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電通決算からみる「変化」への本気度

TAKA(@Murakami_Japan)です。以前から業態変革が求められる広告代理店業界ですが、そのトップ企業である電通の2020年12月通期決算が発表されました。事前に本社ビルの流動化や退職プランの発表など、大きくテコ入れ発表をしていました。今回、かなり気合の入った決算発表資料でしたので、その概要を簡単に紹介します。

なお、あくまでも個人的な意見であり、正確性は保証していません。実際の株式売買などは自身で調べて、自己リスクで行ってください。

電通のビジネス概要おさらい

ホームページで「すぐにわかる電通」としてに紹介されているポイントは、1)グローバル展開、2)国内広告市場での高いシェア、3)デジタル領域の強化、4)スポーツ事業での実績(東京五輪で大ダメージ)、5)クリエイティブでの評価、6)株主還元です。

グローバル展開
2012年イージス(英国)の4000億円での買収以降、積極的に海外展開を急ぎました。グローバルでの競争も激化し、まずグローバルでの基盤固めに奔走しました。結果、ここまで必要なのかというぐらい145+国と地域(オリンピック参加国も200+)に広げています。スポーツ事業などを展開する意味ではシナジーはあるのかもしれませんが、足元の減損をみると広げすぎたというところでしょう。

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地域別には特にAPACは苦戦していて、欧米の伸びが牽引しています。一見利益が出ているようですが、海外事業が今回の減損の背景となっており、課題が多いといえます。後述しますが、APACは2期連続で大幅減損ですが、今のところ欧米は大きく減損していません。ただ、コロナで打撃を受け減損リスクが高まっている状況であり、買収時の想定ほどの成果がでているかという疑問は残ります。

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国内広告市場での高いシェア
市場シェアが高いことを謳っていますが、TVでの圧倒的な強さが電通の強みを表しています。紙媒体やラジオのシェアが低いのはよいですが、実際広告市場はTVから急速にインターネットにシフトしていますから、TV市場シェア36%でも全体で27.7%であることが重要ではなく、インターネットで14.6%のシェアのとどまっていることがポイントです。

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デジタル領域の強化
ここは全体の中で唯一一定の成果が出ています。海外事業ではデジタル領域が60%を占めていますが、これが電通Gの特徴ではなく海外の方が広告業界全体のデジタルシフトが進んでいるからに他なりません(市場自体がシフトしている)。

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課題①:広告費の急激なインターネットシフト

以下のグラフが一番わかりやすいですね。このままでは市場シェアはどんどん15%程度に収斂していくわけです。

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グローバルの予想で見ても、直近2021年にはデジタル広告が初めて50%を超えるという予測がでました。コロナ前よりも加速すると予想されています。

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その中での伸びを牽引しているのがFacebookなどのSNS広告の市場。今後5年間で35%程度の伸びが期待されています。

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課題②:海外事業の苦戦による「のれん」の減損

現状以下のような構成です。コロナで全地域共に利益が落ち込んでいます。これが145+国あるわけですから、マネジメントは火の車であることが予想されます。

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電通の海外展開は2012年のイージス(英国)4000億円の買収で幕を開けました。

その後、詳細なリストは作るのが面倒なぐらい、海外事業の買収を継続的に行ってきました。2015年までの一覧があったので貼り付けておきます。これらがコロナで一気に火を吹き、減損や減損リスクに晒されているのです。デジタル系の企業が多いでしょうから、ほとんどの買収案件でのれんが発生しており、それが大きなリスクになっています。

