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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(188)


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 午前と午後、計三回の出番を終えた晴明は家に帰ると、シャワーも浴びずにすぐにベッドに横になった。スマートフォンでツイッターのアプリを開く。SJリーグ公式のアカウントは、今朝の投稿から更新されていなかった。

 それを見て晴明はほっとするような、焦らされるような思いを抱く。桜子の推測では、今日からマスコット総選挙の結果が段階的に発表されるはずだ。去年は五五位から三一位までが、一気に発表されたと聞いている。

 少し目を瞑ってみても、疲れているのに晴明は眠れず、やはり結果発表を意識しているのだと感じた。大型商業施設でだって、千葉駅前でだって、それは常に頭の片隅にあり続けた。一度気になったら、なかなか意識することはやめられない。

 晴明はベッドから起き上がって、シャワーを浴びに向かった。何かをしていれば、少しでも気が紛れるだろうと思った。

 SJリーグの公式SNSに新たな投稿があったのは、中間発表のときと同じく、夜の八時を回った頃だった。勉強をするという口実で、自分の部屋に戻っていた晴明は、五分前からツイッターを見ていたから、一分もしないうちにその投稿に気づいた。

 アカウントには数件のツイートが一気に投稿されていて、それは晴明たちの予想通り、マスコット総選挙の最終結果の一部を知らせるものだった。順位とともに各マスコットの写真が添付されたツイートを、晴明は眺める。

 それらのツイートに、ライリスの名前はなかった。それはライリスが三〇位以上の結果を収めたことを意味していた。

 投稿されたばかりのツイートたちに「いいね」をつけて、晴明はスマートフォンから顔を上げる。そして、一つ大きく息を吐いた。

 中間発表時の二三位という結果から、今日結果が発表される可能性は低いと目途がついていてもなお、晴明は安堵感に浸っていた。

 もちろん結果が振るわなかったとしても、そのマスコットの魅力や積み上げてきたものが貶められることはない。でも、一つでも高い順位はそれだけの人が投票してくれた、応援してくれたという証明になる。

 晴明は再びツイッターを開いた。数分前よりも増えていた反応は、たとえ下位に沈んだとしても、そのマスコットを大切に思う人間が確かにいることを示していた。

〝SJリーグのツイッター見た?”

 桜子からラインが来たのは、第一弾の結果発表から数分経って、晴明が本当に勉強に取りかかろうとしたときだった。

 少し出ていたやる気はすぐに飛んでいき、晴明は再びスマートフォンを手に取る。ラインを開き、簡潔な返事を打ち込む。

〝ああ、見たよ。ライリスの名前、まだ出てなかったな〟

 返信した瞬間から既読がつく。桜子も手持ち無沙汰にしているようだ。

〝うん、とりあえずこれで三〇位以上は確定だね。ひとまずはホッとしたよ〟

〝そうだな。他のマスコットもがんばってるとはいえ、やっぱり参加するからには、一つでも上の順位を目指したいしな。それが投票や応援してくれた人たちへの恩返しにもなるし〟

〝そうだね。また明日の結果発表、楽しみに待ってよう〟

 他意のない桜子からのラインにも、晴明は即座に返信ができずにいた。去年と同じなら、明日の今頃には三〇位から一一位までの順位が発表されているだろう。中間発表の結果から考えて、ライリスの順位がその範囲内である可能性は極めて高い。

 いったい何位なのだろうか。中間発表から一つでも上の順位にいけているのだろうか。晴明はドキドキしてしまう。

 でも、このラインの流れでは、少しでも不安がっているとは言いだしづらい。少し考えて、晴明は当たり障りのない返信を送った。

〝ああ。俺もライリスが中間からどれだけ順位を上げてるか楽しみだよ〟

 晴明がそう返して、桜子が猫のキャラクターのスタンプを送ったところで、やりとりは終了した。すぐに勉強モードに切り替えることもできなくて、晴明は椅子に座ったままダラダラとスマートフォンを見続ける。

