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【小説】ロックバンドが止まらない(23)
「……というのが、僕たちがChip Chop Camelを結成して、文化祭で初ライブをするまでのあらましです」
そこまで喋って、神原はようやく一息つく。ペットボトルの水を一口飲むと、感傷的な気分は少しだけ落ち着いた。
一時間ほど喋り続けていたので、太陽が傾き始めているのが、ブラインド越しでも分かる。
これほど長く学生時代の話をしたことはここ最近ではなかったので、懐かしい思いと胸の奥でズキズキと痛む感覚が神原の中では同居していた。
「なるほど。興味深いお話ありがとうございました。今までも何度も神原さんには取材させていただきましたけど、こういう機会でもなければ聞けないようなお話がたくさん聞けて、とてもためになりました」
「大丈夫ですかね? 僕、喋りすぎてませんよね?」
「いえ、全然。むしろ、これだけ細かく話してくださったことには、感謝しかありません。文化祭で初ライブをするまでにも、色々な紆余曲折があったんですね。それで、どうなんですか? その中学生時代にバンドを組んでいた敦賀さんや新座さんとは、今でも連絡を取り合ったりしてるんですか?」
「はい。敦賀の方は引っ越してからもたまに連絡を取り合っていますし、大阪で行われた僕たちのライブにも来てくれたことがあります。新座の方は高校を卒業してからだんだん疎遠になって、メジャーデビューした頃から連絡は取り合っていないんですけど、今でも僕たちの曲を聴いてくれていたら嬉しいですね」
笑顔で応えると、番場も同じように笑顔を覗かせてくれて、神原は心が洗われるようだった。
正直、敦賀が大阪に引っ越したとき、新座がサッカー部に入ってベースを辞めたとき、神原は二人のことをまったく憎まなかったと言えば、嘘になる。どうして一緒にバンドを続けてくれないんだと、不満に思ったこともある。
でも、今ならそれも本人の選択だったのだと思える。自分がバンドを押しつけていい謂れはない。
そう思えるようになったのも、時間が少しずつ神原の心の棘を抜いてくれていたからだった。
「さてと、それでは次はChip Chop Camelを結成してから、文化祭での初ライブが終わった後の話を聞かせていただけますか。アルバム『D』でメジャーデビューを飾ったのは、その初ライブから五年後、二〇〇六年のことでしたよね」
「はい。正直色々苦労しました。インディーズでデビューをすることはできたものの、なかなかその先に進めなくて。あれは今振り返ってみても、大変な時期だったなと思います」
傾聴する姿勢を取っている番場に、神原は記憶を辿る。正直、あまり積極的に思い出したいことではない。
でも、自分たちの歩みを振り返ったときには、間違いなく必要な期間だったとも言える。
神原は一つ一つ丁寧に話し始めた。
取材が始まってからは、既に二時間が経とうとしていた。
文化祭が終わった翌日、神原はさっそくカセットテープに自らが作った曲を焼いて、三人に渡していた。鉄は熱いうちに打てではないが、ライブで得た高揚感を失わないうちに曲を作りたいと思った。
ここ一ヶ月ほどは文化祭に集中していたから、神原は曲を作れていない。だから、与木や久倉にとってはカセットテープに録音された全六曲が知っている曲だ。
そのなかで唯一、神原や与木が作った曲を聴いたことがなかった園田は、翌日登校するやいなや、与木も呼んで神原のもとに来ていた。昨日一日で神原や与木が渡したカセットテープを、それぞれ二回通して聴いたらしい。
「めっちゃ良かった。全部私の好きな曲だった」と言ってくれるのは、神原にとっては嬉しいの一言に尽きる。与木も褒められて、照れくさそうに頬を染めている。
園田は曲作りに前向きな姿勢を見せていて、それは神原にとっても心強く感じられた。
それでも、神原や与木が作った曲は、なかなかバンドとしての曲に姿を変えることはなかった。この四人でオリジナル曲をやるのは初めてだから、何事もまずは手探り状態で進めていくしかない。
園田は音楽理論や作曲術をまだ勉強している最中だったし、久倉もドラムの構築に予想をはるかに超えて手間取っている様子だ。
神原や与木もお互いの曲に当てるギターのフレーズを思いつけておらず、四人が再び貸しスタジオに集まる機会は、しばらくは訪れなかった。
園田にどうしたらいいか何度も相談されても、神原は毎回的確なアドバイスができない。もともと自分はベースを弾いたことがなかったし、個人のインスピレーションが大半を占める曲作りで、自分が何を言えるか神原にはまったく分からなかった。
そもそもコードを弾くことが主のバッキングギターでさえ、神原にはまだまとまっていない。
だから、アドバイスをするにしても、最悪コードの基音をずっと弾き続けるルート弾きでいいから以上のことは言えず、園田もそれくらいのことは分かっていたようで、有効打にはなり得ない。
たった一曲だけでも、バンド演奏の形にすることがどれだけ難しいか。神原は毎日身に染みて味わっていた。
それでもずっと貸しスタジオに入っていないのも不安だと言うことで、神原たちは冬休み中、年が明けた適当な日に、一度曲を合わせようと貸しスタジオの予約を入れる。
明確な日程が決まってからは、神原たちはお互いに思いついた演奏をカセットテープに録音して、聴かせ合う日々を送る。
ここのフレーズは好き。ここはもっとこうしてほしい。オリジナル曲を作ったことがない神原たちには、そんなざっくりとしたことしか言えず、中学からギターを弾いていても、自分の経験値の低さを神原は思ってしまう。
