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母の涙は母のもの

なんか最近ずっと大丈夫で、前みたいにジェットコースターの上りか下りかを走り続けてるような、躁鬱みたいな、そういう元気じゃなくて、なんか、どこにも向かってない感じがするの。どこでもいいやって感じがするの。どこにも向かわなくてもいいやって思えているの。自分を何よりも許せている、何よりも一番に抱き締められている、そういう感じがする。今までの目紛しさが嘘みたい。台風一過みたいな、あっけなく戦争が終わったみたいな。でも夢じゃない。生まれ変わったわけじゃない。ちゃんとそれは昨日の私で、手は繋いでいるなと思う。傷痕はしっかりあるのよ、ここに。忘れてなんかいない。

三年前の大晦日、実家へ帰った。転職先を母に猛反対され、ものすごい喧嘩になった。東京に戻る前に手紙も書いて渡したが、返事は来なかった。家族は何の支えでもなく、敵だった。ここから丸2年帰らなかった。家族のグループLINEもほとんど無視していた。

二年前の大晦日、転職で揉め、同棲(未遂)で揉め、反抗期よろしく抗いまくった末に、コロナを理由にして帰省せず、生まれて初めて実家の外で年を越した。

一年前の大晦日、2年ぶりに実家に帰った。丸2年ぶりに会った両親はなんだか記憶よりもずっと年をとっていて、ちょっとへこんだ。父と母に、ごめんなさいとありがとうを伝えたら、母は「大人になったのねえ」と笑っていた。すごくほっとした。

前のように、用がなくても母と電話するようになった。年末年始だけじゃなくて、GWも、お父さんの誕生日にも、ケーキを買って帰った。この時、ほとんど母と二人でいたので、とにかくずうっと話していたのだけど、改めて聞いたお父さんとお母さんのこととか、母から見た父の実家のこととか。
「すごくシンプルなことで、家族を大切にしない家系は廃れていくんだなあってお父さんのお家を見てきて思った。お母さんはもしかしたら××家の終わりを見守るためにお父さんと結婚したのかもしれないなあって最近思うの。残念だけど、××はきっと良い家系ではないよ。そういうのは連鎖していくものだから、お母さんは正直××の名前はあなたたちには継いでほしくないと思ってる」。とか。母というひとりの人間の人生の話を聞いた。

子供の頃からの付き合いで、長い間変わらず良い関係性でいられていることについて、会う度に感謝しあうのがお決まりの友人がいて、いつものように「本当にありがたい」と言ったら、「〇〇がいるからだよ。〇〇がみんなを繋いでるんだよ」といつもと違う答えが返ってきて、泣いた。時の話を、泣きながら母にしたら、母も泣いてた。
その時に、母の涙は私の涙とは全然違うものだ、って分かって、同じなはずないなって思って、なんか全部腑に落ちた。この人は私の親だ。相手が友達だったら、流してくれるのは共感の涙だろうと思う。よかったね、嬉しいね、っていう喜びの涙。だけど母の涙は、安堵なのだ。親の転勤に巻き込んで子をあちこち連れ回していた負い目が、私の友人の言葉によって、救われた瞬間だった。母は私じゃない。私の喜びを同じように受け取って泣いてくれって言ったってできない。一緒に泣いたけど、母の涙と私の涙の意味は全然違っていて、言葉で言われたわけじゃないけどそれが分かって、今までそれがおんなじじゃないことに長い間腹を立てていて、分かってもらいたくてもがいてきたんだけど、ああ、おんなじじゃなくていいんだな、って、思えた。母の涙は母のもので、私のものじゃない。

そして、今回の年末年始。いつもより早めに帰って、いつもより長めに実家で過ごした。たまの帰省じゃ、あと何度親に会えるか分からないなら、もう少し帰ろうかなって思った。

ちょっと前まで、マッチングアプリのプロフィールに「家族を大切にしている人がタイプです」と書いてあると、大切にしたくてもできない家もあるってことが想像できない能天気具合に腹が立って、容赦なく左へスワイプしていたんだけど。今はアプリやってないけど、なんか前ほどは、気持ち悪さを感じなくなった気がする。大人になるにつれて、「同じ人」というのはいなくなる。住んでる場所も、仕事も、誰と生活しているかも違えば、お金の使い方だって全然違うし、話なんて合うほうが奇跡だ。一つ一つの発言で、かならず誰かを傷つけている。だからSNSが怖い。そういうものの一つがアプリの「家族を大切にしている人がタイプです」なだけ、その「傷つく誰か」に私がなっていただけ。仕方のないこと。私も同じだけ誰かを傷つけている。

どれだけ大丈夫になっても、電車が遅延していて出社が遅れますの連絡をする時、それが連日重なるような時は特に、どうしても苦手で、私のせいじゃなくても私のせいな気がしてしまって後ろめたい、ソワソワして死にそう。早く着いてほしいけど、着いてほしくない。こういうのもう、きっと変わんないけど。もうわりと大丈夫だと思う。

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