 先ほどよりもさらに多くの反応がついたツイートたち。一つ一つのリツイートやいいねの向こうにある人々の表情が、晴明には透けて見えるようだった。

 二月一二日の金曜日は、今日が終わればまた休みが来るからか、学校全体にどこか浮かれた空気が漂っていた。

 締まらない雰囲気に流された面も否めないが、晴明の頭は今夜発表されるであろう、マスコット総選挙の最終結果のことばかりを考えていた。授業中は上の空で、土日のどちらとも活動が入っているため、軽めの調整がメインだった練習も一〇〇パーセント集中できたとは言い難かった。

 結果が投稿されるであろう夜の八時までの時間が、やたらと長く感じる。それは晴明があまり経験したことのない感覚だった。

 帰宅して夕食を食べ終えると、晴明はすぐさま自分の部屋に向かっていた。マスコット総選挙の結果はなるべく静かなところで、心を落ち着けて確認したいと思ったからだ。

 夜の八時にアラームを設定して、ひとまず今日の授業で出された課題に取り組んでみるものの、まったく頭に入ってこない。

 それでも晴明が踏ん張って机に向かっていると、スマートフォンは時間通りにアラーム音を鳴らす。

 瞬発的にスマートフォンを手に取って、晴明はSJリーグの公式ツイッターにアクセスした。

 すると、一時間前に確認したときにはなかった、新規のツイートが五件投稿されていた。結果発表の続きだろう。そう確信しながらも、晴明は新しいツイートからさかのぼるようにして画面をスクロールする。

 最新のツイートは晴明が、そして多くの人が想像した通り、マスコット総選挙の結果を記していた。一一位から一四位までのマスコットたちが写真とともに名前を挙げられている。そのツイートにライリスの名前はなかった。

 でも、晴明はうろたえない。中間発表は二三位だったのだ。たった一週間で順位を一〇個も上げることは、あまり現実的ではない。冷静さを保ったまま、晴明は指を動かす。

 一五位から一八位。いない。一九位から二二位。

 ここにもいない。そこまで見て晴明は指を止めた。一つ息を吐く。

 同時に投稿された三つのツイートは、ライリスが中間発表から順位を上げなかったことを意味していた。複数のSNSへの反応や、実際に表に出て人と触れ合った手ごたえから、中間発表からより得票数は伸びていると晴明は感じていたから、わずかに落胆してしまう。

 それでも、晴明はスマートフォンの画面を見つめ続けた。再び指を動かす。ライリスの中に入っている晴明には、最終順位を知る義務があった。

 二五位。光の速さで目に飛び込んできた数字は、紛れもない現実を突きつけていた。

 目をこすってみても、瞬きをしてみても、添付されたライリスの画像の左上に映る二五位という数字は変わらない。夢や幻などでは決してなく、晴明は数秒ためらってから、状況を理解した。

 二五位は去年のライリスとまったく同じ順位だ。もちろん現状維持だって、容易なことではない。去年より順位を落としたマスコットもいるのだ。悲観的になる必要は少しもない。

 それでも、晴明は胸に悔しさと無力感、そしてやりきれなさを抱えてしまう。考えもしなかった結果は、晴明の脳をしたたかにぶっていた。

 何のために一つでも上の順位を目指したのか。それはライリスを応援してくれる人たちに報いるためだ。一つでも上の順位に食い込んで、ライリスのことを誇らしいと思ってもらうためだ。

 それに上位になれば、クラブの宣伝にもなる。良い順位でマスコット総選挙を終えて、悪いことは一つもないのだ。

 だけれど、現実はどうだろう。去年から一つも進歩していない。

 他のマスコットだってアピール活動をがんばっていたことは、晴明にも当然分かっている。多くのファンやサポーターが自分が応援するクラブのマスコットを、少しでも良い順位に押し上げようと、懸命になっていたことも理解している。

 それでも、晴明は二五位という結果を簡単には認めたくなかった。中間発表で二三位と順位が上がる兆しが見えていた分、よりショックは大きい。去年の五月からライリスの中で過ごした時間の全てが無駄だったとさえ、言われているかのようだ。自分だからこそできたことは、一つもないと告げられているかのようだ。

