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短編小説「ぷりん」 〔2,540文字〕

部屋にこもって宿題をしていたら
台所からシャカシャカ何かを混ぜている音が聞こえてきた。

なに作ってるんだろう…
静かに椅子から降りてこっそり部屋の扉を
3センチメートル程開け、キッチンに立っている
お母さんが何をしているか片目で覗き込む。


母親の勘はすごいと思う。
物音を立てていなかったのに、
フッとこちらを見てにっこり笑った。
バレた!一気にブワッと体の内部が熱くなってくる。


「見てたの?おいで〜」
猫撫でのような優しい声。
お母さんは私が来るのを待つように作業の手を止めた。
作業を止めてしまったのなら仕方がないと思い、
なんか恥ずかしいと思いながら渋々部屋の扉を開け
唇の裏を少し噛みながらゆっくりリビングに歩いていく。

「なーに作ってるでしょうか!」
変にいつもよりご機嫌なお母さんは
私に向かってなぞなぞみたいに問題を出してきた。
「え〜なにいきなり。とりあえず甘い匂いがするなぁ。」
顎に手を当て、んーっと考え込み
お母さんが作るならこれかなと「プリン!」と応えた。

「おぉっ正解!!」
問題を出してきた本人がびっくりしたように眉を
思いきり上げ、漫画にでも出てきそうな
ぱぁっとした満面の笑みでこちらを見てきた。
思っていた以上に喜んでくれたから私もつられて笑ってしまった。

なんか、考えてみたらお母さんのすごく喜んでる姿久しぶりに見たな。
中学生になってから自覚をしてしまう程家族とコミュニケーションを取らなくなった私は、今更親と楽しい会話をするのが小っ恥ずかしくて嫌だなと思っていた。


部屋から出て2人きりで話すのも
なんか照れるような恥ずかしいような気持ちで
今もだが、ずっと母の目を見ることができない。


「あいりちゃんは小さい頃
 お母さんの作るプリンが大好きだったのよー?」

お母さんは止めていた作業を再開し、
ボウルの中の液体を素早くかき混ぜながらまた私に話しかけてきた。
「え、そうだったの??」
記憶にないことに素直にびっくりして、お母さんの方を見る。
なにその驚いた顔っと今度はくすくす笑われた。

「お仕事が忙しくなってスイーツとか作るの辞めてから、、
 もう6・7年くらい経つなぁ。久しぶりにみんなに
 食べてもらおうと思って!」
その言葉にとても母の優しい気持ちを感じた。

このまま「そっか」と部屋に戻るのもなんかやだなぁと
思ったため、私はもう少しお母さんの近くにいることにした。


それからというもの、
私はなんの手伝いをするわけでもなく
ずっと隣に立ったまま、料理をしているお母さんの
手元や行動をぼーっと見ていた。

作業の手がやっと止まった。
「あとは蒸して冷ますだけだよ!あと1時間くらいかな」
深く息を吐き出しながら手首まで下がっていた袖を捲り上げる。


お菓子ってこんなに作るのに時間がかかるのか!
自分には向いてないな、無理だなぁ、と
料理ほぼ未経験の私は少し絶望感を感じたが
一生懸命に作ってくれた母にそんな言葉を言っちゃあ
また馬鹿にされると思ったので声に出すのはやめた。


宿題は後にして、プリンが出来上がるまで
久々リビングでテレビでも見てゆっくりしていよう。
親と2人静かに同じ空間で時間を過ごすのは
もう何ヶ月ぶりになるだろうかとふっと考えたが
思い出せないくらい自分が思春期真っ只中なことに改めて気がついた。


あれから1時間ほど経ち、15時になった。
もうそろそろかな、とソワソワしていたら
それに応えるようにお母さんのスマホのタイマーが
ジリジリと大声をあげて、あの甘い匂いのスイーツの完成を教えてくれた。
 

やったやった!待ちに待ったプリン。
小さい頃私が食べていたらしいお母さんのプリン。
記憶にはないが、絶対に美味しいだろうと静かに唾を飲み込む。


お母さんが鼻歌を陽気に響かせながら食べる準備をはじめる。
ほのかに甘い匂いがこっちにまで漂ってきた。
早く食べたいな。また唇を軽く噛みしめて我慢する。


ほいっと待ちに待っていたものを目の前に出された私は一瞬で見惚れてしまった。
あんな液体だったものが完成したらこんなに
ツルんと可愛らしくなるのね。。
変に感心してワケもなくうんうんと頷く。

それは家に前からあった使ったことのない花柄の小皿に、
チョコンと乗せられ「どうも。」と言ってるように、
そして小動物が座っているように見えた。
(つまり、もう、可愛い、!!)


それからすぐ口に含んだプリンは
すごくきめ細かくツルツルとした歯切れの良い食感で、
我が母ながらにいい意味でお店に売られているものと変わらないと思った。

リビングのテレビはずっと子供向けの教育番組が流れており、
出演者たちがあれやこれやと簡単な問題を出している。
あれだけお母さんが頑張って作っていたプリンもあと2口くらいで無くなる。

宿題はまだ終わっていない。
終わっていないのにこんなに美味しいおやつを
食べれている私は、なんだかズル休みをしてるような
感じでちょっと優越感を感じていた。

最後の一口を思いっきり口に投げ込み、
難しい問題でも解決したかのような満足感と共に
「ごちそうさまぁ〜!」とお母さんに向けて言った。

「おいしかった?」「さいっこうに!」
なんだかまたたびを与えられた猫のように床にゴロゴロしたい気分だ。
お母さんが皿を片付けてくれている間に、
ちょっとの間だけ、、とふかふかのカーペットに横になった。
「なーに。寝るの〜?宿題はー?」と遠くで声が聞こえてくる。

「後でぇ。」と応えた後の記憶は当たり前ない。


気づいたら17時。寝過ぎた!?と思い、がばっと身体を起こす。
お母さんはもう夕飯の支度を始めていた。


そういえば、プリンあと4個残ってたよな。
あとでお父さんとお兄ちゃんにも教えて一緒に4人で食べよう。
お父さんはお仕事から帰ってきていない、
お兄ちゃんは学校のクラブで遅くなるみたい。
夜寝る前にみんなでテレビ見ながらとかどうかな!

4人揃っての会話をするのが楽しみになってきた。
今までの私は何で家族と一緒に過ごすのを
恥ずかしいと思ってたのか、今では
さっぱり理解できない気分だった。


お母さんが作ってくれたあのプリンは
自分の幼心をまた呼び戻してくれたように感じた。

宿題とか明日の朝早起きしてすればいいよね?

夜みんなご飯を食べ終わったら
勇気を出して私から言ってみようか、

「ねぇ、お母さんのプリンみんなで一緒に食べよう!」

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