が凍りついた。わたしの下腹部は生理のときみたいに痛みだして、背中

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【連載小説】雨恋アンブレラ_2

 2

 雨が降る直前にだけ、立ちのぼるにおいがある。地面の底からふわりと香ってくるような、雨の気配がするような、重くて柔らかくて、どこかせつなくなるにおい。
 ずっと、誰も気づいていないんだと思ってた。小さいころから胸のうちに秘めていた、わたしだけが知っている世界の秘密だと思っていたんだ。
 でも、それは少しだけ違った。
 そのにおいにはペトリコールという名前がある、と教えてくれたのは、岡本先生

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【連載小説】雨恋アンブレラ_1

 1

 わたしが天海くんと相合傘をするためには、条件が三つある。

 一つ、雨が降ること。
当たり前だけど、ただ雨が降るだけではダメ。朝から降っていたら、天海くんも傘を持ってくる。だから、朝には降っていなくて、学校が終わるくらいには降っていないといけない。
 今日はお昼休みが終わったころに降り始めた。五時間目から二時間続きの体育の授業は体育館でやることになった。そろそろ夏って時期にグラウンドで運

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