●2012年
・ブラジルの独立系DA(デジタルエージェンシー)「ラブ社」買収
・カナダの広告会社「ボス社」買収と電通カナダとの統合
・インドのCA(クリエイティブ・エージェンシー)「タプルート社」の株式51%取得で合意
●2013年
・米国の独立系PR会社「ミッチェル・コミュニケーション・グループ」買収
・タイのブランド・コンサルティング会社「ブランドスケープ社」買収
・ルーマニアのDA「キネクト社」を買収
・中国のデジタルCA「トリオ社」を100%買収
●2014年
・中国のソーシャルCA「ベラウォム社」株式100%取得で合意
・フランスのモバイル・エージェンシー「レ・モビリザーズ社」の株式100%取得で合意
・ブラジルの独立系最大規模の総合広告会社「NBS」の株式70%取得で合意
・カザフスタンの広告会社グループ「フィフティー・フォー・メディア社」株式51%を取得で合意
・インド最大のOOH専門の広告会社「マイルストーン社」の株式51%取得で合意
・米国のデジタル・マーケティング・エージェンシー「ロケット・インタラクティブ社」の株式100%取得で合意
●2015年
・インドの総合DA「WATコンサルト社」株式100%取得で合意
・イスラエルのDA「アバガダ・インターネット社」株式100%取得で合意
・米国のスポーツエージェンシー「アスリーツ・ファースト社」持分33.3%取得で合意
・シンガポールのCA「マンガム・ギャクシオーラ社」株式20%を取得
・ガーナのメディアエージェンシー2社を買収
・フランスのCARBS「セイム・セイム社」株式100%取得で合意

2019年の減損

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2020年の減損

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バランスシートの状況
過去2年間で2,100億円の減損を行っています。それでもまだのれんが6,000億円近く残っています。一方で株主資本は8,200億円です。潰れるとかそういう状況ではないものの、電通の過去ポジショニングからすると随分と財務余力が削られている状況がわかります。

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課題③:国内でのデジタル事業の苦戦

海外は利益の60%をデジタル事業で稼いでいますが、国内はまだ30%にも至っていません。電通JNの構成を見てみると、コロナ化で成長したセグメントは電通国際情報サービスと電通デジタルの2つのみです。これは全体の18%程度にとどまります。確かにデジタル領域の構成比は35%とありますが、コロナ化でもデジタル領域は成長できるはずですので、実力値は18%程度と言って良いでしょう。

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足元の状況がどれぐらい厳しいのか

デジタル化は海外の方が順調と言いましたが、コロナの影響は欧米の方が甚大であり、落ち込みは為替の影響も含めて海外の方が大きく、国内が支えている構造でした。海外のコロナの収束が見えない中、国内のデジタル領域のシェアも低いため、今後短期的に売上が戻る蓋然性が低く、それを見越して一気のコスト削減に踏み出したというのが背景です。

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決算ハイライトを見ると、調整後営業利益という言葉が出てきています。一見すると1,200億円超の営業利益とかなりの高収益に見えますが、実際は赤字です。

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調整項目の内訳です。構造改革費用と減損で2,300億円近い赤字を計上し、実際の実力血は2期連続赤字。今期は1,400億円の赤字を計上しているのです。

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さらに苦しいことに、調整後営業利益すら2019年対比で大きく落ち込んでいます。売上総利益の735億円の落ち込みを716億円のコストカットで補って、ようやくです。如何に厳しいかが見て取れます。

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キャッシュフロー創出力も高くない
キャッシュフロー計算書を見ると、運転資本でかなりバランスシートを使う割に、営業キャッシュフローは500-600億円程度です。以前は売上5兆円、総資産4兆円の電通ですから、キャッシュフロー効率は高くありません。

それから投資を除くと、実質的FCFはほとんど稼げておらず、本業から投資余力を確保できない状況が見てとてます。今後トランスフォームするための原資は、外部調達に頼らざるを得ず、リストラ費用の短期的な捻出という観点もそうですが、長期的な成長資金確保の意味でも本社売却(3,000億円規模)は必須だったといえます。

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発表した構造改革プラン
以下の通り抜本的な見直しを図っています。

