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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(187)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(186)




「えっと、じゃあ改めて。佐貫先輩、とま先輩、受験お疲れ様でしたー!」

 六分割された画面の一角で、成が言う。後輩たちから贈られる労いの言葉を、画面の中の佐貫と泊はすっきりとした表情で受け取っていた。

 晴明と桜子も、軽く手を叩いてみる。ぼんやりと抱いていた懸念は、既に消え去っていた。

 図書館での出番は、予定通り一六時に終わった。六回にも及んだ出番に、いくら晴明としても疲労の色は隠せない。帰ってきてすぐにシャワーを浴びて、横になって身体を休める。

 いつの間にか眠っていた晴明が目を覚ましたのは、身体を揺すられてのことだった。目を開けると、そこには桜子がいたけれど、晴明は大きくは驚かなかった。桜子が来たのは、事前に約束していた通りの時間だったからだ。

 持参してくれたパソコンを立ち上げ、インターネットにつなぐ。パスワードを打ちこむと、すぐにzoomは始まった。画面に映る五人の顔に、晴明はどこか懐かしい気持ちを覚える。

 今日は晴明たちアクター組の疲労を考えて、直接会うことは次の機会に持ち越されていた。

「ありがとな。こうして労ってもらえると、大変だったけどがんばった甲斐があったって思えるよ」

 一通り声をかけられてから、佐貫はかすかに照れくさそうな表情を浮かべて答える。その後ろにあるのは、着ぐるみ劇の朝練で何度も訪れたから晴明にとっては見慣れた、無地の水色のカーテンだ。清潔感のある光景はきっと見える範囲だけではなく、部屋中に広がっているのだろうと晴明は想像した。

「で、どうだったんですか? 佐貫先輩。受験の方は。手ごたえはありましたか?」と、成があけすけに訊いているそれは全員が尋ねたいことだったから、成を咎める者はいなかった。

 佐貫の顔がふっと和らぐ。その表情に、恥ずかしさは少しも含まれていないように晴明には見えた。

「ああ、現代文も数学も英語も、ちゃんと時間内に全部解けたよ。特に英語はさ、前日重点的に復習した文法がそのまま出て、ラッキーだって思った。今の俺にできる最大限は出せたなって手ごたえがある。きっといい結果が出るんじゃないかな」

 佐貫の声は静かな自信を帯びていて、晴明はそっと胸をなでおろす。一学期に受けた模試の判定はよくなかったようだが、そこから一生懸命追い上げたらしい。

 晴明には、春から大学に通う佐貫の姿がはっきりとイメージできた。凛々しい表情をして、入学式に出席している。

「佐貫、大賀祭で引退してからすぐ塾に通い始めてたもんね。私と会う頻度も減らして、脇目も振らず勉強して。まだ結果が出たわけじゃないけど、とりあえず後悔はしてなさそうで安心したよ」

 感慨深げに口にする泊は、既に薄黄色の部屋着に着替えていた。ラフな雰囲気が、部活や学校以外ではあまり泊と会ったことのない晴明には、新鮮に映る。

 自分の部屋からzoomに参加しているのだろう。壁に貼られているポスターは、たぶん自分が見たことがない映画のものだと晴明は推測した。

「そういう泊はどうだったんだよ。専門学校の面接うまくいったのか?」

「それ、私も気になります。映画の専門の面接って何聞かれるのか、全然イメージできなくて」

 佐貫と桜子が尋ねると、泊は微笑を浮かべてみせた。「よくぞ訊いてくれました」と言わんばかりに。

「まあ、一般的な大学のAOや推薦とあまり変わらないと思うよ。高校時代に力を入れたこととか、この学校に入って何がしたいのかとか。私ちょっとしたきっかけがあって、その専門に通ってる人と話す機会があって。どんな質問がされるか、大体聞けたのは大きかったかな」

「とま先輩、なんて答えたんですか?」

「そりゃもちろんアクター部のことだよ。私の高校生活で一番の思い出なんだから。『着ぐるみに入る部活です』って言ったら、面接官の人めっちゃ驚いててさ。色々根掘り葉掘り訊かれちゃった」

「僕たちのこと、悪く言ってないですよね?」

「当たり前じゃん。『多くの時間を一緒に過ごしたかけがえのない仲間です』って言っておいたよ。今振り返るとちょっとクサいなって思うけど、まあ本当のことだからいいよね」

