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ださいリュック

父の背負うリュックは、大きくて頼もしくて、何よりださい。使い込んで色の褪せてきた肩の部分に、ファスナーのチャックのところに結ばれた赤いひも。 そのリュックを後ろから眺めるのが、私の旅行の際の習慣だった。 だから、思いもしなかった。 まさか自分が、このリュックを背負って空港に立つ日がくるなんて。 「お姉ちゃん、もうすぐ搭乗時刻だよ。」 「和香、忘れ物しないでよ。」 妹と母に急かされて、私はリュックの肩ひもをかけ直す。父が家族旅行のたびに背負ってきた、ださいリュック。 旅行

    • 私にはまだ早い。

      なんの意味もない事は、よく分かっていた。それでも、ほんのささやかな抵抗だったとしても、私は出来るだけ鮮やかに、さも自分が自立した大人の女性ですよ、というように、濃い色で自分自身を彩った。 二重の大きな目に、太めに主張する眉を持つ私の顔は、さらに鮮やかに彩られた事によって、より派手になる。ジャズのかかる薄暗い店内の奥にある、黒で統一されたトイレの鏡にうつるいつもより派手な私の顔は、ひどくいびつだ。 1時間前。 私と7歳年上の彼は、このカフェに入った。お互い、口をへの字に結ん

      • 金魚の面影。

        花子。太郎。次郎。 数学の問題に出てきそうな、いかにもありきたりな名前を持つのは、目の前の水槽の中を悠々と泳ぐ金魚たちだ。 三年前の夏。 彼は羽織っていたシャツの腕の部分を捲くり上げ、子どものような無邪気な顔でポイを水の中に入れた。 紺色に朝顔の咲いた浴衣を着て、普段は絶対にしないヘアアレンジをした私も、隣で泳ぐ金魚を眺めていた。 「ねえ、あのおっきいのとってよ。」 「はあ、あんなの狙ったらすぐに破れるって!」 「それは圭介がヘタクソだからでしょー?」 あの時の会話を

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