肝心の園田はルート弾き以上の演奏を作れていなくて、それももちろんバンドでは重要なことには違いないのだが、それでも神原はどこか味気ない思いを抱いてしまっていた。
冬休みに入ると、四人揃って会う機会は、なかなか神原たちには取りづらくなる。神原たちの家は、それぞれ歩いて一〇分以上はかかるほど離れているからなおさらだ。
だから、神原としてはひたすらギターの練習をしたり、新しい曲を考えたりするしかない。冬休みの課題も二の次にしてギターを弾いていると、時間はひどくゆっくりと流れていった。
年が明けて最初の貸しスタジオでの練習は、平日の昼間だったからか、神原たちはたっぷりと二時間の使用時間を確保できていた。
ギリギリまで家で暖まっていたかったけれど、神原はうずうずしてしまい、使用開始時間の二〇分前には貸しスタジオがあるビルの前に到着する。
昨日は東京にもわずかだが雪が降り、その名残のような底冷えする寒さは今日も健在だ。だから、神原はズボンのポケットからなかなか手を出せなかった。
何をするでもなくただ待っていると、ぽつぽつと与木たちもやってくる。
全員が使用開始時間に間に合うように集まり、神原たちは「あけましておめでとう」と挨拶を交わした。でも、ライブとはまた別種の緊張を抱いている神原たちには、正直それどころではなかった。
貸しスタジオに入った神原たちは、準備を終えると、誰からともなくお互いの顔を見合った。なかなか切り出せない三人に、神原は自分と同じように息を呑む感覚を抱いていると気づく。
だから、神原は一つ息を吸ってから「じゃあ、『FIRST FRIEND』一回合わせてみようぜ」と、曲名とともに告げる。三人も頷くと、神原たちは再びアイコンタクトを交わし合う。
そして、神原たちの視線を向けられた久倉は、「じゃあ、いくぞ」と三人に確認してから、「ワン、ツー、スリー、フォー!」とカウントを発する。それを合図に神原たちはお互い向かい合った状態で、一斉に演奏を始めた。
神原たちがした演奏は、事前にカセットテープで確認し合った通りだった。
久倉はオーソドックスなエイトビートを叩いているし、園田もシンプルなルート弾きに徹している。神原も歌いながらだったのでコードを押さえる以上のことはできず、言うならば素材そのものの味みたいな料理の中で、唯一与木が弾くギターリフだけが味を加えているような状況だ。
今までコピーしてきた曲と比べると、神原には自分たちの演奏がたいそう味気なく感じられて、プロの曲の凄さを思い知る。
しかも、何ら特別なことをしていないのに、神原には自分たちの演奏がうまく嚙み合っていないように感じられる。全員がお互いの顔色を窺うような演奏に終始していて、またテンポも微妙に合っていない。
演奏していて、神原は息が詰まるような感覚を抱いてしまう。今まで曲がりなりにも、自分たちの演奏が合っていたと感じられたのは、原曲という明確な正解があるからだと悟った。
今はその正解を自分たちで作っていかなければならない状況だ。その作業は思っていたよりも難しくて、楽観視していたわけではなかったが、貸しスタジオに入ってさえしまえば何とかなると考えていた自分の見通しの甘さを、神原は演奏しながら痛感していた。
違和感を強く感じながらも、神原たちはどうにか一曲を演奏しきる。終わり方も明確には決めていなかったから、まったく揃わず自然消滅的に曲は幕を引いていた。
貸しスタジオに漂う空気は、神原にははっきりと気まずいと言える。言いたいことは山ほどあるのに、遠慮に阻まれて、なかなか言葉にはなってくれない。
オリジナル曲を合わせたのは初めてだから、ある程度は上手くいかなくてもしょうがない。そんな風に自分で、自分を納得させてさえいた。
「どうだった……?」気まずい空気の中で、口を開いたのは久倉だった。でも、その口ぶりは重く普段の久倉とはかけ離れていて、四人の演奏の出来を如実に示していた。
「いや、どうだったって訊く以前の問題だろ。ここまでかってぐらいバラバラだった」
言いづらい感想も、神原は率直に口にする。そう感じていないほど、三人は鈍くないだろう。
案の定、貸しスタジオには再び沈黙が広がる。それは四人の胸のうちを、これ以上ないほど的確に表していた。
「とりあえずさ、テンポが決まってなかったのがいけないと思うんだ。だからさ、とりあえずBPMを一二〇に設定して、もう一回やってみよう」
いたたまれない空気を収拾するかのように、神原は提案する。三人も頷き、久倉が持参したバッグから電子メトロノームを取り出す。
カチカチと刻まれる音は思いのほか大きくて、演奏中も耳に入ってきそうだったけれど、今の神原たちにはそれくらいでちょうどよかった。
クリック音に合わせるようにして、久倉が再びフォーカウントを刻む。神原たちは、同じ曲をもう一度演奏した。
テンポが定まっているおかげで、演奏は先ほどよりかは合っている。だからこそ、自分たちの曲の空疎さ、味気なさが際立ってしまう。茹でただけの味のないパスタを口に入れられているようだ。
もちろん何でもかんでもごちゃごちゃと飾り付ければいいという訳ではないけれど、それでもこのままでは他の人に聴かせることはできないだろう。これからもっと曲を練っていく必要がある。
それは大変な道のりだろうけれど、神原はそう思えただけで自分たちは一歩前進したのだと思いたかった。
(続く)
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