父の背負うリュックは、大きくて頼もしくて、何よりださい。使い込んで色の褪せてきた肩の部分に、ファスナーのチャックのところに結ばれた赤いひも。 そのリュックを後ろ…
なんの意味もない事は、よく分かっていた。それでも、ほんのささやかな抵抗だったとしても、私は出来るだけ鮮やかに、さも自分が自立した大人の女性ですよ、というように、…
花子。太郎。次郎。 数学の問題に出てきそうな、いかにもありきたりな名前を持つのは、目の前の水槽の中を悠々と泳ぐ金魚たちだ。 三年前の夏。 彼は羽織っていたシャツ…
月香
2019年9月30日 17:31
父の背負うリュックは、大きくて頼もしくて、何よりださい。使い込んで色の褪せてきた肩の部分に、ファスナーのチャックのところに結ばれた赤いひも。そのリュックを後ろから眺めるのが、私の旅行の際の習慣だった。だから、思いもしなかった。まさか自分が、このリュックを背負って空港に立つ日がくるなんて。「お姉ちゃん、もうすぐ搭乗時刻だよ。」「和香、忘れ物しないでよ。」 妹と母に急かされて、私はリュ
2016年10月13日 00:50
なんの意味もない事は、よく分かっていた。それでも、ほんのささやかな抵抗だったとしても、私は出来るだけ鮮やかに、さも自分が自立した大人の女性ですよ、というように、濃い色で自分自身を彩った。二重の大きな目に、太めに主張する眉を持つ私の顔は、さらに鮮やかに彩られた事によって、より派手になる。ジャズのかかる薄暗い店内の奥にある、黒で統一されたトイレの鏡にうつるいつもより派手な私の顔は、ひどくいびつだ。
2016年8月13日 00:52
花子。太郎。次郎。数学の問題に出てきそうな、いかにもありきたりな名前を持つのは、目の前の水槽の中を悠々と泳ぐ金魚たちだ。三年前の夏。彼は羽織っていたシャツの腕の部分を捲くり上げ、子どものような無邪気な顔でポイを水の中に入れた。紺色に朝顔の咲いた浴衣を着て、普段は絶対にしないヘアアレンジをした私も、隣で泳ぐ金魚を眺めていた。「ねえ、あのおっきいのとってよ。」「はあ、あんなの狙ったら