 改めて言葉にされると晴明も少し気恥ずかしさを感じたものの、爽やかな表情をしている泊を見ると、嫌な印象は抱かなかった。もはやアクター部抜きでの高校生活は考えられなくなっていたから、桜子と一緒に頷くことができる。

 明日は二か所に分かれての活動で、その翌日は活動は休みだけれど、火曜日になれば、また全員で顔を合わせられる。それは晴明にとって、至上と言っていいほどの喜びだった。

 zoomは和やかな雰囲気のまま続いていく。

 佐貫の塾での話や、出願用に泊が撮った五分間のショートムービーの話題などが、時間をかけて話される。佐貫も泊も一段落着いた清々しさからか、明快に話していて、晴明は二人が得ている手ごたえのほどを感じた。

 直接会っているのと遜色ないくらいに、打ち解けた雰囲気。しばらく会えなかった鬱憤を晴らすかのように、盛り上がる会話。まだ体に残っている疲れもさほど気にならないほど、晴明は先輩たちとの雑談を楽しめていた。

 だから、佐貫の口からその言葉が出たときも、晴明は大きく驚かないでいられた。

「そういえばさ、マスコット総選挙の投票、さっき締め切られたんだろ。似鳥たちの方こそお疲れ様じゃんか」

 自然な流れで出た話題に、晴明はすぐに「ありがとうございます」と礼を言う。

 マスコット総選挙は、投票開始からちょうど二週間が経った今日の一八時で、投票期間を終了していた。各クラブやマスコットは追い込みをかけるようにアピールを続け、最後までファン・サポーターの投票を促す。

 晴明たちも何度もSNSを更新し、今は芽吹が各SNSに投票への感謝を告げる文章や写真、動画を投稿したばかりだ。

 ある種のお祭り期間が終わったことで、晴明の身体にはまた一つ疲れが噴き出す。でも、それは達成感と呼べるような心地いいものだった。

「いや、本当に似鳥や芽吹を中心に、みんながんばったと思うよ。ツイッターだけじゃなく、インスタやTikTokも毎日更新してさ。私、今日はどんな投稿があるのかなって楽しみにしてたもん」

「そうそう。ツイッターとか見る限り、地域活動も欠かさずやってたんだろ。ネットでもリアルでも精力的に動いて。いい選挙活動だったと思うぜ」

 佐貫や泊に正面から褒められると、晴明は身体がこそばゆくなる感じがした。思わず「いやいや、芽吹先輩や文月がちゃんと計画を立ててくれたおかげですって」と、謙遜してしまう。

 だけれど、へりくだりたい晴明の気持ちは見透かされていて、芽吹から「いや、一番がんばったのは中に入ってた似鳥だって。毎週のように活動や撮影が入ってて大変だったろうに、弱音一つ吐かず取り組んでくれて。本当にすごいなって思うよ」と、カウンターを浴びる。

 素直に認めることも恥ずかしくて、晴明は曖昧に笑うことしかできなかったけれど、それでも温かな表情をしている先輩たちを見ると、自分のやってきたことにはちゃんと意味があるのだと思えた。

「ところでさ、ちょっと気が早いんだけど、最終結果はいつ頃出るの? デラックスまでには発表されるよね?」

「はい。筒井さんから聞いた話では、これまでは段階的に少しずつ発表されてきたらしいので、たぶん今年もそうなると思います。デラックスの日程から逆算して、大体二月の一一日あたりからですかね。そう考えると、今からドキドキします」

 泊の疑問に答える桜子は、ドキドキすると言いながら、声を弾ませていた。きっと中間発表からさらに順位を上げた、ライリスの姿を想像しているのだろう。

 その気持ちは晴明にもよく分かった。弛まぬ活動は必ず結果に結びつくと、信じて疑わなかった。

「そうだね。無関係の私ですら、少し緊張してるぐらいだもん。みんなならよっぽどだよね。ここ二週間だけじゃなく、去年からの活動が報われるように、少しでもいい結果が出たらいいね」

「そうだな。中に似鳥たちが入っていることは人からは見えないとはいえ、今日までのライリスのがんばりはきっと大勢の人が見てくれてるはずだから。評価されない方がおかしいって俺は思うよ」