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今回の意思決定で面白いと思ったのは、株主還元の積極化です。正直、成長投資も必要なフェーズですが、あえてそうせずに資産売却により回収した資金は還元を中心に考える姿勢を打ち出しています。

この背景としては、これまで積極的な投資を行ってきた失敗というトラックレコードを踏まえ、まず筋肉質な状況を作る前には投資よりも還元を重視しないと株主の賛同が得られないという判断でしょう。株価を下支える意味でも重要なのでしょう。

筋肉質になった暁には、株価次第ですが、成長資金の確保の戦略もまた考えていくことでしょう。今はまだその時期ではないのです。

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中期経営計画:事業変革による成長

以下の通り打ち出しています。正直書いていることはパッとしませんが、デジタルでの付加価値創出に本気で取り組むということを言っています。

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クリエイティブの作成やTVCM枠のアレンジメントというプロダクトションやエージェントの付加価値依存から脱却し、真のマーケティング企業として顧客のトップライン成長を実現することと自社の利益を揃えるということを目指します。これは正しい方向ですが、かなり大きなジャンプがあると個人的には感じています。

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一見するとそれなりのデジタル領域の構成を持っているようですが、実際の中身は数字ほど伴っていないと考えられます。

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このケイパビリティマップもかなり自社都合と思います。上記のデジタル売上比率よりも、本当に顧客に付加価値が届けられるかがポイントですが、正直現状とのギャップはかなり大きいでしょう。投資家はこの点かなり厳しく見てくると思われます。特に戦略とSI、マーケティングテクノロジーの強化は必須です。これまでも取り組んできたはずですが、十分な成果が出ていません。ここはM&Aも活用して強化してくはずです。

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定量的説得力が弱い中期経営計画

カスタマートランスフォーメーション&テクノロジーが成長領域のみで構成されているかは疑わしいですが、現在の28%を50%に引き上げるのが最大のポイントです。しかし前半で触れたようにオーガニックでの成長はかなり厳しいと考えられます。デジタル領域の成長もせいぜい年率20%ですし、成長領域の売上構成が18%にとどまるからです。

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かつ時間軸の説明がかなり曖昧です。上記の50%の目標も時間軸が設定されていません。これで投資家は評価しないでしょう。少なくとも2022年までに構造改革を終わらせることは書いてありますが、2023-24は空欄です。

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やや苦し紛れに、市場の成長でアップサイドを訴求していますが、電通の問題は市場が成長しないのではなく、成長市場における競争力がないことですので、これは全く説明になっていないと思います。

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4つの柱から見る「本気度」と復活に向けた鍵は?

説明不要ですので以下のチャートを見てください。色々と成長の話は触れていますが、結局構造改革の話しかできていません。個人的には危機感は伝わってきますが、本気で変革していくための道筋はまだ見えていない。前向きに捉えれば、まず構造改革をして株主の信任を勝ち取ってからと言いたいところです。しかし、時間軸を示せていないこと、それ以上に市場の変化の速度が速いことからすると、「本気度」はまだまだ不十分ではないかというのが私の評価です。

ただ、打ち出している方向性は世の中のトレンドに沿った「正しい」ものに思われます。あとは、時間軸を意識しやるべきことをやり切れるか、という「本気の実行力」にかかっています。そのためには、まず構造改革をしっかりやりきりステークホルダーの信用を取り戻すのが第一歩でしょう。鍵はデジタル領域の強化ですが、そのためには中にいる人材の質的変化が必須でしょうし、過去失敗したM&Aの経験を生かし、PMIを含め次のM&Aを成功に導いていけるかが重要だと思います。少し隣のリクルートの社長は45歳、電通Gの社長は62歳です。このあたりから考え直さないといけない気がします。

最後に、「グローバル化」から顧客に付加価値を提供できる「デジタル化」に大きく舵を切るべきです。「量」から「質」への転換とも言えます。電通がこの世界観を実現できれば日本のデジタル産業もさらに一歩前進するのではと思います。

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