 辛うじてライリスの名前が載ったツイートにリツイートといいねをして、晴明はスマートフォンから手を離した。

 二七位から三〇位に名を連ねたマスコットも、今頃投稿されているであろうハニファンド千葉や、ライリスのSNSアカウントからのお礼のメッセージも、今は何もかもがどうでもよく感じられた。

〝ハル、ひとまずマスコット総選挙おつかれさま〟

 晴明がそのまま呆然としていると、机の上のスマートフォンは振動して、桜子がラインを送ったことを知らせた。宛て先は晴明との個人ラインではなく、アクター部のグループラインだ。

 今日も夜の八時に結果が発表されると目星をつけて、すぐに結果をチェックしていたのだろう。瞬く間に既読の数は四に達した。成も渡も芽吹もこのラインを見ている。

 晴明は「ありがとう」という短いお礼も、スタンプの一つさえもすぐに送ることができなかった。桜子たちと繋がったことで、自分が落ちこんでいることをより強く実感していた。

〝似鳥、よくがんばったね。SNSでも実際の現場でも常に全力投球で。一生懸命ライリスやハニファンド千葉のことをアピールして。結果こそ去年と変わらなかったかもしれないけど、順位以上の大きなものを、似鳥は今年残せたと思うよ。それは誇りに思ってもいいんじゃないかな〟

 晴明の表情を想像したのか、晴明が返信をする前に、成は手早くフォローするラインを送ってきた。

 確かに投票期間の二週間をはじめ、ライリスに入ってきた時間を意味のないものとみなしてしまうことは悲しすぎる。スタジアムの中でも外でも、どこに行ってもライリスに会いに来てくれる人たちはいる。晴明も、それだけで十分ではないかと思いたい。

 でも、ライリスに入る時間を重ねていくうちに、欲のようなものも晴明には出てしまっていた。もっと人気を得たい。もっと多くの人と触れ合いたい。

 中間発表のときに一度はつかみかけた明るい未来は、晴明の手をいとも簡単にすり抜けていた。

〝確かに南風原先輩の言う通りです。それでも、僕は一つでも上の順位でマスコット総選挙を終えたかったです。順位を上げることで、投票してくれた人や応援してくれる人に喜んでほしかったです〟

〝いや、俺はもう十分喜んでくれてると思うけどな。期間中ライリスが毎日発信して、嬉しくないわけがない。そりゃ結果は結果だけどさ、そこにいたるまでの過程には、間違いなく価値があったんだよ。こんなこと言ったら似鳥は怒るかもしれないけど、俺は何位になってもいいとさえ思ってたから。ライリスだけじゃなく、すべてのマスコットが無事に投票期間を終えられれば、それでいいと思ってたから〟

 一文ずつ立て続けに送られてきた渡からのラインに、晴明は心の中でため息をつく。順位がどうでもいいなんて自分が、カァイブが出ていないから言えるんだと感じてしまう。

 それでも、渡の言うことを晴明はまるっきり否定したくもなかった。投票期間中は様々なマスコットが様々な手を尽くして、アピールをしていた。きっとそれは特定のクラブやマスコットを応援する人だけではなく、あらゆるクラブのファンやサポーターを喜ばせたことだろう。SJリーグのマスコット界隈が、シーズン中も含めて一番と言えるほど大きな盛り上がりを見せたことは間違いない。

 順位づけされるのは確かに残酷だが、どのマスコットも目いっぱい個性を主張していた。おそらくマスコット総選挙の大きな意味はそこにある。

 そう正当化を試みても、晴明の心は完全に癒やされなかった。投票してくれた人や応援してくれた人たちに申し訳ないという気持ちは、まだ明確に残っていた。

〝渡先輩の言うことも分かりますし、僕もそう思いたいんですけど、やっぱり二五位っていう結果は思ってた以上にショックで。僕がライリスに入ってきた時間が評価されなかった気がしてしまうんです。僕はいったいどうすればよかったんでしょうか?〟