 泊や佐貫の目は微笑みながらも本気で、思ったことをそのまま口にしている様子だった。

 等身大のエールに、晴明は手放しで喜ぶ。zoomでもこうしてアクター部全員で話せていることが、かけがえのない幸せだと思った。

「二人ともありがとうございます。そう言われると、また明日からの活動もがんばれそうです」

「ああ。なんてったってもうすぐシーズン開幕だしな。俺も泊もデラックスには行くから、ライリスをはじめたくさんのマスコットたちに会えるの、楽しみにしてる」

 そう答える佐貫の隣の画面で、泊も鷹揚に頷いている。アサヒデラックスカップが行われる国立競技場は、優に五万人以上を収容できる。きっとグリーティングに参加するマスコットや来場者も、フカスタの何倍もの規模になるに違いない。

 未体験の規模に晴明は気負う部分もあったが、佐貫や泊といった知り合いが来てくれるとなると、少し安心して人前に出られそうな気がした。

 zoomはそのまま夜の七時まで続いた。雑談は途切れることなく展開される。晴明はさほど話すことはできなかったけれど、部員たちやもう引退してしまった先輩たちの顔を見るだけで、心から癒やされていた。

 あと一ヶ月ほどで卒業式が来るとは、とても思えなかった。

 二月一一日は、今年も変わらず祝日となった。一歩外に出ただけで、どこか浮ついた空気を晴明は感じる。

 芽吹と合流して、駅へと向かう。今日の晴明、もといライリスは午前中は海浜幕張にある大型商業施設でバレンタインデーイベントへの参加、午後は千葉駅前でハニファンド千葉のホーム開幕戦の告知を、スタッフやボランティアと協力して行うという予定だ。

 大型商業施設に到着して、筒井と落ち合う。何回も来ているからバックヤードの忙しない雰囲気にも、晴明は大分慣れてきていた。

 ライリスの目を通して見た店内には、いたるところにハートマークの飾り付けがされていて、晴明は少し恥ずかしくなる。二月一四日はちょうどアサヒデラックスカップの開催日だったから、晴明はこのとき初めて今年のバレンタインデーの存在を意識した。

 イベントスペースに設置された仮設ステージでは、女性タレントのトークショーが開催されていることもあって、すでに何十人という人が集まっている。

 この時期らしく恋愛トークが中心のトークショーが終わると、晴明はステージの前に姿を現し、そのまま流れるように三〇分のグリーティングは始まった。

 大型商業施設のスタッフが来客を並ばせて、晴明は一人一人と心を込めて触れ合う。列に並んでいたのは、知っている顔が半分、知らない顔が半分といったところで、でも誰もがライリスの前になると、子供のようにテンションが上がっていた。

 握手をして、ツーショット写真を撮って、動作で言われたことに反応を示す。バレンタインデーが近いからか、チョコやクッキーなどのお菓子を渡してくれる参加者もいて、晴明は喜ぶように大げさなしぐさをした。実際嬉しかったし、そこまでライリスが愛されていることも誇らしい。

 店内に流れる弾んだ雰囲気に、晴明の心もまた上向いていた。

 大型商業施設でのイベントが終わると、晴明たちは千葉駅に移動した。昼食を含む休憩時間をたっぷりと取って、二時ごろになると晴明は再びライリスを着て、西口に登場した。祝日とだけあって人通りは多く、告知をするのにはうってつけな環境だ。

 ライリスの手では一枚一枚ビラを配るという器用なことは難しかったので、晴明はちばしんカップとホーム開幕戦の日時を書いたホワイトボードを持って、道行く人々にハニファンド千葉の存在を知らせた。棒立ちでは味気ないので時折動きを入れたり、一緒に写真を撮ってほしいと頼まれたときも、ホワイトボードを持ちながらカメラに収まった。

 スタッフやボランティアは懸命にビラを配って、ハニファンド千葉を一人でも多くの人に認識してもらおうと努力している。

 西口だけでなく、東口でも同様の活動が展開されていると思うと、晴明の背筋はぐっと伸びる。爛々といった動きでアピールする。

 多くの人の目が、一回は自分たちに向けられているのを、晴明は確かに感じていた。絶え間なく行きかう人々の一人でもフカスタに足を運んでほしいと、本気で願った。

 西口で三〇分間試合の告知をした後、晴明は少し休んで今度は東口に登場した。同じようにホワイトボードを掲げ、ハニファンド千葉の試合があることを、通り過ぎる人々に知らしめる。

 隣で配られるビラを手に取ってくれる人も少なからずいて、晴明には手ごたえがあった。試合の存在を認識させるという第一歩は成功している。すぐにではなくても、いつかはフカスタに来てくれるかもしれない。

 地道な活動でもいつかは報われるだろうと、晴明は信じて疑わなかった。


(続く)


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