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終わってしまった昔のことなんてどうでもいいのに、いつまでも過去に振り回されてしんどいな!いい加減自分を赦したい。

お互いフットワークが軽いのと、人と話すのが好きだというところがたまたま重なって、関わっている高校の頃の友達。彼の日常の中で私が欲しいものは特になく、私の日常の中で彼の欲しいものも特になく、多分向こうはあんまりリスペクトもない。どこまで行っても希薄さは変わらない。

無邪気に自分の好きな物や思い出を話していた、一瞬恋人(?)だった人のことを思い、彼の日常にあるものが全て、私の興味引かれるものだったことを思った。いい女は振り回すんだよ、と友達は言っていたが、一旦身を引こうかな。つまらなくなるけど、対面授業が始まったらまた、色々な出会いがあるかな。

焦ると大抵良いことがないので、自然体が丁度良い。なんとかなるさー、テイクイットイージー、ケ・セラ・セラ、果報は寝て待て。早く一人暮らしに戻りたいな。ほったらかしているアパートが気がかり。向こうでできた友達にも早く会いたい。スケジュールが、なんだかんだぎゅうぎゅうに埋まっている方が上手くいく。なんか、新しく会う人に、毎回過去を訊かれるのしんどいな。過去のことはもう私にとってはどうでもいい事なのに。自分のことで、話したいことなんか無い。物憂げな目をして口篭る、なんて演技をするのもしんどい。

何がやりたいとか、どこに行きたいとか、そういう話してた方が楽しいな。やりたいこと全部やろうよ。なんか私の過去に面白い事があればよかったけど、生憎。貴方に連れ出して欲しいだけ。

本当に、真っ白なのだ。何や誰が好きだったの、どんな事をしていたの、周りにどんなものがあったの。そう訊かれる度に、何も思い出せない。何も思い出せないし私の過去には何も無かった、そんなことを答えると、寂しいね、と困った顔で言われてしまう。

特に中高生の記憶が希薄なのは、私が有機的で生物的な生活を送ることができず、ある意味で忌み嫌っていた、ということもあるだろう。そして同時に憧れてもいた。
地元ののどかな自然の中で、2リットルのペットボトル、金属バット、学生アパート、小さなスーパーマーケット、子供達、老人達、Tシャツ、野犬、不審者、回覧板。

広場のある公園で、保育園児のベビーカーと、老夫婦と、親子連れと、カップルと、小学生の意味の無い防犯ブザーの音が響く、美しく汚い混沌。そういった中で伸び伸びと、人間らしく暮らしている彼の生活の中に溶けてみたかった、というのもある。だけどただそれだけの願いでは、私は私をここに繋ぎ止められないことを知っている。

朝早くから電車に乗り、人との距離が異様に遠い進学校に通い、駅のドトールで晩御飯を食べて、夜遅くに帰る。SNSと、自動改札と、半分も読めない英文の課題。中高生だった私には、有機的な生の感覚が気薄だった。記号化された私の出席番号、付きまとうディスタンス、掃除をサボって一人行く屋上前、生徒の自律という言葉を盾に、生徒を怒ることすら放棄している先生、それを心のどこかで小馬鹿にしている私、ナイロンで個包装された食事、人と関わろうとしない人達、敬語、誰も私に関与しない、数字だけが評価されていく。

今大学生になり、猛烈に有機的な生そのものへの肯定に憧れを持つ私に、その今までの希薄さは私をコンプレックスへと誘う。

「音楽聴くの好きなんだ」、と相手が言う。
「そうなんですね!何を聴くんですか?」
「EDMを聴くよ。」
「EDMですか、私はアランウォーカーが好きです!クラブに行ったことはあるんですか?」
「クラブに行ったことは無いよ。怖気付いてしまって。」
「確かにハードルは高そうに見えますよね〜、気持ちは分かります。私も行ったことは無いです。」
「じゃあさ、君の好きな音楽を流そうよ。君はどんな音楽を聴くの?」
私は、とそこで私は考える。私の、好きな音楽。何が好きか。何が好きか。
「EDMに興味があります。何かオススメの曲ありますか?」

何のこともそこそこに知っている筈なのに、私のこと、訊かれても答えられないんだよな。何も無いから。どうしてこんなに何も無いんだろう。違う、全部私の中で「無くなって」いっている。どうして、何か無ければいけないんだろう。貴方がいるから、いいじゃない。貴方の話を吸収して、また私は何がしたいとか、どこに行きたいとか、そういう選択肢が増える。

何もないやつだとか、思われたくないけど、何も無いから仕方がない。これから増やしていくしかない。どうして何かが無いといけないの。後に自慢げに語れることを増やすために、今を生きている訳じゃないのに。貴方がいればいいじゃない。私がいればいいじゃない。何かある貴方が羨ましい。何も無い私が、見透かされる度惨めになる。

知っているふりが板についている。知っている貴方の横で、知っているふりをしながら、私は新しいことを知っていこうとしているだけ。

私は居なかったの。私はどこにも居なかったの。私は誰にも、存在することを肯定されては居なかったの。そして未だに、肯定できないでいるの。うわあああああと衝動が襲ってきて、私は何もかも棄ててしまいたくなる。どこまで行っても、どこまで行っても、私は私が気持ち悪い。見ないで、関わらないでとバリアを張ってしまうし、衝動的に全て棄ててしまう。消してしまう。そんなことをしたって、繰り返して行くだけなのに。名前を消して失敗を繰り返す。私にはそれが必要だ。メールアドレスが変わっているせいで今noteは消せないので、そのうち消す。人との約束は全部守るし関係は大事にするから安心して。

赦して、と私の中の少年性が泣き叫んでいる。赦して。それがただずっと、私が持ち続け、隠し続けている弱さだ。人と関わる上で相対的評価に晒される時、私の絶対的な価値は揺らいでしまうから、1人で凍結しようとするし、他者の相対的評価に依存する。赦されてないのだ。自分に赦されてない。

赦したいよぅ

眠れない夜に捧ぐ