〝似鳥、お前すごく失礼なこと言ってるの、自分で分かってるか? どうすればよかったのかって自分を否定することは、お前が入ってるライリスを好きでいてくれたり、応援してくれてる人たちも否定することになるんだからな。それにこういう言い方は適切じゃないけど、ライリスよりも順位が下のマスコットの立場はどうなるんだよ。その中に入っているスーツアクターや応援してくれる人に向かって、お前は同じことを言えんのかよ〟

 面と向かって言うようにたしなめてくる芽吹にも、晴明はすぐに返信ができなかった。書かれていることはこれ以上ないほど正しいが、その正しさは今の晴明を完全には救わない。

 他のマスコットは他のマスコットだと、好きでいてくれる人はライリスのほんの表面的な部分しか見ていないと、そう思ってしまう。

 もちろん、ライリスの中にいるのは自分だと触れ回りたいわけではなかったが、それでも晴明は徒労感や無力感を抱いてしまっていた。

〝ハル、卑屈になんないでよ。ハルがやってきたことには意味があるって、少なくとも私たちは分かってるから〟

〝そうだよ。あのフェスのときに似鳥がいなかったら、今頃ライリスはどうなってたか分かんないんだから。もっと出番や露出が減って、順位だって下がってたかもしれないんだよ〟

〝似鳥、元気出せよ。明日もちばしんカップでまた出番じゃんか。悔しがっててもいいけど、それでもファンやサポーターの人たちの前には出なきゃ。ライリスは、似鳥は必要とされてるんだからさ〟

 桜子たちが次々に、励ましのメッセージを送ってくる。よほど今回の結果が、晴明には堪えていると思ったのだろう。

 メッセージ自体は単純にありがたいし、ここまで心配してくれる仲間がいる自分は幸せだと晴明は思う。

 今自分にできることは、前を向くことだ。いや、本当はまだふさぎ込んでいたとしても、前を向く姿を見せることだ。

 晴明はゆっくりと指を動かす。そして、四人が望んでいるであろう文章を一文字ずつ打ち込んだ。

〝分かりました。確かにショックなのはショックですけど、そう思うのも今日までにして、明日は切り替えてちばしんカップに臨みたいと思います。僕が中に入らなかったら、それこそライリスに会えるのを楽しみにしてくれている人たちを裏切ることになりますからね。それはそれ、これはこれで、明日も明るく元気にライリスになりたいと思います〟

〝うん、その意気だよ〟とか〝明日、一緒にがんばろうな〟とか、部員たちは間を空けずに、前向きな返信を送ってくる。晴明が立ち直ったと認識したのか、それともまだ引きずっていることが見透かされていて、そのうえで励ましてくれているのか、晴明にはどちらでもよかった。

 デフォルトで搭載されていたスタンプの中から、感謝を述べるスタンプを送って、スマートフォンから目を離す。

 明日はライリス一人の出番ではない。ピオニンやカァイブも一緒だ。お互い顔は見えなくても、成や渡がそばにいることは、晴明にとっては一つの安心できる要素のはずだった。

 それでも、一人ではないということは、晴明にとっては不安要素でもあった。明日は柏からエイジャくん、そして中に入る樺沢がフカスタにやってくる。

 エイジャくんは、昨日と今日の結果発表で名前が挙がらなかった。つまり、去年と同様上位一〇人に入ったということだ。

 それに明日は、同じ県内だから柏サリエンテのファンやサポーターも、多くフカスタに詰めかけるに違いない。もしかしたら、ライリスたちの本拠地でありながら、エイジャくんにより人気が集まってしまう可能性だってあるのだ。

 そう思うと、晴明はいてもたってもいられないような思いに駆られる。当の樺沢とラインをすることもできずに、晴明は部屋から出てリビングに向かった。

 冬樹や奈津美と一緒にいることで、気を紛らわせたい。そんな思いに縋ってしまっていた。


(続く)


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